IDLE D@YS   作:MUMU

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第十話

 

 

 

 

(前略)そう、たしかにジョン・フォードのような監督になってアカデミー賞を4回ももらってみたい。でも私は、あらゆる意味で育った場所が違う。賞が欲しいとか欲しくないとかいうこととは別に、その事実は受け入れなければならないだろう。というのも、私は賞を取るよりはむしろ自分の好きに映画を作るほうを選ぶからだ

 

                     マーティン・スコセッシ

 

 

 

 

アイマスMADを製作し、愛好する世代は20代後半から30代前半までが最も多いと言われる。これは、製作にあたってそれなりの資金力・技術力が要求されることと、アイドルマスターの表現するアイドル像が、1980年代前半の清純派アイドル路線に近いためとされる。

 

・アイドルマスター 千早・雪歩「猫舌ごころも恋のうち」

 

・アイドルマスター MAD 「なんてったってアイドル」 Ver1.5

 

かつてのアイドル黄金世代、それを代表するような曲と、電子の化身であるアイマスの少女たち、そこには奇妙な和解、あるいは必然の融合がある。

架空の存在であるからこそに彼女達には一点の曇りもなく、俗世から隔絶した魅力がある。1980年代といえば、松田聖子、中森明菜、そしておニャン子クラブなどを筆頭として数多くのアイドルが生まれた。歌を中心としたプロデュース展開はこの時代に確立し、フリルのついたロングスカートなどの独特の衣装は現在では失われてしまったが、アイドルマスターの世界には確かにその空気を伝えるものがある。

 

アイドルたちの歌うステージはどことなく80年代の歌番組のそれを連想させる作りである。スモークやサーチライト、銀紙の紙吹雪などによる演出はまさにそのものだ。

 

さて、「THE iDOLM@STER」を愛好する世代の平均年齢がやや高いため、MADにも彼らの青春時代を思い起こさせるようなものが好んで作られることとなる。それらは総じて「おっさんホイホイ」なるキーワードで整理され、60年代から80年代にかけての名曲を使ったMADが数多く製作され続けている。

 

・アイドルマスター ドリフ大爆笑

 

・アイドルマスター (初戀)

 

もちろん最近の流行曲を取り入れたMADも多数存在するのだが、アイマスMADに使用される外部曲のうち、実に3分の1は80年代のものである。これはアイマスファン層の構造を、その裾野の広さを示すものと言えるだろう。

 

 

 

 

ミュージカル映画「雨に唄えば」が公開されたのは1952年。主演のジーン・ケリーが雨の中で踊るシーンは、映画ファンならずとも誰もが一度は見たことがあるだろう。ミュージカル映画史で、いや、映画史でも最も有名なシーンの一つと言える。

 

このシーンこそ、まさに神の宿りし6分間である。この時40度の熱があったといわれるジーン・ケリーは、それをまったく感じさせない陽気で軽快な、人生への賛歌にも似た足取りでタップを刻む。このシーン以外にも見所は山ほどあるのだが、やはりここだけが特別視されるのも頷ける。

 

ジーン・ケリーはスーツ姿である。この状態で水を浴びながら、でこぼこにして水溜りを作ってあるセットの上を、息も切らせずワン・ショットで踊りきるのは至難の業である。しかし彼は踊る。踊らねばならないから踊るのではなく、踊るために舞う。それは劇中での彼の恋心を表現していた。まさに天にも昇る心地。そのとき、彼は重力のくびきからも自由だった。

 

僕が作ろうとしているのはこのシーンだった。主演は菊地真。背景を暗くし、画面全体に雨を合成する。ここで言う雨は天候の雨のことでもあり、古くなったフィルムに降る「雨」のことでもある。

 

まずは曲とダンスの合成。両手を広げて優雅に動き回る素材が欲しかったため、「青い鳥」を中心に、他にも何曲かから素材を取った、「Here we go!!」などのステージエフェクトがまったく異なる曲を、画面を暗くし、ダンススピードを変化させることで一繋がりの映像へと変えていく。

