IDLE D@YS   作:MUMU

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第七話

 

 

 

 

別に僕の生活サイクルの中で、そんなに電子機器を買い求める機会が多いわけではないはずなのに、最近やたらとこの街に来ている。秋葉原は今日も密林のようにざわざわとゆらめき、奥深く、様々な感情を飲み込んで蠢いている。

 

さて、どこを探そうか。

パソコンショップ、電子機器専門店。まずそれは除外していいだろう。サトウさんがそこに手を回さないはずはない。

そういえば伊織の携帯電話の番号は分かっているのだ、それは今はサトウさんの手にある。電話して連携体制を取ろうかと思い至る。

でも逆効果だろう。サトウさんがこちらを気にして動きづらくなるだけだ。

 

そもそも、伊織は本当にこの街にいるのだろうか?

それと、もしかして既にサトウさんが伊織を発見している可能性もある。

僕は秋葉原駅内の公衆電話から、080で始まる番号に電話する。

 

「もしもし、伊織様ですか?」

 

電話を切る。まだ伊織の携帯はサトウさんの手にあるようだ。

って、これじゃタダのいたずら電話だな……。

 

何だか不安になってきた。不安の鎖で身動きが取れなくなる前に、伊織のことだけ考え続けようと思考を切り替える。そもそも闇雲に動き回っても埒が明かないんだし、ここはまず頭を行動させよう。

 

まず、伊織は電話をかけられない状況にある。

電話をかけられるなら、すぐサトウさんに連絡しているはずだ。

そして伊織は狙われている。特定の誰かというよりも、いつ誰に狙われるか分からない立場なのだ。

となるとあまり大きく移動せず、一つ所にじっとしているべきだ。この秋葉原は幼稚園の頃から来ているという伊織のホームグラウンド、誰も来ないような穴場や隠れ家も熟知していることだろう。

 

そして、伊織は頭が良い。重要なことだ。

秋葉原には居る、それはとりあえず疑わないでおこう。だが、誰しもが思うような場所にはいない。盲点と死角。背理と逆理。伊織ならそれができる。

 

これらの推測を組み合わせ、新たな推測を生み出す。トランプタワーを積み上げるような作業。この場合、頭を使うべきは僕ではなく伊織だ。うまく僕の推測の塔の上に立ってみせる、うまく僕やサトウさんに見つけ出してもらう。そんな曲芸も伊織なら……。

 

「……あそこ行ってみるか」

 

僕は歩き出す。

 

 

 

 

柳森神社は秋葉原駅を下りて徒歩5分。神田川の傍に立つ神社だ。周囲を高層ビルに囲まれた中で、ここだけ冗談のような静けさが降りている。狭い範囲に鳥居やら小さな祠やらが密集していて、なんだか込み入ってる印象なのが実に秋葉原っぽい。

その本殿を回りこんだ裏手に。女の子が一人、小さくうずくまっていた。

 

「……あれ? あなたが来たの?」

 

本当にいた。

伊織の思考を読んだ僕が運がいいのか、僕の思考を読んだ伊織が凄いのか、まあどちらも半々ぐらい偉いとしておこう。

 

秋葉原の中で最も伊織から遠い場所、まあなかなかの隠れ場所かも知れない。もっと見つかりにくい場所もあるにはあるのだろうが、100点ではなく70点ぐらいの場所に隠れて、誰かに見つけてもらうことが重要なのだろう。

本殿の影にうずくまっていた伊織は、僕を見てぱっと立ち上がり、変に慌てた仕草でスカートの裾をはたく。

 

「やあ、まさかホントにいるとは思わなかったよ、すぐに見つかってよかった」

「よ、よくここが分かったわね? それと、なんで私がいなくなったこと知ってるの?」

「サトウさんから電話があったんだよ、伊織は一緒にいないかってね、で、伊織がどうやら行方不明になってるらしいとピンと来て、秋葉原に来てみた」

「そうなの……なかなか気が利くじゃない、召し使いの見込みあるわよ」

 

僕は苦笑する。

 

「とにかく良かった、ケガとかないよね?」

「だ、大丈夫よ。それより携帯貸して、サトウさんに連絡するから」

「ああ、ちょっと待って、僕がやろう」

 

携帯をダイヤルする。080で始まる番号、佐藤さんの動きは常に迅速だ、2コールと待たずに出る。

 

「もしもし」

「あ、僕です、釘宮さん見つけましたよ」

「……本当ですか?」

 

