正面から向かってくる三体の食人花に対してヴァルツは大剣に変えた大金剛を構えて横一文字に振り抜く。刀身二メートルに及ぶ刃は三体の上顎を纏めて斬り飛ばし、続いて向かって来た一体に突きを放てば長槍に変化した大金剛が魔石を砕くが背後からも食人花が迫っていた。
(体が軽いな。……これも春姫との愛の力か)
互いへの愛の深さがステイタスの向上に関わるというスキルの効果を実戦で実感したヴァルツは槍を刀に変えて食人花の頭部を切り落とし、着地して周囲を見渡せば既に多くの食人花は討伐されていた。中で最も多くを倒したのは矢張りと言うべきかオッタルである。初見の相手を剣で滅多切りにして軽々としとめるだけでなく、危うい所だった他の冒険者を助ける余裕すら有る。そして最後にリヴェリアの特大の魔法が纏めて氷結させた所で勝負はついた。
……赤い髪の女に逃げられた時点で完全なる敗北である。それは彼らも思っているのかロキ・ファミリアの顔も浮かない様子。特にアイズは未だに動揺を鎮められずにいた。
「あの人、どうしてあの名前を……」
静かに呟いた問い掛けに答えられる者は誰も居らず、怪我人の治療を終えたヴァルツ達は一旦地上に向かう。その日の夜……。
「春姫、本当に良いのか? 俺に気を使わずとも良い。いや、気を使って無理をしないで欲しいのだが……」
この日、自宅に戻っていたヴァルツの隣には春姫の姿があった。偶にしか帰らないので掃除が疎かになっているヴァルツの家の掃除の手伝いや手料理の差し入れを行う尽くすタイプの春姫だが、ヴァルツも競売で億単位の値が付く魔導書を渡したり、自作の装備を譲ったりと貢ぐタイプなので似たもの同士上手く行っているのかも知れない。尚、現在は弓を製作中だ。名前も効果も普通ではないのは決定である。
ソファーに並んで座りながら何処かそわそわした様子で膝の上に手を乗せていたのだが、その上に春姫の手が重ねられ、傾けた身体を預けられる。
「気など使っておりません。春姫はヴァルツ様に触れて欲しいのです。私を見て私に触れて私を愛して頂きたい。それが願いで御座います」
照れながらも目を合わせて告げる春姫は静かに一度だけ頷き、ヴァルツの手が恐る恐るながらも伸ばされて目的の場所に触れた。
「……あっ」
想像以上の感触に最初は遠慮がちだった動きが徐々に速くなると同時に春姫の口から艶やかな声が漏れて動きが止まるも先程同様に春姫の手が重ねられ続きを促す。ヴァルツも意を決したのか遠慮がなくなり始め、春姫は口元に手を当てて必死に声を押し殺そうとするも漏れていた。
「ふぁ……うっ、んっ……」
「しかし手触りが良いな。普段から手入れをしているのか?」
「は、はい! ダンジョン以外では毎日……。あの、今の顔を見られるのは恥ずかしいので……」
春姫は遠慮がちにしながらもヴァルツの膝に頭を乗せて寝転がり両手で口元を抑える。余程声を聞かれたくないのだろうが、ヴァルツは恥ずかしいのなら声を聞かないようにすべきかとは思いつつも手の動きを抑えられない程に夢中になっていた。
「……お前の尻尾の毛並みは最高だな」
「ヴァルツ様が下さった櫛で手入れをしておりますので。……耳も触りますか?」
「是非っ!」
春姫のフサフサの尻尾を堪能したヴァルツの言葉に尻尾が嬉しそうに揺れ、続いて耳に手が伸ばされれば此方も元気に動く。この日、ヴァルツは春姫の尻尾と耳の手触りに満足し、二人共ステイタス補正が更に向上した。
(……顔を見られたくないのなら膝枕でなく抱き締めて貰えば良かったでしょうか?)
