IDLE D@YS   作:MUMU

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第十六話

 

 

 

 

 

 

 

夏の日の昼下がり。

 

「雨に唄えば」をモチーフとした僕のMADは、週刊ランキングで9位入賞という成果を残した。正直なところもう少し上を狙えるかと自惚れていたのだが、まだまだ上位にひしめくMAD製作者たちとは大きな差がある。

 

言い訳ではないけれど投稿の時期も考えるべきだったかも知れない。僕が投稿したのは7月第2週、この週は後に過去最高の激戦週と言われ、上位MADはその後数ヶ月に渡って再生数を伸ばし続け、それぞれが流行となり記憶となる、怪物MAD揃いだった。

 

 

・アイドルマスター キラメキラリ リハーサルver やよい

 

・【アイドルマスター】 とかち天国系~約束の地~

 

・アイドルマスター Destiny-太陽のあずさ- 永遠の20歳

 

・アイドルマスター キューティーハニー 美希+時々、真とやよい

 

・アイドルマスター Perfume パーフェクトスター・パーフェクトスタイル PV風

 

どれ一つとっても、技術力、演出力、選曲センスともに凄まじいレベルに達している。しかも、まだまだ進化の勢いは衰えることを知らない。将来的にどのようなMADが生まれるのか想像だにできないのが現状だ。僕も負けてはいられない。

 

次はどんなMADを作ろうかと、僕はこのところ篭りがちだったアパートを出て、駅前の公園を散歩する。雲ひとつない、何かの罰のように蒸し暑い日だった。

携帯が鳴る。

 

「もしもし」

「やあ、お久しぶり」

 

真だった。反射的に言葉が出てくる。

 

「今どこに?」

「ごめん、言えない。……ただ、そうだね、カニの美味しい国だよ」

「メキシコ?」

「………………………………………

……え、メキシコってそうなの? 具体的には何ガニが? 旬の季節とかある?」

「いやごめん、適当言った、メキシコのカニが美味しいかどうか知らない」

「カニのことで冗談言うの許さないよ?」

 

いや、まさかこんなに食いついてくると思わなかったし……。

それはともかく、と真が言葉を続ける。

 

「上手く『MAMI』を処分してくれたみたいだね。しかも千早を10体以上もデリートしてくれたみたいだし、ボクたちの国にとって大変な利益だよ」

「聞いていた話と全然違う」

 

かつて真は言った。ボクたちのやり方は、想定できる限り最も穏便で最小規模なものだ、と。

具体的にはそれは、つまりは問題の先送り、保留だ。

僕が何らかの機会に『MAMI』に接触できた時、あの小箱の中身……真は一種の電磁波爆弾だと説明したが、それを使って破壊してしまうこと。とりあえず複数の勢力で『MAMI』を奪い合うという構図を破壊し、また改めて伊織と交渉する。そう僕に説いた。

これは一見無茶ではあるが、それなりに意味のある手段にも思える。だが、真の本意はまったく違った。

 

「僕を囮に使ったね?」

「ごめんね」

 

僕にあの箱を与え、千早たちの目を僕のほうに向けさせる。真の狙いは『MAMI』ではなく伊織にあった。ひそかに伊織と交渉し、彼女を外の世界に連れ出したのだ。その後で僕に『MAMI』を破壊させ、自分達以外の勢力に何も与えないようにする、というわけか。僕があの部屋で千早とかちあえば、あの箱を使うしかあるまいと考えたのだろう。

 

「伊織は? 真の国に連れて行くのか?」

「いや、伊織さんが旅行をしたいと言っててね、どうやら他の機関にも補足されてなさそうだし、少し寄り道してからボクの国に行くよ」

「伊織と話がしたい」

「あまり長話はダメだよ」

 

いったん音が途切れ、そして、懐かしい声が僕の携帯から聞こえる。ちなみにあの小箱を使ったときに携帯が壊れたので、今使っているのは実に三代目になる。

 

「……はーい、ひさしぶりね」

 

ちょっと気まずそうな、それでいて強気を保とうとする伊織の声。金属的なほどに甲高く、直接僕の心の奥に突き刺さるような、クリスタルのひとかけのような透んだ声。

 

 

 

「伊織、好きだ」

 

 

 

とりあえず色々な過程を吹っ飛ばして、僕の口をついて出たのがそんな言葉だ。たぶん、頭の中が何かの拍子で真っ白になってしまったんだと思う。こんな、夏休みの真っ盛りで人も多い公園だというのに、僕の声は見える範囲の全員に聞こえそうなほど大きかった。

 

「えっ……!?」

「お願いだ、外国へなんて行かないでくれ、いや、僕が伊織のところへ行ったっていいんだ。電話じゃなくて直接伊織の声が聞きたい。この手で抱きしめたいんだ」

「なっ、何言ってるのよっ! 急にそんな……、いきなり……。だっ、だいたい、そんなに何度も会ったわけでもないじゃないっ!」

「付き合った時間なんか関係ない。僕は伊織のことを全部見た。あの部屋で君の全てを知ったんだ。守りたいと思った。君の今までも、これからも、全部を見守りたい、君のそばにいたいと思ったんだ」

