なんでも言うことを聞いてくれる椿ちゃん 作:フィリップ・モリス
椿が決闘の場としてゲームセンターを選んだ理由は、モール内の施設で雌雄を決することのできる場所がここぐらいしかなかったというのもあるが、それ以上に彼女がゲーム好きであるというのが大きい。
昔からわりかし不良少女気味であった椿は、まだ小学生だった頃より親から立ち入りを禁止されていたゲームセンターに隠れて入り浸っていた。そのためゲームの腕前は非常に高く、これなら日菜と対等かそれ以上に立ち回れると考えたのだ。
そしてその予測は概ね当たっていた。
日菜はゲームセンターで遊ぶという経験が頗る少なかったのだ。
レギュレーションは五本勝負。椿と日菜は現在、二勝二敗でイーブン。次のレースゲームで全ての決着がつく、というのが冒頭の場面。これまでエアホッケーや
天才と呼ばれる日菜に食いついてみせるのは、やはりこれも姉への愛が成す技なのだろう。さすが椿と言うべきだった。
若干その方向性がおかしい気もするが。
そして今、二人はまさに互いの意地と誇りをかけた、情け無用のデッドレースを開始せんとしているところだった。
五本勝負、最後の戦いを。
「ねえ椿ちゃん、キャラってどれ選べばいいの?」
「なんで敵にそんなこと教えなくちゃならないんですか。まあ、初心者の人は軽いキャラの方が扱いやすいですよ」
「へー、ありがと! けどアドバイス貰っちゃってよかったの? あたしが勝っても恨まないでね?」
「寝言は寝て言ってくださいよ。あなたと私とじゃ年季が違います。それと車はそっちの奴の方が初心者には扱いやすいですよ」
慣れた手つきで自分のマシンを組み立てながら、日菜に的確な助言を飛ばす椿。そんな彼女の様子にリサは違和感を覚える。
「……ねえ椿。一応確認しとくけどさ、日菜って敵なんだよね?」
「何言ってるんですかリサさん当たり前じゃないですかこの異教徒が敵でなくてなんだと言うんです鬼ですよ悪魔ですよ氷川日菜ですよそこで見ててくださいリサさん絶対に吠え面かかせてやりますからね私の姉さんが一番かっこいいんです異論は認めません」
「いや、そうじゃなくてゲームの中の話なんだけど」
「あ、そっちですか」
椿は「なあんだ」とでも言いたげに気勢を削いだ。リサも既にこの程度では動じないようになっている。
その日菜はと言えば、横で走行コースを選んでいる。しばらくの逡巡ののち、彼女は『レインボーロード』にカーソルを合わせ、アクセルを踏み込んだ。
「敵ですよ。じゃないと勝負にならないじゃないですか」
「だったらさ、なんで塩を送るようなことしてるの? 椿はこのゲーム慣れてるみたいだし、ほっとけばヒナにだってヨユーで勝てちゃいそうなのに」
「不利な状態で挑ませて、あとから不公平だなんだと言われるのは気に障りますからね。同じ土俵に上がらせたうえで完膚なきまでに叩きのめす、これにより私は完全なる勝利を手にすることができるんです!」
そう自信満々に言い切ったあと、少し言いづらそうに、
「まあ私の得意なゲームで勝負を挑んでるわけですし、このくらいの施しは有ってもいいかな、と」
「ふうん、椿も色々と考えてるんだねえ。その思いやり……思慮? みたいなのを普段の生活に活かしてくれればいいのに」
「なっ、ちゃんと活かしてますよ! 今日は小テストが重なってていっぱい頭使っただろうから姉さんにケーキ買ってってあげようかなー、とか考えながら生きてるんですからね私は! とっても思慮深いんですからね!」
「それ蘭相手にしか発揮されてなくない? その優しさもっとAfterglowのみんなとか友達とかにも向けてあげよう? なんならアタシにも……」
椿はそこはかとなく抗議をし、リサは冷静な突っ込みを入れ、日菜は退屈そうにステージ選択画面を眺めている。
やがて黙って会話を聞き続けるのにも飽きがきたのか、日菜は椿に向かって声を掛けた。
「でも椿ちゃん、おんなじ土俵立っちゃったら絶対にあたしが勝つけど大丈夫?」
「なーに言ってやがりますか。あなたとはこのゲームに懸けた時間が違うんですよ! それにこのゲームは運次第でどうとでもなります。万が一日菜さんに上位の座を奪われるようなことがあったとしても、十分巻き返せますって!」
「へー、言ってくれるじゃん! あたしも負けてらんないね! なんだかメラメラーってしてきた!」
その理屈は自分にも当てはまるんじゃないか。リサはそう言ってやりたいのを必死に堪えた。大事な勝負に水を差す真似をしたくなかったから———というわけではまるでなく、単純に言っても大して意味がないことを分かっていたからだった。
リサはこの数時間で着実に成長していた。
ゲーム画面の中では、ファンシーな見た目をした12体のキャラクターが出走の刻を今か今かと待ち構えている。その中には椿が操る緑色の恐竜のような何かや、日菜の分身であるキノコのような何かの姿も含まれていた。
ゴーグルとヘッドセットを装着し、雲に乗った亀のようなキャラが、信号を吊るしながらキャラの目の前に降りてくる。それと同時に椿はハンドルをきっちりと握りしめた。絶対に勝つ。その意志を表すかのように、固く、きっちりと。
