IDLE D@YS   作:MUMU

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第六話

 

 

 

 

アイドルマスター 阿修羅姫(ALI PROJECT)を見たとき、僕の胸に去来したのはあの苦い記憶だった。まだ一年にも満たぬ過去。鮮明すぎて胸が苦しくなる思い出。もちろん僕は黒春香に対して否定的なわけではない。むしろ素晴らしい発見だと思うからこそ、あのときの雪歩こそ間違っていると考えてしまうからこそ、苦しかった。

 

黒春香、本来は無い属性。白いものすら黒く見せる編集の妙。

黒春香動画に多く見られる技法に「ラ・ニュイ・アメリケンヌ」がある。これはフランス語で、直訳すれば「アメリカの夜」。

 

夜間のシーンを日中に撮影するため、カメラにフィルターをかけたり、上に天幕を張ったりして暗闇を作り出す技法だ。これは単純に日中のうちに撮影を進めるための技法ではなく、演出上の意味もある。

明らかに昼間のシーンであり、観客にもそのことを明言していながら、なお画面が異常に暗いという演出がある。これはすなわち、画面を暗くすることで場面の緊張感を高めたり、登場人物たちの内面の闇、気分の落ち込み、起こっている悲劇的な事態などを表現しようとする試みである。

アイマスMADにおいては、おもに編集により明度を落としたり、画面にノイズや霧、あるいは血痕のようなエフェクトを乗せることによって表現される。

 

他にも、声を機械的に変化させて低音を強めたり、突然フラッシュを挿入したり、こうした技法はすなわちホラー映画やサスペンス映画に通じる。アルフレッド・ヒッチコックの「ダイヤルMを回せ」は、その全てが詰まっている傑作だ。リメイク版の「ダイヤルM」も合わせれば10回は見た。グレース・ケリーとグウィネス・バルトロウはどちらが美人か、と考えるだけで3日ぐらいすぐに過ぎてしまう。

 

こういった動画の例として示されるのは以下のようなものか。

 

・アイドルマスター 春香 さよならを教えて

 

またしても僕は戦慄していた。アイマスMADの世界は怖ろしいほど深く、そして広い。人間の映像作品にかける情熱と歴史が、この世界に持ち込まれようとしているのだ。

かつて映画の世界に演劇の技法が持ち込まれ、それを独自に進化させたように、アイマスMADの世界でまた何かが生まれようとしているのだ。

 

 

 

 

 

 

春の日々。

 

僕は、また忙しさの中に埋もれていった。大学が忙しいのももちろんだが、「THE iDOLM@STER」のプレイがどんどん楽しくなってきたことが大きい。一周目は散々な結果に終わり、二周目は最終関門のドームコンサートで失敗。三周目でようやくグッドエンディングを見ることができた。このゲームはただの恋愛シミュレーションではなく、ゲーム性が非常に高い。レッスンにおけるミニゲームはもちろんだが、その育成には戦略性が必要であり、オーディションではとっさの判断力と駆け引きが求められる。

そしてコミュニケーションはランダム要素が強いため、理不尽さはあるものの、何度も遊んでしまう中毒性があるようだ。

 

アイドルたちのコンサート場面はキャプチャしてパソコンに保存していく。XBOX本体のHDにも、いつでも色々なコンサートを見られるように大量のセーブデータを作っておいた。

 

怠惰に、しかし勢いよく流れていく日常の中にも、小さな渦のような事件がいくつも起きる。美希に無理やりカラオケに付き合わされたり。「バベル」を最終日に見に行って、号哭のあまり席から動けなくなったり。東京タワーに登ってみたり。夜中に帰ってくると美希がアパートの廊下で寝てたり……なんか美希がらみ多いな。

ともあれそんな小さな渦に巻き込まれ、それを過ぎることで、時計の針が少しずつ回転していく。

僕は風車を回すようにひたすら日常を繰り返し、「THE iDOLM@STER」をプレイし、ニコニコ動画でアイマスMADを見て構想を膨らませた。僕は日常に沈み、日常の中に静む。

 

携帯が鳴った。ディスプレイを見ると見慣れない数字。

いや、違う。

僕はハッとなる。この数字はどこかで見ている。そう、確か、あのとき伊織からかかってきた電話、その番号ではないか?