この日の晩、ベッドの中で後悔する春姫だが、絶対に恥ずかしさで気絶するから膝枕で正解だっただろう。だが、そんな事など知らぬとばかりに悶々とする春姫が眠ったのはこの一時間後。夢の内容は抱き締めて貰った後の展開であった。
「……純情エロ狐」
余談ではあるが春姫は寝言が多く、トイレに起きていた同部屋仲間は毎度のことに呆れてしまう。内容は察して欲しい。自室でも遠征中のテントの中でもこうなのだからロキ・ファミリアの中には既に行くところまで行っていると思っている者も居るが致し方ないのかも知れない。尚、最近まで筆頭はレフィーヤであった。
だが、この二人キスすらまだである!
「女神だけの秘密の会って何かと思ったら……」
ヘファイストス・ファミリアのホーム兼店舗ではヘスティアがバイト中である。ベルの為に億単位の借金を背負った彼女は屋台のバイトと掛け持ちして居るのだが、休憩時間にヘファイストスから聞かされた話題に少し呆れた様子だ。
内容はヴァルツと春姫の恋愛について。直接的な支援に出る推進派と見守る傍観派に分かれた上で双方とも会報を作って互いを牽制しつつ同士を増やしている。最も応援と言っても薬を渡そうか、誘惑して恋の試練を、など好き放題に書くだけで実際は誰もさほど行動に出ない。精々町中で出会ったらアドバイスをする程度。これには傍観派にはロキやフレイヤが所属しているからとの噂がある。
「これだから暇を持て余した神ってのは。他にやること無いのかな?」
「ぐーたらし放題だったアンタにだけは言われたくないと思うわよ? ……私としては不安がない二人の事よりもこっちの方が興味を引かれるわね」
未だどちらにも所属していないヘスティアとヘファイストス、特にヴァルツの主神であるヘファイストスには両方から勧誘が来ているらしいがプライベートには口出ししないと拒んでいるのが現状だ。少し前の自分を棚に上げて他の女神の暇つぶしを非難する神友に呆れながら一枚のゴシップ記事を手に取る。少し前から噂になっている謎の鎧男についての記事であった。
「ああ、僕も知ってるよ。怪我を負った冒険者を助けたり遺品を持ち帰ったりする正体不明の連中だろ? 都市の近くの村を襲うモンスターを退治してちょっとした英雄扱いだそうじゃないか」
「……そう。装備で全身を隠して顔も体型も種族も分からない謎の連中。ギルドが彼らへの不要な詮索や干渉を控えるようにって言っているし、罪人を使ってるって噂よ。ウチも何人か助けられたらしいけど装備品の質がだいぶ上質だって話だったわ」
少しだけ気になったのでホームに居る椿以外の上級鍛冶師にそれとなく話を振ってみたが特にこれといった情報は無し。当然、ヴァルツもこう言っただけだ。
『謎の鎧の集団の装備について何か心当たりがないか? いや、少なくても都市の人間にも都市外の人間にも噂に聞くような装備は作っていないな』
神は人の嘘を見抜ける。ヴァルツの話に嘘はないと判断したヘファイストスだが、矢張り店で売っている中でも上の方の品に匹敵するだろうと聞かされれば気になって仕方がなかった。
「ふーん。でもギルドにはあまり詮索するなって言われているんだろ? じゃあ諦めたらどうだい? おっと、そろそろ休憩が終わる。僕は持ち場に戻るよ。仕事を早く終わらせて愛しのベル君を出迎えてあげなきゃ!」
張り切って仕事に戻る友の背中を眺めながらヘファイストスは一つ思い付いた。ヴァルツと言えば弟のヴェルフがヘスティアの眷属であるベルと同様にソロでダンジョンに潜っていたな、と。今はベルがサポーターを雇っているが仲間が増えるのは悪いことじゃ無いだろうと。
「仕事終わりにでもヘスティアに提案してみようかしら? ……それにしても何か引っかかるのよね」
心の中のモヤモヤの正体が分からぬままヘファイストスは仕事に戻る。鍛冶場に入った途端に雑念は消え、仕事に没頭するヘファイストス。暫くの間、金属の音のみが響き渡った。
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