僕は携帯の送話口のところを伊織に向ける。

 

「サトウさん、私は無事だから心配しないで、とりあえず車回して、ここは」

 

と、そこで携帯を伊織から離す。

 

「あ、もしもし、聞いてのとおり釘宮さんは無事です」

「どこの誘拐犯ですか貴方は」

「で、その居場所ですけどね、また一曲お願いしていいかなと、これは真っ二つにされた携帯の意趣返しというやつで」

「……なんですか、また歌ですか、こうなったら何でも歌いますよ。アニメソングですか? モーニング娘。でもいいですよ」

「米良美一の『もののけ姫』お願いします」

「…………………………………よ、よくそんな残酷な仕打ちが思い浮かびますね……」

 

さすがに今さらあの曲は恥ずかしいよなあ……。

伊織はというと、訳が分からないといった顔で首をかしげている。

まあ、このぐらい許して欲しい。ここに来るために、僕は男としてサイテーな奴に成り下がってしまったのだから。

 

 

 

 

「はい、ありがとうございます。場所ですが、秋葉原駅の近く、神田川沿いの柳森神社です」

「そこなら分かります。10分ほどで行きますので伊織様に待っていただくようお伝えください」

 

通話が終了する。

 

「助かったわ、秋葉原は路地までよく知ってるんだけど、動き回るのは危なかったから」

「一体何があったの? サトウさんが護衛についてたんでしょ?」

 

伊織はこめかみをポリポリと掻いて、そうなんだけどね、と言った。

 

「前に言ったでしょ、完全無欠のプロトコル『AMI』の研究成果は盗まれて、変態たちは犠牲になったって」

「うん、聞いた」

「私の研究『MAMI』は、断片的な情報から構成されたその複製。いくつかの組織に存在が感づかれているらしいけど、その中で研究を奪おうとするものと、研究をこの世から亡くそうとするものが現れたの。今日来たのは後者。アキバで買物してたところをいきなり襲われたのよ。アレに不意を突かれたとはいえ、サトウさんと離れ離れになっちゃうなんて」

「アレって?」

「研究を消し去ろうとする組織の刺客」

「なんで消し去るの? もったいない」

「あなた馬鹿なの? 元々の『AMI』は盗まれたって言ったでしょ、だからその盗んだ連中は今も『AMI』を持ってるのよ。そんな中で私の『MAMI』が完成しちゃったら価値半減じゃないの」

 

なるほど。そういうものか。

 

そのとき、じゃり、と玉砂利の鳴る音がした。ここは本殿の裏手にあたるごく狭いスペース。普通に参拝してれば入ってくる理由はない。

 

僕は全身を緊張させたまま振り向く。そこにいたのは長い髪の女性。濃い藍色のスーツ姿で、細いバイザータイプのサングラスをかけている。『X-MEN』でサイクロップスがかけてたアレだ。それ以外であれを付けてる人を見たことはなかった。

バイザーの表面は、光の加減なのか虹色の光が激しく左右に動いているように見える。

かなりスレンダーな体型で、表情のない口元と相まって一瞬男性かと思ったほどだ。

伊織が僕の後ろに隠れる

 

「……やばいわね。どうしてここが分かったのかしら、たいして頭はよくないはずなのに」

 

と、目の前の女性の右耳に意識が向く。その付け根あたりから、針金のようなものが伸びていることに気づく。真上に伸ばされていたそれは、突然硬さを失ったようにゆがみ、重力に従って垂れ下がり、髪の中にまぎれてしまう。何かのアンテナだろうか?

伊織があっ、と小さな声を上げる。

 

「! そうか、さっきの電話を傍受されたんだわ」

「傍受……って、いま携帯の電波は全部デジタル化されてるんだよ。傍受できたとしても、それをアナログ信号に直すのは電話会社しか無理だ。それにどの携帯から発信されてるのか特定しないと傍受は無理じゃないの?」

「この秋葉原付近の800MHzから2GHzまでの全電波帯の通信を傍受して解析したのよ。そしてデジタル信号を解読してアナログに変換、会話内容を分析したのね」

 

そんな馬鹿な、その作業に何台のスパコンが必要か想像もつかない。デジタルからアナログへの変換もそうだし、会話内容を分析だなんて。

スーツ姿の女性はゆっくりとこちらに近づいてくる。整った顔ではあるが、その口元は砂漠のような無表情だった。そのクールな様子が、『THE iDOLM@STER』の如月千早を連想させる。

 

「気をつけて! 強いわよ!」

「な、何者なんだよ! あいつは」

 

伊織が僕の背中にしがみついている。もしかして危機的な状況なのだろうか。この細身の女性にそこまでの脅威が?

