なんでも言うことを聞いてくれる椿ちゃん   作:フィリップ・モリス

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中編です。上下編にするって言ったのに。中編です。


仁義なき椿ちゃん(中)

 美竹椿・今井リサの両名による氷川日菜の捜索は非常に難航した。

 まず二人は三階の服屋を手当り次第に見て回った。しかしどこにもおらず、次いで向かった一階の雑貨屋(ここは日菜がよく行くと口にしていた場所だ)でもその姿を確認することはできなかった。

 その後もあちらこちらを探し回り、度々電話も掛けてみたのだが、どこにも日菜はおらず、電話にも出ない。まさしくお手上げの状態だった。

 もう既に帰ってしまったのでは。口には出さずとも二人は同じことを思っていた。

 

 一旦休憩しようと先ほどのベンチに戻ってくると、氷川日菜はそこに居た。

 

「あ! リサちーみーっけ!」

「みーっけ! じゃないよ! やっと見つかった……もう、どこ行ってたの?」

 

 アイスグリーンの髪をした少女、氷川日菜はまるで悪びれず、悪戯が成功した子供のように笑う。

 

「いろんなとこ! 最初は雑貨屋さんで、次が服屋さんで、コーヒーショップ行って、それから……」

「超満喫してるじゃん! え、それアタシと一緒に行こうよー! なんで一人で行っちゃったの?」

「急にいなくなったら、リサちーどんな顔するかなって思って!」

「電話に出なかったのは?」

「全然気づかなかった!」

 

 この言葉にはさすがのリサも嘆息せずにはいられなかった。事の成り行きを見守っていた椿でさえ顔を引き攣らせ気味になっている。

 日菜はそんな椿を見、不思議そうな顔をした。

 

「ねえリサちー、それ誰?」

「え? ああ、この娘は椿。蘭の妹だよ」

 

 それを聞くと日菜は途端に表情を輝かせた。

 

「蘭、ってもしかしてあの蘭ちゃん!? へー、妹いたんだ! 双子? にしては全然似てないんだね! 蘭ちゃんのことなんて呼んでるの? 椿ちゃんも音楽やってる? それと……」

「え、ええ……? あの、そんないっぺんに質問されても……」

 

 放たれる機関銃の乱射のような質問攻めに、珍しくたじろいだ椿。基本的に人を振り回す側である彼女にとって、誰かから振り回されるという経験は乏しく、それゆえにどう対処したものかさっぱりなのだった。

 すかさずリサは助け舟を出そうとして、

 

「椿ちゃんはおねーちゃんのこと好き? あたしは自分のおねーちゃんのこと大好きだよ! おねーちゃんはね、とにかくカッコイイんだ! キリリっとしてて、スラーってなってて、キラキラーってなって見えるんだ!」

「あっ、それめっちゃ分かります! 私もたまに姉さんが後光を背負って立っているように見えますよ! ステージで歌ってる時とかもう殺す気かって感じで! いや死にませんよ? 姉さんと結婚するまでは死にきれませんよ? でもあのかっこよさに殺されない人とかいないと思うんですよね! ほんと殺人級!」

 

 すぐにそれをやめた。やっぱり椿は変人である。三目盛りくらい上がっていた好感度が二目盛りくらい減った。

 考えてみれば日菜も椿もお姉ちゃん大好きっ子の変人なのだから、とんでもない化学反応ののちに仲良くなるに決まっているのだ。姉を敬愛する妹同士、さぞや会話も弾むことだろう。

 リサはなんだか自分一人だけ割を食っているような気がしてちょっぴり虚しくなった。

 

「ん? もしかして氷川先輩のお姉さんって、Roseliaのギタリストですか?」

「おねーちゃんのこと知ってるの!?」

「はい! この間のライブでお見かけしました! すごくクールな人だなって思ってたんですけど、そっか、氷川先輩のお姉さんだったんですね!」

「日菜でいいよ、椿ちゃん!」

 

 すっかり意気投合し、やいのやいのと盛り上がる妹二人組。遠慮なしに語り合える同士と出会い、二人の舌は止まらない。

 一方で、リサは自分と日菜の分のジュースを買いに行った。

 

「いやあ、まさか日菜さんもお姉ちゃんのことが大好きな仲間だったとは思いませんでしたよ! 私、あなたのこと誤解してたかもしれません!」

「あたしもおねーちゃんのことこんなに話せる人と会ったの久しぶりかも! なんだかるんってきちゃう!」

「だいたい、私の周りのみんなったら酷いんですよ! 私が姉さんのこと大好きだって言うとやれ発作だの持病だの狂気だのって! あんなにかっこいい姉がいて惚れないわけないじゃないですか! そう思いません!?」

「その辺はちょっとよくわかんないかな」

 

 日菜は真顔でそう言った。

 