ダンスの編集は、映画のシーンを連想させるような大きな動きを。ステージ全体を使って動き回るような流れを作った。タップを刻むシーンは局所的に再生速度を速めて表現する。

 

途中には星井美希の演じるジーン・ヘイゲンとの会話を挿入。視聴者を飽きさせない工夫だ。コミュニティ画面の立ち絵に、原作より持ってきた英語音声と日本語字幕を挿入。このシーンは自分で思っていた以上にそれっぽくなった。どうやら英語音声と字幕のせいで、脳が場面の意味を補完してくれるらしい。

 

画面に雨を合成するのは大変な作業だった。雨のエフェクト自体は簡単にかけられるのだが、画面が寄せか引きか、そして角度によっても雨の方向を微妙に変える。背後のサーチライトやプロジェクターも考慮して、なおかつ真が画面に溶け込んでしまわないように雨を「削って」真を浮き上がらせる。ほとんど1コマずつの作業である。この作業をおろそかにすると、いかにも画面に雨を嵌め込んだだけの合成の産物になってしまう。僕の描く雨はレイヤーの内側に、ステージに直接降る雨でなくてはならないのだ。

 

あくまでも自然に、しかし印象的に雨を降らせる。この作業は後に思い出しても地獄だった。

 

技術的にも新たに覚えなくてはいけないことが多くて大変だったが、何のことはない。完成形がしっかりとイメージできてさえいれば、そこに至る方法など何とかなってしまうものだ。

 

その週の土日はこの作業で完全に潰れた。僕は自分で作った動画が、確固たる一つの意味を持とうとしているのを感じていた。これは単なる「雨に唄えば」の再現ではない。アイドルMADという地平の果てに広がる。まったく新しい映像世界だった。

 

 

真は踊る。

雨の中踊る。

 

 

 

 

完成したMADをエンコードし、ニコニコ動画に投稿して数時間。前回とは明らかに再生数の伸びが違う。コメントにも興奮と賞賛が感じられる、実に落ち着いた丁寧な批評のコメントも、興奮と感激を感じさせる大文字のコメントも、どちらも等しく嬉しかった。拍手を浴びているかのようなおもはゆい感情。

 

このまま順調に伸びていけば週刊ランキング入りも狙えそうだったが、僕はその動画の行く末をずっと見続けるわけに行かなかった。サトウさんから突然電話がかかってきたのだ。

 

「スーツはお持ちですか?」

 

唐突な切り出し方だなと思いつつ、はいと答える。

 

「あれが完成いたしました。つきましてはちょっとしたパーティーを開いてお披露目を致しますので、お嬢様が貴方にもお友達として、参加いただきたいとのことです。正装の上お越しになってください」

 

サトウさんはお友達として、の部分を物凄く強調した。

完成したというと「MAMI」とかいうコンピュータのことだろうか。

 

「いいんですか? 以前は二度と会うなとまで言ってたのに」

「お嬢様のご希望ですので。それにお嬢様を何度か助けていただいたのは事実ですし、私もそこまで報恩を知らぬ人間ではありません」

「そうですか……分かりました、じゃあ行きます」

「『本日』朝10時に迎えにあがります」

 

電話を終えて時計を見る。実にあと8時間しかない。というか深夜の2時に電話かけてくるってどうなんだろう、大人として。

僕は伊織のことを思い出していた。直接会うのは一ヶ月ぶりほどにもなろうか。気の強そうな目線と、腰をそらして堂々と立つその姿。ひときわ目立つ大きな額、棘がありながらも人をひきつけてやまない甲高い声。

 

僕はXbox360を起動させ、伊織をプロデュースしていたセーブデータを読み込む。そして明け方までプレイして、座った姿勢のまま僅かにまどろむ。

 

 

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