もう生活は赤ん坊を中心にまわって行くのか・・
翌日。
官舎は朝から慌ただしかった。
と言っても、バタバタと走り回るほどではなかったが、お宮参りの準備に忙しくしていたのだった。
そんな中、双子の赤ちゃんはいつもの通り、と言うか、周りの事なんか理解できるはずもない。
朝から赤ん坊をあやす朝霜と卯月だが・・
「今日はいい天気だよ~。」
そう言う朝霜の髪を触ろうとする千翔。
”アッ アッ ・・”
千翔の頬にすり寄る朝霜。
「ホレホレ」
とのその時、気が付いた。
「あれ? これは・・」
少々、芳しい匂いが・・
「ねぇ、皐月ちゃん。 これって、あれ、だよね?」
「ん? どうしたの?」
皐月も気づいたようだった。
「あ! うん、そうだね。 お母さーん、紙おむつの替えは?」
「紙おむつの替えはこっちにあるよ? 交換?」
と言ってきたのは睦だった。
「交換するから手伝って。」
千翔を寝かせておむつの交換を始める朝霜。
「はいはい、泣かないでねー。 今交換するからねー。」
ちょっと泣きそうな千翔だが、朝霜も慣れた手つきで汚れた紙おむつを脱がせて、お尻を拭いていく。
新しい紙おむつを用意して千翔に履かせた。
「はーい、綺麗になったねー。」
新しい紙おむつに交換し終えた千翔は、ニッコリと笑っていた。
千翔が終わったのだが、やはり双子である。
「こっちもだね。」
そう言うのは翔子を抱く睦だ。
「え? そっちも?」
ちょっと驚く朝霜だった。
「はい、新しいの。」
「ありがと。 こっちはちょっと濡れてるよ。 弥生ちゃん、手伝って。」
「うん。 手伝うよ。」
睦と弥生で翔子のおむつを交換するのだった。
「やっぱ、双子だねぇ。 こういう事もおんなじタイミングとはねぇ。」
ケケケと千翔を抱きながら笑う朝霜だった。
朝食を済ませると、各自が余所行きの格好になっていくのだった。
睦たちは、中学校の制服に身を包んでいた。
「私たちは、これだね。」
と言いながら、居間へとやってきた。
紺のセーラー服。 襟には白三本のライン。
靴下も紺色ハイソックス。
「準備、おっけーだよ、しれーかん!」
秦も紺の軍服。 第1種軍装だ。
「ま、いつもの格好だな。」
鳳翔は、淡い桜色の訪問着。
菊柄に桜の柄が入った着物に袋帯。
「ふふふ。 いつもは袴ですから、ちょっと気持ちが高ぶりますね。」
今回は榛名も一緒だ。
「榛名ちゃんも着物ね。 色は・・ ちょっと赤い方がいいかしら。」
と言う鳳翔の意見で着物になったが、振袖ではなく、訪問着だった。
「鳳翔ねぇさ~ん、着付け、手伝ってくださ~い。 一人で着れなくって~・・」
榛名は一人で着物を着ようとして頑張ったらしい、が・・
上手くいかなかったらしい。
鳳翔に助けを求めていた。
「あらあら。 手伝うわよ。」
ハイ、ここを持って。 次にこれをこうして・・
と言う声がしたかと思うと、10分程で・・
「うわぁ、結構、重いですね。 鳳翔姉さん、いつもこんな感じですか? 良く持ちますねぇ?」
「もう、慣れたわよ。」
と言う声が聞こえてきたのだった。
二人の赤ちゃんも余所行きである。
白の羽二重。
ただ、肌触りも気持ち良いもので、柔らかく、光沢のある羽二重だった。
前掛けと帽子もして、と。
赤ん坊の授乳は、着替える前に一応、終えていた。
鳳翔の訪問着では、なかなか授乳は難しいのだ。
とは言え、予め搾乳しておいた母乳を哺乳瓶に入れて、手提げかばんに入れておいた。
いつでも赤ん坊が飲めるように。
そして寒くないように秦と鳳翔の半纏で包んでいた。
”今日は何事?”
