IDLE D@YS   作:MUMU

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第十一話

 

 

 

 

高校の頃、僕たちの映画同好会の主事を務めてくれた人がいた。

大学を卒業してすぐ僕らの高校に赴任して来た英語教師で、まだ22歳だという。高橋あずさというその先生は、実に映画についてはズブの素人だった。スピルバーグとジョージ・ルーカスの違いも知らなかった。それでも常に僕たちと一緒に居て、僕たちは彼女を中心に動いていた。

なぜ彼女が僕らの中心になったか、その理由は何のことはない、その先生は見目麗しい妙齢の美人、慎ましやかな和風の魅力がある人物だったのだ。空気を含んでふくらむ長い黒髪と、細めた目が柔和な表情を浮かべる穏やかな表情。動作のひとつひとつに落ち着きがあり、その場にいるだけで皆を和ませるような、稀有な存在だったのだ。それに考えてみれば先生は最高の観客だと思う。100億円をかけたハリウッド映画しか見ないような人が、僕らの同人映画に興味を持ってくれるなんて、そうそうないじゃないか。

 

企画会議から撮影、上映会から打ち上げのファミレスまで、あずさ先生はよく僕たちに付き合ってくれた。特に何かをするわけではない。ただ場の片隅に暖かな存在感とともに座し、雑談を交わしながらその場にいるだけだ。僕らの同好会は学校に正式に認められてたわけではないので、あずさ先生が顧問のような形でいてくれるのは色々と助かることが多かった。

 

夏休みのとある一日、夏期講習のために学校に出てきた僕は、放課後に4階の理科実験室……まあつまり誰も来ないような部屋で。暗幕を引いて映写機にフィルムを装填していた。その背後には、中央に流し台のある実験卓に座るあずさ先生。僕たちの代表作の、ひそかな上映会。

なぜあんな状況が生まれたのだろうか。先生から声をかけたような気もするし、違うような気もする。他に誰かいたような気もするし、いないような気もする。ほんの半年ほど前のことなのにあまりに記憶が曖昧だ。

まあいい、あずさ先生と僕以外の存在などあまり重要ではない。

 

黒板の前に降ろされたスクリーンに、僕たちの撮影した最後の映画「春の雪」が流れる。ファーストシーン、ノイズ交じりのピアノ曲。

病院の廊下。

背中を向けて歩く雪歩を、後方から近づくカメラが追いつき、ぐるりと回りこんで横顔をとらえ、そして追い抜くと同時に雪歩がふと窓の方を向く、ここでカメラは窓の外へと出て、窓を透かして雪歩の顔をとらえながらグラウンドのほうへと下がっていく。無論、カメラが窓の外に出る場面でいったんカットが入っている。廊下の中から撮影したシーンを、グランドから望遠でズームダウンしていく画に繋いでいるのだ。移動と静止、接近と離脱。流れるような場面転換とともに僕らの意識は揺さぶられ、観客は映画の世界に引き込まれてゆく。

 

「残念だなあ」

 

ぽつりと、あずさ先生がそう呟く。どうかしましたか、と僕が聞く。

 

「雪歩さん、こんなに綺麗に映ってるのに。もう一度、一緒に見たかったよね」

 

言われて、僕はハッとなる。

この暗く、人数の割には広すぎる空間に雪歩がいない。これは雪歩が主演の映画だというのに、当然ここにいるべきはずなのに、暗闇のどこにもその体温を感じない。大切なものをどこかに忘れてしまったときのような、圧迫感にも似た不安が僕のうちに広がる。

 

「雪歩さん、誘ったんだけどね、用事があって駄目なんだって」

「そうですか……」

 

画面の中の雪歩を見つめたまま、僕はなるべく声を抑えてそう言う。

 

「雪歩さんと仲直りできた?」

「……」

 

あずさ先生のその言葉に僕は答えることができず、何も言えぬままただスクリーンを見つめた。

場面は進み、ドラマは巡り、あのクライマックス・シーンが近づく。

ようやく僕は言葉をこぼす

 

