「猛者、一つ確認したい。神フレイヤが神ヘスティアの眷属を気に入っている……間違い無いか? 弟が同派閥内で浮いていてな。主神は顔見知りなのでパーティを組むのを薦めようと思ったのだが」
「……止めておけ」
リヴィラの街が目前まで迫った頃、ヴァルツは少し悩んでいた事を相談してみた。ヘスティアがホームに居候中は駄目人間の見本みたいな自堕落さに天界に帰すべきだと思った程ではあるが追い出された後は屋台でのバイトを順調に続け、眷属とも良好な関係を結べている模様。ヴァルツからすれば見た目が同じだけで全く別の生き物である人間に恋心を抱いている事が理解出来ないが、怪物祭の一件の噂からも善人であると評価を下した。
なので仲間の居ない弟に同程度の強さの仲間を作って欲しかった彼からすれば良い人材なのだが、どうもフレイヤが目を付けている様子が伺える。神は時に人に理不尽な試練を与えるがフレイヤはその傾向が強い。弟が巻き込まれてはと心配して訊ねた結果は明言せずとも警告の類が返ってきた。
「そうか、ならば俺からは何もしない。……だが、奇縁悪縁の類でも彼奴自ら関わるのならそれは仕方ない。不興を買わない程度に忠告だけしておこう」
弟も一人前であるし何から何まで干渉するのも、とは思いつつ言外に弟を巻き込めば自分は介入する腹積もりであると述べる。オッタルもフレイヤの意志ならば試練を乗り越えろと口にはするが思うところがないわけでもなく無言で返す中、ヴァルツは真剣な表情を保ったまま口を開いた。
「所でだ。春姫の尻尾や耳をモフモフしてみたいのだが獣人的にどうなのだろうか? 触られたら嫌な感じのする場所か?」
「……特に嫌悪を感じる場所ではないが身体の一部だ。恋人とはいえ同意は取れ」
真剣な顔で何を訊ねるのだと呆れながら当たり障りのない忠告を済ませたオッタルが街に足を踏み入れれば否が応でも注目が集まる。普段はあまり来ないオッタルでも今日の人の少なさは奇妙だと思いながら進めば見知った姿が目に入った。丁度ロキ・ファミリア一行がボールスと話をしている。
(終わるまで待つか)
特別仲が悪いわけではないが良好でもなく、敵対してぶつかる事もある派閥相手だ。街で暴れてフレイヤの名に泥を塗ってはと物陰に身を潜め、会話が終わって一行が去ってから目的のアイテムの商談に移ろうと待っていたがただ事ではない様子。どうも女が犯人の殺人があったらしく、Lv.4のハシャーナが被害者だった。荷物が荒らされており何かを探した痕跡があると、対して抵抗も出来ずに殺された彼よりものフィン達を疑い、女性陣の誰かが色仕掛けをしたのではと言い出したのだ。……但しティオナは除く。
「オッタル、今回の調査だが犯人が関係しているであろう物が理由だ」
「……そうか」
今回詳細こそ聞かされていないが、フレイヤが黒幕でない限りはオッタルでさえ対処できない可能性のある害が及ぶ、その様な事を聞かされては黙ってはいられない。ヴァルツの言葉を聞いて介入しようとしたオッタルだが憤慨した様子の春姫の声で足を止めた。
「ばばば、馬鹿なことを言わないで下さいませ! 私が肌を許すのはヴァルツ様のみ。あの方なら何処を見られても尻尾や耳を好きに触られても構いませんが、他の殿方などごめん被ります!」
「……だそうだ」
「ふむ。流石に大勢の前だと恥ずかしいな。……おい、ボールス。犯人が探している物に心当たりがある。俺が本人から受け取った」
純情であると同時に脳内ピンクの春姫はあらぬ疑いにとんでもない事を口走り、流石に止めようと姿を現したヴァルツの姿を見るなり瞬時に気絶、レフィーヤが慌てて受け止める。彼の登場で驚くフィン達だったが、背後から現れたオッタルの更なる登場にその驚きは上書きされた。
「んげっ! 猛者が何で此処にっ!? ……つーかヴァルツ。お前、噂になってんぞ。殺された奴と酒場で接触してたってな」