「あー、こんなに語り合える人が近くにいたのを見落としてたなんて……勿体ないことをしてました。ほんとにミタケ一生の不覚です」

「蘭ちゃんに妹がいたのも驚きだけど、こんなに面白い子だとは思ってなかったなー! ねえねえ、連絡先交換しない? もっとおねーちゃんのこと話そーよ!」

 

 今日初めて会ったはずの二人の間には、姉という存在を通して強固な友情が芽生えていた。今まで溜め込んでいたものを遠慮なしに吐き出せる相手を見つけて舞い上がる椿。

 

 だからだろうか。こんなことを口走ってしまったのは。

 それともいずれは必ずこうなる運命だったと、そう言えばいいのだろうか。

 

「———まあ、世界一かっこいいのはうちの姉さんなんですけどね!」

「もー、冗談が下手だよ椿ちゃん! あたしのおねーちゃんが宇宙一かっこいいに決まってるじゃん!」

「……あ?」

「……は?」

 

 和やかなムードが一転、二人の間には暗雲が立ちこめる。好感情が反転し無感情が横転した。

 

「いやいやいや。日菜さん、もしかして姉さんのライブ見たことないんですか? 見たことないんですよね、もし見たことあるんだったらこんなトンチンカンなこと言いませんもんね」

「椿ちゃんこそ目と耳と頭おかしいんじやない? あたしのおねーちゃんより魅力的な姉なんているわけないじゃん」

「……あ?」

「……は?」

 

 暗雲から雷が迸る。先程まで仲良く談笑していたとは思えない、一触即発の剣呑な雰囲気が辺りを包む。

 それは決して譲れない一線。差し出せない誇り。決定的に相容れない不可侵の領域。ショッピングモールの一角が地雷原に姿を変えた。

 

 もはや自分の目の前にいるのは志を共にした同胞などではない。こいつは裏切り者だ。憎き仇敵だ。打ち倒すべき大悪党なのだ。芽生えた友情は瞬時に砕け散った。

 念を押しておくがこれはただの姉自慢である。

 

「ヒナー、コーラ買ってきたけど飲まな……って何この状況!? さっきまであんなに楽しそうに喋ってたのに!?」

 

 ほんの少し目を離していただけなのに、なぜか二人の仲が最悪になっていた。リサは困惑する。というかこんなの見たら誰だって困惑する。

 リサはとりあえず事情だけでも聞いておこうと、比較的まともそうな方に声をかけようとしてまた困ってしまった。今この場において、まともなのは自分だけだということに気がついてしまったのだ。

 

(ど、どうしよ……まさかケンカ? でもほんのちょっと前まではすごい仲良かったのに……)

 

 まさかリサも『お互い姉への想いが強すぎるせいで諍いに発展した』などとは思いもしないだろう。仮に思ったとして、そんなわけはないと断じてしまうだろう。これは決してリサが軽率だとか鈍感というわけではなく、ただ椿と日菜の愛が重すぎるという話なのだが。

 両者、睨み合ったまま一言も発さず、戻ってきたリサにさえ気づいていない。例えるならそこは花咲川の火薬庫。一度口火を切ってしまえばもう止まらない、相互確証破壊。どちらかが口を開けば最後、二人とも無事では済まないだろう。

 

(誰かアタシと代わってくれないかなー、なんて……あはは……)

 

 本日の苦労人枠、今井リサは、ひっそりと乾いた笑みを零した。

 

 ♦♢♦

 

 所変わって、モール内のフードコート。あのままでは埒が明かないと察したリサはなんとか口八丁に説得し、落ち着いて話ができるここまで二人を引きずってきた。

 そして今は四人がけのボックス席に、リサと椿が隣同士で、向かいに日菜が一人で座っている。この二人を隣合わせるのはなんとなく気が引けた。

 

「話をまとめると」

 

 リサがボトルのコーヒーを呷って、切り出す。

 

「二人とも自分の姉が一番だと言って譲らないからケンカになった、ってこと?」

「ケンカじゃありません! 背教者を罰するんです! ギルティです! エイメン!」

「そうだよリサちー。なんにも分かってないお馬鹿な椿ちゃんに事実を教えてあげてるだけだって」

「あ?」

「は?」

 

 三度ぶつかり合う椿と日菜。リサも大概慣れてきたようで、そんな二人を軽くあしらう。

 

「ハイハイやめやめ。二人とも落ち着いて。なんのためにここまで来たと思ってんのー?」

 

 そう言うリサを見て、二人は不満そうな顔をしつつも矛を収めた。巻き込んでしまっていることに髪の毛一本分くらいの罪悪感は覚えているのだろう。

 依然として興奮冷めやらぬ状態の馬鹿妹二人組。その熱量たるや、やかんのお湯が沸くのではないかと錯覚してしまいそうになるほどだ。リサは温度差でひび割れそうな気がしている。

 

「それにしても……どうすればいいのかな、これ。蘭と紗夜のどっちが上かなんて決めようがないし、二人とも一番ってことじゃ」

「ダメです! うちの姉さんが一番カッコイイんです!」

「ダメだよねー……」

 

