その内容は・・・
今年は残暑厳しい秋になっていた。
そんな時期、軍令部から、新たな計画の発表を行う、との連絡が来た。
しかも、軍令部まで出向くように、とのことだった。
指示を受けたのは、各鎮守府の提督と秘書艦の2名ずつ。
呉からは、秦と大石の二組にも出席するように、とのことだった。
そのことで腕を組んで考え込んでいた秦が、
「うーーん・・」
と唸っていると、
「どうしました、提督?」
と声を掛けたのは秘書艦の榛名だった。
「秘書艦も含めて出席しろ、とは、どういうことだろうと思ってねぇ。」
「さぁ・・上の方の考えは、判りかねますから・・」
困り顔の苦笑いをする榛名。
そんな時、横須賀の秋吉から通信が入った。
「よう。 元気か?」
「これは、秋吉提督。 提督もお元気そうで何よりです。 今日は、何用でしょう?」
「ははは。 そう訝しがらなくてもいいぞ?」
「はぁ・・」
「実はな・・ お前さんのところにも呼び出しが来ていると思うが、その会合が終わったら、ワシのところまで来てくれんか、と思ってな。」
「横須賀に、ですか?」
「ああ。 久しぶりにつまらん話でも、と思ってな。 で、付きそう秘書艦は鳳翔か?」
「いえ、まだ決め兼ねています。」
「なら、鳳翔を連れてきてくれ。 久しぶりに会いたい連中が居るだろうからな。 頼んだぞ。 じゃあな。」
と言って通信が切れた。
「え? 私ですか?」
「秋吉提督のご推薦だ。 鳳翔、お願いできるかな?」
「私は、構いませんけど・・ 秘書艦は、今は榛名ちゃんにお願いしていますし・・」
「榛名は、いいですよ。 しっかりとお留守番しています。」
「すまないな。」
そんなこんなで、秦に付いて行く秘書艦は身重の鳳翔となった。
大石大佐は当然のこと、五十鈴だった。
◇
軍令部に赴く日の朝、0830に桟橋にやってきた。
軍令部に赴くのに、飛行艇を使うことにした。
「すまないな、榛名。 秘書艦業務に加え、提督代理までお願いしちゃって。」
「いえ。 大丈夫です。 ご安心ください。」
と微笑んで榛名が応えてくれた。
「では、行ってくるよ。」
そう言って、大型の2式大艇を改造した輸送機に秦、鳳翔、大石大佐、五十鈴が乗り込んでいく。
二人ずつペアで座席につくと、間を置かずに離水体制に入っていった。
四機のエンジンが唸りを上げながら海上を進む。
飛行艇だけあって、揺れは船そのもの。
速度が上がって揺れが大きくなったかと思うと、離水し、振動が無くなった。
飛行艇の速度は時速450kmほど。
目的となる晴海ふ頭まで2時間ほどかかることになる。
その機内では、
「今回の召集は、何なんでしょう? 新たな計画と言ってましたけど?」
と鳳翔が秦に問うた。
「さぁな。 ある程度の予想はつくが・・ 大佐は・・どう思う? 何か知ってるんじゃないか?」
秦がそう言うと、鳳翔の視線が大石に向かった。
「あら、そうなんですか?」
「え、いやぁ、知ってる事なんてないですよ。 ハハハ・・」
笑い声が乾いていた。
「隠さなくてもいいだろ? 君は軍令部に伝手があるんじゃないのか?」
「・・ご存知でしたか。」
バレた、ような顔をする大石だった。
「薄々な。 で、どうなんだ?」
「今回は、南洋にある泊地の数か所に艦隊を増強し、敵に対する攻勢の体制を整える、というのが目的と聞いています。」
「ま、そんなとこだろうな。」
「正直、私もこれ以上のことは、判りかねます。」
そこで話が終わった。
2時間ほどの飛行時間、鳳翔は、秦の隣に座って寄り添っていた。
秦は鳳翔に、
「まだ時間があるから、足を崩して楽にしてていいよ。 機内は寒いだろ? 羽織をはおってればいいよ。」
と言うと、
「じゃぁ、お言葉に甘えて。」
と返してきた。
草履を脱いで、座席の上に足を載せた。
持って来ていた羽織を頭から被って秦にもたれてきた。
「これなら、あの二人にも見えませんから・・」
そう言って腕に絡んで来た。
秦も羽織を頭から被り、鳳翔の唇を捉えていた。
「んっ・・」
二人から漏れる音は、見事にエンジン音に掻き消されていた。
また、五十鈴も大石に寄り添っていたが・・
「五十鈴、重いよ・・」
「何よ。 いいじゃない。 減るもんじゃなし。 それに・・ 嬉しいくせに。」
