なんでも言うことを聞いてくれる椿ちゃん   作:フィリップ・モリス

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上下編にしてありますが上編の内容が薄すぎたと反省してます。


仁義なき椿ちゃん(上)

 とあるゲームセンター。極彩色の光を放つ筐体が立ち並び、ゲーマーたちの熱気が渦巻くこの娯楽施設に、彼女たちはいた。

 美竹椿は大魔王に挑む勇者のような面持ちで。氷川日菜はチャンピオンベルトを死守せんとする王者のような貫禄で。互いが互いに譲れないもののためにガンを飛ばしあっている。もとい、対峙している。

 一方で、今井リサは困惑していた。なんでアタシは巻き込まれたのだろう。心の中で問いかけてみても、返ってくるのはしいんとした静寂だけだった。帰りたい、心からそう思った。

 

「なかなかの腕前ですね日菜さん。さすが、天才と呼ばれるだけあります」

「椿ちゃんこそ。あたしと張り合える人なんてほとんどいないのに。あー、るんってきちゃうなあ!」

 

 長年の好敵手同士のように互いを認め合い、笑みを交わし合ってみせる椿と日菜。ノリノリな二人と置いてけぼりなリサの表情が対照的で印象的だった。

 

「ですが、最後に笑うのはこの私! あなたに勝って、美竹蘭を越える姉などいないことを証明してみせる!」

「負けないよ! うちのおねーちゃんが一番かっこいいんだから!」

 

 ———本当に、どうしてこんなことになったのだろう。リサがため息を吐いたのにも気づかず、椿と日菜は次なる戦場目掛けて駆け出した。

 

 ♦♢♦

 

 帰りのホームルームが終わると、教室は弛緩した空気に包まれる。授業からの解放を喜ぶ者、部活動への不満を漏らす者、帰り際の寄り道について楽しげに話し合う者。

 そして———。

 

「ごめーん椿、あたしたち部活だからさー」

 

 友人から誘いを断られる者。

 椿は力なく手を振り、少女たちの背中を見送った。

 

(部活オフなの私だけ? つまんないの……)

 

 のろのろと荷物をまとめながら、この後のことを考える。Afterglowの五人はバンド練習で先に帰ってしまったし、他の友人たちも軒並み部活動に勤しんでいる。大人しく帰ろうかとも思ったがそれもなんだかつまらない。

 少しの逡巡を経て、椿は本屋へ行こうと決めた。あそこなら今の自分の孤独感を和らげてくれるだろう。

 

 本は友達怖くない。

 ポンコツの椿は意外と読書家だった。

 

(珍しく懐が暖かいし、シリーズものの続きでも買いに行こ。どうせ寄り道するんだったらおっきいとこがいいよね)

 

 そんなわけで、彼女は駅近くにあるショッピングモールまで向かっていったのである。

 

 羽丘女子学園からショッピングモールまでは歩いて二十分ほどと、あまり近いとは言い難い。それでも数多の羽丘生たちがこのモールのお得意様となっているのは、ひとえに電車通学生の多さゆえだ。

 羽女はそれなりに名の知れた高校であるため、電車を利用しなくてはならないほどの距離からでも通いたがる生徒は少なくない。部活動終わりの学生達で賑わうことも、そう珍しいことでもなかった。

 

 もっとも今はモールの中にさほど人がおらず、客といえば夕飯の買い物に来た主婦と、椿のように放課後にその身を持て余した高校生たちくらいのものだった。それはそうだろう。蘭のように部活に所属していないか、椿のようにオフの生徒以外、羽丘生はみな部活動の真っ最中なのだから。

 椿はグイグイと足を進めて行った。

 

 本屋は三階の、それも端にあった。椿が来た入り口とは真逆の場所である。ここも相変わらず人が少ない。

 

(混んでるのは嫌だけど、ここまで空いてるのもそれはそれで寂しいな)

 

 椿はちょっとセンチメンタルになった。しかしそれも一瞬のことで、すぐにまたズカズカと歩き出す。感情の切り替えが早いのも椿の特徴の一つだった。

 何度姉から袖にされても決して折れない心は、もしかするとこの性格から培われたものなのかもしれない。

 

 本を買った椿がいつもやること、それは同じフロアのカフェで早速その本を繙きにかかることなのだが、今日はそうもいかなくなってしまった。というのも、いきつけの店が臨時休業となってしまっていたからである。

