藤丸立香は生霊である 作:主人公同士でもいいじゃない
いつからか、視線を感じるようになった。
体力をつけようと始めた訓練所でのランニングで。
見識を深めようと入り浸る図書室の奥で。
少しでも交流を深めようと通い詰める談話室で。
毎日の活力になっている食事をみんなでとる食堂で。
あと、ちょうど今のように、レイシフトの報告をまとめたレポートを作っている夜のマイルームでも。
――見られてる、よね。
サーヴァントたちの見透かすような目じゃない。
彼らはこんな伺うような目を向けない。
可愛い後輩のあこがれの眼じゃない。
彼女はこんな値踏みするような目を向けない。
職員たちの憐れむような目じゃない。
彼らはこんなあたたかな目を向けない。
ロマニやダヴィンチちゃんの見守るような目じゃない。
彼らはこんなじっくりと見続けない。
――誰なんだろ。
大穴でレフ教授。違う。
彼の見下す視線でもない。
――でも、知ってる人、だよね。
最初に視線を感じた時に、驚いたような気配があった。
それは大きな驚きではなくて、とても小さな驚きだった。
昔、文化祭で喫茶店をした際に給仕の一人として軽く化粧をされたことがあった。
その時鏡越しに自分で向けた視線に近い。
近しいものがこんなに変わるなんて知らなかったという。
意外さと驚きと、ちょっとした嬉しさ。そんな視線。
どこかむずがゆくなるような。
そんな視線を、鏡以外に向けられるのが少し不思議で。
――別に、何もされてないし。いいんだけど。
――せめて、顔だけ、とか。
どれだけ首を巡らせたところで、サーヴァントではない凡人の身では見えない視線の主など探しようがない。
「寝ちゃおっかな……」
――別に、嫌じゃないけれど。
手元のレポートに視線を落とす。
元々が高校生で、あまり身近じゃなかったレポート用紙にもずいぶんと見慣れてしまった。
そして、内容の稚拙さも変わりないという悲しさもある。
「これを、見られながら、書く、のは」
――少し。そう、少し、恥ずかしいものがある。
そのまま、パラパラと隣に積まれている束を手慰みに弄ぶ。
――資料。レイシフトした先の場所と、時代と、出遭った英雄たちの。
随分と溜まったものだと思う。以前は海の上だった。
――次がどこか、予想もしてみたけど。
どれも外れてしまって。歴史のターニングポイントと言われても、世界史に弱い立香には少し難しかった。
「……次」
――そう、次。きっと終わりではなくて。また、誰かに出会うの。
それは楽しみで、少しだけ不安で。
そういえば、こんなことを考えるのは視線を感じてから随分と久しぶりのような気がした。
最近は常に視線のことばかり考えていたから。そういった不安とは、無縁でいられた。
――え、あれ?
違和感。というより、違和感がないのが、違和感になっている。
つまり、そう。これまでずっと、起きている間はずっと感じていた視線が――
――見られて、ない。
――消えちゃった?
「え、ええぇー……?」
突然、何の前触れもなく。それはいつも通りではあるのだけど、それにしたって、彼女がこうしてちゃんと視線を意識している間に消えてしまったのは初めてで。
少しだけ、呆気に取られてしまったのだ。
◆ ◆ ◆
目を開けると広がるのは、白い部屋だ。
周りに集っていた幼女英霊たちを起こさないように、また諸事情で一際慎重に清姫から体を引きはがしてベッドから起き上がる。
彼は周回のご褒美としてせがまれて、魔力供給がてら一緒に眠っていただけなのだが、なぜ人が増えているのか、なぜ微妙に自分も相手も服がはだけているのか、いい加減考えるのはやめていた。
特に、あの夢を見るようになってからは、あまり意識すると危ないと自覚して。
もちろん彼も、もしかしたらすでに、自身の貞操が危うさを通り越しているかもしれないという危惧は、あるのだけれど。
失った暖かさの代わりに、ぬくもりを求める感覚はわからなくもないから、意識しないだけに留めている。
「これはこれで、割ときついんだけど」
とある事情である程度発散はしているとしても、だ。
いい体をしているから、余計に。
かと言って口に出して迫ろうものなら顔を爆発させて気絶してしまうし。
「――先輩?」
「マシュ」
「……おはようございます」
――マシュ・キリエライト。可愛い後輩。頼もしい後輩。すでに戦う力はないけれど。
なぜか困った顔をしていても、それでも頼もしい後輩に、彼はいつも通り笑顔を浮かべる。
「おはよう」
そう返せることが奇跡のようなものなのだと知っているから。
彼はもう己の言動が足りなかったと後悔はしたくないから。
伝えるべきことは、伝えなければ、と。
「今日もいい体をしてるね!」
さて、そんな彼の最近の悩みは。
なんだか最近、後輩に避けられていることである。