IDLE D@YS   作:MUMU

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第九話

 

 

 

 

伊織とは何度か電話で話をした。千早の機体を回収したが、搭載されていたはずの「AMI」についてはプログラムが自立消滅していて分析できなかったこと。「MAMI」の開発が大詰めであまり外に出なくなったこと。伊織がパソコンの話をして、僕は映画の話をした。伊織はよく笑った。

 

長雨の季節がこの国に覆いかぶさり、曇天が空を埋め尽くす日々が続いた。僕は「THE iDOLM@STER」をプレイしながら、空を見上げて日常を背泳ぎする。

 

ニコニコ動画でのアイドルマスターランキングも4回目を迎え、ますます力作が出揃ってきている。

考えてみれば、僕が挑もうとしているアイマスMADの世界は、アイドルマスターというゲーム「そのもの」ではないだろうか?

 

この場合、MAD製作はゲーム内でのレッスンに相当する。アイドルたちをプロデュースし、曲を与え、ニコニコ動画という芸能界に売り出していく。そこでは現実の人間による人気度が再生・コメント・マイリスト数という形で表出し、製作者であるプロデューサーそのものの評価へと繋がっていく。実際、すでに何人か凄腕のMAD製作者達が台頭してきている。彼らの造るMADは常に高水準、投稿されると同時に爆発的な再生数の伸びを見せる。

 

また、流行の概念もある。例えば黒春香やメカ千早などのキャラ付け、あるいはDLCで新コスチュームが提供されれば、それを使用したMADがすぐに山のように作られる。7月18日にはアイドルたちによる新曲、カバー曲を収録した企画CD「MASTER ARTIST」シリーズがリリースされるという。おそらくMAD界にも大きな影響を与えることだろう。

流行を敏感にとらえ、磨き上げたアイドルを世に送り出していく。これは何という魂燃えるゲームであろうか。

 

僕は絵コンテを切り始めた。

これはと思った曲を脳裏に描きながら、アイドルたちの動きを升目上のコマ割りで絵に起こしていく。アイデアが振ってこない以上。無理に何かを作るよりはイメージを膨らませたほうがいいと判断した。

 

雨の日、CDショップに出かけると、そこで真に出会った。

 

「やあ」

 

おそらく偶然の出会いではなかったが、僕は顔には出さずに挨拶を返す。

 

真は僕をショットバーに誘った。

カウンターの奥に居並ぶ酒瓶。くすんだ虹のような玄妙な色合いが店内に満ち、天井のシーリングファンがゆっくりと時空をかき混ぜる。客は僕と真の二人だけ、カウンターに並んで座り、真は肘までを覆うレースの手袋をつけて、ゆったりと頬杖をついている。

 

「キミ、なに飲む? マティーニでいい?」

 

こう振られたら僕の答えは一つしかない。

 

「ああ……、Vodka martini. Shaken, not stirred(ウォッカ・マティーニ。ステアはせずにシェイクのみで)」

 

真はキョトンとする。豊かな口ひげを蓄えたマスターは僕の発言ににやりと笑い、

 

「かしこまりました」

 

と、僕の注文通りのものを出してくれる。真は007には疎かったらしい。

真の手元には若草色のマルガリータ。

 

「キミ、大学生だったよね。もう授業には慣れた?」

「だいぶね。月末には前期試験があるんだけど、まあそんなにたくさん受講してないし、大丈夫そうだよ」

 

ひとしきり雑談を交わした後、ふいに真の肘がせり出し、僕のテリトリーへと侵入してくる。

 

「じゃ、本題いいかな」「どうぞ」

 

真は無粋でごめんね、と言い置いて話を切り出す。タンブラーの中で氷が鳴る。

 

「伊織さんの研究、そろそろ完成しそうなんじゃない? ここ半月ほど家から出ていないみたいだし」

「さあ? あまり詳しいことは聞いてないよ。電話は何度かあったけど」

 

真の眼が微笑を維持したまま細められる。こういう表情をすると、猫じゃらしを狙う猫を連想してしまう。

 

「まず信じて欲しいんだけど、僕は伊織さんの敵じゃないんだ。研究を横取りするつもりもない。適正な価格で売って欲しいだけなんだよ」

 

