波で揺れる客船のデッキに出た春姫は手摺りに手を掛けて夜景を眺めていた。この日は純白のドレスを身に纏い、軽く化粧をして髪と同じ金色の髪飾りを身に付けている。
「……綺麗で御座いますね」
もう日も暮れた時間が来ているが町の灯りは宝石の様に輝き、遠目に見える歓楽街の娼館のネオンは眩い。見慣れたはずの街の景色が宝石箱のようだと思いながら何かを期待するように隣に立つヴァルツに視線を送る。彼も普段着ではなくタキシードに蝶ネクタイと着飾っており、彼を見知ったものが見れば気が触れたのかと疑うだろう。そんな彼は春姫と同様に手摺りに体重を預け、彼女に視線を向けないまま所在なさそうに呟いた。
「お前の方が綺麗だ……程度の陳腐な言葉しか浮かばん。俺がもう少し気が利く男なら……」
内心ではもっと相応しい言葉があると想いながらも形にできない不甲斐なさに沈んだ彼は自虐的な言葉を吐くも、春姫が身を預けて寄りかかった事で中断させられる。驚いて視線を向ければ月明かりに照らされて輝く金の髪と美貌、普段は貞淑に隠している胸の谷間が間近に迫っていて思わず視線を知らした彼の顔は紅潮していた。
「気など利かせなくとも春姫はヴァルツ様のお言葉であれば嬉しいのです。ふふふ、でも今日は照れたお顔を見る事が出来て少し得した気分ですね」
「……あまりからかってくれるな」
「嫌で御座います。私も偶には悪女の振る舞いをしてみたいので……でも、唇を塞がれればこれ以上は何も言えませんよ?」
クスクスと笑う春姫には普段は見られない余裕が存在していた。本来ならば先程の言葉だけで照れてしまって顔を赤らめる彼女に身を寄り添う余裕が生まれたのは先日漸く口付けを交わしたから……ではなく先程飲んだお酒の力だろう。酔いが醒めれば一気に羞恥心を刺激される彼女だが今は気にする事もなくグイグイと迫っている。
言外にキスを強請り目を閉じて唇を軽く突き出す。ヴァルツは一瞬照れから迷いながらも彼女の方に軽く手を置いて唇を重ねた。時間にして数秒程度の軽いキスであったが酔いの力を得た春姫でさえもヴァルツの顔を真正面から見れない有り様だ。
「人の恋路を眺めるもんじゃねぇな……」
物陰から兄の恋愛を眺めていたヴェルフは船内に戻るには二人の前を通らないといけず大いに困る。軽く潮風に当たる程度のつもりだったのに酷い災難だと嘆くのであった。
ヴェルフに何故この様な不幸が降りかかったのか、それは今朝まで遡る……。
「船上パーティーの招待状? 何でまた貴方に……いえ、思い出してみればオラリオでも有数の鍛冶師でしたね」
豊穣の女主人の中庭での稽古中、昨夜訪ねてきた者から渡されたという封書について聞かされたリューはヴァルツが一応それなりの地位であることを思い出した。ステイタス補正の能力として毒の耐性を付加するなどは他にあるがヴァルツが作る魔具と称される装備品は格が違う。世間ずれした発言が多いので忘れていたが……。
「前に一度暇潰しに同じ主催者のパーティーに出掛けたのだが大勢の愛人を見せつける様に紹介された上に明らかなハニートラップを仕掛けられてな。……エルドラド・リゾートのオーナーのテリーとかいうドワーフだ」
「……」
その男の噂をリューは何度も耳にしている。オラリオには神々に嘱望されて多くの娯楽施設が存在し、その中のカジノ街は他国が強い影響力を持って一種の治外法権とまでなっている。その中で最大規模のカジノのオーナーがテリーであり、出回っているのは強権的で強欲な悪評だ。だが、それにしてもリューの表情は険しかった。
「それでどうなさるおつもりで? 別にお金に困るわけでもなく、カジノ街との繋がりも不要でしょう? ならば出来るだけ関わらない方が良い」
「まあ、そうなんだが神ガネーシャに頼まれていてな。ギルドの指令でカジノの警備などに団員を出向させているが怪しいから探るのを手伝って欲しいそうだ。まあ、愚弟に栄養を付けさせる良い機会だと思うし、ついでに探るだけ探ろう。取り敢えず護衛に裏で名が知れている二人が居るとは招待状を持ってきた男から聞き出したぞ。Lv.3で黒拳と黒猫……どうした?」