 

「……『AMI』を奪った連中、それは中国政府だったと言われているわ。当時の国力ではその重要性は理解できても、メソッドのパフォーマンスを具体的に引き出すことは不可能だった。でもようやく近年になって『AMI』の力の一部を発揮できるようなインターフェイスが完成したのよ。ボディは日本やドイツから仕入れた技術で作られ、それを統制する頭脳は単に『AMI』のパターンを組み込んだプログラムをそのまま乗せただけ。

でもそれで十分だったの。『AMI』のメソッドは自分の置かれた状況を自分で把握し、その舞台に最適なフローチャートを自動で組み上げるのだから」

 

ちょっと待ってくれ、そいつはつまり、カレル・チャペックの言うところの。

 

「汎用隠密型自律機械『千早(シャンツィアオ)』よ!」

 

ロボットかよ!

 

千早の手が大蛇が喰らいつくように伸ばされる。僕の木綿糸のように細い反射神経など問題にならない速さ。一瞬で僕の首が掴まれ、そのまま真上に吊り上げられる。

 

「ぐあっ……!」

「! やめなさい! 何をするの!」

 

伊織が威勢良く千早の胸を叩く。だがロボットはまったく動じない。僕の首は万力のような力で締め上げられている。千早の腕を僕の両手がかきむしるが、同じくまったく効果なし。両足が完全に地面から離れている。ばたつく足で千早の胸を蹴り飛ばそうともがくが、こちらは届きもしない。

人間は頚動脈を押さえれば十秒ほどで落ちる。だが悪いことに血管を圧迫するような持ち方ではない。僕の頚骨ごと首を握りつぶすつもりだろうか。実際に早くも首の骨は悲鳴を上げている。息を吸うことも吐くこともできず、目玉が飛び出しそうなほど苦しい。どうせなら必殺仕事人に出てくる按摩屋のテツみたいに一瞬で首の骨を折ってくれ。そういえばあんな奇想天外な殺し方をするのは視聴者が容易に真似できないように配慮しているらしい。僕の思考は混沌として関係のないことが次々と浮かぶ。

 

がん!

 

重量のあるもの同士が衝突する音。

千早の手は緩み、僕は地面へと落下して激しく咳き込む。首にはくっきりとアザが生まれていることだろう。

 

「キミって、もしかしてトラブルに巻き込まれやすいタイプなのかな」

 

その千早の向こうに立つのは、黒のタンクトップにレザーのハーフパンツ。紛うことなき青葉真だった。手を腰に当てて、じっとこちらを見ている。

先ほどの音は何だろう。真が千早の後頭部あたりを殴ったのだろうか。まるで石でもぶつけたような音だったが。

 

千早が振り返り、真に向かって踏み込む。とてもロボットとは思えないほど滑らかで、早い。

高速の突きが繰り出される。

だが、真はその更に上のステージにいた。半身に構え、千早の腕の側面に手刀を当てて力の流れをそらす。千早の体が大きく脇へ流れるのをとらえて、直下から拳の一撃をボディーに見舞う。千早の体が浮き上がり、そこへさらに真の右脚が素晴らしい柔軟性を見せて跳ね上がる。天に放たれる矢のような蹴り。靴の裏がまともに千早のアゴをとらえ、脚はそのまま天へと突き上げられる。小林拳で言うところの拝脚だ。ほとんど密着した状態からのアゴを突き上げる蹴り。これは回避のしようがない。千早の首が思い切り後ろにのけぞって、ごきりと嫌な音を立てる。

 

「人間と同じフォルムってのは隠密行動に便利なんだろうけど、弱点まで人間と同じになっちゃダメだよね」

 

千早の体から急に力が抜ける。糸の切れたマリオネットのように、手足が不自然にくたりと曲がったまま倒れた。真がゆっくりと足を下ろしながら言う。

 

「指示を出すのは頭部。実際に働くのは胴体。ならその連結部である首をひねってあげれば良い。簡単なことだよ」

 

冗談じゃない、あんな「ロミオ・マスト・ダイ」のジェット・リーみたいな蹴りがそう簡単に撃ててたまるものか。あのサトウさんを襲撃して一定の戦果を挙げたというロボットを、たった二発で沈めるとは。

 

「えーと、そこにいるのは釘宮伊織さん、だね?」

 

