IDLE D@YS   作:MUMU

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第十二話

 

 

マスタングは公道を駆ける。

 

野生馬という名前でありながら、背後のビル群に気後れしていない。数年前にヒットした映画では実にワイルドな走りを見せていたが、サトウさんの運転もそれに勝るとも劣らぬものだった。首都高速に入るや否や絶対にありえない角度でカーブに突入し、テールを振りながら抜けていく。四点式シートベルトが腹部に食い込む。

 

「あのー、釘宮さんの家って遠いんですか?」舌を噛みそうなので慎重に口を動かす。

「いえ、お嬢様はお台場にあるマンションに住まわれています。今向かっているのもそこです」

 

今日のサトウさんの服装はいつものヴェネチア調のメイド服、いつもと違うのは革手袋だろうか、それをはめた手でスポーツタイプのハンドルを握っている。アクセルワークが凄まじく速い。それにしても首都高速ってこんなにガラガラだったっけ? 道の果てに陽炎が見えるぐらいにまったく車がいない。

 

「今日はどんな人が来てるんです? 釘宮さんの個人的な友人とかですか? それともやっぱり世紀の発明なんだし、IT社長とか他の科学者とか…」

「まあ色々です。じきに分かります」

 

どうも含むところのある言い方である。もし世間的なお偉いさんが来るのなら教えておいて欲しいのだけど。

 

 

「それより、ちょっと後部座席に置いてあるケースの中身、取ってもらえますか」

「? はい」

 

後部座席を覗き込むと、子供なら一人ぐらい入れそうな巨大なジェラルミンケースがあった。何となく嫌な予感を感じつつ開けてみると、黒い筒状の物体。ああ嫌だ嫌だ、これが何なのかを考えるのが嫌だ。僕は目を閉じてそれをサトウさんに渡し、助手席で小さくなって両耳をふさぐ。

 

「M203、グレネードランチャーというやつです。弾頭は46ミリの……どうかしましたか?」

「僕は善良な一般市民なんですからそういうバイオレンスには疎いんですすみません」

 

サトウさんはその筒状の物体を中ほどで折り曲げ、何かを筒の中に詰める、そしてサイドウインドウを開き、筒を外に出して後方に一撃。ぽうっというポップコーンが弾けるような音がして、数瞬の後に遥か後方から爆音と振動が僕の体を駆け抜けていく。

 

「千早(シャンツィアオ)ですね。3体ほどいます。いったいいつ私たちの動きを察知したのやら。どうも道が空いてるので変だとは思ったんですが、彼らがどこかで道路を封鎖してましたか」

 

 

ちなみに現在時速130キロ。

 

「……どうやって追いかけてきてるんですか? そんな早く走れるんですか?」

「え? いや普通に車を運転してきてますが、運転してるのが一体で、その屋根に2体」

 

そんなこともできるのか。

 

「だっ、大丈夫なんですか?」

「ご心配には及びません、本日は装備を充実させておりますので」

 

サトウさんの駆るマスタングが疾走する助手席側のサイドに、黒のポルシェがスピードを上げて喰らいつく。座席にはスーツ姿の千早、前に見たときと同じ、ぴっちりとしたスーツにバイザー型のサングラスをかけている。屋根の上にも同じ千早がいるとのことだが、互いの車の距離が近すぎて足元しか見えない。

サトウさんが横を見もせずに口を開く。

 

「シートを思いきり倒してください、3・2・1」

 

助手席側のウインドウが音もなく下がってゆく、僕は一秒で全身に鳥肌を立てながらシートレバーを倒し、がくんと体が下がるその胸の上を火線が突っ走り、マスタングがスピードを上げ中央分離帯ギリギリまで移動してポルシェから離れる。次の瞬間、凄まじい爆圧が左側からマスタングを押し、僅かに片輪が浮いてまた着地する。僕はもはや声も出せない。

 

「ふむ……、炸薬はだいぶ抑えたんですが、それでも車内でM203なんか撃つものではありませんね。煙たいしうるさいし。後でシートごと内装を交換しないと火薬の匂いが……」

 