 

そのとき僕が使っていた携帯は真っ二つになったが、今はナンバーポータビリティというサービスがある。新しい携帯でも以前の番号がそのまま使えるサービスだが、これが始まったのは2006年の10月である。要望は昔から出ていながら、なぜこんなに長く待たねばならなかったのか、きっと海よりも深い事情があるのだろう。

 

僕は電話に出た。

 

「もしもし?」

「御機嫌よう、佐藤律子ですが」

 

僕は電話を切った。

十秒後、また呼び出し音が鳴る。

 

「なんですか、僕は忙しいんですよマッタク」

「…………き、斬りますよ貴方」

 

声が怒りに震えている。僕はちょっと愉快な気分。

 

「だから何の用です、早く言ってください」

「……正直にお答えください。そこにお嬢様はいますか?」

 

なんだ、伊織のやつまたいなくなったのか。

もちろん伊織はこの部屋にはいない。テレビ画面の中に、今プロデュース中の水瀬伊織はいるが。

 

「サトウさん」

「はい」

「釘宮さんがここにいるかどうか答えますから、『大きな栗の木の下で』歌ってください。大声で」

「……っ!?」

「そのぐらいしてもいいと思うなあ。僕このあいだカミソリで切られたんですよ。その意趣返しぐらいさせて欲しいんですが」

 

受話器の向こうが沈黙する。続いて荒い息。小さく「あっ……ぐ……」と、毒物を飲んだ人のようなうめき声。

それは突然始まった。

 

「おーきなくりのー!!!」

 

 

 

 

「はい、ありがとうございます。で、質問の答えですが、釘宮さんはここにはいませんよ」

「確かですね?」

「サトウさんにあそこまでさせて、なお嘘をつくほど肝は太くないです」

「……分かりました。この電話のことは忘れてください」

 

通話が切れた。

僕は考える。今の会話からどんなことが読み取れる?

番号の先頭は080、携帯電話からの通話だ。伊織の携帯からなぜサトウさんが電話をかける?

 

最初、僕は伊織がサトウさんの監視下から「逃げ出した」のだと思った。だがそうではない、それなら僕にあんなストレートな質問はしない。伊織が逃げて僕のところに来ていたなら、サトウさんからの電話には嘘をつくよう頼むに決まっているからだ。

つまり、伊織は普通に出かけて、そのまま帰ってこない? いや違う。どこへ行くにしても、サトウさんは遠くから監視するはずだ。

 

ではどんな状況が考えられる?

僕は脳を雑巾のように絞り、そして見出す。

そうか、伊織はサトウさんと一緒にいたが、何かトラブルがあって離れ離れにならざるを得なかったのだ。そして伊織は携帯を持っていく余裕もなく、一人で逃げるしかなかった。そしてトラブルに一段落がついた後、サトウさんは伊織を迎えに行こうとしているのだ。

 

僕は思い出す。伊織の語っていた『MAMI』という脅威のプログラムのことを。

かつてその原型を研究していた者達は皆殺しとなり、研究施設も文書もすべて「爆弾でドカンといった」らしい。

正直なところ半信半疑だったが、現にサトウさんのような人が傍についていることからして、伊織の周囲に暴力的なトラブルが予想されていたのは事実だろう。

 

ふいに伊織の姿が脳裏に蘇る。いても立ってもいられなくなるような、急激にせりあがってくる焦燥感。

だが、僕に何ができる?

伊織とは一、二度会っただけのこの僕。暴力的なトラブルにも対応できない。人探しなんてしたことのない僕に何が?

 

まあいい。

細かなことは行動してから考えれば良い。

 

僕はXbox360の電源を落とし、服を外出用に着替えた。

 

 

 

 

向かう場所は、もちろん秋葉原と決めていた。おそらくサトウさんもそこは探すだろうが、僕だって自分の目線が届く範囲ぐらいは探せるだろう。僕の記憶にある限りの伊織は、あの街を抜きにしては考えられない。

駅へと向かう途中で、突然名前を呼ばれた。

 

「やあ、久しぶりだね」

 

真だった。ストレッチ素材の黒のタンクトップにレザーのハーフパンツという、なかなかに若さって素晴らしい格好をしている。顔はなぜか不機嫌そうだ。

 

「ああ真か……久しぶり」

「ひどいじゃないか、キミ、チケット使ってないだろ?」

 

チケット?