と思っているかもしれない二人の赤ちゃん。
「ねぇねぇ、半纏でいいの? 何か変じゃない?」
そう聞いてきたのは皐月だった。
「あぁ。 今はね。 後でおふくろたちと合流するんだけど、その時には掛け着を使うから。」
「カケギ?」
「そうよ。 掛け着。 赤ちゃんをお母さんが抱いて、その上から着る、というより羽織るのよ。」
ふぅぅぅーん、と怪訝そうな返事であった。
◇
準備が整い、時間にもなったので秦たちは母親’sが待つ駅前のホテルへとタクシーで向かった。
母親’sたちは既にロビーで集合し、お茶を飲んでいた。
「おはよう、おふくろ。 お義母さん、お義父さん、尚子ちゃん、おはよう。」
「やあ、秦君、おはよう。 やはり軍人さんだね。 凛々しいよ。 うん。 さすが、わが息子だね。」
「はぁ。」
「おはようございます、お父さん、お母さん。 お父さんたら、”義理の”でしょ? なに自分の息子扱いしてるのよ。」
父親の秦の扱いに苦言を呈する鳳翔だ。
「いいじゃないか。 義理でも息子には違いないんだからな。」
両母親は訪問着で、父親はスーツ姿だ。
尚子は高校の制服姿だった。
「おはようございます、お義兄さん。」
秦と鳳翔の後から双子を抱いたこども達と榛名がやってきた。
「「おはようございます!」」
「おや、榛名ちゃん、おはようさん。 あんたも着物か。 よう似合っとるな。」
へへへ。
「榛名、嬉しいです!」
「翔子ちゃん、千翔ちゃん、おはよー。」
尚子が双子に、ツンツンと挨拶する。
翔子は、秦の母親に抱かれ、濃い朱色の掛け着を羽織らされていた。
千翔は、鳳翔の母親に抱かれていた。
掛け着の色は藍色だった。
双子は、きょとんとした顔をしていた。
「今日は、あんたたちのお祝いよ~。」
と鳳翔の母親が言っていた。
「さあ、時間も無いから、行こうか。」
再びタクシーに乗り、亀山神社まで行くのだった。
亀山神社に着くと、社務所でお宮参りの受付をした。
参拝だけでも良かったのだが、神楽と祝詞をお願いした。
「ねぇ、今日はどうするの? お参りだけじゃないの?」
「お参りだけでも良かったんだが、こういう機会はめったにないからね。」
社務所の控室から本殿まで、神主さんが先頭に立ち、舞装束の巫女が続き、その後ろに秦たちが続いた。
その歩みは、ゆっくり、だった。
本殿に上がると、秦たち一族郎党が座ると、神主さんの祝詞が始まった。
祝詞の後、巫女による神楽が一舞あった。
本当は祝詞も神楽もそれなりの時間がかかるのだろうが、なにせ今回の主賓は双子の赤ちゃんである。
かなり短い時間で終了した。
「何か、早くない?」
そう聞くのは朝霜だった。
「まぁ、今回の主賓は、翔子と千翔だからな。 長い時間、大人しくしているのは無理だろうて。」
その二人の赤ちゃんは、終始、大人しかった。
それは・・ 二人は、二人の母親の腕の中で眠っていた。
「あら。 大人しいと思ったら、二人ともお眠さんだったのね。」
「本殿に上がる前から大人しかったわ。 ふふふ。 ちょうどええやないか。」
とは秦の母親。
「そうね。 可愛い寝顔だから私はいいわよ。」
と言うのは鳳翔の母親だ。
母親同士で、翔子と千翔を見せ合っていた。
「ほら、こっちもお眠やで。」
「ええ。 こっちもぐっすりですね。」
本殿の前で全員で記念撮影をするのだが・・
「あい、起こさなくていいのか?」
と父親が言ったのだが、
「このままでいいじゃない? 寝顔の二人のままで。 可愛いわよ?」
と答えるのは母親だった。
「えぇ・・ それじゃ・・」
何か言おうとしたが、鳳翔に止められた。
「お父さん、いいのよ。 たぶん、目が覚めるとお腹すいた~って泣いちゃうから。 今のうちに。」
”それじゃ、早く早く!”
双子を抱く二人の母親を真ん中にして・・ いや、赤ん坊が真ん中だった。
寝顔をカメラに向けて椅子に腰かけた。
秦と鳳翔、父親と尚子が後ろに並び、その周りに榛名とこども達が並んだのだった。
何枚か写真を撮った後、控室まで戻ると、ちょうど起きたようだった。
途端に泣き出してしまった。
「ほら。 言ったとおりでしょ。」
そう言ったのは鳳翔だった。
”あらあら、お腹空いたのかな?”
