幸せの後先~ハズされ者の幸せ3~   作:鶉野千歳

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空母・鳳翔を担当することとなった睦。
その睦の起動試験は、数度にわたって失敗した。
さて、次は・・



睦の初の起動!

次の日。

秘書艦の仕事を榛名に任せ、鳳翔は睦を伴って、鎮守府内の弓道場にやってきた。

既に射場では、蒼龍と飛龍の二人が弓を射っていた。

静かな、物音ひとつしない道場で、二人の所作の音だけがしていた。

弦を引く音、射る音、矢が風を切る音、的に的中する音・・

それ以外は聞こえてこない。

その道場に鳳翔は睦を連れてきた。

 

「わぁ。 ここに入るのは初めてだよ。」

 

と目をらんらんと開いて道場内を見渡す睦。

 

「ここは、空母娘しか来ないから、睦ちゃんも来たことないわね。」

 

と、フフフッと笑っていた。

一通りの所作を終えた飛龍が二人に気付いた。

 

「あ、お母様! おはようございます。 あら、睦ちゃんじゃない。 珍しいわね。」

 

「飛龍ちゃんも精が出るわね。」

 

「はい。 毎日やらないと、感覚が鈍ってしまって。」

 

と、テヘッと舌を出していた。

 

「おはようございます。 お母様。」

 

「蒼龍ちゃんも、おはようございます。」

 

「今日は、どんな用事で?」

 

「フフフ。 私もたまには弓を引かないと、と思って。 睦ちゃんはここで座っててくれるかしら。」

 

そう言って、弓と矢を数本持って射場に立った。

左手に弓を、右手に矢を持ち、目を閉じて呼吸を整えていた。

一礼して弓を射る体制に入った。

矢を番え、上段から弓を引きながら下していく。

矢いっぱいに引かれる。

鳳翔の意識が的に向かう。

そして・・弓から矢が放たれる。

シャッっと空気を裂く音がしたと思うと、ターーンっと矢が的に当たる音が響いた。

しかも、真ん中に的中だった。

続けて二射目。

先ほどと同じように弓が引かれていく。

弓から矢が放たれる。

シャッっと空気を裂く音がしたと思うと、ターーンっと矢が的に当たる音がまた響いた。

しかも、寸分のずれもなく、一射目の隣に的中だった。

一礼をして体制を崩して、息を吐いた。

 

「フーー」

 

っと。

 

「さすが、お母様! 見事的中です!」

 

「やはり、お母様には敵いませんねぇ。」

 

「フフフッ。 ありがとう。」

 

「お母さん、すごい! 二本とも命中だよ!」

 

睦は、目の前で射られた矢が的中するところ見たのだ。

驚くのは無理もない。

見学の時は、もっと離れているから、迫力は満点だった。

鳳翔は、床に座っている睦の傍にやってきて座った。

 

「私たち、空母艦娘の中でも、弓を扱う者は、こうやって弓道を身につける事で精神を鍛えていくの。 矢を艦載機と見立ててね。弓道に於ける立居振舞、心構えなんかが、私たちには合っていたのよ。 ただ闇雲に弓を引いているんじゃない、心の眼で的を見るの。 そして全身全霊を込めて矢を放つの。

繰り返し鍛錬することで、どんな状況でも的に向けて矢を放てるように。」

 

「お母さん・・」

 

「睦ちゃんに同じことをして欲しいとは思わないわ。 でも、私たちがやっている事を知ってほしいの。 空母を扱う私たちの事を少しでも知ってほしいの。 睦ちゃんが苦しんでいるのは分かっているわ。 この弓道が、心得が役に立つのなら、睦ちゃんに役立ててほしいの。」

 

「お母さん・・ ありがとう。 うん、やってみるよ。 私なりに、私の方法で。」

 

「期待しているわ。」

 

鳳翔が微笑んで答える。

そこへ、飛龍と蒼龍も、

 

「私たちも期待しているわよ、睦ちゃん。」

 

「そうよ、期待しているわ。 お母様のためにも、赤ちゃんのためにもね。 頑張ってね。」

 

「ありがとう。 飛龍さん、蒼龍さん。 へへへっ。 私、頑張るよ!」

 

そう誓う睦の目には光るものがあった。

 

 

午後になって、睦は鳳翔と共に、空母・鳳翔の艦橋へとやってきた。

艦橋には、既に秦が来ていた。

 

「やぁ。 来たかい。」

 

「あ、あなた。 来てらしたんですか。」

 

「ああ。 ちょっと前にね。」

 

そう言って秦は鳳翔の手を取って微笑んだ。

鳳翔も微笑み返す。

その二人を見ていた睦が・・・ 呆れていた・・。

コホン! と咳払いをワザとらしくして、

 

「さぁ、始めよっかなぁ。」

 

と、これもワザとらしく言った睦だった。

秦と鳳翔は、そんなことでは驚かなくなっていた。

逆に、

 

「ん? どうしたの?」

 

と聞くくらいに、ごく普通の返事をしてくるのだった。

この点においては、二人は進歩したのだろう・・。

 

「そ、それじゃぁ、精神同調を始めようか。」

 

秦の掛け声で、艦娘席に睦が座った。

 

「それじゃぁ、始めるね。」

 

と言って、深呼吸を一つしてから目を閉じた。

 

(艦体、同調・・)

 

前回とは違って、睦の表情は落ち着いているようだった。

目を閉じてはいるが、その顔は微笑んでいるように見えた。

 

(睦ちゃん、落ち着いて。)

 