「もっ、もう遅いのよっ! 真さんの国に行くって約束しちゃったんだもの! しょうがないじゃない! 言うのが遅い……ち、違う、とにかく! もう決まったことなのよ!」

 

伊織は明らかに混乱しているようだ、まあ無理もなかろう。僕は言葉を連ねる。

 

「聞いてくれ伊織。僕はいずれ映画を撮る。ハリウッドにだって負けない名作だ。必ず撮ってみせる。そのとき、ファインダーの中央にいつも君の姿を収めたい。君の可憐さを僕の話の中心に置きたい。わかるかい? 僕の撮るのは君の映画だ。君の目を、声を、その広い額だって素晴らしいものだ、照れて赤らむ表情とか、怒って眉を吊り上げる様子も魅力的だ。キスシーンも、ヌードだって撮りたい」

 

この言葉は用意していたものじゃない、本当に勝手に流れ出した言葉だ。自分がまた映画を撮るつもりなのかも分からない。

 

「ば、ばかっ!!! 久々に電話してみたらなんなのよっ!! 映画だとかヌードとかっ! あ、頭おかしいんじゃないのっ?!」

 

僕の頬に熱いものが流れている。ああ、やはりこの声こそ伊織だ。伊織に暗さは似合わない。もしかして、僕は伊織からこの罵倒を引き出したかっただけなのかもしれない。昼間の公園で女の子に罵倒されて涙ぐむなんて、僕はおそろしく才能がある。

と、そこで、急に真の声が割り込んでくる。

 

「ちょ、ちょっと、伊織さんに何を言ってるんだよ!? これから長旅を控えてるんだから、あんまり動揺させるようなこと言わないでくれよ!」

「……ああ、ごめん、悪かったよ。それとは別に聞きたいこともあるんだ、もう一度だけ代わってくれ」

「うーん……」

 

暫しの間を置いて、また伊織が出る。

 

「伊織、ごめん、ちょっと興奮してた。許してくれ」

「お、おかしな人ねえ。まあいいわ、もう」

「一つだけ聞いておくことがあるんだ、なぜ『MAMI』を完成させなかったんだ?」

「……不思議なのよね、あれほど情熱をかけて作ってたはずの『パパ』なのに、なんだか段々やる気がなくなっちゃって。それで、真さんが私を国に招きたいって言ってたのを検討する気になったの。まあコンピュータ自体に興味が無くなったわけじゃないしね」

 

拍子抜けするほどあっさりとした答えだった。言ってみればやる気がなくなったということか。莫大な時間をかけたあの機械を放り出してしまうとはよほど革命的なきまぐれが起こったか、あるいは、それまで伊織を突き動かしていた強烈な動機が、突如として影を潜めたのか。

僕は想像する。それはもしかして、親離れというやつではないだろうか。両親の愛に恵まれず、孤独に育った伊織は、機械の中で父親を創造しようとした。そして、そう、まさに、僕とのささやかな交流を切っ掛けに父親の神聖を忘れ、一人の人間として自立するきっかけを得たのではないか。

ちょっと深くまで想像しすぎているなと思い、僕は頭を切り替えて電話の向こうの伊織に語りかける。

 

「とにかく、とにかくだ。向こうに行くにしても必ず帰って来てほしい。ずっと待ってる。君のために何十本でも脚本を書く。衣装案も考える。毎日君の姿を思いながら眠る。帰ってきてくれるよね?」

「う、うん。 

………………じゃなくってえええ! 何言ってるのよさっきから! 寝る時は普通に寝なさいよ! この変態! ド変態っ! もう知らないんだからっ!」

 

唐突に途切れる通話、こんなとき受話器を叩きつける音が鳴らないのはいかにも風情がない、と思う。

僕は安心した。伊織は変わりなさそうだ。また会える可能性もけっして低くはない気がする。いや、必ず会えるという確信がある。これは映画的にも絶対な確信だ。

と、同時に、僕の脳裏に去来するイメージの閃光。

 

「THE iDOLM@STER」の方に出てくる伊織、水瀬伊織も、そのあまりにも印象的な声で人気を博している。声優を勤める釘宮理恵の声は、まさに極限の甘ったるさ、可愛らしさ、幼さ、そしてわずかな艶めかしさを内包した、南国の甘い飲み物のような声だ。その声に取り付かれてしまった者は少なくない。その声を生かしたMADが作れないものかと前々から考えていた。

それをどう魅せるか、思いついたものは映画「8mile」だ。

90年代を代表するMCであるエミネムの自伝的映画であり、作中にはエミネムが本人役で出演している。その中で、ダウンタウンの青年だったエミネムはMCバトルと称するラップの競演を行う。交代で即興のラップを披露し、その技術を競うというものだ。