それはある程度真実だろう。千早から助けてもらった恩もあるし、僕はなるべく協力的になろうと努めた。

 

「適正な価格……とはいうけど、伊織の家だって大金持ちなんじゃないの? そうそう売ることはないと思うけど」

「価格ってのは円だのドルだのだけじゃないさ、例えば、今後生涯に渡っての安全とかも立派な取引材料だよ。何せ伊織さんは「MAMI」を作り出せる。現時点において「MAMI」と等価といえるからね、どこかが保護しないと危険すぎる」

 

真は「誰かが」ではなく「どこかが」と表現した。言外にその意味するものの大きさを窺わせる。

 

「サトウさんがいるじゃないか」

「そうだね、それに釘宮家だってかなりの資産家だ。でも国家規模の実力から伊織さんを守れるほどじゃない。あそこは両親が家に居付かないだろう? 有り体に言ってしまえば雲隠れしてるのさ、釘宮家というのはいくつかの会社を経営する名士だったけど、釘宮さんは10歳でその数倍の特許収入を得られるプログラムを作ってしまった。両親はその時点の権利の半分を得て、どこか南国に雲隠れしたんだよ。だから今、彼女を守ってるのはサトウさんだけなんだ」

 

そうなのか、はからずも伊織の家の事情を知ってしまった。

僕は沈黙する。確かに伊織の安全については考えずにいられない。伊織は「MAMI」をどこにも売りたくないと言っていたが、本当にそれが世界の眺めを変えるほどのモノだったとして、個人で持っておくなど許されるのだろうか。

 

「キミは疑問に感じないのかな?」

「……何を?」

「使い道、だよ。コンピューターの革命。万能にして全能なプログラム。そんなものを個人で開発して何に使うと言うんだい?」

「……」

 

僕は、なるべく穏当な答えを探す。

 

「……一昔前、オーディオの世界じゃメーカー製の最高水準のものより、アマチュアの作った一点物のほうが性能が良かったりしたんだよ。ビニライトのレコード盤を再生するために数百万をかけたんだ。もうこうなると妄執の域だね。それと同じで、単に高水準なものを作りたいだけなんじゃない?」

 

真はふふっ、と柔らかく笑う。僕の身中に満ちんとするアルコールせいか、いつもより奥ゆかしい笑顔に見える。

 

「ボクたちも色々情報は得ているんだけどね、どうしても分からないのがその一点なんだ。動機だよ。単に趣味として作ってるのかもしれない、その可能性もあるところが怖ろしいのさ」

 

真は僕のほうに身を寄せ、耳のそばで囁く。

 

「実際のところ「MAMI」は個人で独占するのは無理だ。キミもそう思うだろ? かつて流出したというメソッドは僕らの組織でも分析してるけどね、あれは凄いらしいよ。黒色火薬を組み合わせて核爆弾並みの威力を得る理論らしい」

 

僕は真の方をじろりと見る。わざと不安を煽るような比喩を用いたことに対して、僕は苛立つ素振りを見せる。

 

「……何も知らないんだよ、君たちより知らないぐらいだ。なにせ伊織とは三度しか会ってないんだよ」

「うん……」と、真はカクテルを一口含む。

 

「でも、ボクの知る限り、伊織さんが一番心を許してるのがキミなんだよ」

 

真の手がカウンターの上を滑るように伸び、僕の手を取った。握っていた僕の手掌を開かせ、その手の平に潜り込んでくると、指を開いてそれを僕の指たちと絡ませる。

何かが手の中にある。真の熱が移っているが、元は冷たかったであろう、金属質の感触。

 

「ボクに協力してほしい」

 

 

 

 

外に出ると酷い雨だった。天が降り注ぐかのように重量感のある雨。

通りを歩くものは誰もおらず、街は雨に閉ざされて怯えているかのようだった。

 

「ひどい雨だね、車呼ぼうか?」

 

首を横に振る。真はそうかい? と小首を傾げて僕を見る。

僕は口を開く。

 

「ねえ、真の事も教えてくれないか?」

「ん……」

 

