中は異様な空間だった。
何百人も入れそうなホール状の空間、部屋全体はホールケーキのような円形で、屋根は中央部がやや高くなっている。その部屋にはありとあらゆる、本当の意味でありとあらゆる意味でのコンピュータが置かれていた。数十のディスプレイが正面を向いて墓場のように並び、コード類が床といわず壁といわず這いずり回り、むき出しのマザーボードがいくつかのテーブルの上を埋め尽くし、ノートパソコンが座布団のように無造作に積み上げられ、崩れてそして散乱している。巨大なスパコンが何台も並んでいるかと思えば、いかにも高級そうなモバイルパソコンがいくつも落ちている。ホールには正面以外にもいくつか入り口があったが、それはすでに扉が取り払われ、その奥にもコードとケース、そしてディスプレイの列が伸びている。通電しているものもあれば、明らかに壊れているものもある。高価なCPUがゴミのようにばら撒かれている。エアコンの冷気が足元を冷やしている。換気のがあがあと鳴る音は鳥の群れのよう。
そこに集まっていたのは、主に40代から60代ぐらいまでの、いかにも社会的に地位を有してそうな恰幅のいい男達だった。みな白髪を振り乱してパソコンを漁り、コードを繋ぎ、プログラムの流れるのを鬼気迫る様子で見つめ、誰もがその作業をしながら携帯電話で何かを怒鳴っていた。
「大変な量でしょう? お嬢様の十数年に渡るコレクションです。これはそのままコンピュータの近代史でもあります」
「何ですか……? コレ」
「ですから『MAMI』の完成記念パーティーですよ」
僕はサトウさんの顔を盗み見る。サトウさんは周囲の老人達を退屈そうに眺めていた。
「釘宮さんはどこに?」
「おられません」
僕はその場できびすを返して帰ろうとする。サトウさんが僕の肩をつかんで引きとどめる。
「正直に言います、伊織に会えると思ったから来たんです」
「承知しております。ですが、メッセージだけでも聞いていかれてください。これはあなたに残されたものでもあるのです」
メッセージとは、ホール中央のテーブルに準備されたICレコーダーだった。細長く軽量なICレコーダーが、まるでバイキングに出てくるニンジンスティックみたいにタンブラーに何本も挿してある。
――お集まりの皆様、御機嫌よう。わたしは釘宮伊織、望まずながら天賦の才を備えて生まれ、これまでの短い半生を主にプログラミングの研究に捧げてきた、とるに足らない一介のエンジニアです――
確かにこれは伊織の声だ。僕と会っていた時とは少し違い、変にかしこまった様子で、明らかに使い慣れていない丁寧な言葉でメッセージを吹き込んでいる。必要ない謙遜と自慢が混ざっているのがいかにも伊織だ。
――お集まりの皆様は既にご承知と思いますが、わたしが研究していたテーマはかつて存在した次世代のプログラムメソッド、「AMI」の複製、わたしはコードネーム「MAMI」と呼んでいた、高性能OSです。これは既存のコンピュータの概念を大きく覆すものであり、その性能は単純にクロック周波数で表現することは困難ですが、一応の目安としては――
しばらく技術的な話が進み、そして一段落すると、しばらくの間を置いて続く。
――こうして「MAMI」の完成に至って、わたしは少し疲れを感じました。元々、私はエンジニアとして素晴らしいプログラムを作りたいだけだったのです。「MAMI」の引き起こすゴタゴタに巻き込まれるのは嫌です。長い旅に出ようと思います。「MAMI」はこの部屋のどこかにありますから、適当に探して持って行ってください。早い者勝ちということでいいです。このフロアのどこかにあることは、両親の名誉にかけて誓います――
音声はそこで終わる。
「…………」
僕はしばらく、そのペンライトのような形状のICレコーダーを見つめていた、一分あまりもそうしていたと思う。
伊織はこんな退屈な喋り方をする人間だったろうか、あの刺々しい口調で僕を罵っていた彼女が懐かしい。
「……という訳です」背中に降るサトウさんの声。
「……じゃあ、あそこでパソコンあさってる人たちは?」