真がそういうと、僕の後ろにいた伊織はハッとなり、また僕の背中にしがみつく。僕は心もち伊織をかばう形で立ちふさがる。喉に激痛が走っているが、なんとか会話は可能だった。

 

「……! どうして真が伊織の名前を」

「VIPだからに決まってるよ。それにしても偶然って怖ろしいね。ボクの誘いを断ってまでの用事って何かと思って尾行してみれば、キミが伊織さんの友人だったなんて」

「あなた……どこのエージェント? アメリカ? それともロシア?」伊織が言う。

 

どういうことだ? そういえば、サトウさんが変なエージェントがどうとか話していたけれど。

 

「そんなこと言えるわけないじゃない。まあでも、ボクは中国とは違って伊織さんの殺害なんて命令されてないんだよ。できうるなら金銭的に解決するのが平和で良いんだ。『MAMI』を売ってくれると約束するなら所属も教えるけど?」

「……どこにも売るつもりはないわ。どうせ戦争に使うつもりでしょう」

「使い方については上が決めることだね、でも、素晴らしい道具があろうとなかろうと、常に戦争は起きてるんだよ。エンジニアが、自分の作った道具の生む結果について責任を持つ必要はないと思うけど」

「人道的な理由もあるけど……それだけじゃないわ。そんな陳腐な使い方をされるなんて、エンジニアとして許せないの。3桁の計算しかしない人に、15桁表示の関数電卓はまったく必要ないわ」

 

やれやれ、と、真は首をそらしてちょっと考える仕草をする。

 

「ボクはこのまま伊織さんを拉致することだって出来るんだよ。キミが千早(シャンツィアオ)の襲撃であのサトウさんと離れ離れになってるなんて、こんなチャンスはそうそうない。かのフローレンシアの猟犬、フランス外人部隊上がりのあの人を相手にするのは面倒だからね」

 

話の流れが急すぎてついていけなくなってきてるが、ともかく僕は首を押さえつつ、真の前に立ちふさがり続ける。

真はにっこりと笑う。

 

「でも、そんなことはしない。伊織さんはキミの友人みたいだしね。また交渉の機会を待つよ」

 

ハーフパンツのポケットからスポーツタイプの腕時計を取り出し、時刻を確認する。

 

「やれやれ、ダンスイベントはちょっと遅刻かな。キミは……チケットがあってももう満員で入れないだろうね。まあいいや、また何かに誘うよ」

 

と、そこで真はちらりと横を向く。

 

「怖い番犬が来たみたいだ。じゃあ僕はこれで」

 

神社の塀に手をかけ、右腕一本で体を塀の上に引き上げる。無造作だが一般人には真似の出来ない動作だ。

あ、そうそう、と、真はこちらを振り向かずに言った。

 

「さっきはキミも事情があったことだし、大目に見てあげるけど、いきなり女の子の胸に触るなんて絶対にダメだよ」

 

と、爆弾を放り投げて塀の向こうに消える。僕は凍りつく。

 

……。

 

……気まずい沈黙。

 

「……胸を触った、って、どういうこと?」

 

背後からの伊織の声、おそろしくトーンが低い。怖すぎて振り向くことも出来ない。

 

「……ねえ、何か言いなさいよ……」

 

がしっ、と、髪の上に手が置かれる。そのまま、思いのほか強い力で頭をぎぎぎと回される。千早に絞められた首がちょっと痛いが、今は伊織の氷のような目のほうがシリアスな問題だ。

 

そこへサトウさんがやってきた。黒くスソの長いエプロンドレスに、頭に載せた白のレース付きカチューシャ。由緒正しきヴィクトリア調のメイド服である。前回は姿を見る機会がなかったが、まさか本当にこんな格好をしてるとは。

三つ編みにして左右にたらした髪と、度の強そうな眼鏡がアイドルマスターの秋月律子と共通しているが、その眼鏡の奥に光る怜悧な眼光と、厳しく引き結ばれた唇が違っている。

 

「伊織様、ご無事でしたか」

「うん、私は大丈夫」

 

と、伊織は僕の方を指差す。

 

「ただ、こいつが胸を触っただけ」

「ほほーう……」

 

全身から血の気が引く。なんという悪意ある言葉の省略。サトウさんの眼光が僕を射る。いっそこの眼光で死んでおいた方が楽かもしれない。

 

「いや、あの、誤解っ」

 

 

 

誤解を解くまでに7回殴られた。

 

 

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