ぼくの かんがえた さいきょうの ひきがやはちまん   作:納豆坂

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今年最後の投下です。
感想で補足している設定を作品中で描写してみました。
来年も今作を応援のほどよろしくお願いします。


原作4巻分
11


「お兄ちゃん起きてよー!」

 

 気温の高い日中を寝て過ごし、気温が下がり比較的すごしやすい夜に勉強する。そんなロハスな信念に従い朝方まで勉強していた俺は小町に起こされた。

 

「おう、おはよう。どうした、なんか用か?」

 

「なんか用かじゃないよ! もう沙希さんが来ちゃう時間なんだからねー。さっさと起きてもらえないと小町が勉強できないじゃん」

 

 ああ、そういえば今日は沙希が来る日か。

 確かに、沙希が勉強を教えるにはカマクラが近寄らない俺の部屋を使うしかないわけで、そこで俺が寝ていたら勉強しづらいだろう。

 初めはおまけも来るから気にしていてのだが、大志が永久に友達とわかってからはどうでもよくなった。

 小町の交友関係にまで口を出す気はさらさらないしな。

 

「わるかったよ」

 

 ぷんぷんと頬をふくらませる小町の頭を撫でくりまわす。

 

「そういえば、ちゃんと勉強してるんだってな。沙希から聞いた。えらいぞ、小町」

 

「あー、そんなこといってごまかそうとしてるでしょ。お兄ちゃんポイント低い!」

 

 べーっと舌をだし、部屋から出て行く小町をぼんやりと見送る。

 ごまかす気はなかったのだが、なぜだか小町はそう受け取ったらしい。

 愛する妹が自ら決めた目標に向かい日々勉強に励む。そんな妹を誇らしく思うお兄ちゃんの思いは伝わらなかったらしい。

 

「あと二年もないんだけどな」

 

 そう一人ごちる。

 小町をこうやって気にかけ褒めてやったりできるのも、卒業しこの家を離れるまで僅かな時間だけだ。そして、その日は着々と近づいてきている。

 俺の夢である自宅警備員ってのは他者との関係を排除した生活を送るということであり、当然小町もそれに含まれる。

 愛する妹ではあるし、幸せになってもらいたいとも思うがそこは譲れない。

 だからこそ俺は残された時間、いくらでも甘やかしてやろうと思うし、意味があるとは思えない小町の教えに大人しくしたがっているわけだ。

 やっべ、いいお兄ちゃんすぎて泣けてくる。

 

「買い物でも行って、帰りにお土産でも買ってきてやるかな」

 

 どうせ、小町に部屋使われるから家にもいれないし。機嫌なおすにはちょうどいいだろう。

 

 

 

 家を出て、俺は数歩も歩かぬうちに外出したことを後悔した。

 セミはうるせーし、なにより暑い。馬鹿の一つ覚えみたいに核融合ばっかしてんじゃねーよ、太陽。むしろ夏休みなんだからお前も休んだ方がいい。そうだな、今この瞬間から俺が家に帰るまで休んでいい。むしろ休め。

 太陽に殺意を抱きながらようやく駅前までたどり着く。

 ただでさえ暑くてうんざりしているというのに人ごみにあふれるのを見てさらにうんざりしてしまう。

 だが、そんな人ごみをみてうんざりしつつもなぜか同時に安心したりもする。

 どんなに暑くとも人の営みというものは変わらずそこにある。

 比企谷八幡が関わらずとも、今日も世界は正常に回っている。

 俺が他人に興味が無いように、世界は俺に興味がない。

 他人と関わることを嫌い、人とはずれた方向に進もうとしている俺を、誰も肯定してはくれなかった俺をこの光景だけは肯定してくれる。

 俺がいなくても世界は回る。小町も、雪乃も、結衣も、例え今この瞬間俺がいなくなったとしてもあいつらの世界は正常に回るだろう。

 だから大丈夫。俺が一人でもなんら問題はない。あいつらの世界が回るのに俺が必要な理由はないのだから。

 