ふいに思い出す。引ったくりの一件のとき、真から貰ったチケットをまだ使ってなかった。今はたしか、二枚とも四つ折りにして財布のカード入れの部分に突っ込んでいたはずだ。

すっかり忘れていた。

 

「もうダンスイベントが最終日なんだよ。来てくれてるかと思って毎回客席見てたのにいないから」

「ご、ごめん、その、一緒に行ってくれる相手が見つからなくてさ、一人でクラブなんか入ったことないし」

 

脳裏に美希の顔が浮かぶが、とりあえずそれは無視。

 

「そんなこと気にしなくて良いのに。一人で来たなら僕がついててあげたよ。今回のイベントは大成功なんだよ。連日大入り満員。見たら絶対ハマるって自信ありなんだ」

「ごめん」

 

僕は腰を曲げて深々と謝る。忘れていたのだから僕が一方的に悪い。真はうん、素直でよろしいと笑って、先ほどとは一転、夏の空のように輝かしい笑顔になった。

 

「じゃ、行こうか」

 

横に回り、腕を組まれる。

 

「え?」

「いや、だからダンスイベントが楽日なんだよ。あと1時間ほどでスタート。ボクたちのチームは順番で言うと最後だからまだ時間あるけどね。ボクもこれから行くつもりだったんだ」

「いや、その」

「まさか、用事があるとか言い出さないよね?」

 

腕をぎゅっと真の方に引き寄せられる。その柔らかさに、一瞬これまでの人生すべてを忘却しそうになる。

いや、いかん、伊織がピンチなんだ。多分。

 

「ご、ごめん、どうしても外せない用があるんだ」

「あー聞こえない。さー行こ行こ」

 

ものすごい力である。腕を振り解こうとするが、革ベルトで拘束されてるみたいにビクとも動かない。この筋力であの肌の柔らかさとは、天は真に二物も三物も与えている。

「自分の分の電車代ぐらいは払ってよね。原宿までだから800円ちょいかな」

 

冗談じゃない。秋葉原と原宿じゃ山手線の反対側だ。

 

「わ、分かった! 行く、行くからとりあえず手を離して!」

大声で訴えるが聞いてくれない。全然方向違いの電車に引きずり込まれるまでこのままだろう。

 

考えろ。この現状を打開する方法を。

まず電車にはSUICAで乗れる。この組まれた腕さえ振り解いてしまえば、後は全速力で駅の改札を抜け、電車に乗れば良い。電車が来ていなかったとしても、来るまで数分間時間を稼ぐぐらいは可能なはず。

この腕をどうやって解くかが問題だ。単純な腕力ではたぶん圧倒的に負けている。口先でごまかすにはもうタイミングが遅い。まさか女の子に手を上げるわけにも……。

 

……。

 

……手を上げるわけにも。

 

……それしかないか……。

 

「真」

「ん? なに?」

「ごめん、後でどんなお詫びでもする」

 

開放を求めるならまず拘束されるべし。放とうと思うならまず矯めるべし。つまりは押して駄目なら引いてみる。離れたいなら、まず触れる。

僕は開いている方の手で、素早く、的確に、真に、真の左のほうに

触れた。

 

「っきゃあああああっ!!」

 

瞬間、腰のひねりと同時に放たれる左アッパー。僕の耳をかすめて天へと抜ける。冷や汗が頬をつたう。今のを喰らったら冗談でなく丸一日が失われかねなかった。

 

「ごめん!」

 

僕は真に背を向け、全速力で逃げ出した。ごめん真。サイテーだ僕は。全国の真ファンから十発ずつ殴られても文句は言えない。むしろ自ら頬を突き出して殴られ続けると約束しよう。

僕は駅舎へ駆け込み、改札を抜け、そして運良く発射直前だった電車に乗った。

 

 

 

 

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