終わったのはそれだけか・・・
◇
「・・どうやら、終わったようだな・・」
「ええ。 静かになりましたね・・」
そう言うのは、官舎のソファーで抱き合う秦と鳳翔だった。
一時の爆音、振動がすっかりと収まっていた。
しかし・・ 漂う匂いは・・火薬と土のにおいが。 おまけに焦げ臭かった。
ここ官舎は最近になって建てられたために、目標から外れたのだろう。
「オー! テイトクー! 無事だったネー!」
そう言ってやってきたのは金剛だった。
足元には択捉と松輪が纏わりついていたが・・
「金剛も無事だったか。 それは何よりだ。」
「フフフ。 私はフジミネー!」
そう言っている間に、通信がいろいろと入ってきた。
「こちら空母・鳳翔! 司令部、応答されたし! 繰り返す! 応答されたし! ・・父さん、お母さん、返事してよ!!」
後半は涙声になりかけていた、睦からだった。
「こちら司令部。 睦か。 こっちは全員無事だ。」
「よかった~。 もう、返事してよね! こっちは島陰に居たから無事です! 被害なし、だよ。」
「了解だ。」
ガガガ・・
「・・こちら榛名、司令部、応答を。」
「こちら司令部、楠木。 榛名か? 無事か?」
「はい、何とか。 ですが・・」
「どうした?」
「いえ・・ 船体が・・ もう・・」
「その話はあとだ。 とにかく無事でよかった。 皐月たちはどうなった? 分かるか?」
「いえ。 爆撃が直撃したようだったので・・」
「・・そうか・・ とにかく、被害状況を調べてから戻ってきてくれ。」
「了解。」
通信を終えた秦だったが、皐月たちの安否が不明なことにショックだった。
「あなた・・ まさか・・」
「大丈夫、だといいが・・」
暫くの沈黙が続き、
「こ、こちら皐月・・ あーもう! 朝霜ちゃんてっば!」
と声がしてきた。
なんだ、と思った秦だったが、
「皐月か?」
「あ、父さん! うん。 ボクだよ。」
「そこに朝霜も居るのか?」
「みんな居るよ? 卯月ちゃんに弥生ちゃんに。」
「皆無事か?」
「全員無事だよ。 けがはないし。」
「そ、そうか。 良かった。」
「でも・・艦が・・」
「今はいい。 とにかく無事に帰ってきて。」
「了解。」
これで全員が無事だったことが分かった秦と鳳翔。
ホッと胸を撫で下ろしたのだった。
「良かった・・ みんな無事だったか・・」
「はい。 どうにかこうにか、無事でしたね・・」
「うん。」
そう言って秦は鳳翔を抱きしめるのだった。
強く。
二人の間には翔子と千翔が真ん丸の目を秦と鳳翔に向けていただった。
◇
◇
◇
「あなた、早く!」
「ああ。 ちょっと待ってくれ。」
「もう始まってしまいますよ?」
鳳翔に急かされ、小学校の講堂に入っていく秦。
今日は、秦と鳳翔の双子の娘の小学校の卒業式だ。
長女、翔子(しょうこ)。次女、千翔(ちか)。
いや、長女は睦だった。 次女は朝霜、三女は弥生、四女は卯月、五女が皐月。
だから、翔子は六女で、千翔が七女だ。
卒業式の服装は自由だったこともあり、二人は、袴姿だった。
それも・・
誰かさんと同じ淡い桜色の着物に、紺の袴。
袴の裾には、桜の花の刺繍がある。
着物の衿にも桜の花びらの柄があった。
そう、母親である鳳翔の着物姿にそっくりであった。
長い髪もそっくりだ。
もっとも、襷がけをしていないので、普通の袴姿だが。
一卵性の双子なので姿はそっくりなのではあるが、違うのは、長い髪を纏めている髪留めの色ぐらいだ。
翔子の髪型は、前髪は七三に分けて、長い後ろ髪は赤のリボン型の髪留めをしている。
千翔のほうは、前髪は翔子と同じく、七三に分けて、長い後ろ髪は藍のリボン型の髪留めをしている。
今日の鳳翔は長羽織りを着ていた。
秦の左隣に鳳翔が、右隣には睦と卯月が座っていた。
そして秦の膝の上には、男の子が座っていた。
二人の長男・翔(かける)だ。
卒業式開始直前になって、
「いやぁ、遅くなっちまった!」
と言いながら、朝霜、皐月、弥生が入ってきた。
卯月の隣に三人が座って、
「外で駄弁ってたらおくれちゃったぴょん。」
とテヘッと笑っていた。
「まったく、お前たちは。 もう式が始まるから、大人しくしな。」