「そ、それは、そうだけど・・」
「向こうみたいなことをしろ、とは言わないわ。 ただ、このまま居させてよ。 いいでしょ。」
お互い赤い顔をして、微妙な言い合いをしていたのだった。
◇
2時間弱の飛行の後、飛行艇が晴海ふ頭に着水した。
手配されていた車で軍令部まで移動した。
到着した建物は、軍令部のものではあったが、複数の建物に囲まれている建物だった。
到着した時点で1130だったので、とりあえずは腹ごしらえ、と食堂で昼食を済ませることにした。
ここの食堂は、至って普通の定食屋であった。
秦も鳳翔も、初めて利用する食堂だったが、食べられるだけでも、と思っていたので、四人は同じメニューで済ませることにした。
頼んだのは、豚生姜焼き定食だった。
ただ・・ 量だけは多かった。 味はそこそこ行けたのだが。
昼食を終え、本来の目的の会議に臨んだ。
会議室は、窓はなく、電球の明かりだけが煌々と点いていた。
部屋には、横須賀の秋吉と赤城が既に座っていた。
秦たち四人も秋吉の隣に座ることにした。
見渡すと、大湊の立華も秘書艦の曙とともに座っていた。
互いに軽く会釈を交わすのだった。
時に1300になった。
他に数組の提督と秘書艦を認めたが、席に着くなり、お偉方が入室してきたため、言葉を交わすことなく、本題が始まった。
「今日、ここに、全国の鎮守府の提督達に集まってもらったのは他でもない。 探していた敵の所在地、根拠地が明らかになったのでな。」
各提督に、分厚い冊子が渡された。
”作戦計画書”・・
その後、時間を掛けて計画の説明がなされた。
ただ、”作戦計画書”には、詳細な艦隊編成の記載がなかった。
計画の説明が終わったころ、大湊の立華提督が口を開いた。
「計画については、理解しました。 ・・しかしながら、時期の記載があるものの、艦隊編成に関する部分がすっぽりと抜け落ちているのではありませんか?」
と。
「さすがに分かるかね。 艦隊編成はこっちを見てくれ。 なお、以後の質問は一切、受け付けない。 また、これ以外の実施細目は君たちに一任するので、よろしくやってくれたまえ。」
そう言われて別冊の冊子を渡された。
こちらも、そこそこの分厚さだった。
「こ、これは!」
立華はそこまで言って、黙ってしまった。
(この編成、この量・・ これはこれは・・)
秦も同じように声を出すくらいまでに驚くほどのモノであった。
しばらく沈黙のあと、
「以上で終わりだ。 皆、あとはよろしく。」
と会議が終わった。
各提督達は、反論も意見もすることもなく、終わったのだった。
◇
お偉方が退室した後、
「何よ、何にも言わないなんて。 どういう事?」
と最初に口を開いたのは、大湊の秘書艦・曙だった。
「聞いただけでも、大層な計画だけどさ。 で、あんたはどうするのよ?」
と自身の提督の立華に詰め寄る。
「どうも、こうも、無いさ。 やるだけさ。 ただ・・」
「ただ、何よ?」
「ただ、自由度はそれなりにありそうだな。 そう思うだろ? 楠木提督。」
「ええ。 個々の自由度は高そうですが、それ以上のレベルではかなり、限定されていますね。」
計画書と別冊を繰りながらそう答える秦だった。
既に時間は1800を過ぎていたため、各提督は用意されたホテルで泊まることになった。
チェックインを済ませた秦と鳳翔、大石、五十鈴は、遅めの夕食を摂りにホテルのレストランへと向かった。
その途中で秋吉に捕まってしまった。
「よう。 これから飯か? なら、ちょうどよい。 ワシに付き合え。」
と。
連れてこられたのは、ホテルの地下にあるバルだった。
それも、個室に。
「ここなら、多少の音は漏れないだろう。」
そう言って皆が座った。
秋吉は赤城を伴っていた。
都合6人となった。
「まずは、乾杯といこうじゃないか。 あ、鳳翔はソフトドリンクだな。」
「ご丁寧にありがとうございます。」
と鳳翔が答えていた。
全員に飲み物が届くと、秋吉の音頭で乾杯をした。
早速、秋吉が口を開いた。
「まずは・・ 楠木、例の計画、どう思う?」
「そうですね。 前回から1年以上経つわけですけど、あの時以上の戦力を投入しようと言うのは、軍令部も本気だ、という事でしょう。」
