IDLE D@YS   作:MUMU

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第十五話

 

 

 

僕は右手の親指とそれ以外の指で大きな輪を作り、それを右目に当てる。そして左目をつぶると、指で作った輪の中にいくつかのディスプレイと床の一部を入れる。黒いスーツ姿の千早たちが僕たちの脇を通り過ぎ、適当なパソコンを選んで端子口に親指を這わせる。僕は千早たちを無視する。

 

「サトウさん、『激突』って映画、見たことありますか?」

「ええと……確かスピルバーグ監督のデビュー作でしたかね。深夜放送で一度だけ」

「いい映画でした。監督の才能の萌芽が見えます。大型トラックと乗用車のカーチェイスが延々続くというだけの映画ですが、背後から迫り来るトラックは肉食獣のようでもあり、雷雲のように天災じみた脅威にも見えて、また得体の知れない人の悪意の顕現のようにも見えました。スピルバーグはトラックという物体の奥に、曖昧模糊とした形而上的な恐怖を表現してみせたんです」

「なるほど、たしかに天才ですね」

「映画監督というおぞましきエゴイストたちは、一つの対象から実にいろいろな意味を引き出します。あるいは世界に最初に意味を与えるのが彼らかもしれません。実は僕も学生の頃、映画にハマっていたんですよ、いくつか作品も撮りました」

「ああ……それは確か、以前調査させていただいた時に知りました。アマチュア映画祭で受賞経験もあるとか」

「知ってたんですか、どうも恥ずかしいですね。

……あの頃、僕もまた『世界に意味を与える』ということを理解しました。映画監督の撮るビジュアルは、それはすでに自然のままの世界の姿ではなく、監督の脳を通して意味づけのなされた作品なんです。それの埒外に存在する映像など有りえない。そして……」

 

僕は指の環のレンズを覗く。その中には無数の青い光。孤独と静寂に彩られた電脳の迷宮。その中央の御座に君臨する背中は、釘宮伊織、その姿だ。僕は空気のレンズで伊織を見つけ出す。

僕の言葉が止まってしまったので、サトウさんが先を促す。

 

「そして?」

「また別のことも知りました。映画とは本質に隷属するもの。あくまでも被写体が主役であり、演出や脚色はその本質を引き出す手段でしかない。ないものは映せないし、白いものを黒く映すことはできない。仮に黒くできたとしたら、それは、被写体が最初から真っ白ではなかったというだけのことです」

 

映像は時として、演者ですら知らなかった彼自身の本質を映す。例えば雪歩には慈愛の裏に潜む怒りを、例えば白春香にはその奥に潜む黒春香を。

黒春香は、まったく無の状態から妄想だけで生まれた存在ではない。天海春香は完全に純粋無垢な存在ではないのだ。当然だ、彼女の設定はアイドルでない日は普通の女の子、普通の女の子として恋もすれば、意図の読めないところがあったり、計算高かったりする、ごくありふれた賢明な女の子であったというだけなのだ。

 

・アイドルマスター 天海春香オフイベント(自宅にお呼ばれ)

 

僕の映画での雪歩もそうだ。あのとき、雪歩は確かに怒りを帯びていたのだ。雪歩はそれを自身の真剣さの現われだと考えたかもしれない。しかしあれは怒りだった、間違いなく。僕はそれを抽出して、表側に引きずり出した。それを僕の傲慢だというなら、

 

世界はきっと、誰かの傲慢でできている。

 

僕は空気のファインダーを覗き、その奥で背中を向けて座る伊織にピントを合わせる。ガラス瓶のように細く繊細な体、長い黒髪が背中に垂れ、キーボードを叩く音と、ファンの回る音だけがこの巨大なホールに拡散していく。音は返ってこず、この空間が異常なほど広く感じられる。この伊織は幼い。おそらくは4歳か5歳といったところか。

 

時を進める。小学生ぐらいの伊織。学校は休みがちで、高学年になるに連れて引きこもりの度合いが増していく。家庭教師や家政婦ともあまり上手くいかず、ただただその天賦の才をコンピュータに注ぎ続ける。

 

中学生ぐらいの伊織、ほぼ現在と変わらない。髪を後ろに大きく撫で付ける形。その頃には彼女のことを周囲が諦めてしまい、ただ見守るだけの対象になってしまった。世話をする人間が何人も変わり、部屋の広さに反比例して行動半径は小さくなっていく。マンションの数階分からワンフロアへ、そしてわずか数部屋の世界へ。生まれ持っての強気な性格で周囲には厳しく当たるものの、その内面では引きこもりの度合いを深めていく。

むろん、すべての情景は僕の想像だ、だが、伊織の生涯のほとんどはこの部屋に刻印されている。それを読み取る僕の眼は間違っていないと信じる。

 

「釘宮さん、ひどく孤独な生活だったみたいですね」

「分かりますか……もちろん私を含め多くの従業員がいたのですが、どの者ともあまり多くを語り合うことはなく……」

 

空気のファインダーの中で場面が進む。

現在の伊織、わずかに十数時間前、『MAMI』の前に座り、大きく後ろに反って伸びをする伊織が見える。そしてこの後、伊織は完成したはずの『MAMI』をこの場に残し、どこかへ……?