 そもそもそんな理屈で止まるくらいなら初めから揉め事など起きていないのだ。リサは本日何度目かも分からないため息を吐いた。

 本音を言うのなら、リサは一刻も早く帰りたかったし、実際のところ「アタシ帰るからあと二人でなんとかしてね」とでも言えばそれは叶う。それでも律儀にこうして間を取り持っているのは、リサが類まれなるお節介焼きでありかつ友達想いだからなのだが、肝心の二人がこんな調子なせいでその気遣いも無駄になりつつあった。

 

(どうにか上手いこと仲裁できればいいんだけど、二人とも全然譲ろうとしないし、かといってほっとくのも薄情だし……)

 

 重ねて言うが、これはあくまで姉自慢である。単純に姉のことが大好きな日菜とシスコン拗らせまくった面倒臭い椿によるただの第一次スーパー妹大戦なのである。姉も妹もいないリサに二人の心中を慮るのは難しかった。

 そうしている間にも二人は小競り合いを続けている。

 

「うちの姉さんはギターも弾けてボーカルもやってるんですよ! それに作詞作曲もこなしてますし、日菜さんのおねーちゃんとやらよりも多才です!」

「確かに蘭ちゃんは色んなことができるけど、ギターはおねーちゃんの方が格段に上手だよ? 千招有るを怖れず、だっけ?」

「それに姉さんはね、なんとツンデレ属性持ちなんですよ! いつもの私の告白は冷たくあしらうのに、二人っきりの時に一緒に出かけようって誘ったら大抵OKを返してくれるんです! このギャップがいいんじゃないですか!」

「そんなのおねーちゃんだってそうだよ。服装がー、とか態度がー、って厳しく注意してるけど、あたしが出てる番組をちゃんと全部録画して見てるもん!」

 

(ちょっ、本人たちのいないところで暴露大会始まっちゃったんだけど!?)

 

 このままでは蘭と紗夜にまで申し訳が立たなくなってしまう。もっとひどい情報が出てくる前にこの二人を止めなくては。

 いっそ、ここはビシッとひとこと言ってやった方がいいのかもしれない。でないと収まりそうもないのだ。

 そう。今までの応対は少し甘すぎた。二人とも言いすぎて、ちょっと引っ込みがつかなくなってるんだろうくらいにしか考えていなかった。

 その認識が甘い。二人は公衆の面前でぎゃあぎゃあと喧嘩している迷惑な女子高生たちなのだ。自分が監督者としてこの馬鹿どもをきっちり落ち着かせなくてはならない。

 

「ちょっと二人とも、いい加減に……」

「こーなったら、決闘ですよ! 決闘!」

 

 意気込んだリサの声は、それを軽々と上回る気合いの入った椿の声にかき消された。

 

「へ? 決闘?」

「私と日菜さん、勝った方の姉が優れているというのはどうです!? 優れた姉の妹なら、これまた優れているのは必定!」

「面白いこと考えるね。どんな勝負を仕掛けてくる気かはしらないけど、あたしに勝てると思ってるの?」

「ちょっ、次は何しでかすつもり!?」

 

 対する日菜も変に乗り気になっている。リサだけが一人、置いてけぼりをくらっていた。

 

「無論、勝ちます! 姉さんのためなら、私はどんな無理難題だって超えてみせますよ!」

「椿!? 決闘って何するつもりなの!?」

「いいよ。その勝負受けてあげる。あたしが勝って、おねーちゃんの方がすごいんだって証明するから」

「日菜もなんでそんなにノってんの!? あーもう、二人とも自由すぎだから!」

 

 うがー! とでも言いたげに頭を抱えるリサ。そんな彼女の声など耳に入らないのか、椿と日菜は二人だけで盛り上がっている。

 

「勝負の内容はどうします? 今すぐできる物が良いですよね?」

「そうだね。ってことは、場所はこのモールの中ってことになるのかな」

「じゃあゲームセンターなんてどうでしょう。あそこなら思う存分やり合えると思いません?」

「椿ちゃんが決めていいよ。あたし、何やっても椿ちゃんより強いもん」

「はっ、言いましたね? その自信満々な鼻っ柱へし折ってやりますから覚悟しといてくださいよ」

「そっちこそ、一方的にやられすぎて『やっぱ勝負はなかったことに』なーんて言わないでよね?」

「この二人、どうやったら止まるの……? 助けて友希那ぁ……」

 

 ここにはいない幼馴染の名を切なげに呼んで、リサはテーブルに突っ伏した。もう考えるのは面倒臭い。どうすれば止まるのかなど分かるわけもない。

 本当に帰ってやろうかとも思った。けれど、そうしたらこの二人がどんな被害を周囲に撒き散らすか分かったものではない。見えている地雷を踏みに行かせられるほどリサの良心は荒んでいなかった。

 よってリサはゲームセンターでの決闘にまで同行することを決め、今度から椿・日菜ペアと相見える時には必ず他の誰かを連れてこようと固く心に誓ったのだった。

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