 

8mile MC BATTLE Papa doc vs Rabbit

 

これを水瀬伊織の声で表現したらどうなるだろう。ゲームの中でプロデューサーに浴びせられる多様な悪口雑言、幼さを残す怒鳴り声、我儘を押し通すための金切り声、そしてごく稀に、稀だからこそ宝石並みの価値を持つ、ねぎらいの言葉。

 

それがラップの調子に乗せて、間断なく連続的に脳に叩き込まれるMAD。あるいは作中で流れる「Lose Yourself」に伊織のセリフをオーバーラップさせるのはどうか。

これは強烈だ、おそらくコレを聞いた人間の脳は、かき混ぜたプリンみたいにグズグズにされてしまうだろう。考えただけで含み笑いが生まれてしまう。こう見えても多少は音楽的教養もあるし、作れるはずだ。これは今後数日、この作業だけで日が明けて暮れてしまいそうだ。

 

そういえばアイドルマスターの企画CD「M@STER ARTIST」もそろそろ発売されるはずだ。第一弾は高槻やよいと天海春香。もちろん購入を予定している、それを生かしたMADも一つ作ってみたい。そうなるとさすがに財布の中が厳しくなってきそうだし、バイトのシフトを増やして……。

僕はまた、アイマス中心の生活に没入しようとしている。まあそれでもいい。いつかアイマスから離れて映画の世界に戻るのかもしれないが、今しばらくは、この新しく生まれたアイマスMADという世界に挑戦してみたいと思う。

 

MADの細部の構想を練りながらアパートまで帰ってくると、道の真ん中に誰かが倒れている。

 

「……?」

 

どうやら女の子のようだ、地面に投げ出された長い脚が思わず視界に入る。

外側に跳ねた、うなじまでの長さの栗色の髪。胸元が大きく開いたチョッキのような袖なしの上着と、光沢のある黒のラバー素材のようなズボン。首には星の飾りがついたチョーカーをつけている。何かのコスプレだろうか。かなり肉付きの良い体型が、ボディスーツに近い衣装で余計に強調されている。これがコスプレだとしたらカメラ小僧が万単位で来そうだ。

 

僕が近づくと、その女性はがくがくと震えながら身を起こし、横座りになって地面に両腕を突いたまま、肩を上下させて荒く息をつく。

 

「……あれ? 美希、か?」

「ほえっ?」

 

少女が僕に気づいて顔を上げる。

髪型が金髪から栗毛になっているし、長さも違うが、その大きな瞳とつややかな口元はそうそう間違えようがない。

 

少女は慌てて立ち上がり、僕に背を向ける、ウエストから肩にかけてのラインが神がかっている。

 

「ひ、人違いなのっ! 私は愛の戦士、キューティーミキなんだから!」

 

なんか言い出したぞ。

 

「いや、えーと、……まあそういうことでもいいけど、どうしたの一体、なんかダメージ受けてるけど」

「そ、そうだっ! 早くここから逃げてっ、なの!」

「?」

 

と、その時、地下から突き上げられるような物凄い轟音が響く。地面で地下鉄が爆発したかと思うほど、目に見えて地面が振動するほどの音だ。

 

「……な、何なんだよ一体!?」

「とんでもないのが現れたの! 数億年の眠りから目覚めて、この世界そのものを飲み込むぐらいの力を持った、究極の怪物、破壊の化身、ミキがこんなにも苦戦するなんて、初めてなの!」

 

かなり近くで破砕音がとどろく、家が、ビルが、紙切れのように宙を舞い、深い洞窟の奥から響くかのようなくぐもった咆哮。建物の隙間から僅かにのぞく、ピンク色の触腕。一本一本がクレーン車のアームほどもあるものが、電柱やら車を掴んだまま上空を暴れまわっている。

 

「それは神の対比とされるものの根源なのっ! 夜であり冥府、悪意であり暴威。誰が呼んだのか、その名は夜宵(YAYOI)!!」

 

おお、その怪物が、あらゆるものを砕きながらこちらに向かってきている。土煙に混じって届く、千トンの肉が腐ったような悪臭。どれほどの大きさなのかちょっと見当が付かない。

 

美希は腰を落とし、迫ってくる怪物に対して正対する。いつのまにかその手には細長い剣が握られている、空中元素固定装置とかで出したんだろうか。

 

……やれやれ。

僕はまたトラブルに巻き込まれようとしている。幻想のアイドルたちを愛でていたいだけの僕の怠惰(IDLE)な日々を、なぜに現実の少女(IDOL)たちがかき乱してくれるのか。

まあ仕方ない、気を取り直して問題に当たるしかあるまい。ひとまずこの場は、B級アクションの傑作「ザ・グリード」にて、トリート・ウィリアムスが放った稀代の名台詞で締めておこうかと思う。

 

建物を砕きながら怪物が近づく、美希が構える。

僕は言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お次は何だ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

(完)

 

 




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