真は少し考えた後、じゃあ特別だ、と言って、ものすごく近くまで顔を近づける。

真は自分の所属する国家(想像通りの国だった)、自分の本名と年齢、なぜエージェントになったのかについて、短く簡潔に話してくれた。

 

「エージェントは副業なのさ、ダンサーが本業。でも踊りだけじゃなかなか食べられなくてね、情けない話だろ?」

 

真は絶対に秘密だよ、と、片目をつぶって悪戯っぽく笑う。真の笑顔はいつも魅力的で、すばらしく多彩だった。

僕は視線を落とし、真の足元で跳ねる水しぶきを見た。

 

「さっきの件……だけど」

 

僕は右手を強く握る、その中にあるものの感触を確かめる。

 

「やっぱり、僕には荷が……」

 

真は雨の中に一歩踏み出す。右手に傘を持っているが、それは開かれない。大いなる天の涙が真を打つ。

 

「なんて冷たい雨だろう! 真冬のようだよ!」

 

強く芯の通った真の声が、雨の幕を通して僕まで届く。

 

「……な、何やってるんだよ、傘させよ」

「濡れることなど何でもないさ、凍えることも望むところだ、ボクは天涯孤独、孤高無縁のエージェントなんだよ。夜を行き、泥に潜む、寂しいかな、哀れなるかな!」

 

真は自分の言葉に酔いしれるかのように、両手を大きく広げて雨の中で回転する。そのゆるやかな動きが、僕に何かを思い起こさせる。

 

「分かっているのかな? これは伊織さんのためでもあるんだよ」

「でも……」

「ボクたちのやり方は、想定できる限り最も穏便で最小規模なものだ。そしてキミに積極的に関われと言うわけじゃない。キミはその日、その時、その場所にめぐり合うことができたときだけ、そっと手を伸ばせばいい。その手の中にあるものの、ボタンをそっと押せばいいんだよ」

 

真は傘を大きく放り投げる。空中で回転する黒い傘、それを見る僕の脳裏に何かが疾る。電気的な刺激が、僕の古い記憶から情景をすくい上げる。

 

「今日は付き合ってくれてありがとう。是非また会おう、今度は仕事抜きでね」

 

真は悠然と身を翻し、雨の奥へと消えた。取り残された僕は、そっと右手を開いて、その中にある小さな器物を見つめる。3センチ四方ほどの小さな箱。全体は銀色。小さな赤いボタンがあるが、バネがかなり硬いのか、ちょっと触ったぐらいでは動かない。

 

僕はそれをポケットに入れ、浮かない顔で曇天を見つめる。

 

 

 

そして世界に雨音が満ちる。

 

 

 

 

アパートに帰ってくると、部屋の前に美希がいた。エプロンにサンダル履きの姿で、僕の部屋の前に立っている。

 

「あ、おかえり、なの」

 

手には小さな鍋を持っていた。鍋はラップが張られていて、中には半分固化したカレー。

 

「作りすぎちゃったから、ちょっとおすそ分け、あっためて食べてね」

「ありがとう」

 

お隣さんが優しい、その素晴らしさを誰が否定できるだろうか。

 

「? どしたの? なんか元気、ないみたい」

「なんでもないよ。ちょっと色々あって疲れただけ」

 

そう? と言って美希はふいに心配そうな顔をする。

 

「何かあったら力になるからね、美希にすぐ相談して、なの」

 

恥ずかしながら、僕は泣きそうになった。

家に帰るまで、ずっと気が張り詰めていたのかも知れない。それが日常に触れて、ようやくほぐれてきたように思う。

なんだかんだでカラオケも気にならなくなったし、色々親切にしてくれるし、ついつい出不精になってしまう僕を外に連れ出してくれるし……。このアパートを借りられたことは、僕にとって幸運なのだろう。

 

部屋に戻り、カレーの鍋をコンロにかける。パソコンとXbox360の電源を入れ、そろそろ物の増えてきた部屋の中央に、自分の体をはめこむ。

 

先刻見た、雨の中で回転する真。

あの姿が僕に閃きを与えていた。次に作るMADはすでに決まっている。

 

 

 

映画「雨に唄えば」より「singin´in the rain」

 

 

 

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