 仕方なく、椿はそこらの椅子に腰掛け、自販機で購入したペットボトルのカフェオレを飲みながら読書することに決めた。

 

 普段なら人の多さのせいで憚られるが、これだけ人が少ないのなら問題ないはず。椿はそう考えた。

 早速、買ったばかりの分厚いハードカバーを袋から取り出そうとして。

 

「あ、椿じゃん。やっほー」

 

 なんだか聞き覚えのある声が椿の名を呼んだ。そちらを見やると、そこに居たのは、

 

「リサさん! 奇遇ですね、お買い物ですか?」

 

 今井リサ。蘭が目の敵としている実力派バンド『Roselia』のベーシストであり、ボーカルである湊友希那の幼馴染。以前にリサ、友希那と椿は偶然顔を合わす機会があり、そこで面識を得ていたのである。

 リサは曖昧な笑みを浮かべながら、

 

「うーん、まあそんな感じ。椿は?」

「私は、ほら、これです」

 

 そう言って椿は手に持った本を掲げてみせると、リサは納得のいった様子で頷いた。

 リサは世間話もそこそこ、単刀直入に切り出す。

 

「椿、ヒナ見てない?」

「ヒナ? ヒナって言うと、氷川先輩?」

「そうそう。さっきまで一緒に居たんだけど、気づいたらはぐれちゃっててさ~」

 

 困ったちゃんだよねー、あはは。そう言って笑いながらも、その顔からは呆れの色が滲み出ている。椿もそれを分かっていながらあえて気づかないふりをした。

 椿は意外と空気が読めた。

 

「携帯は? 繋がらなかったんですか?」

「うん。二回電話してメールも送ったんだけど、ヒナってあんまりケータイ見ないから」

「それは困りましたね。行くあてに心当たり……いや、もう探してますよね」

 

 リサは無言で首肯した。

 ちょっとここで待ってみよっかなー。もしかしたらヒョッコリやって来るかもだしねー。そんなことを言いながら、リサは椿の隣に腰掛ける。ふわり、甘い香りが椿の鼻腔をくすぐった。

 

「リサさんって、氷川先輩と仲良いいんですか?」

 

 なんとなく、質問。興味半分、場を持たせようという気持ちが半分。

 ただ、羽女の二学年で一番の天才と目される()()氷川日菜と今井リサが友人であるという事実に少なからず驚きもあったため、少しだけ興味の方が強かったかもしれない。

 

「うん? まあ、アタシもヒナもバンドやってるからね。クラスも同じだし」

「バンドですか……なんか私の知り合いって、バンドやってる人ばかりですね。湊さんにしてもリサさんにしても。Afterglowのみんなもそうだし」

「ほら、類は友を呼ぶって言うじゃん?」

「私は音楽と無縁のはずなんですけど……」

「朱に交わって、赤くなったからとか」

「それはないと思いますよ。私いまだにリコーダーと鍵盤ハーモニカしか吹けませんし」

 

 あとは口笛くらいですかねえ。茶化すように言った。

 椿に飛び抜けた音楽的センスはない。姉のような作詞作曲の能力など以ての外。そもそも椿にはギターとベースの違いすらよく分かっていなかったりする。

 

「そういえば椿、Afterglowには誘われなかったの? 椿だって幼馴染なのに」

「あー、まあ誘われたといえば誘われたんですけど……」

 

 そう聞かれて、言い淀む。椿はリサに気づかれないくらい小さく顔を引き攣らせた。

 彼女にとってはあまり思い出したくない過去のことがよぎる。

 

 軽率にバンドのことを口に出したのは迂闊だったか。椿はなるべく自然を装って答えた。

 

「断っちゃったんですよ。私、楽器とか苦手なんで」

「あ、なんか分かるかも。繊細な動きとかあんまりできないでしょ?」

「それは私がガサツだって言いたいんですか!? ガサツだって言いたいんですね!?」

「そこまでは言ってないよ!?」

 

 幸いにしてリサは椿の動揺に気が付かなかった。内心安堵しながら冗談を飛ばす。冗談というにはいささか感情が篭もりすぎていたようにも思えるが。

 