「実際に接触して荷物を受け取った。先程まで三十階層まで行っていたのだが……」
特にボールスが驚きつつも有名人故に目立っていた友人に話題を向ける。ギャラリーがザワザワとする中、まるで受け取ったその足で三十階層まで行っていたかのような発言と共に鞄を持ち上げた時、様子を眺めていた鎧姿で顔に包帯を巻いた男が飛び出して来た。速度は第一級冒険者の中でもトップに匹敵し、咄嗟の事に近くにいた誰も反応できない。
「こうも見事に引っ掛かるとはな。……余程大切な物だったか?」
「ぐっ!?」
いや、唯一反応出来た者が一人だけ。都市最強の冒険者、猛者オッタル。襲撃者の速度はLv.6にすら届くが彼はLv.7。荷物に向かって伸ばされた腕を優々と掴み砕けそうな握力で逃がさないと握り締める。思わず声を漏らした男が発したのは女の声だった。
「女っ!? だってその人はどう見たってっ!?」
予想外の事態に思わず声が出るレフィーヤ。犯人は女だろうと警戒を向けてなかった者の中から出て来た第一級冒険者並みの速度の持ち主、更に包帯の隙間から見える男の顔。それが出した声が女だった事は彼女を混乱させるのには十分で、オッタルは僅かに眉を動かしただけで掴んだ腕を引き寄せ、振り払おうともがく男の顔を掴むと包帯ごと顔の皮膚をむしり取る。その下には女の顔が隠れていた。
赤い髪の女。少なくてもこの場にいる誰も彼女を知らない。ハシャーナ程の冒険者を一方的に殺害した程の力にも関わらずだ。
「頭を潰したのはこの為だったのか。……ボールス、皆を避難させよう。巻き込まれれば只じゃ済まない」
いち早く冷静になったフィンが親指の疼きを感じて警告を出すも混乱収まらぬ者達は動けない。猛者が相手を掴んでいるというのもあってどこか安心していたのだろう。女はもがくも振り払えないと悟るやいなや空いた腕で捕まれた腕の肩口を掴み、自ら腕を引きちぎった。飛び散る血飛沫と一切の躊躇無く行われた行動にオッタルでさえも動きが止まり、女がヴァルツの鞄に手を伸ばし掴んで引き裂くのに充分な時間が生まれる。
「宝玉が無いっ!?」
「ああ、既に処分済みだ」
目的の物が入っていない、ブラフに引っ掛かった事で生まれた隙はオッタルの、都市最強の冒険者の前では余りに致命的。腕を伸ばしがら空きになった脇腹に豪腕が叩き込まれた。重厚な衝突音と同時にくの字に曲がって飛んでいく彼女は骨が砕け内臓が幾つかやられたのか血反吐を吐き散らかし岩盤に衝突。衝撃で砕けた岩の欠片が散らばった。
「……堅いな」
「君がそう言うなんて……ただ者じゃないね、彼女」
硬質な物を殴った事による痺れ、長らく感じていなかった感触に思わず呟いたオッタルの隣で槍を構えたフィンが見詰める先ではダメージこそ大きい様子だが立ち上がり戦意を失っていない女の姿。覚束無い足で立ち上がった彼女が指笛を吹き鳴らした瞬間、リヴィラの街を包囲する程の食人花が現れた。
「……此処は退かせて貰う」
食人花の一体が彼女を頭に乗せて街の外まで退避を始め道を塞ぐように間に他が殺到する。まだ混迷する住民達に食人花が襲い掛かる中、風を纏ったアイズが飛び出した。
「逃がさない」
「……その風。 そうか、貴様がアリアか」
「っ!?」
女が呟いたアリアの名にアイズが動揺から固まり、その隙に女は街を囲む湖に飛び込んだ。水音が響いて食人花が迫ってもアイズは固まったままであり、食らいつこうとした一体の魔石をフィンが投擲した槍が貫き砕いた。
「アイズ、今は集中しろっ! ボールス、三人一組で対処するように指示を。魔石は上顎の奥だっ!」
もう一本の槍を構えながら指示を出すフィンだが、彼の心中は穏やかでない。彼にとってアリアの名はそれ程までの物だった……。
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