浜辺で息抜き
夏の日差しがまだ強い8月下旬。
この日の午後になって、秦は、楠木家全員で呉軍港のある、休山の反対側に来ていた。
車で来ても良かったのだが、小型の乗合船を借りて来たのだった。
その方が浜には近いから。
山が目的ではなく、砂浜だ。
砂浜が大きくないので、水際での水遊びがメインなのだが。
休山の南側に来ると、山の斜面には、広島レモンの栽培地が広がっていた。
レモンの白い花が所々に見受けられた。
年に何度か花が咲くらしい・・。
そんな栽培地を見ながらやってきたのだった。
「ねぇ父さん、今日は海水浴じゃないの?」
と睦。
「海水浴が目的じゃないよ。 どちらかってぇと、水遊びかな。」
水遊びぃ?
皆の首が傾く。
今回は楠木家の他に榛名が付いてきていた。
「すみません、榛名までお呼び頂いて。」
と恐縮しっぱなしの榛名だった。
「いいのよ、気にしないで。 こういう事は、人数が多い方が良いから。」
とにこやかに答える鳳翔だった。
「ここの砂浜って、案外小さいんだね。」
そう言うのは皐月だった。
「そう言われてみれば・・ 相生の時に行った砂浜は、広かったぴょん。」
と答えるのは卯月だ。
「そうだね。 良く気が付いたね。 相生の時に行った新舞子海岸はそこそこ広くて遠浅だったね。 ここの砂浜は狭く小さいし、遠浅では無いね。」
「なんでなの? 水深が深いと船は通り易いけどさぁ・・」
そう言うのは朝霜。
皆、疑問に思うよな。
西と東の違い輪有れど、同じ瀬戸内海なのにね。
「それこそ、大昔は、呉の港や広島の港は、遠浅だった、だね。 特に呉は、軍港となってからは海岸が埋め立てられて工場なんかが建てられたし。
人が住んで、人口が増えるにつれ、遠浅の海はどんどん干拓地になって、陸地になってしまったようだね。
そんな歴史からか、埋め立てられる浜辺は埋め立てられてしまった、と言った方がいいかもしれないね。
ここの浜辺の様に、すぐ後ろまで山が迫ってきていて、人があまり通らないところだけが、今の時代まで辛うじて残った、と言った方が良いかも知れんね。」
秦の言った通り、広島や呉近辺の遠浅の海は、ほとんど埋め立てられている。
呉の隣町の広もその一つと言ってもいいだろう。
【ふーーん】
「それと・・」
さらに秦が続ける。
「あとは、川かな。」
「川?」
「新舞子海岸は、東西に大きな川があったろ。 千種川と揖保川。 そこから運ばれる土砂によって、砂浜が大きくなった、とも言える。
ここ呉を見ると、大きな川が、ない、と言ってもいい。 もちろん、川が全くないわけでは無いんだが、呉近辺の島や浜は、山からすぐ海に落ち込むような地形だから、なかなか土砂が堆積する様な環境に無いんだよね。
広島や広の様に河口に出来上がった町はあるけど、その他の街は山にへばりついているイメージはないかい? それに、この辺の海の潮の流れは結構、複雑で、早いから砂が流されている、とも言えるね。」
「まぁ、確かにぃ。」
「小さな集落は多いように思うね。」
「で、今日の予定は?」
「今日は、この浜でひと遊びだよ。」
そう言って、いつぞやの大きめのパラソルを浜に立て、レジャーシートを広げた。
「さあ、鳳翔はここに座りな。」
そう言ってロッキングチェアを置いて、その上にクッションを敷き、そこに鳳翔を誘った。
既に妊娠五か月を過ぎ、所謂、安定期に入ったのだった。
目に見えて下腹部がぷっくりとしてきていた。
地面に直接座ると、冷える、と思ったので、持って来たのだった。
「あ、ありがとうございます。」
と、白い日傘を差しつつ、座った。
もう一つ用意して、
「榛名も。」
と榛名にも座るよう、促すが、
「いえ。 こういう機会は滅多にありませんから。」
と言って羽織っていたパーカーを脱いで海へと向かっていく。
ひゃっほう! と叫んで海に入って行く朝霜と皐月。
「あんまり沖へ行くと深いぞ!」
「分かってるって!」
榛名、朝霜、皐月、睦は水着だ。
わぁぁ--い!!