「ですが・・」
そこで口をはさんできたのは赤城だった。
「ですが、前回から充分に回復したとは言い切れませんよ?」
「確かに、そういう一面もあるんだけど、なぁ・・」
「まぁ、泣き言も言っておられんぞ、赤城よ。」
「はい。 それは理解していますが、少しぐらいの愚痴を言いたいじゃないですか。 ね、お母様。」
「フフフ。 そうね、少しは言いたいわね。」
「鳳翔、あんまり、大きな声では言わないでおくれよ。 また憲兵にとっ捕まるのは御免だからな?」
「はい。 分かってます。 私もあんな思いはしたくありませんから。 それに、この子たちもいますから、なおのことです。」
鳳翔の手が膨らんだ下腹部を擦っていた。
「そうじゃったな。 で、今は何か月なのだ?」
「もうすぐ7か月になりますか。」
「では、生まれるのは年明けになるのか。」
「ええ。 予定で行けばそうなりますね。」
「そうすると、生まれてすぐ、と言うことになるか。」
「まぁ、そうなりますね。」
そう答えた秦だが、返事は生返事だし、表情も今一つ暗かった。
その理由も鳳翔は判っていた。
「あら、楠木提督、暗いわね。 どうしたのよ? 艦隊運用も判断力も申し分ない提督が黙ってるなんて。」
そう問うのは五十鈴だった。
「ん? うん・・」
そんな返事の秦を見て高笑いする秋吉だった。
「ワハハハ。 五十鈴はまだ知らんか。」
そう言われて、頭の上に”?”がいくつも浮かんでいた五十鈴だった。
「何を隠そう、楠木は、退役する気なんじゃよ。 ただな・・」
「え? 退役? このタイミングで?」
頭の上の”?”から一転、驚きの表情になる五十鈴。
「まぁ、最後まで聞いてくれんか。 退役する気があるんじゃが、今日の話を聞いてしまった。 聞いてしまったからには、今すぐに退役することができなくなってしまった、と思っておるんじゃよ。」
「提督、それ以上は勘弁してください。」
「ガハハハ。 正直なところ、聞いてしまったからには、退役しても監視は付くからな。 最低でも軟禁じゃろうな。」
「それって・・」
五十鈴が秦を見つめる。
当の秦は、俯いて、溜息をつくしかなかった。
その秦の手を、やさしく包み込む小さな手があった。
隣に座っている鳳翔の手だった。
「私は、あなたと共に居ますから。 どんな時でも一緒にいますから。」
そう、微笑んでいた。
「ん。 ありがと。 鳳翔。」
秦は鳳翔を見つめていた。 そして、
「提督の仰る通り、聞いちゃいましたからね・・ 辞めることも出来なくなりました・・」
と諦めの表情をしながら答える秦だった。
「辞めるのは・・ 終わってからになりますか・・」
「ああ。 生きておればな。」
「そ、それは困ります! 生きてもらわないと! この子たちの成長を一緒に見たいですから!」
と大声の鳳翔だ。
「そうじゃったな、すまん、すまん。」
鳳翔の声に、平謝りの秋吉だった。
「ん? お母様、今、”この子たち”っていいました?」
鳳翔の言葉に、ひっかかった赤城が聞いた。
「ええ。 言ったわよ。 だって、双子ですもの。」
「は? そうなんですか!」
「おぉ、なんじゃ。 艦娘初の懐妊だけではなく、双子とな。 楠木、貴様はやっぱり何か持っているのぉ。」
「はぁ、そう言われましても、できちゃったものは仕方がありません。」
「双子ですか。 でも、楠木提督は養女が・・、たしか五人ですよね? 睦ちゃんに皐月ちゃん、卯月ちゃん、弥生ちゃん、朝霜ちゃん。 そうすると、7人ですか。」
「ハハハ。 そうなるね。」
引きつり笑いの秦であったが・・
「あら、もっと言えば、私はもっと多いですよ? ね、赤城ちゃん?」
と鳳翔が言うと、赤城がバツの悪そうな表情をしていた。
「へ? あ、そうですね・・ へへへ。」
「ある意味、あなたも私の”こども”の一人なんですから。」
「まぁまぁ、その話はその辺にしておかんか。 話は戻すが、貴様はどう思う?」
「そうですね。 あまり大きな声では言えませんが・・」
と前置きして話始める秦。
「結局のところ、米国の大戦略に巻き込まれて、米国一強しか残らない、でしょうか。」
「楠木提督、そはどういう事でしょう?」
