これは経験から言うのですが、アイデアというものは、それを必要としていれば、
いつか必ずやって来るものです
チャーリー・チャップリン
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アイドルたちの個性についてもう少し触れよう。
如月千早というキャラはボーカリストを自称しており、実際にゲーム中の千早も高い歌唱力を持つ。自分に厳しく、高い目標を持って懸命にレッスンをこなす不言実行の人だ。
が、その歌のあまりの歯切れのよさが悪い方向に作用する時がある。
・THE iDOLM@STER アイドルマスター おはよう!!メカご飯
~メカ千早ソロver~
これは「THE iDOLM@STER」に収録されている「おはよう!! 朝ごはん」という曲だが、スタッカートが効きすぎて各個の音が切り放されており、まるで機械で合成したように聞こえてしまう。そのため千早には「メカ千早」などという不遇な愛称がついてしまった。クールで冷静な性格もそれに拍車をかけているのだろう。そういったキャラ付けが動画の幅、つまり芸の幅を広げたことも確かだが。
また、菊地真というキャラは典型的にボーイッシュでスポーティな女の子であり、そのため、アップテンポでライトな曲調の歌と合わせられるMADが多い。
また熱血系のアニメソングなどと非常によく調和する傾向がある。初期の真は通常プレイでのPVの投稿が非常に多く、人気があったが、最近はかなり積極的にMADが作られている。2007年の春にあって、いま隆盛のキャラの一人だ。
・【MAD】アイドルマスター 真 サムライハート
だが、最近はメカ千早の属性を強調するようなMADはあまり見られない。俗に「神曲」と呼ばれるような名曲と合わせ、純粋に歌唱力だけをアピールする傾向にあるようだ、また、千早はバスト72センチと、アイドルたちの中で最もスレンダーな体型のため、豊かな胸を持つ三浦あずさと絡ませるなど不謹慎だが笑ってしまうようなMADが増えてきている。
・アイドルマスター 私はアイドル
アイマスMADの世界には常に新たな作品が生まれ続け、古いものは段々と忘れ去られる宿命にある。その流れの中で、流行り廃りの概念が発生するのは至極当然のことだった。
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五月末から六月始めにかけて、ニコニコ動画のアイマスMADに大きな転機が訪れる。それがランキング動画だ。
・アイドルマスター CDTV風メドレー5/22ver 30~1位
有志により製作されたこのランキングは、アイマスMADファンが流行を知る手がかりになることはもちろん、MAD製作者達にも競争の概念を与えた。ランキングに乗ったMADはより多くの目に触れ、そうでない作品は埋もれてしまう。ランキング入りを目指すために、サムネイルの選択や動画タイトルなどに気を配ったり、細かなノイズや音ズレなどをなくす仕事の丁寧さ。
技術面で言えば字幕の消し方と、見栄えのある歌詞の挿入。リピーターを獲得するための適切な長さと中毒性。時流を取り入れたMAD作り。そしてアイデアを凝らした創意工夫。
ランキングの導入された世界は、それまでと明らかに異質な、より高度な視点でのMAD製作が求められていた。
おそらくこの段階で、ニコニコに上がっている全てのMADをチェックできている人間は一人もいなかっただろう。一期一会の世界で己を売り込む。MADには作者の血が流れ、熱が込もっていた。
僕は処女作と言えるMAD製作に取りかかった。
起用したのは高槻やよい。使用する曲は僕の好きなJ-POPに決まった。少し前に流行ったその曲は底抜けに明るく、夏の日差しを表現するような歌詞が高槻やよいによく似合っていた。それにやよいはアイマス全体でもかなり人気が高く、大勢の目を引けることを期待した。
まずはPCに取り込んであったアイマスのダンスシーン動画を使用曲のテンポに合わせる。結局、動画編集ソフトはフリーのものを落としたが、これでも一通りのことは出来るようだ。
ダンスの素材となるのは「魔法をかけて!」という曲。アイマス収録曲の中でももっとも激しくコミカルなダンスのため、明るめの曲ならば何にでも調和する万能のダンスだ。
このダンスと合わせるシーンにおそろしく苦労させられた。何度やっても微妙にテンポがずれてる気がしたし、同じ動作の繰り返しや、歌詞と合っていないような振り付けを用いるわけには行かない。
8ミリフィルム編集の経験はとても役に立った。僕に示唆を与えたのは、アクションを編集する際に用いられる「マッチ・カット」という概念だ。
例えば人物の正面からのカットの後、それが斜め上から見下ろすようなカットに切り替わる場合。それが複数台のカメラで同時撮影したものを、同期させて編集されたものでもないかぎり、観客はそこで一瞬、時間が消し飛んだかのような感覚を受ける。
これを防ぐのがマッチ・カット。簡単に言えば、人物が激しく動いた瞬間に、少し時間を飛ばした別角度からのカメラに切り替える技法だ。椅子から立ち上がった主人公が、次のカットでは開かれたドアの内側から客を出迎える。このとき、カットの切り替えの間に数秒の時間が消失しているが、多くの観客は編集そのものを意識しないだろう。つまりはマンガのような時間の流れ方だ。
その技法を用い、画面のやよいが大きくターンする瞬間にカットを切り替え、このカットを切り替える瞬間をちょうど曲の切れ目と合致させることで、実に自然な流れとなる。もちろん調整には1フレーム単位の精密さが求められた。
そしてMADは完成した。細かなところまで何度も調整を重ねて合わせたダンスは完璧だった。字幕にもボカシを入れて、使用曲の歌詞を挿入。サビの部分ではアピールポーズを複数回連続で挿入する。夏の日差しに照らされるビーチの映像を拾ってきて、それをイントロ部分に挿入して曲名を大きなフォントで書き込む。
「……」
ここまで作った動画を見直して、僕はしばらく沈黙する。
この動画には「主題」がない。
確かにダンスと曲はよく合っている。それだけで多少は目を惹かれるものはあると思う。だが、それ以上の物はない。ここまでならば言ってみれば誰にでも作れるレベル。
その上に行くにはどうすれば良い? どんな魔法をかければこのMADは化ける?
いくつかアイデアは浮かぶ。だがそれらはいずれも高度な技術が要求されるものであり、今の僕には不可能だった。
いや、今はこれで良い。
限られた事しかしていないが、その中では丁寧な仕事をしたつもりだ。使用曲のファンであれば楽しんでくれるだろう。
動画の最終的なエンコードを行い、それをSMILEVIDEO経由でニコニコ動画にアップする。エンコードの際に画質の劣化も覚悟していたが、想定していたほどではなかった。
夜中にひっそりとアップされたそれは、最初の一週間で再生数571、コメント数37、ごくありふれたMADの一つとしてニコニコの海に漂っていた。僕は正直なところ悔しかった、もっと凄いものを作りたかったが、天啓はまだ降りてこない。
僕は自分の投稿した動画を見る。やよいが楽しげに踊り、一昔前の流行歌が一足早い夏を感じさせる。時おり画面を流れるコメント。
体の内に熱が生まれる。次は、もっと良いものを作ろう。誰しもを仰天させるようなものを作ろうと、そう決意を固めた。
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