勢いよく海に飛び込んでいく。
卯月と弥生はハーフパンツを穿いて、上半身はTシャツ。
それでも膝まで海に入っている。
それを見ている秦と鳳翔。
「榛名まで呼んで、良かったのかい?」
「はい。 彼女もあなたの秘書艦ですから、楠木家と言うものを知ってもらうには、良い機会と思って。」
「鳳翔がいいなら、俺には異論はないさ。」
「でも・・ こうして見てると、ウチの子らと比べると、榛名は大人だよな。」
「ええ。 立派なレディですね。 あの子達からすると、年の離れたお姉ちゃん、でしょうか。」
「え? 榛名が娘なら、俺はいったい幾つになるんだよ? 二十歳で子供が生まれたとしても・・ 四十を超えるじゃないか! それは勘弁してくれ。」
と言って凹む秦だ。
「誰も実の娘としてとは言ってませんよ。」
と言って笑っていた。
「例え話でも、それは勘弁してくれよな。 せめて、妹くらいなら分からんではないかな?」
「あら、妹ですか。 それならいいかもしれませんね。 そうすると、私の妹にもなるんですね。」
「はは。 それならいいかもね。」
二人してこども達と榛名を見ていた。
榛名に皐月と睦がじゃれている様だった。
”キャー”とか”わぁー”とかが聞こえてくる。
そこへ卯月と弥生が戻ってきた。
「どうしたんだ?」
「喉が渇いちゃったあ。」
喉が渇いたらしく、飲み物を欲しがった。
「はい。」
と鳳翔が出したのは・・ 自家製はちみつレモン水だった。
水筒からはちみつレモン水を貰うと、ごくごくと喉を鳴らして飲んでいく。
「あーっ。 冷たくておいし。」
「うー、すっぱいけど、あまーい。」
はちみつレモン水を飲み干すと、パンツとシャツを脱いで、水着になって、また海へと向かっていった。
「行ってくるぴょん!」
弥生が秦の手を掴んでいた。
「父さん、行こう!」
「よし! 鳳翔、ちょっと行ってくる!」
と言って水着になって、弥生と一緒に海に向かった。
水を掛け合う秦とこども達を浜辺で鳳翔がにこやかに見ていた。
暫くして、榛名が海から上がってきた。
「ふぅ。 こども達って元気ですね。 こっちが疲れちゃいます。」
ニコニコしながらそう言ってきた。
「ふふふ。 お疲れ様。 はい、タオルよ。」
バスタオルを榛名に渡す鳳翔。
「あ、ありがとうございます。」
「喉が渇いたでしょ? はちみつレモン水があるわよ?」
「あ、頂きます。」
水筒からコップへとはちみつレモン水を移して榛名に渡す。
それをごくごくと飲み干す。
「ん~、おいしいですねぇ。 これ。」
甘さと同時に感じるレモンのすっぱさが心地よい。
飲み干すとシートに腰を下ろした。
目の前の波打ち際でじゃれ合う秦とこども達を見ている二人。
「鳳翔さんは・・」
「はい?」
「提督の事を、愛してらっしゃいますか?」
「え?」
ストレートに聞かれて、一瞬、戸惑ったが、
「ええ。 私は・・あの人を愛しています。」
「そう、ですか・・」
と答えて視線を逸らす榛名だった。
「榛名さん、あなたはあの人、提督のことを、どう思ってますか?」
「わ、私は・・ 提督のことをお慕いしています。 上官としてだけではなく、も含めてですが・・」
「それは、あの人も喜ぶでしょう。」
「鳳翔さんは、それでいいんですか?」
「なにが?」
「その、複数の艦娘に好かれている提督のお側に居て、気にならないのかなって・・」
「それは、気になりますけど。 ・・でも、気にしても何も始まりませんから。 それに、あの人のことを思うのは、各個人の自由ですから、私に、止めろ、なんていう権利はありません。」
「そ、そんな・・ 鳳翔さんは、寛容過ぎます。」
「そうかもしれませんね。 でも、今は、この子がいますから。 あの人の遺伝子を受け継いだ、この子が。」
そう言って膨らみ始めたお腹を擦っていた。
「それを言われると、太刀打ちできませんね。 鳳翔さんの懐妊は、私たち艦娘の夢の実現でもあるんですから、期待しています。」