「色々です、役人とか、大学教授とか、大企業の重役とかです。どこから嗅ぎつけてくるのか、完成が近づくに連れていろいろ群がってくる人が多かったもので、今回こうして一斉に集めたのですよ」
「伊織はどこに?」
「私も存じません。実は、今日を最後に私も暇を頂くことになっています」
「なるほど、おかしいと思ったんです。サトウさんが伊織を一人にして僕を迎えに来るなんて、ありえない」
サトウさんは肩をすくめる。
僕はICレコーダーを一本抜き取り、それを上着のポケットに入れた。
「このレコーダー、貰っていいんですよね?」
「ええ、お客様用にたくさん用意してありますので。それでどうします? このフロアにあることは確かだと伊織様は仰られてましたが……探しますか?」
「探しません、見つかるわけないし」
サトウさんは口の端に笑みを浮かべた。この人が笑うところを初めて見た気がする。
「貴方は賢明な人ですね」
僕は周囲を一瞥する。僕とサトウさん以外は世界で一番忙しい人みたいに走り回り、白髪を振り乱し息を切らせつつ、山と積まれたパソコンを片っ端からいじっている。よく見てみれば、キーボードやマウス、スピーカーなどは部屋の片隅に一まとめにされていた。
「あんまり寝てないんです。ちょっとベッド借りていいですか?」
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すべてが終わってしまうと、最後に残るのはフィルムだけだ
ロジャー・コーマン
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映画の発明者というものは厳密に定めることはできない。例えばとある洞窟に残る馬の壁画には足が「八本」描かれている。これは動きの異なる複数の脚を描くことで、馬の走るさまを表現しているのだという。
19世紀末にリュミエール兄弟とエジソンが映画の原型を生み出した時、その後の数年で早くもスペクタクル、恋愛、コメディ、そしてポルノの原型となる映画が生み出されている。音もなく、一作品が極端に短く、画質など論じるまでもないこの映像に、人々は強く惹きつけられた。平面的な画像が動くこと自体に感動する。歓声が上がる。語りたくなる。そして自分でも作ってみたいと思う。なぜそれが求められるのかは、人間の視覚的欲求の発露としか言いようがない。
アイドルマスターMADにおいては、既に発足から数ヶ月ですべての楽曲、すべてのアイドルのMADが出揃い、コスチュームや衣装の組み合わせもかなり出揃ったと言われている。MAD製作者の数、仕事量の多さを物語るが、ここに至り、MAD製作者達の視線は既存の素材にとどまらず、更なる境地へと進もうとしている。
その手法として、通常のゲーム画面からアイドルたちだけを切り抜き、まったく別の背景と合成するものがある、この手法は「抜き」などと呼ばれ、クロマキーを用いて機械的に抜くものもあれば、執念にも似た情熱でヒトコマずつ抜いていくものまである。
・アイドルマスター ロケットガール 高槻やよい 【GO MY WAY!】
また、イラストを用いて楽曲を表現するMADもある。元々ニコニコ動画でファンアートを披露する場合はBGMにアイマス楽曲を用いることが多く、MADはその延長線上の存在ともいえる。中にはアニメーションまで自作してしまう強者もいるほどだ。
・アイドルマスター 『魔法をかけて!』を描いてみた
また3DCGを自作する者もいる。これは使用ソフトが高価なことなどもあり、非常に敷居が高いと言われているが、それだけに作品として昇華したMADは独特の輝きを放つ。
・ワスレナとかち
アイマスMADと呼ばれるこの一連の作品群が、果たしてどのような方向へと進化を遂げていくのかはまだまだ未知数である。だが、静止画から動画へとネット全体が移行しつつある今、このムーブメントは将来的にあらゆる動画作品への貴重な礎となることだろう。僕たちはMADに浴し、MADを喰らい、何か別のものに成るのだ。
この場所ではない、どこかへ行くのだ――。
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