と秦に怒られる三人だった。
「間に合ったんだから、怒んないでよ。」
とは皐月だ。
「ほら。 静かにしなさい。」
【はーい。】
なんだよ、俺の言い分は聞かないのかよ、と思った秦だった。
「もう、卒業なんだね。 早いなぁ。 もう12年なんだね。」
と言うのは皐月だ。
「あら? あなた、榛名ちゃんは?」
「卒業式には間に合うかもって言ってたんだけどなあ。」
すると、
「遅れてすみません!」
と小声で息を切らしながら榛名がやってきた。
ただ・・ 空き席が無かったので、秦たちの後ろに立った。
「お疲れ。 金剛たちはどうだった?」
「はい。 金剛お姉さまは、相変わらずでしたよ。 択捉ちゃんも松輪ちゃんも、元気なものです。 もう高校を卒業ですから。」
金剛は、艦体を失ったが、その後に正式に、択捉と松輪を養女に迎えていた。
今は、家族3人で呉で暮らしていた。
択捉と松輪は18歳となり、高校を卒業したのだった。
◇
あれから12年。
呉の空襲が敵との主な最後の戦いになった。
呉を空襲した敵機は、大多数が撃破されたものの、被弾した大型の3機が最後まで飛び続け、呉鎮守府に特攻という暴挙に出た。
結局は、無事に帰った機体は無かったのだった。
敵機を発進させた空母艦隊も我が潜水艦隊の飽和攻撃にあい、あっという間に海の藻屑と化してしまった。
あの戦いのあと、軍は戦争終結を宣言し、深海棲艦との戦いが終わった、はずだった。
その後、”見た!”と言う情報がいくつもあったがために、警備部隊としていくつかの艦隊が残ることになった。
その中で、秦と鳳翔は、家族を連れて、一時期住んだ相生に帰ってきていた。
新たな、相生警備部として。
◇
そして、ここでの卒業式が始まった。
卒業生が入場してきた。
女の子の半数は袴姿だった。 翔子も千翔もその中の一人だった。
全員が着席すると、校長やPTAからの祝辞。
児童全員に卒業証書が渡されていく。
最後に、校歌だった。
人数が少なかったので、ものの1時間もかからずに終了した。
校門の前で、秦、鳳翔と翔、睦ら五人と榛名が待っていた。
「「父さん、母さん、みんな、お待たせ!」」
と言って、瓜二つの二人が走ってきた。
翔子は秦に抱き着き、千翔は榛名に抱き着いていた。
11人は団子状態で帰って行く。
帰る先は、旧相生警備部の建物だ。
二人は、家族が増えた事で賑やかになった、と思っていたが、翔子と千翔がここまで大きくなったことに、内心は嬉しかった。
秦が鳳翔の手を取り強く握り合った。
見つめあって、微笑んでいた。
鳳翔は、空いた手を自身の下腹部にあてている。
お腹には楠木家の九人目となる赤ちゃんが居たのだった。
「さあ、帰るぞ。」
【はーい!】
帰りながら、秦は、
「相変わらず、賑やかだな。」
と言うと、鳳翔が、
「ええ。 私は楽しくて仕方ありませんけど?」
と応えていた。
「ははっ。 そうだな。 これが、幸せなのかもしれないな。」
秦がそう言って鳳翔を見つめるのだった。
そして二人して見つめ合い、腕を絡めて歩いていく。
この家族は、これで幸せなのかもしれない。
今この瞬間が、楽しく、有意義であれば・・ そう思っているに違いない。
「鳳翔。」
「はい?」
「今までありがとう。 そしてこれからもよろしくね。」
「何言ってるんですか? 当然です。」
「ま、そうなんだけどね。 でも、改めて言わせておくれ。」
怪訝そうな顔をする鳳翔に向かって、
「愛している。 どこの誰よりも。」
「もう。」
顔を赤める鳳翔も
「わ、私もですよ。 あなた。」
と返すのだった。
「あー! また二人でいちゃいちゃしてるー!」
「え? またぁ?」
「まったく、この夫婦は飽きもせず・・」
睦、皐月たちに言われ頬を紅くする秦と鳳翔だが、
「い、いいじゃないか! 俺たちは夫婦だし。」
と反論する、が・・
「もう! 大きな声で言わないでくださいな、恥ずかしい!」
と言って秦の背中を叩いて隠れる鳳翔だった。
イテッ!
その痛みは心地よい痛みだった。
ただ・・ 皆からは呆れられる二人だった。
<完>
これにて終話とさせて頂きます。
今までお読み頂き有り難うございました。
大団円にしたかったんだけどなぁ・・