僕はその部分を見つけ出す。伊織の操作しているPCに何かの通知が来た。伊織はそれを開き、内容を読み――。

 

「なぜ釘宮さんは一人で出て行ったんでしょうね」

「さあ……。元々、逃避癖のある方でしたし」

「違いますよ」

 

ファインダーの中に映るその姿は、儚くも愛しい。その伊織の右腕にもまた、ウサギのぬいぐるみが見えている。そのウサギは伊織の象徴であり、記号的なものとして、僕の監督としての目が勝手に補完したものなのだろう。

 

「伊織は一人では行動できない人間なんです。そして他人に深く依存することもできない。それは両親の愛を受けられなかったためか、あるいは特異な才能のためか……。突き放すかに見えて頼ってしまう。孤独を好むかに見えて愛に餓えている。そんな二律背反、自己矛盾のねじれこそが伊織の本質なんです」

「…………」

「そんな伊織が、この化け物じみたコンピュータでどんなソフトを動かすつもりだったのか、それは、おそらく」

 

周囲では、そのコンピュータに張り付いた千早たちがじっと佇んでいる。内部にアクセスデモしているのか、バイザー形サングラスの表面で光が流れている。

僕の足元には、これらのコンピュータの鍵となったICレコーダーが転がっていた。僕はそれを拾い上げて、短く言葉を放つ。

 

「父親を」

 

なぜ鍵がICレコーダーなのか、それは、この第二の鍵を入力するためではないだろうか。

低い音。すべての機械が短く鳴動し、中央のディスプレイにひとつのシルエットが浮かぶ。

おそらくは男性の、肩幅が広く、がっしりとした体つきの影。画面に対して少し斜めに構えたバストショットだ。あえて細部まで描かずにシルエットで表現したのは、伊織がそこに自由なイメージを投射できるようにだろうか。

 

『やあ、伊織、今日も元気だね』

 

息を呑む音、それは隣にいるサトウさんのものだ。

 

「よく、お分かりになりましたね」

「釘宮さんは僕に言ってました、『人間は色々な機械を作ったけど、そのうち自分で発明するのも面倒になって、発明をする機械を発明しました』と……。あの話は、つまり自分の作ろうとするものが人の代替と成り得るという暗喩」

「そうです。しかしこれは」

 

『やあ、伊織、今日も元気だね』

 

シルエットはさっきと同じ言葉を繰り返す。それなりに年輪を重ねた大人の男の声だ。だがその言葉には深みがない。平板で虚ろな響き、心のない機械の声。

 

「そう、まだ完成していません。さっき大勢の人間がこのパソコンの山をいじっていたそうですから、その時に壊れた可能性もありますが、少なくとも『MAMI』を作るだけでも途方もない年月をかけているのに、その中身がそんなに早く完成するとは考えにくい。そもそも『MAMI』というのはただのOSであり、計算の手段でしかないんです。そこで動かすソフトなり数値なりを入力していなければ用をなさない。その全ての作業の完了が伊織の目的だったはず。

伊織がなぜこれを中途半端なまま放棄したのかは分かりません、でもそんなことはもう大した問題じゃない」

 

僕はICレコーダをその場に落とし、サトウさんの方へと向き直る。

 

「僕が知りたいことは一つだけです」

 

サトウさんの瞳はわずかに揺れていた。

 

「伊織はいま、「誰」と?」

「……分かりません。私は、伊織様の生活のほとんどを見続けていたつもりです。そんな、一緒にどこかへ旅立てるような相手はいないはずです。外部から組織だの政府だのが接触することはままありましたが。基本的に人見知りの激しい方ですし、外部からの勧誘に耳を傾けることはこれまでなかったのですが……」

 

ああ、なるほど、

そういうことか。

 

その時、僕はようやく全てが分かった。

伊織を連れ出した人物、それはもう、一人ぐらいしか思い当たらない。

 

上着のポケットから箱状のものを抜き出す。ボタンが一つあるだけの銀色の立方体。僕はその中央のボタンに力を込める。中身はオルゴールのような小さな機械。ボタンを押すと同時に甲高い音を放ち、周囲の千早たちががしゃりと耳障りな音を立てて倒れ、ディスプレイの青い光が消え、本体のインジケーターランプが片っ端から消え、ホールはすみやかに完黙する。

 

瞬間的に強烈なパルスを放つ電磁波爆弾。

それが僕の役目。

 

 

 

 

 

これでいいんだろ、真。

あくどいエージェントめ。

 

 

 

 

 

 

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