 何かに飢えていたのか、暑い中駅前の広場のベンチに腰掛けそんな安心できる光景をぼーっと見つめる。

 

 

「あ、ヒッキー」

 

 安心できるとか関係なく、やべえこれただの熱中症じゃねえの俺、と急に自分の体が心配になってきたところで聞き覚えのある声が聞こえる。

 

「よっす」

 

「久しぶりー。てかさ、こんなとこでなにしてんの? 待ち合わせ?」

 

「待ち合わせする相手なんて、俺にいるはず無いだろ。なにもしないをしてたんだけだ」

 

「なにそれ、意味わかんないし。ヒッキー、頭大丈夫?」

 

 割と哲学的な答えだと思うんだがな。まあ結衣にはわからんか。

 

「大丈夫か大丈夫じゃないかと聞かれると、たぶん大丈夫じゃない。むしろ熱中症かもしれん」

 

 今気づいたけど、こんなに暑いのに俺汗かいてねーじゃん。完全に脱水症状じゃね、これ。

 

「え、まじで?」

 

「ヒキオ、あんたバカじゃないの? これやるから頭冷やせし」

 

 一緒に遊んでいたのだろうか、結衣の後ろから三浦が顔をだす。手に持った鞄からハンドタオルとアイシングスプレー、ミネラルウォーターを取り出すと、手早くそれで冷たいおしぼりのようなものを作り俺に手渡してくる。

 

「ありがとう、三浦。正直助かる」

 

 受け取ったそれを首に当てると、心地よいひんやりさが広がる。

 

「三浦って海老名にだけだと思ってたけど、全方向にオカンなんだな」

 

 俺の状態を見てから対処するまでの時間みじかすぎるだろ。小足みてから昇竜余裕でしたってレベルじゃねーぞ。

 

「隼人の試合の応援いくこともあるから一応用意しておいただけだし。まさかヒキオに使うとは思ってなかったけど」

 

「優美子、すごいねー」

 

 三浦が苦笑し、友人のオカン属性の高さに関心したのか結衣がそんな三浦に尊敬のまなざしを送る。

 

「ちょっと楽になったから、どっか涼しいとこ入って飲みものでも飲むわ。それにしても助かった。これ、学校始まったら洗って返すな」

 

「それでいいし。んじゃ、あーしらも行くから。じゃあね、ヒキオ。熱中症、なめんじゃないよ」

 

「じゃあね、ヒッキー。気をつけなきゃだめだよー」

 

 軽く手を振り、立ち去る二人を見送る。

 いやーまじオカン三浦の機転には助かった。今度結衣から三浦の好み聞き出して、タオルを返すときにはお礼にお菓子でも添えよう。

 

 

 

 近くの適当なカフェで少し休み、だいぶよくなったので行動を再開する。

 本日の目的は赤本の購入だ。

 俺の夢である自宅警備員になるために、一流大学に入るというのは前に説明したと思う。

 遠方の一流大学に入学し、高校までの人間関係を断ち切る。卒業後引っ越し、大学でできた人間関係を断ち切る。後はペーパーカンパニーを起業し、書類上の社長という、世間体のよい肩書きを手に入れ家族との関係を断ち切る。

 これが俺が一人であるために考えた完璧なプランだ。

 全ての関係を断ち切った後はどこかでひっそりと、そしてのんびりと暮らすだけだ。誰にも邪魔されず、誰の邪魔もせず、ただただ一人でいる。考えるだけで胸の鼓動が高鳴る。

 ただし、一流大学を卒業したところで学部が起業とはなんの関連性もないところだとそこに違和感がうまれる。完璧なプランをより完璧にするためには経済学部に進学する必要があるわけだ。

 そこで俺が目をつけたのは京大の経済学部である。

 普通に考えたら卒業後すぐ起業というのはおかしいかもしれないが、まあ世間体のためだけなのだから問題ないだろう。

 というわけで、京大の赤本を購入すべく本屋へと向かう。

 

「あら、奇遇ね」

 

 赤本を探して本屋をうろついていると、雪乃と遭遇した。今日は見知った顔をよく見る日だ。これもマーフィーの法則なのか?