「怖い、と」

「……怖い?」

「僕のことが怖いと、言われちゃったんです。この映画のせいで」

 

怖い。

なんて幅広い意味を持った圧倒的な言葉だろう。僕はその言葉の前になすすべがなかった。拒絶よりも遠く、嫌悪よりも悲しい、雪歩は僕と、僕の編集したこの映画を、そして映画に映る自分自身を怖いと言ったのだ、僕がそう言わせたのだ。

 

「このシーン、先生はどう思います?」

「とてもいいシーンだと思うわ」先生はいつも迷いなく述べる。「とっても」

「でも、雪歩は怖いと言ったんです。この映画に映る人物は誰なんだろうと、カメラの前に立っていたはずの自分と違う、この人は誰なんだろうと。僕は元々のフィルムに編集を加えて、この場面の意味を少しだけ書き換えたんです、それが雪歩には受け入れられなかった」

 

僕は振り返る。暗がりの中で、先生のシルエットしかわからない。

 

「でも、あなたはこの雪歩さんの方が魅力的だと思ったんでしょう?」

「そうです」

 

僕はそれを否定しない。僕までがこの映画を否定したら、この映画は誰のために在るというのだ。

先生は暗闇に吐息を漏らす。映写機はカタカタと回る。

 

「雪歩さんの演じたものと、あなたの見ていたものが違っていたという事なのね」

「そんなところです」

「そんなこと、ありふれてるのに」

 

そうだ、ありふれている。世界は食い違い、ボタンの掛け違い、互いに互いを勝手に理解すること、そんなもので満ちている。

雪歩が表現したかったものと、僕が雪歩で表現したかったものは違う。まったく同じなどということはありえない。

意思疎通の不完全性。あまりにも日常的過ぎて、それが重要で悲劇的なことだと誰も思いもしない、人間という社会的生物が抱える病。

 

「雪歩さんに、喜んでほしかったのね」

「…………」

 

画面の中には雪歩がいる。僕はふと、雪歩はこの映画の他にはどこにもいないような錯覚にとらわれた。雪歩が架空の存在のようにすら思えた。赤く上気した頬、感情の流れに潤みながらも、その奥に確固たる意思を備えた瞳。

 

あずさ先生は言った

 

「また、映画を撮る気はないの? これから受験で忙しくなるけど、大学に入ったら…」

 

僕は静かに首を振る。

 

 

 

「もう撮りません」

 

 

 

  ※

 

 

 

目が覚めると、いきなり騒々しかった。

テーブルの上では携帯が鳴りわめき、目覚まし時計はヒステリックにがなり立て、テレビには「THE iDOLMASTER」の画面が映し出されている。アイドルたちと日常会話を交わすコミュニティー画面。このときに流れるゲーム内BGM「TOWN」は、その小気味いいリズムがユーザーに好まれており、この曲だけを延々とリピーとさせるようなアイマスMADも存在する。

 

・アイドルマスター てってってー

 

どうやらゲームをしながら寝てしまったようだ。目覚まし時計を見ると丁度朝の10時。10時にサトウさんが迎えに来る予定なのに10時に目覚ましかけるのもよくないなと思いつつ、携帯の方に出る。

 

「はい、もしもし」

「お目覚めですか? 15分待ちますので、身なりを整えて降りてきてください」

 

サトウさんの声だ、どうやら少し待たせてしまったらしい。僕は急いで身支度を整え、ダンボールに仕舞いっぱなしだった青山のスーツを着る、案の定ネクタイにもたつく。

 

そういえばサトウさんはどんな車で来たんだろうか、いつぞやのエルダー・ブラックのロールスロイスか、あるいはマイカーの軽とかかも知れない。

 

シェルビー500マスタングエレノアだった。

 

「……ナマで見たのは初めてです」

 

なんなんだ、この前から炎とか吹き出そうなデザインは。鎧武者みたいにいかめしいフォルムは。どういうポリシーを持ってるとチョイスがこれになるんだ……。

 

 

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