そこで思わぬ出来事が・・
響灘。
駆逐艦を先頭に空母、その後ろにもう一隻の駆逐艦が航行している。
太平洋に向かうべく、豊後水道を目指していた。
「あー! やっぱ、いいわぁ、この潮風。」
デッキで伸びをする秦が思わず声を出していた。
「ふふふ。 そんなこと言って。 私なんて、何カ月ぶりですよ?」
と鳳翔が秦に向かって微笑んでいた。
「ははは。 そうだったな。」
「ねーー。」
翔子を胸に抱いた鳳翔が秦の傍までやってきていた。
艦橋には、こども達が全員いたのだが、デッキに居るもの、海図台室に居るもの、自由だ。
千翔は榛名が抱いてあやしていた。
◇
艦隊の先頭の駆逐艦は、神風。
後方の駆逐艦は、春風だった。
「司令官、間もなく豊後水道に入ります。」
と神風から連絡が来た。
「よし、このまま単縦陣を継続。 豊後水道を出るまではこのまま。」
「「了解。」」
各艦へ伝達すると返答が同時にやってきた。
「父さん、空母・鳳翔も了解。」
最後に睦が報告してきた。
「暇だねぇ。」
そう言うのは朝霜だった。
「あ、朝霜ちゃん。 ダレてない?」
「そうそう。」
「だってぇ・・ 艦の修理は終わんないし、やることないしさぁ・・」
駆逐艦・朝霜の修理は、睦月型と同じドックに入って行っているため、各艦と同時に終わらないと海に出れなかった。
だから・・ 空母・鳳翔の訓練航海に付き合ってきたのだった。
いや、暇だから便乗しているだけなのだ。
「そう言わないでよ、朝霜ちゃん。 そんなんだったら、ボクたちはどうなのさ。」
「そうぴょん。 なんにもやることないぴょんよ?」
睦月型の三隻、弥生、卯月、皐月は、絶賛改造中でまだまだ海に出れないのだった。
おまけに、艦内にも入れないのだった。
「そうは言ってもねぇ・・ ねぇ、しれーかん、ヒマだよ? 何かないの?」
朝霜が秦に愚痴った。
「そう簡単にあるわけないだろ。」
とザックリと返す秦。
「ぶー! ヒマ、暇!!」
と駄々を捏ねるのだが・・
「朝霜ちゃん、じゃあ、手伝ってくれる?」
と声を掛けたのは、海図台の前で千翔を抱く榛名だった。
「そろそろおしめを換えようと思うんだけど、手伝って? ね?」
ニコリと微笑みを送る榛名。
「う・・ そう言われると、し、仕方がないねぇ。 手伝うよ・・」
渋々同意をして榛名の下へと歩を進めたのだった。
「まぁ、航海は順調だし、飛行隊の訓練も問題なしだし・・」
呟くように言う秦。
そう。 何もかもが順調だったのだ。 恐ろしいくらいに。
しかし・・・
「ん? 睦、増速してる?」
秦が、艦が増速していることに気付いた。
前を行く神風に徐々に近づきつつあった。
”前方、駆逐艦・神風との距離、2500に接近。”
ん?
そこで皆が気づいた。
「あれ? 3000以上離れていたよね?」
「あれ? 私は増速してないよ? あれ? なんか変だなぁ・・」
皆が何か変、と感じた時だった。
「あっ、あっ、あぁっ・・」
と声を上げている翔子に気付いた。
鳳翔の胸の中で、前を行く神風を掴もうと手を盛んに伸ばしては握ろうとしていた。
「あらあら、そんなに前に行きたいの? それとも向こうに行きたいのかなぁ。」
”前方、神風との距離、2000に接近!”
そこまでに至って、鳳翔もおかしいと気付いたようだった。
「もしかして・・ 睦ちゃん、増速してる?」
「ううん、私は増速してないよ? むしろ減速させようとしているんだけど、言う事を聞いてくれないの!」
「なに?」
「え? どういう事?」
空母・鳳翔はどんどん増速していく。
”こちら機関室。 機関圧力一杯です! これ以上の増速は危険です!”