と言ってあやしながら、
「鳳翔や。 ミルクあるんやろ?」
と言って哺乳瓶を取るよう急かすのだった。
「はい。 じゃぁ・・」
「私がやるよ。」
「あ、あたいも。」
と言ったのは睦と朝霜だった。
翔子を受け取り、鳳翔から哺乳瓶を貰った睦。
朝霜も千翔を受け取り、卯月が哺乳瓶を持って、
「はーい、千翔ちゃん。 ミルクだぴょ~ん。」
と口にあてがうのだった。
睦は椅子に座って左腕に翔子を抱き、右手で哺乳瓶を翔子の口にあてがった。
その光景を見て、
「おやまぁ。 睦ちゃんたち、慣れたもんやな。」
と秦の母親が言った。
「もう。 鳳翔ったら。 あんた、楽してない? みんなにやってもらって・・」
と少しばかり呆れを込めて鳳翔の母親が言っていた。
「ふふふ。 いいでしょ。 みんなよく手伝ってくれるの。」
笑いながら鳳翔が答えるのだった。
双子の赤ちゃんは、ミルクを飲んでいく。
それも、かなりの飲みっぷりであった。
哺乳瓶には200ccほど入っていたのだが、五分としないうちにほぼ飲み干してしまった。
哺乳瓶を口から離すと、ケホっとゲップをしていた。
「勢い良すぎだよ、千翔ちゃん。」
飲み終えて満足そうな顔をする赤ちゃんと半ば呆れ顔の朝霜だった。
そんな周りを気にすることなく、手を伸ばしてくるのだった。
アウー、ウーって。
「そうだ。 鳳翔、お食い初めはどうするの?」
「え?」
「え、じゃないわよ。 お食い初めよ。 生後100日くらいでするんだけど・・」
そこに秦が割り込んだ。
「考えてはいますけど、料理は鳳翔に任せようかと思ってたんですが。」
「まぁ、それでもいいんだけど。 私たちは、都度都度ここまで来れないから、あんたたちに任せることになるんだけどね。」
と言っている時に、神主さんがやってきた。
「ごめん下さい。 これをお渡ししてなかったので・・」
と言って差し出したのは・・ ”歯固めの石”だった。
朱色の縁取りのされた白い紙に収められた、1センチほどの大きさの小石が3つ入っていた。
石はよく磨かれているようで、つるつるしていた。
「ちょうどいいじゃない。 これで一つ用意できたじゃない。」
そう言われて、秦は小石を持って帰ることにした。
その後、一行はホテルまで戻ってきた。
ロビーで、
「ようやく終わったわね。」
「ええ。 久しぶりやったねぇ、お宮参りなんて。」
と話す母親’s。
ホテルのレストランで一行は遅い昼食を摂った。
鳳翔は自分で作れなかったことに不満だったが、秦に”たまにはゆっくりするのもいいだろう”と言われて我慢することにしたのだった。
上げ膳据え膳だったのは、こども達にとってもなかなか無い。
当番制で誰かしらが台所に立っていたから。
赤ちゃんには、食事を終えた者から交互に相手をしていた。
睦、皐月、弥生、朝霜、卯月、尚子と、代わる代わる相手をする。
寝かされている状態なので、皆覗き込むように。
小さな手を握ったり、足を触ったりして、声を掛けていくのだった。
覗き込む顔が変わるたびに、キャッキャッと笑い声をあげる二人の赤ちゃんだった。
食事を終えると、
「さて、と。 秦や。 そろそろ帰るでね。 後のことは任せるでね。」
「え? お義母さん、もう帰るんですか? もう少し居ても・・」
「長居しても仕方がないやろ。 年寄りの一人暮らしは結構、やることが多いでな。」
「それでしたら、私たちも途中までご一緒しましょう。」
「え? もう帰っちゃうの?」
「尚子、あんたも帰るんだよ。」
「え~!」
「あんたは試験でしょ?」
う”
「・・そうだった・・ あーん、忘れてたのにぃ・・」
母親たちは着物から着替えるために部屋を出ていった。
その間に荷物を持ってくる父親と尚子だった。
「秦君、慌ただしかったが、お宮参りに参加できてよかったよ。 なんかお爺ちゃんの感覚が出てきて、こそばゆいよ。 ハハハ。」
「そう言っていただければ、お呼びした甲斐がありました。」
「あぁ。 可愛い孫娘がたくさんいるから、ちょっとしたハーレム状態だな、秦君。」
「まぁ、これはこれで大変なんですよ、お義父さん・・」
と苦笑いをする秦。
暫くして、母親たちが戻ってきた。
「さあ、これで帰る準備は出来たわよ。」
そう言って親たちは駅へと向かった。
秦たち一家も見送りのために駅について行く。
切符を買って、改札を通る。
改札口で、別れの挨拶を。
「それじゃあね、鳳翔お姉。 みんなもね。」
「鳳翔、元気でね。 困ったことがあったらいつでも連絡するのよ? いい?」
「ええ。 分かってるわ。」
「秦や。 まだまだ気張らなあかんで。 こどもは多い方が楽しいやろうけど、あんまり増やしなや。」
「ああ。 おふくろも元気でな。」
「「尚子お姉ちゃんも、おばあちゃんたちも元気でね!」」
短い時間だったが、楽しい時間だったから余計に分かれるのは惜しかった。
呉駅の広島行きホームに母親たちが消えていった。
すぐに列車が入ってきて、四人が乗り込んでいく姿を遠めに確認した秦。
お互いに手を振り合って別れを惜しんだのだった。
◇
その夜。
ベビーベッドに赤ちゃんを寝かしつけた鳳翔と秦。
ベッドに腰かけて話をする。
「ふぅ。 今日は意外と慌ただしかったな。」
「ふふふ。 でも楽しかったですよ。 みんな楽しそうでしたし。 この子達も。」
そう言って二人の赤ちゃんを、目を細めてみる鳳翔だ。
「ははは。 それなら良かったよ。」
「はい。」
そう言って笑いあう二人だった。
よく眠る赤ん坊を横目で見ながら、二人の顔が近づく・・
チュ・・
「いつも柔らかいな、鳳翔の唇は。」
「やだ、もう。」
頬を赤める鳳翔を抱きしめる。
そして、二人してベッドに入った。
秦の胸に満面の笑顔を埋める鳳翔とその鳳翔の身体を抱く秦だった。