ぼくの かんがえた さいきょうの ひきがやはちまん   作:納豆坂

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あけましておめでとうございます。
本年も「ぼくの かんがえた さいきょうの ひきがやはちまん」をよろしくお願いします。





12-1

 朝からセミの声がうるさい。

 珍しく日中から行動を開始した俺は自室で勉強をしていた。

 夏休みは休むもの、そんな考えをもって青春を謳歌する者あちも世の中にはいるだろう。

 だが、俺は違う。

 俺にとって夏休みとは、いや夏休みだけでなく今までの人生、そしてこれから大学を卒業するまでの全ての時間は俺が一人であるための準備期間なのだ。

 ゆえに勉強する。一歩一歩確実に、確かな未来へと、一人だけの生活へと進むために。

 きりの良いところまで参考書を進め、さて麦茶でも取りにいくかと立ち上がると机の上で携帯が鳴る。

 この音はメールだな。画面を開くと差出人は平塚先生だった。内容は夏休み中の奉仕部の活動について。

 ロリショタとともに行く二泊三日の旅in千葉村、それの引率ボランティアをしろとのことだ。

 ……いや、あの人バカじゃねーの。小町同伴OKというのはまだわかる。要領いい妹のことだから小学生の引率の手伝いぐらいならそつなくこなすだろうし。でもさ、出発が今日ってなんだよ。俺に予定があるとか、そんな発想をもたないのかね、あの人は。

 まあとりあえず今はお茶だ。お茶を飲んで一息ついて、そっからお断りのメールを送ろう。

 メールアプリを一旦閉じ、今度こそと麦茶をとりに向かう。

 

「お兄ちゃん、準備できたー?」

 

 が、駄目。

 ノックもせずに俺の部屋に侵入してきた小町の姿に軽く絶望を覚える。

 

「お前、その格好……」

 

 着替えでも入っているのか、膨らんだ鞄を肩から下げすっかり出かける準備のすんだ小町がそこにいた。

 

「え、千葉村行くんでしょ? まだ準備してなかったの? 珍しく朝から起きてたみたいだし、すっかり準備してるんだと思ってたのにー! まったく、これだからごみいちゃんは……」

 

 やだ、この小町理不尽。

 

「俺が知ったのはたった今だ。まあ、準備するもなにも今お断りのメール送るところだけどな」

 

「えー、お兄ちゃん行かないつもり?」

 

「むしろ、なんで俺が行くと思ったのか問いたい。自分の自然教室の時だって行きたくなかったのに、なにが悲しくてわざわざボランティアとして行かなきゃいかんのだ」

 

 団体行動を強いられるのなんて学校だけで十分なのだ。それをわざわざ遠出してまでやられたくない。修学旅行とか遠足とか、ほんとなんのためにあるんだろうな。

 

「まあまあ、難しいこと考えないでさー! 小町と泊りがけでお出かけって考えればいいじゃん。それとも」

 

 小町は一旦言葉を区切り、上目遣いで俺を見つめてくる。

 

「お兄ちゃん。小町とお出かけするの、いや?」

 

「汚いなさすが忍者きたない」

 

 俺はこれで忍者きらいになったなあもりにもひきょう過ぎるでしょう?

 

「って、ことはー?」

 

「わかったよ。行けばいいんだろ、行けば」

 

「やーりぃー! じゃあ、小町リビングでまってるから!」

 

 そういって部屋を出ていく小町を見送る。

 あれで小町も勉強がんばってるし、俺シスコンだし、奉仕部云々は関係なく、ただ小町のために参加しよう。そう考えたほうが気が楽だ。

 メールにあった必要なものを適当な鞄に入れ、俺は小町の待つリビングに向かった。

 

 小町と連れ立って集合場所である駅前のロータリーへと向かう。

 ロータリーに着くと、ワンボックスカーがとまっていた。

 運転席の扉の前でタバコを吸う平塚先生に声をかける。

 

「なんで俺は当日になって聞かされたんですかね。小町は知ってたみたいなんすけど」

 

 恨みをこめてジトーと見つめてみる。が、そんな俺に平塚先生はさらりと言い返す。

 

「予定が無いのは君の妹から確認済みだ。それに、先に伝えておくと君は逃げるだろう?」

 

「逃げませんよ。行く必要性を感じませんと堂々と真正面から断ります」

 

「そんな君だからだよ」

 

 微笑みをうかべると、話はそれで終わりとばかりに携帯灰皿でタバコを消し平塚先生は運転席へと入っていく。

 俺が望んだことではないとはいえ、社会不適合者である俺を更正しようとする平塚先生は真面目でいい先生なのだろう。なんであれで嫁のもらい手がいないのかね。

 そんなことを思いつつ、さて他の連中はと辺りを見回すとパンパンになったコンビニ袋を手に結衣がこちらに向かってくるのが見えた。

 

「重かっただろ。変わるわ」

 

 駆け寄りコンビニ袋を持ってやる。

 

「ヒッキー、遅いし。こういう買出しは男の子の仕事だし」

 