 それから数分経っても、日菜はやってこなかった。もとより特別仲がいいわけでもない二人の間から既に会話は消え去り、沈黙が続く。

 椿はぼんやりと辺りを見回してみるが、氷川日菜の姿はない。当然だ。そこらへんに居なかったからこそリサがこうして聞きに来ているのだから。

 

 しかし友人を置いてどこぞをほっつき歩くなど、なんて自由な人だろう。その奔放さが少し羨ましい椿だった。

 普段アホほど姉に求婚している自らのフリーダムさにはまったくの知らん顔である。

 

 そんな中、椿はリサの視線が自分に向いていることに気がついた。正確には、自分の顔に。

 もし目の前に居るのがひまりだったらおうおうなにガンくれてやがんだと面倒くさい絡み方をするであろう椿だが、さすがに顔見知り程度の仲でしかない先輩相手にふざけてオラつくほど常識知らずでもないので、至極まともな対応をすることにした。

 

「あの、私の顔になにか付いてます?」

「へっ? あ、いや、そういうわけじゃないんだけど……イヤだった?」

「いえいえ! それは構わないんですけど。ただずっと私のこと見てるみたいだったから、どうしたんだろって思って」

 

 リサは少し言いづらそうに口をモゴモゴさせ、

 

「怒らない?」

「姉さんを笑ったり馬鹿にしたりしない限りそうそう怒りませんよ! 私を怒らせたら大したもんです。ほんと」

「それもどうかと思うけど……なんていうか、意外とまともなんだなー、って」

「……意外と?」

 

 がーん、という効果音が聞こえてきそうなくらい悲痛な表情を浮かべる椿。しかし俯いているがゆえ、リサからその顔は見えない。

 椿がひっそりとショックを受けているのには気づかず、リサは先を続ける。

 

「ほら、この前初めて会った時の椿ってなんかおかしかったじゃん。ゆ、ゆきらん? がどうの、姉さんと結婚するのどうの。だからてっきりやばい子なのかと思ってたんだ〜」

「やばい子って……私そんな風に思われてたんですか?」

「さすがのアタシでもお姉ちゃんと結婚するとかガチで言ってる子にはちょっと引いちゃうかなあ」

 

 今井リサはどこまでも常識人だった。

 

「けど、それならどうして話しかけてきたりしたんですか? 無視してればよかったのに」

「いやー、知り合いに会って挨拶しないっていうのもひどいじゃん?」

 

 そういうものなのか。私は姉さんによく無視されるのだけど。

 椿はそう思ったが、あれは照れ隠しかなにかだろうと考え一人納得した。実におめでたい頭である。彼女の脳内に悩みの二文字はない。彼女の頭の中にあるのは常に都合のいい想像だけだ。

 

「だからこうやって二人で会ってみて、ちゃんと会話できてることに驚いちゃった」

「ちょ、私のこと地球外生命体かなにかと勘違いしてません?」

「似たようなもんじゃない?」

「そんなあ……」

「あはは、じょーだんじょーだん」

 

 半分くらいは。リサはそっと心の中で付け足した。さすがに口に出すことはしなかったものの、喉まで出かかっていた言葉。

 それはそうだ。なにせ第一印象が()()なのだから。むしろリサ相手でなかったのならもっと酷いことになっていたとも言える。

 

「それにしても、氷川先輩どこに行っちゃったんでしょうね」

「それが分かんないだよねえ……ヒナって結構自由だから」

 

 リサは大きなため息を吐く。

 

「探しにでも行きます?」

 

 と椿。

 

「そうしよっか。さすがにこれだけ待って連絡の一つもしてこないのはちょっと……」

 

 とリサ。

 既に彼女が椿と出くわしてから十五分が経過していた。日菜とはぐれてからだともう三十分近くにもなる。

 これだけ待っても来ないのだ、もうここに座っているだけでは日菜と会うのは難しい。リサはそう考えていた。

 

「てゆーか、いいの? 付き合わせちゃって」

「構いませんよ。どうせこれからの予定もありませんし、それに二人で探した方が何かと捗るでしょう」

「ごめんね巻き込んじゃって。後でなんか奢ったげる!」

「気持ちだけ頂いておきますね」

 

 かくして、リサと椿は日菜を探すこととなる。

 それはまた、リサをも巻き込む非常に面倒くさい騒動の序章に過ぎなかったのだった。

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