と機関室から悲鳴ともいえる報告が来た。
さらに、
「こちら神風。 あのぉ、接近してるんですか? ちょっと怖いんですけど・・」
と言ってきた。
「と、とりあえず、神風に最大速へ増速すように連絡を。」
「り、了解!」
「後方の春風に、距離を開けるよう連絡。」
「分かったよ。」
秦の指示が飛び、睦が応えていた。
連絡を受けた駆逐艦・神風が増速する。
スクリューが起こす波が大きくなっていく。
駆逐艦・神風の最大速度は37ノットあまり。
空母・鳳翔は34ノットほどなので、徐々に神風が離れていく。
”前方、神風との距離、2500。・・・ さらに開いて2600・・”と。
一旦、翔子の動きが止まったように思ったのだが、
”アッ、アッ、ア、ア、ア・・”
更に激しく手を伸ばそうとしていた。
「ちょ、ちょっと、翔子ったら・・」
鳳翔の腕から出ようともがく翔子だった。
そして、神風が近づかず、徐々に離れていくのを確認したのだろう。
翔子の表情が笑いから泣きそうな表情へと変わっていった。
”ああーーーーーーーーッ、あーーーーーーーッ”
と大声をあげて泣き出してしまった。
「あらあら、神風ちゃんが離れちゃったのね。 お仕事だから仕方ないのよー。 ごめんねー。」
そう鳳翔が言いながら翔子を抱きかかえて背中を擦っていた。
翔子の顔が鳳翔の着物にすり寄って泣いていた。
”アゥーー、アゥーーー、アーーーッ!”
抱いたままの鳳翔が、秦に目配せして、海図台の後ろまで下がっていった。
それを見た秦は、
「睦、制御は可能か?」
「うん、同調よし、大丈夫。 制御出来るよ!」
「よろしい。 艦隊速度を巡航速度に。 神風、春風に集合合図を。」
「了解。」
艦の速度が徐々に落ちてきた。
巡航速度になったとき、神風と春風が周囲を周回行動していた。
「ふぅ。 一時はどうなるかと思ったよー。」
「ホントだよー。」
と神風と春風が言い合っていた。
その時、陽が傾いていることに気が付いた秦だった。
そして、
「よし、呉に戻ろう。 睦、進路変針だ。 呉に帰るぞ。」
と指示するのだった。
「了解。 全艦に達する! 進路変更。 進路は呉! ヨーソロー!」
睦が復唱し、艦隊が舵を切って呉に向かうのだった。
艦隊が呉に向かい始めてしばらくして、鳳翔が翔子を抱いて秦の傍までやってきた。
翔子は泣き疲れたのか、鳳翔に抱かれて眠っていた。
「寝ちゃった?」
「はい。 そうとう泣いたみたいで・・」
翔子の頬には涙が流れた跡がくっきりと残っていた。
秦がその頬の涙の跡をなぞっていた。
それでも起きない。
「一体全体、どういう事なんだ? 儀式も何もしてない赤ん坊がいきなり艦を操れるのか?」
「さあ・・ 私もなんでそうなっているのか、さっぱりで・・。」
翔子を抱いた鳳翔が困惑顔で言った。
次に睦が、
「私も、いきなり同調できなくなるなんて・・・」
と、こちらも困惑顔だった。
「でも・・ 確かに、艦の加速は・・ この子だったよな・・」
「うん。 間違いない、と思うよ。」
「やっぱり、そうですよね・・」
秦、睦と鳳翔は互いを見やって言葉を無くしていた。
翔子に、赤ん坊にそんな力があるのか・・
いや、単なる偶然か・・?
いや、睦がおかしかった、と言っている以上、何らかの作用があったのは間違いない・・
いくら考えても分からない。
理解不能だった。
秦の傍に立つ鳳翔も同じみたいだった。
”理解不能です”と言いたげな困った表情をしていた。
事情を知るのは艦橋に居た、榛名、朝霜たちもだった。
そして・・ そのまま呉港に帰り着き、その日が終わろうとしていた。