そのことで喜ぶものの、やはり不安はあるもので・・
自室の椅子に体を預けて、窓の外を見ている秦。
睦の”艦娘に戻る”その言葉を受けて悩んでいた。
いや。 答えは出ていた。
ただ・・、ただ、親としての立場を優先するか、提督としての立場を優先するか。
その2者択一なのは、頭では理解していた。
窓の外を、ただ見ていた。
まだ蒸し暑く残る初秋の夜の外を。
入口の扉が開き、鳳翔が入ってきた。
「あなた・・」
「あぁ、鳳翔か。」
「悩んでるんですか。」
「ああ。 悩んでる。 ・・いや。 もう決めているよ。 ただ、納得できないんだ。 自分自身の答えに。」
「そうですか・・ 私は、あなたの決めたことに従います。 例え、どんな結果になろうとも。 それが私の考えです。」
「ありがとう。」
時間は2200を過ぎていた。
「睦たちは、寝たのかい?」
「ええ。 お風呂に入って、もう部屋に戻りましたよ。」
秦の傍まで鳳翔が来た。
椅子越しに背中から秦を抱きしめた。
「結局、私が妊娠しなければ良かったんですね・・」
「違うよ、鳳翔。 それを、こどもを望んだのは俺だよ。 こどもができて嬉しかったんだから。 本音を言えば、戦争なんてなければ、あるいは、早く終わらせていれば、とは思うけどね。」
だから・・
「赤ちゃんは元気に産んで欲しい。 何があっても。」
「いいんですか?」
「ああ。 いいよ。 というか、そうしてくれ。」
秦のその言葉に、ようやく鳳翔の気持ちが固まった。
「分かりました。 きっと元気な赤ちゃんを産んで見せますね。」
「ああ。 お願いするよ。 俺の全力を掛けて、鳳翔を守る事を誓わせてくれ。」
「ふふ。 この子も、ですね。」
鳳翔は、自身の下腹部をさすって、そう言った。
「そうだな。 二人分だな。」
二人して微笑むのだが・・
「鳳翔・・ すまないが、少しこのままでいてくれないか。」
と秦が言う。
背中から抱きしめる鳳翔に、秦がこう言うお願いをするのは、なかなか無い。
「はい。 いいですよ。」
鳳翔が了解、と返答した。
すると、秦の身体が小刻みに震えだした。
頭がすこしづつ、前に傾いていく。
すると・・
くっ、うぅっ・・・・
と押し殺した声がしてきた。
秦の顔が見えないが、鳳翔には、分かった・・
秦が泣いている事に。
そんな秦を鳳翔が強く抱きしめた。
何の犠牲やリスクを犯すことなく、事が進めばいいのだろうが、残念ながらそうではなかったから。
しかも、その犠牲が身内からでることに。
秦は、自身がそのリスクを負えない事に、悔しさも加わって、涙していた。
◇
翌日0830。
秦は、執務室に睦らを呼んで、秦、鳳翔、大石、五十鈴に睦、朝霜、皐月、卯月、弥生がいた。
さらに秦は、金剛と榛名も来るようにと指示を出した。
しばらくして、
「グッモーニン、テイトクー! 何か用ネ?」
と金剛が入ってきた。
後ろから
「おはようございます。 榛名もお呼びとか。」
と榛名も入ってきた。
「おはよう、二人とも。 二人はいつも元気だな。」
入ってきた二人にもソファーに座るよう言い、秦は全員を見渡しながら、
「さて、集まってもらったのは他でもない。 鳳翔が身籠ったことは皆、知ってるね。」
「はい。 昨日、睦ちゃんから聞きました。 提督、おめでとうございます。」
「はは。 ありがとう。 実は、鳳翔の身体の事を考えて、秘書艦の仕事を減らそうと思う。 その代り誰かを秘書艦に付けたいと思う。 当然、五十鈴にも業務を手伝ってもらうんだけどね。」
「あたしはいいわよ、提督。」
「で、まずは、鳳翔には俺の副官についてもらう。 ま、大石大佐もいるから、そんなに仕事があるわけでは無いけどね。 次に秘書艦だが、これは・・榛名、君にやってもらいたい。」
「え? 榛名ですか?」
目を開いて驚く榛名だった。