「何を話しているんだい?」
と気が付くと秦が海から上がってきていた。
「アイツらときたら、元気なんだからさぁ。 こっちの息が切れちまって。」
そう言ってシートに倒れ込むように、寝っ転がった。
「ああ-! 疲れた!」
「フフフッ。 お疲れ様です、あなた。」
「二人して何を話してたんだ?」
そう秦が聞くと、
「ふふふ。 それは、ひ み つ です。 ね? 榛名さん。」
鳳翔が榛名をみて、微笑んでいた。
「そうですね、ひみつ、です。」
と榛名も微笑みを返す。
「あれ? 教えてくれもいいんじゃない?」
「「ひ み つ です。」」
と二人が声を揃えて言う。
「あ、いきなりシンクロして。 しょーがないねぇ、また今度にするか。」
そのうちにこども達全員が海から上がってきた。
「あー、疲れたぁ。」
と言いながら、レジャーシートに座り込むヤツ、いきなり寝っ転がるヤツ。
散々、遊んできたから。
でも、顔はにこやかだった。
皆笑っていた。
その顔を見た秦は、良かった、遊びに来て。 と思っていた。
そして、徐に立ち上がり、
「それじゃあ・・ ほい。」
と、鳳翔を抱き上げた。
「きゃ な、何を?」
「何をって、鳳翔も足だけでも海に浸かろうよ? 嫌?」
「もう! 自分で歩きますのに。」
「じゃぁ、歩いてもらおうかな。 ちょっとは運動もしないとね。」
そう言って鳳翔を降ろし、鳳翔はいつものタイツを脱いだ。
鳳翔の手を引き、秦と共に波打ち際へと降りていく。
袴をたくし上げ、鳳翔の膝あたりの深さまで海に入っていた。
「あぁ、冷たいですね。 でも、気持ちいいですね。」
と鳳翔は秦を見上げながら、微笑んでいた。
「鳳翔も水着を持って来れば良かったかな?」
「ふふふ。 でもこの子がいるうちは、遠慮しておきます。 次に来るときは・・ もう一人、増えていますね。」
頬を赤めながらそう言ったが、それを聞いた秦も頬が赤かった。
「そうだな。 来年になると、もう一人増えているな。 そうしたら、またみんなで遊びに来ような。」
「ええ。」
◇
そんな二人を浜辺から見ているこども達と榛名。
「相変わらず、熱いねぇ。」
「もう見慣れちゃったけど、ホントにラブラブだよね。」
「あら、そんなに言ったら悪いわよ?」
とは榛名だった。
「榛名さんは、まだ知らないかぁ。」
と言ったのは皐月で、
「そうだよ。 一緒に住んでないから知らないんだよね。」
とは睦だ。
「ん?」
頭の上に?マークが浮かぶ榛名。
「家でも、ラブラブだよ。」
とは弥生だ。
「居間でみんなと一緒に寛いでいるときでも、手は恋人繋ぎしてるしぃ、父さんの膝の上にお母さんが座ってるしぃ。」
と言うのは皐月で、
「テレビを見てるより、お互いを見てる方が絶対多いよね、あの二人は。」
とは朝霜だった。
それを聞いて、顔を赤める榛名だが、
「そ、そこまでやってるの?」
「うん。 いつものことぴょん。」
「だから、見慣れちゃってさ。」
「そ、そうなんだ。」
ちょっと引く榛名だった。
◇
空を見上げると、陽が山に掛かりそうな頃合いになった。
「そろそろ、帰るとするか。」
「ええ。」
秦が鳳翔を、またも抱き上げて、
「きゃ!」
声をあげるものの、秦に抱きついていたのだった。
パラソルのところまで帰って来た。
皆のところに戻ってくると・・
「ん? どうした?」
皆の視線が、冷たい感じがしていた。
「別に。 相も変わらず、良くやるなぁってね。」
「まったく、いつまでたっても、ラブラブだもんねぇ。」
赤くなる秦と鳳翔だった。
「そ、そろそろ帰るぞ! 皆、支度して!」
はいはい、と返事をされたような気がしていた秦だが、榛名を見ると、笑っていた。
支度を終えると、船に乗り込んで呉港まで帰って行った。
呉に着く頃には、夕方になりかけたころだった。
「皆、お疲れさん。」
「うん、楽しかったね。」
そう言って官舎へと入って行く。
榛名は港で別れて、艦娘寮へと戻って行った。
ちょっとした息抜きをした一日だった。