秦の意見に大石大佐が疑問を投げかけた。
酒を一口飲んでから秦が話す。
「ん、あの計画書と艦隊編成表・・ 詳細までは書かれていないけど、前回と大きく違うのは、米国の戦略空軍があることだよ。」
「戦略空軍、ですか?」
「うん。 開戦当初は、戦略空軍機による先制爆撃に始まり、艦隊攻撃。 次に第二次の爆撃だ。 で、艦隊突入を行い、最後も戦略空軍による焦土爆撃だ。
今回の戦闘を考えれば、戦略空軍に被害は全く想定されていない。 つまり、戦略空軍による爆撃は、間違いなく高高度からの絨毯爆撃による殲滅戦だろう。」
「え? 被害なし、ですか?」
「戦略空軍に関して言えばね。 海上から攻める我ら艦隊は、戦略空軍の露払いにしか考えていないんだろう。 軍令部がどこまでそのことを知っているか・・」
「やはり、貴様も気づいたか。」
「ええ。 気づきますとも。 これを気づかない奴が居るとしたら、そ奴は無能者ですよ?」
「でも、あなた、その、高高度っていくらからなんです?」
「計画書には高度五千メートルから、となっているが、実際は、高度一万から一万二千メートルじゃないかな。 いくら高射砲でも高度一万メートル以上の目標に当てることは、ほぼ不可能だからね。」
一万メートル以上・・ 五十鈴や大石が息を飲む。
「それに、投入される戦略空軍機は、都合、一千機に上るのではないかと・・」
「え、一千機ですか??」
驚く五十鈴。 食べていた箸が止まるくらい、驚いていた。
「米国の工業力は桁が違いますからね。 ま、我々艦隊側からすると・・ 下手をすると、その爆撃に巻き込まれて、艦隊全滅もあり得るかと。 おそらく、投下される爆弾は、50番や80番のような1個の爆弾ではなく、子爆弾を多数組み込んだ、親子爆弾でしょう。」
秦がそこまで言うと、沈黙の時間となった。
”ごほん!”と秋吉が咳払いをして、
「そこからは、明日、ワシの部屋で話そうか。 これ以上話すと料理が不味くなる。」
「はい。」
その後、6人が料理に舌鼓を打った。
普段から料理することの多い鳳翔も、今日は用意する必要がないと思うと、いつもより多めに食べているようだった。
「この生ハムはおいしいですね。 塩加減が強すぎずいい感じですぅ。」
赤城は、牛頬肉の煮込みが気に入ったらしく、お代りをしていた。 しかも数回・・
大石は、五十鈴と料理を分け合っていた。
その行為は、秦と鳳翔を見て、やってみたかった、だった。
「はい、五十鈴。」
「あ、ありがと。」
そうやっている二人の顔は・・ 酒に酔ったのか、赤かった。
秦と鳳翔は、一皿一皿の味を確かめるように、分け合って食べていた。
「このお肉は、柔らかいですね。」
「そうだね。 ソースは、ちょっとバターが強いかな?」
「ええ。 バターを減らして、ガーリックを利かせてもいいかもしれません。」
なんて言いあいながら。 まるで料理を審査しているようだった。
その後、料理を十分に堪能した六人は、明日に備えて休むことにした。
秦と鳳翔は当然のこと、同室だった。
「大勢とは言え、いつもとは違う感じだったね。」
「そうですね。 大人な食事会、でしたね。 これはこれで楽しかったですよ。」
期せずして六人の食事会となったことの感想を述べあっていた。
シャワーを二人で浴びるものの、バスタブの中で抱き合う。
お湯で上気しているのか、濡れた唇を、互いに求める。
朝の機内から半日ほどしか経っていないが、また互いに口付けをする。
んっ
今ここでは、なんの邪魔も入らない。
口付けは数度、それも1回が長い・・
充分に堪能した鳳翔が秦にもたれ掛かる。
「フフフ。 二人だけの世界、ですね・・」
「ああ、そうだね。」
そう秦が言うが、更に、
「鳳翔の、唇は・・ 柔らかい、よ。」
「や、だ・・」
また視線が重なり、目を閉じてまた口づけをする。
シャワーを終え、ベッドに入った二人。
大きくなった鳳翔のお腹を擦りながら、
「だいぶ大きくなったね。 ここに俺たちの、二つの命があるのか。」
「ええ。 まだ大きくなるそうですよ。」
「えっ、そうなの?」
「はい。」
「元気な子であれば、文句は言わないけどね。」
フフフ、ハハハ と笑っていた。
そして二人は眠りに就くのだった。