 手をさすりながらそんなことを結衣がぼやく。

 いや、俺にそんなこと言われてもな。これでも最速といっていいほどの速さで準備してきたんだぞ。文句なら準備をする時間をくれなかった平塚先生に言ってくれ。

 

「こんにちは、比企谷くん」

 

 結衣の後ろから雪乃が顔を覗かせる。

 白い立ち襟シャツに雪乃にしては珍しいジーンズ姿。どこぞの歌姫を彷彿とさせる服装だ。

 

「よう。雪乃がジーンズなんて珍しいな」

 

「今から千葉村にいくんですもの、動きやすい服装にするのは当然のことでしょう」

 

 そういうと、雪乃は誇らしげに微笑む。

 やけに重いコンビニ袋を片手に車まで戻る。

 歩いてくる俺たちを見つけたのか、小町が元気溌剌に挨拶する。

 

「結衣さん! やっはろー」

 

「小町ちゃん、やっはろー」

 

 え、その挨拶ってはやってんの? 結衣の中だけだと思ってたわ。

 

「雪乃さんも! やっはろー」

 

「やっ……こんにちは、小町さん」

 

 言いたかったけど恥ずかしくなったのか、それともつられただけなのか。途中まで言いけけたものの雪乃は普通に挨拶を返す。

 顔真赤だし、言いたかったんだろうな。たぶん。

 

「小町も呼んでもらってうれしいです!」

 

「ゆきのんのおかげなんだよー。あたしもゆきのんに連絡もらったんだけど、小町ちゃんを呼ぼうって先生に頼んでくれたみたいで」

 

 小町と結衣は互いに手を握りきゃぴきゃぴしだす。

 しかし、なんで奉仕部の活動のはずなのに部外者の小町には連絡がいってて、部員のはずの俺は当日に連絡きたんだろうな。俺、気になります。

 

「雪乃、なんで俺に教えてくれなかったんだ? 毎日メールしてたんだし、機会はいくらでもあっただろ」

 

「なんのことかしら?」

 

 きゃぴきゃぴする二人を横目に雪乃に問いかけるも、雪乃はきょとんと小首をかしげるだけだった。

 

「今日のこと聞いたの、今朝だったんだが」

 

「ごめんなさい。てっきり小町さん経由で伝わっているものだとばかり。でも、どちらにせよ予定などなかったのでしょ?」

 

「バカ言え。予定超あったぞ。勉強するっていうな」

 

「結局、家にいるだけでしょう?そういうのを予定とは言わないのよ」

 

 勝ち誇るかのように雪乃は微笑む。

 

「行きたい大学が大学だからな。夏休みを勉強に費やして何が悪い。つーか、お前は勉強してるのか?」

 

「当たり前でしょう。そういえば、私も経済学部を志望することにしたから」

 

「なんだ、案外あっさり決めたんだな」

 

「ええ、ちょっと思うところがあって……」

 

 そんなことを話しているうちに車に着く。

 運転席で暇そうにしてる平塚先生に声をかける。

 

「全員揃ったみたいですし、行きますか?」

 

「いや、まだ一人きてないな。出発はそれからだ」

 

 奉仕部員三人と特別ゲストの小町。それに引率の平塚先生を加えても全員この場に揃っているはずだ。他に来るやつなどいないはずなんだが。

 

「比企谷くんっ!」

 

 俺を呼ぶ声に振り返ると、戸塚がいた。

 

「戸塚も呼ばれてたのか。部活は休みなのか?」

 

「うん、顧問の先生の用事でお休みなんだ」

 

 戸塚がにこにこ朗らかな笑顔を向けてくる。

 ボランティアなんて面倒なだけだと思うのだがな。なんでせっかく部活も休みなのに参加してきたのだろうか、こいつは。

 

「さて、全員そろったみたいだな。乗りたまえ」

 

 運転席の窓越しに平塚先生が出発を告げる。

 乗りたまえと言われても、席割りがまだ決まっていない。

 

「ゆきのーん何から食べよっかー」

 

「それは着いてから食べるのではなかったの?」

 

 結衣はすでに雪乃の隣に座る気のようだ。つーことは。

 

「俺、助手席にのるから」

 

 そう伝えて助手席に乗り込む。

 誰かしら助手席に乗らないと平塚先生がかわいそうだし、その役目を引き受けるのは平塚先生と多少なりとも交流のある奉仕部員だろう。

 面識はあれどあまり接点のない小町と戸塚がペアになるのはどうかと思うが、結衣もいることだし会話には困らないはずだ。

 

「自分から進んで助手席に来るとはな。てっきり、妹の隣に行くものだとばかり思っていたよ」

 

「それじゃ戸塚がかわいそうでしょ。俺たちと違ってそこまで平塚先生と接点ないんですから。それに」

 

「それに?」

 

「助手席が一番死亡率が高いらしいですからね。そうなったときに一番被害の少ない俺が座るのがちょうどいいと思いましてね」

 

「ひどい理由だな」

 

 悲しげな表情を浮かべると、平塚先生は車を発信させる。

 俺が死んでも悲しむ人などいませんよ。そうあるようにすごしているのだから。

 


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