「よーし、気合い入れていきますよ! 私が勝って、うちの姉さんの方が上だとハッキリさせてやります!」
そう高らかに宣言して、椿はアクセルを踏み込む。バイクのマフラーが爆発するように火を噴いた。
♦♢♦
ショッピングモールを後にする頃にはとっぷりと日が暮れていた。駅の方に向かうにつれだんだんと人の数は多くなり、喧騒も近づいてくる。
そんな中を彼女たちは歩いていた。リサは疲れ切ったのと達成感が半々くらいの表情で。日菜はしてやったりの得意げな調子で。そして椿は、信じられないものを見たとでも言いたげな驚愕の様子で。
「なぁんであそこでキラー引くんですか! おかしいでしょう!? 私なんてずっとバナナのキノコで頑張ってたのに!」
「えー、おかしくなんかないよ。このゲームは運次第でどうとでもなるんでしょ?」
「ぐぬぬぬぬ……! 途中までずっと一位をキープし続けてたのに……!」
「まさか青甲羅を2回も連続で当てられるなんて災難だったねー! 椿ちゃん、あのゲーム向いてなかったんじゃない?」
「ぐはっ……! 初心者に煽られるなんて……。こ、こんな屈辱を味わうくらいなら他のゲームにしておくべきだったかもしれませんね……」
「他のでも結果はおんなじだったと思うけどねー。とにかく、勝負はあたしの勝ちってことで!」
日菜はからからと楽しげに笑う。その声色に先程までの敵意はなく、ただ純粋な喜色だけを含んでいた。
椿もまた、悔しげではあるものの笑みを浮かべている。姉を敬愛する者同士、全力でぶつかり合うことによってそこには確かな絆が生まれていた。
「でもやっぱりさ。どっちのおねーちゃんが凄いかってことをあたし達が戦って決めるのは違うと思うんだよね。あたしはあたしのおねーちゃんが一番だって思ってて、譲るつもりはない。それでいいんじゃないかなーって」
「……誠に遺憾であり忸怩たる断腸の思いですがそれには概ね同意です。妹と姉というのは、突き詰めてしまえば結局のところ赤の他人にすぎないんですから。その優劣を私たちが付けようなんて傲慢にも程がありすぎました」
椿は「赤の他人」の部分をひどくしかめっ面になりながら読み上げた。
「ですが! それはそれとして! 今回の勝負のリベンジはきっちり果たさせてもらいます! あんな運ゲー、私は認めませんから!」
「あのゲームってそういう運を楽しむんじゃないの……?」
疲労からか黙りっぱなしだったリサも少しは回復し、椿にツッコミを入れる。
彼女の胸中は複雑だった。ちょっと目を離した隙に対立していた二人、それをなんとか諌めようとしてリサはあれこれ頑張っていたのに、結局なにがなんだかよく分からないうちに椿たちは打ち解けあっていたのだから。ただ振り回されるだけだったリサからすれば迷惑もいいとこである。
だが彼女はそれと同時に安堵も覚えていた。
仲が悪いことはよくないことだ。よくないことはすべきではない。だいたいそんな論法である。せっかく人と関わるのなら仲良くしてほしいと思うのは、そう不自然というわけでもないだろう。
「まあ、仲直りしたんならそれでいっか……」
「すみませんリサさん。お見苦しいところを……」
「アタシとしては最初からその素直さを見せてほしかったんだけどね」
「うぐ……ほ、本当にすみませんでした!」
「あっはは、椿ちゃんってば怒られてる! おもしろーい!」
他人事のようにケラケラと笑う日菜。リサはそんな日菜をきっと見つめると、
「笑ってるけど、ヒナもだからね! 紗夜のことが大好きなのも世界一かっこいいって肩書きを譲りたくないのも結構だけど、他の人を巻き込まないの!」
「えー? でもリサちーだっておねーちゃんの方がカッコいいと思わない?」
「何を言いますか! うちの姉の方が……」
「あーもう、せっかく収まったんだからその事を蒸し返さないの!」
リサは手馴れた様子で二人を諌める。どちらも本気で噛み付くつもりはなかったのか、椿も日菜もすぐに矛を収めた。
「いい? どっちの姉が凄いかなんて決められるわけないんだから、無駄な争いはしないこと! どーしてもって言うんならその時は二人っきりでやってよ?」
「う、はい……」
「はーい!」
「もう。ヒナってば、ホントに分かってるの?」
そう言って苦笑するリサ。二人に振り回されっぱなしだった哀れな仲裁役はようやくその損な役目から解放されるのだ。
駅に到着し、解散となる直前に日菜は言った。
「また一緒に遊ぼうね、椿ちゃん!」
椿はそれに確かな笑顔で応える。
「今度こそ負けませんからね、日菜さん!」
それはありふれた約束。友人同士の軽い取り決め。互いを認め合った宿敵の間には今、確固たる友情が生まれていた。
共に姉を愛する者同士であっても、ぶつかり合わなければ分からないことがある。
こうして今日、椿に新たなる理解者かつライバルができたのであった。
なお、椿が帰宅したのちの美竹邸。
「ねーねー姉さん」
「何? また告白?」
「いや違うけど……お望みとあらばするよ?」
「……今のは忘れて。で、どうしたの」
「姉さんと紗夜さんってどっちが凄い?」
「……はあ?」
そこでは、こんなやり取りがあったとか。