「……いえ、少し。それでわざわざ私に相談するという事は……何かあるのですか?」
「ああ、本題がある。それに入る前に導入として必要かと思ってな」
その二つ名に聞き覚えがあるのかリューは一瞬驚いた顔をするもヴァルツの問い掛けには首を振って誤魔化し、真摯な瞳で本題に入れと告げる。内容次第では未だ忠誠と信仰を向ける女神の為にも荒事に身を投じる気であったが、物陰から話を聞いていたシルは少々心配そうだ。
「そのハニートラップを仕掛けてきた女性は猫人だったのだが、彼女もこの店の店員の二人の猫人も語尾に猫の鳴き声を付けるだろう? 男は付けないし、他の獣人は男女共に普通の話し方なのだが……エルフが部族によっては認めた相手以外の接触を避けるのと同じ様な訳なのだろうか? デリケートな問題であるなら本人に訊ねるのも問題だしな」
「……それだけですか?」
見せられた招待状には数人の同行者も許可されると記されており、この流れならば変装しての同行を頼まれると判断したリュー。今の自分に対する葛藤や正義を貫くための覚悟、店主で鬼のように怖いミアにどうやって話を通すかの思案。それら全ては一瞬で無駄になった。
状況が飲み込めず聞き返す彼女にヴァルツも疑問符を浮かべた顔で返答する。先程まで漲っていた力がドッと抜ける瞬間で思わず木刀を取り落としてしまった。
「それだけだが……他に何か有るか?」
「やっぱり貴方は風変わりだ……。因みに私も知りません」
「それで私について来て欲しいのですか?」
「他にも有力者が招待されているようだし同じ様な手で俺を抱き込もうとする者も含まれるからな。ああ、誤解してくれるな。お前以外の女に目移りはしない。美神よりも美しいからな、春姫は」
「ええ、疑ってなどおりませぬ。……それとも春姫の信じる心をお疑いですか?」
一人残ると言いだしたアイズと、それに付き合ったリヴェリアを残して帰還した春姫は身なりを整えるなりヴァルツの家にやって来た。渡されている合い鍵を使うまでもなく既にヴァルツは家に居て出迎え、今は春姫が遊びに来た時にくつろげるようにと改築した極東風の部屋に敷いた畳の上で三人顔を付き合わせて船上パーティーについて話をしていた。
そう、三人だ。この場にはヴェルフの姿もあった。当然、先程から同じ光景を見せつけられている。
「……あのなあ、何が悲しくて兄貴とその恋人のイチャイチャを見せられなきゃならねぇんだよ」
「イチャイチャ? 普段通りだが?」
「え? そう見えましたか?」
「もう結婚しちまえ!」
その叫びは二人の姿を見せつけられる者の九割が同意する内容であったとか無かったとか……。
そして時間は進み豪華客船で行われる船上パーティーに参加したヴェルフだが、その場で出会った男とヴァルツが顔を合わせた瞬間に険悪なムードを醸し出す。不倶戴天の敵だと周囲の誰もが悟る刺々しい雰囲気だ。
「クソ鍛冶師か。嫌な奴と顔を合わせたモンだぜ。ったく!」
「それには同意だな。此方も会いたくない相手と出会って気分が最悪だ」
彼の名はアレン・フローメル。フレイヤ・ファミリアのLv.6の冒険者で二つ名は『
「……ああ、クソ。こんな所で喧嘩するなっての。おい、兄貴を止めて……」
「はひ?」
止める手伝いを求めて横を見れば給仕から渡された酒一杯で酔った様子の春姫。本日も貧乏くじはヴェルフであった。
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春姫との結婚生活
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別ヒロインルート アスフィ
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別ヒロインルート 誰か募集
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一定以上経過する度に一個ずつ書けや、オラ!