しばらく無言の時間が流れた。

そして・・

睦の目が開かれると・・

 

「ん! 艦体、異常認めず! 機関、始動!」

 

と声を出した。

すると、足元から微かな振動音がしてきた。

 

「! お、おおぉぉ!」

 

秦は、久しぶりに感じる、空母・鳳翔の機関音だ。

 

「よーし、始動確認!」

 

睦が鳳翔と秦を見た。

 

「お母さん、出来たよ!」

 

と笑っていた。

 

「よ、よし! 良くやったぞ、睦!」

 

「睦ちゃん、上出来よ!」

 

二人に褒められて、喜ぶ睦。

 

「へへへっ。 やったよ!」

 

そして、

 

「じゃぁ、試験航海と行こうか。」

 

と秦が指示を促す。

 

「了解! 空母・鳳翔、舫解け! 錨、上げぇ!」

 

舫が解かれ、錨が巻き上げられる。

巻き上げが完了すると、

 

「よし、空母・鳳翔、ただいまより、試験航海に出る! 江田島を廻って伊予灘へ向かう。 前進、微速。」

 

と秦が再び指示を出す。

 

「了解。 前進、微速。 進路は、江田島を廻って、伊予灘へ。」

 

睦が操る空母・鳳翔が海を裂いて動き出した。

徐々に速度が増していく。

 

「いいわよ。 睦ちゃん、その調子よ。」

 

8ノットまで増速して進む。

似島の南を抜け、大黒神島の脇を抜けて更に南下し、伊予灘へと抜けて行った。

その先では、朝霜、皐月、卯月、弥生が艦体運動の訓練をしていた。

そこへ、空母・鳳翔が合流する。

 

「皆、ご苦労様。 空母・鳳翔、只今到着だ。」

 

「お! 睦ちゃん、動いたんだね。」

 

「皆、お待たせ!」

 

第一対潜駆逐艦隊、久しぶりの揃い踏みとなった。

伊予灘で少しばかりの艦隊運動訓練を行った後、五艦は呉へと戻って行った。

帰りは、早瀬大橋をくぐって。

 

 

その日の夜、夕食は賑やかなものだった。

睦の精神同調もでき、新たな筋道が出来た事に、皆の眼がキラキラとしているようだった。

 

「しばらくは、鳳翔が立ち会って、睦の試験航海を、近海で行う事にするからね。」

 

【了解!】

 

と皆の返事は元気なものだった。

 

「あ、そうそう。 高速戦艦・榛名の改装も終わりそうだから、終わったら、新編成の艦隊として訓練に入るから、そのつもりで。」

 

「戦艦付きかぁ、どんな艦隊運用になるのかな?」

 

そう聞いてくるのは朝霜だったが、

 

「ボクは、そう大きくは変わらないと思うけどな。」

 

そう言うのは皐月だった。

 

「そうかい?」

 

とまだ疑問に思う朝霜らだった。

 

「ははは。 今から心配しなくてもいいよ。 ま、その時にはちゃんと教えるからさ。」

 

「頼むよ、父さん。」

 

しばらくして就寝の時間となり、秦と鳳翔は寝室にいた。

鳳翔が机に、お酒の瓶とグラスを置いた。

 

「今日は、少しくらいならいいでしょう。」

 

「そうだな。 でも、大丈夫なのか、お腹は?」

 

「ですから、一杯だけです。」

 

そう言って、グラスに注ぐ。

持って来たのは、広島三次産のブドウを使った、ほんのり赤い色したロゼワインだった。

 

「綺麗なピンク色なワインだね。」

 

「こういう時の為に、っていう訳ではないんですが、綺麗な色だったので、買ってみました。」

 

秦の前にグラスを置いて、

 

「今日は、睦ちゃんの初の精神同調が出来た事へのお祝いです。」

 

と。

 

「分かった。 それじゃ・・」

 

「「乾杯。」」

 

とグラスを合わせる。

一口飲んでみると、口の中に、ほのかに甘いブドウの香りが広がる。

 

「うん、いいワインだね。 美味しいね。 さすがは鳳翔、いいセンスしてるよ。」

 

「ふふふ。 ありがとうございます。」

 

鳳翔も一口飲んで、ニコリとする。

 

「うぅーん、いいですねぇ、このワイン。」

 

根っからの酒飲みな二人なのである。

 

「最近は体調はどう? 悪阻が酷いようには見えないんだけど。」

 

「ええ。 一時期は酷かったですが、最近は落ち着いてきた、と言いますか、そんなに以前のような酷さはありませんねぇ。」

 

「そうか。 それなら良かった。」

 

グラスのワインを飲み干すと、二人してベッドに入った。

上半身を起こした状態の秦に、鳳翔がもたれかかっていた。

 

「しばらくは、艦を操ることはないね。」

 

「はい。 睦ちゃんに任せるしかありません。」

 

「船に乗れなくて、寂しい?」

 

「・・そうですね。 ちょっと寂しいですね。 でも・・」

 

「でも?」

 

「こうやって、お腹の子と一緒に、あなたに抱かれているのも、悪くないです。」

 

「そうか。」

 

秦はそう言うと、鳳翔の身体を抱きしめた。

胸に顔を埋める鳳翔の頭に、軽く口づけをする。

それに気づいた鳳翔が顔を上げてきた。

目を閉じて・・。

今度は二人の唇が重なっていた。

唇が離れると、秦は二人の身体に掛け布団を掛けた。

そして・・抱き合ったまま、眠りに就く二人であった。

 

 

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