「ああ。 君に頼みたい。 鳳翔も了解済でね。 やってくれるかい?」
「はい。 この榛名、全力で頑張ります!」
ガッツポーズを採って、やる気満々の様だった。
「鳳翔には、艦を離れてもらう事になる。 その艦には、新たな艦娘を充てる。」
そう言って、全員の顔を一通り見廻して・・
「睦。 やってくれるな?」
「父さん・・ うん! 大丈夫!」
顔はにこやかだ。
秦は、睦を艦娘に復帰させることを選んだのだった。
「ホントにいいの、しれーかん?」
と言うのは朝霜だった。
「ああ。」
短く返事をする秦だった。
「睦ちゃん、良かったね。」
とは皐月だ。
皐月は睦の意見に最初から賛成だった。
「睦、お前の艦は、空母・鳳翔だ。 いいね?」
「うん、わかってる。 元からそのつもりだよ。」
「睦ちゃん、悪いわね。 私がこんな体になっちゃって。」
「うぅうん。 私は、元気な赤ちゃんを見たいんだ。 妹?弟?を抱っこしたいんだ。 だから、私がやるの。 気にしないで、お母さん。」
「そして、第一対潜駆逐艦隊に、秘書艦の榛名を配属させる。 そして、新編成の第二対潜駆逐艦隊に金剛を配属する。」
「Oh! 私達を対潜駆逐艦隊に、デスカ?」
「ああ。 現状の対潜駆逐艦隊だけでは、対艦はもとより対空に対しても火力不足だからね。 その火力を補うために、ね。」
金剛を見ながらそう言った。
「第二対潜駆逐艦隊は、大鷹と海防艦、駆逐艦で構成するからね。」
それに、と秦が続ける。
「二人には、対潜用と対空の改造を受けてもらう。 搭載の観測機も対潜哨戒機能を追加させるからね。 第一の旗艦は鳳翔のままで行くが、第二の旗艦は金剛、君にやってもらう。」
「了解ネ!」「かしこまりました。」
「良かったデスネ、榛名ァ。 これで提督の傍に居れますネ!」
「お姉さま!」
金剛にそう言われて顔を赤くする榛名だった。
「榛名は、鳳翔に付いて、秘書艦業務を覚えてもらうからね。」
「はい!」
そこまでで話が終わるころ、
「あの、提督、よろしいので?」
と大石大佐が秦に問いかけてきた。 これでいいのか、と。
「ああ。 大佐、悪いが、もう決めた事だ。 私の思うとおりにやらせてもらうよ。」
「いえ。 提督がお決めになったことなら、私としては異を唱える事は致しません。」
「ありがとう。 大佐。」
◇
その日の午後。
ドックに祭壇が組まれていた。
睦の、艦娘の復帰の儀式だ。
秦が何かをするわけでは無かったが、ただ、復帰なんて初めてだった。
祭壇の前に妖精が座り、その後ろに睦が正座していた。
何か、ブツブツ言っているような気が。 良く聞こえない・・
一瞬、光った? かと思ったが、その後は何事もなかったかのように静かになったかと思うと、妖精さんが”終わった”と言った。
秦は、何が何だか分からないままに終わったらしい。
解体の時もそうだったが、いつの間に始まったんだか・・
そして、睦が秦の元にやってきて、
「父さん、うううん、司令官、終わりました。」
と言ってニシシ笑って敬礼した。
「ああ。 これからよろしくな、睦。」
そう言って睦を強く抱きしめた。
「ゴメンな。 睦・・ 小さな体なのに、大きな仕事をさせてしまって・・」
「違うよ、司令官。 選んだのは私なんだから。 ね?」
そう言って、また笑う。 栗色のショートヘアの、丸顔の大きな目が秦を見つめていた。
あぁ、としか言えなかった秦だが、その目は熱かった。
「あ、そうだ。 ねぇ、父さん。 ”睦”ちゃんでいいの? ”睦月”に改名しなくてもいいの?」
そうそう、と言う目で皆が秦をみた。
「睦が変えたいなら、睦月にするけど、艦も違うから”睦”で良くないかい?」
「私は、別に今のままでいいよ。 今変えると厄介そうだし。」
「分かった。」
こうして、睦が艦娘に復帰したのだった。