サトウさんは多分そんなことを言っていたのだろうが、鼓膜の内側が耳鳴りで一杯になっていて半分も聞こえない。

 

と、その時、マスタングの無骨なボンネットに勢いよく千早が降り立つ。蜘蛛のように低い姿勢で張り付き、車体に素手でしがみつくと、千早の指にそって鋼鉄のボディーが変形する。

 

「おや、飛び乗ってきましたか。大したバランス計算です。さすがはプロトタイプの『AMI』を載せてるだけあります」

 

サトウさんは一度中央分離帯付近から左側へと車をスライドさせ、マスタングを加速させ、大きくハンドルを切ってさらにブレーキを踏み込み、あろうことか高速走行するマスタングをその場で360度スピンさせる。タイヤが削られる鋭い音、重力が外向きに流れ、景色がめまぐるしく変化して車体が大きく跳ねる。千早が振り落とされそうになるが、ボンネットにアーミーナイフを突き立ててなんとか踏みとどまろうとする。

この後も千早とサトウさんの激しい攻防があったらしいのだが、車がスピンしたあたりで僕はあっさりとブラックアウトした。

 

 

 

 

「朝食を抜いてきたんですか、感心しませんね、若いといっても不摂生な生活は体に毒です」

 

どこかのマンションの地下駐車場。僕は経験したことのないほどの吐き気に襲われている。吐きたいんだが吐くものがない。胃が裏返しになって出てくるんじゃなかろうか。耳はうわんうわんとずっと変な残響が残っているし、鼻は火薬の匂いが残ってて何も感じないし、目は痛いし全身痛いし、脳がミキシングされたみたいにドロドロになっている。サトウさんは特に変化なく、うずくまった僕の背中をさすっている。凄すぎる。

 

たっぷり十分後、ようやく落ち着くと、サトウさんは脱臭スプレーみたいなものを互いの服に吹き付ける。確かにスーツが火薬臭いんじゃ人前には出にくいので、この配慮には助かった。

 

「倒したんですか、千早」

「ええ、とりあえずは」

 

地下からのエレベータで上へ。

 

「お嬢様の住まわれているのは18・19・20階です。20階が最上階となりますが、そのフロアにあるイベント・ホールが本日の会場です」

ということは3フロアを個人で借りているわけか、お嬢様というよりIT長者みたいな住まいだなと、僕は思う。エレベータはゆっくりと上昇する。

 

「私は……」

 

と、ふいに改まった様子でサトウさんが口を開く。

「私、佐藤律子は…釘宮の家にお仕えして3年になります。それ以前は海外で傭兵をやっておりました」

「はあ……」

「お嬢様と共に生活していたこの3年、我儘で、食べ物の好き嫌いが多くて、研究に夢中になると何日も部屋から出ないときもあって、それに何より逃避癖がありました。困ったお嬢様でしたが、それなりに充実した毎日だったように思います」

 

サトウさんは何を言いたいのだろう。その目はエレベータの天井を見つめて、何かを探すかのように彷徨っている。

 

「お嬢様のご両親のことはご存知ですか?」

「いえ、聞いてないです」

「そうですか、ご両親とも実業家です。ただ今は身を隠しておられましてね、かつては政財界のちょっとした名士だったのですが、お嬢様とは一昨年の夏に会ったきりですね」

「……? 今日は来ていないんですか」

「来ておりません、代理の者を寄越されてます、何もかもを他人に任せることのできる方なのですよ。身を隠される前からそうでした。経営者としては理想的なのですがね」

 

エレベータが止まる。扉が静かに開くと、その奥から流れ出す歓談の物音。赤い絨毯の敷かれた廊下の奥に、タキシードを着た若い女性が二人、受付のカウンターを作って立っている。僕は一歩を踏み出す。

 

「……」

 

何だったのだろう、今の会話は。なぜ伊織の両親の話をする必要がある?

妙な感覚だった、ページを読み飛ばしたまま本を読んでいる時のような居心地の悪さ、何かが秘匿されたまま物語が進んでいる。僕はまた何か大きな渦に巻き込まれている。

サトウさんの先導で、正面の大きな戸を開ける。

 

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