 

「よお。お前も本、買いにきたのか?」

 

「ええ、参考書をちょっとね。そういう比企谷くんは?」

 

 参考書とはいいつつも、雪乃の手にあるのは猫の写真集のみ。お前さ、毎日カマクラの写真送ってんじゃん。まだたりねーのかよ。もう飼えよ猫。

 

「俺も参考書を買いにな。参考書っていうか赤本だけど」

 

「そう……。ねえ、比企谷くん。私たち、友だちよね?」

 

「まあ、たぶんそうだな」

 

 俺が奉仕部にいる間は、というのが頭につくが。

 つーか、俺っていつまで奉仕部にいなきゃいけないんだろ。そもそもこの部活に引退とかあんのか? わからん。

 

「そこは断定するところよ、比企谷くん。まあ、それは後でしつけをしなおすとして。世間一般では友だち同士で同じ進学先を目指すこともあるそうなのだけど、比企谷くんは知っていたかしら?」

 

「バカにしてんのか? さすがにそんぐらいは知ってる。それで、それがどうかしたのか?」

 

 どっかの軽音楽部が同じ女子大に入学したりとかな。

 

「なら、私たちも同じ大学を目指すべきよね。だって、友だちですもの」

 

「ねーよ。そもそも、俺の進路とお前の進路が合致するとは限らんだろ」

 

「ちなみに、比企谷くんはどの大学を志望するつもりなの?」

 

「京大の経済学部だな。まさか雪乃のために変えろとか言い出さないよな?」

 

「そう。ランクの低いところならそうさせたかもしれないけれど、京大だというのならそんなことは言わないわ。では、私も京大を志望することにするわ。さすがに学部まではまだ決められないけれど」

 

 やめてくれというのが正直な感想だが、俺からそれを雪乃に伝えることはない。彼女が、彼女の価値観をもってそう決めたというのなら、俺がそれを否定する理由はない。

 価値観のぶつかり合いは軋轢を生むし、そしてそれは俺の望むところではない。

 よしんば同じ大学に進学したとしても、雪乃とすごす時間が四年増えるだけで卒業後の予定が変わるわけではない。 

 人は人、俺は俺。好きにさせてやればいいのだ。

 

「まあ、お前がいいならいいさ」

 

「そうさせてもらうわ」

 

 そういうと、雪乃はにこりと微笑む。

 

「それと、少し聞きたいのだけど。比企谷くん、この後の予定は?」

 

「特にないな」

 

 

「それはよいことを聞いたわ。買いたい本がまだあったのだけど、重くなってしまうから困っていたところなの。当然、小町さんのしつけを受けた比企谷くんはそんな女性を見捨てたりはしないわよね?」

 

 雪乃はさきほどとは違う種類の笑みをうかべる。

 楽しそうでほんとよかったですね。

 

「……お前さ、こないだも思ったけど、なんでそんなに小町の教え知ってんの?」

 

「小町さんからメールで送られてきたのよ。見せてあげましょうか?」

 

 携帯を取り出しメール画面を開くと、それを俺に見せてきた。

 

「まじかよ……」

 

 画面には小町の教えというタイトルのメールが表示されていた。中身は俺が逆らうことのできない、絶対法則である小町の教え。

 お兄ちゃんは悲しいです。

 

「買い物がすんだら、少しお茶でも飲んでから帰りましょう。お礼といってはなんだけど、それぐらいは払わせてもらうわ」

 

 雪乃はうきうきと本棚から猫の写真集を取り出すと、それをどんどん俺に手渡してくる。

 

「……かんべんしてくれ」

 

 お茶じゃたりねーだろ、これ。

 

 

 


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