「…フランの馬鹿ッ!」
姉妹喧嘩の末に出た言葉に、レミリアは紅魔館を飛び出してしまう。
衝動のままに飛び出したレミリアの行く先は、そして姉妹喧嘩の決着は?
偉大な吸血鬼の、ほんの短い家出のおはなし。
「フラン、いい加減にしなさい!」
いつもの紅魔館の、私の部屋。そこで私は、テーブル1つ挟んでフランと睨み合っていた。
「どうして!?私だって外に行きたい!お姉様と一緒に行きたい!」
「あのね、フラン。私達吸血鬼は、日光を浴びると灰になってしまうのよ」
「お姉様は日傘持ってるじゃん!」
「フランが日傘をさしても、すぐそんな事忘れて放り出してしまうでしょう。ただでさえお転婆なんだから」
「うー…!」
私はまだ、フランを外に連れ出した事はない。館での行動を自由にしてから幾度となく外出をせがまれて、断って。いつもなら、納得はしなくとも大人しく聞いてくれる、筈だった。
「…なんで」
ふと聞こえた声に、フランの方を向く。そこには涙目のフランが、大きく開いた手をこちらに向けていた。
「なんでお姉様はいつも聞いてくれないの⁉︎私以外みんな、お姉様だって外に出てるのに!」
「フ、フラン?落ち着きなさー」
「そんな言う事聞いてくれないお姉様なんかーー」
「ーーお姉様なんか、大っ嫌い‼︎」
背後から、轟音が響いた。同時に振動。背後を振り返ると、部屋の壁にごっそりと穴が空き…衝撃で壁が丸々、こちらに倒壊してきていた。
「くっ…!」
即座に床を蹴り、部屋の入り口までダイブする。壁はそのまま崩れ、私の居た場所もろとも瓦礫の山となっていた。
「お嬢様⁉︎ご無事ですか⁉︎」
音を聞きつけたのか、咲夜と何故かパチェが部屋に入って来る。咲夜が私の身を案ずる中、パチェは何やら思わしげな顔で部屋を見つめていた。
「フランの叫び声…図書館まで聞こえたわよ、レミィ」
「あの妹…そう、フランは?」
「私達が来る途中にすれ違いました…。ですが、そのままお部屋に閉じこもってしまったようで…」
「そう…」
ため息をつきながら、ドアの先を見やる。いつもは同じ喧嘩をしても、ここまでする事は無かったのに…。
「我慢の限界、と言った所かしらね…」
「え?」
「あの子は溜め込んで爆発させるタイプだから。レミィもロクに断った後のケアをしてなかったんじゃ無いの?」
「そ、れは……」
「ともかく、2人とも頭を冷やす事ね。特にレミィ、貴女は姉としてもっと立ち振る舞いに気をつけるべきよ」
「……」
パチェの言葉に、静かに頷いて冷静になろうとする。がーー
ーーお姉様なんか、大っ嫌い!
「っ…!」
フランから初めて言われたその言葉が頭をよぎる。同時に悲しみか怒りか、どうとも言えない感情が湧き出てきて。
「レミィ?」
「……良いわ。頭でも何でも冷やしてくるわよ!」
気づいた時には、私は日傘を手に壁の穴から外へ飛び出していた。
「お嬢様!」
咲夜の声が聞こえる。けれど、引き返しても私はどんな顔をすれば良いか分からなくて。
そのまま当ても無く、幻想郷の空に飛び立った。
♠︎
「……それで、何でウチに来るんだい?」
「…ここなら、多少なり落ち着けそうだからよ」
行くあても無くしばらく彷徨った私は、殆ど足を運んだことの無い香霖堂を訪れていた。店主は私がここに来た理由を話すと、やや呆れたような顔をしていた。
「外出ねぇ…夜は平気なんだろう?なら夜にでも出掛ければ良いじゃ無いか」
「夜は出たがらないのよ。夜は暗くてつまんないーなんて言ってね。ホントに吸血鬼なんだか」
「それはそうかもしれないね。自然豊かなのは幻想郷の利点かも知れないが、その分夜に暗くなるのは当たり前だ。それに…お転婆だから傘を放り出すなんて、本気でそんな理由で外出を禁じている訳では無いだろう?」
読んでいた本を閉じて、店主がこちらに視線を向けてくる。適当にあしらう事も出来たが、眼鏡の奥の金の瞳にどこか見透かされている気がして、隠すのも馬鹿らしくなって来た。
「勘の鋭い店主ね…。
…私は、フランの事を霊夢達が来るまで閉じ込めていたわ。フランが部屋から出てからは、出来る限り話をしたつもりだけれど…それでも、フランは閉じ込めていた私を恨んでいるかもしれない。もし、フランを自由に外に出したら、私の手の届かない所に行ってしまうんじゃ無いかって…思う事もあるのよ」
過剰とも思える能力を持つフランを、私は恐れていた。だから、地下に閉じ込めてしまった。いくら話を重ねようと、姉妹の関係を築こうとしても、その閉じ込めた時間はあまりに長すぎた。
そして、フランが自由に外に出て、空を飛び回るとしたら…この空は、私がフランに寄り添うにはあまりに、広すぎるのだ。
「……なるほど、君なりに妹を思って、手の届く所に、という事か。でもそれも、あるいは仕方のない事かもしれない。いや、君は恵まれている方だと僕は思うよ」
「…どういう意味かしら?」
心なしか睨むような視線で店主を見る。いつの間にか本を片付けていた店主は店のカウンターから何か、小道具の様な物を取り出し眺めていた。
「それは…確かウチに来る本泥棒のやつだったかしら」
「そう、魔理沙の八卦炉だ。今はメンテナンスの為に僕が預かっているが、元々僕が魔理沙のために作ったものだ」
「それが、どうしたの?」
店主は1つ息をついて、こちらを見据えてきた。
「僕は魔理沙を小さい頃から知っていてね。それこそ僕と魔理沙は兄妹の様な関係だった。その魔理沙が家を出る時、この八卦炉を渡したのさ。その時は、彼女が魔法使いとして成長するとは、夢にも思っていなかったよ」
「……」
「僕の予想に反して、魔理沙は魔法使いとしての腕を磨いていった。霊夢をライバルとみなして魔法の研究をして…結果、今や魔理沙は異変解決者の1人として幻想郷でも上位にいる。君のところのメイドもそうだったかな」
「そうよ。咲夜は私の自慢のメイドだからね」
「何だかんだ部下思いではあるんだねぇ、君も。…ともかく、魔理沙は異変のたびに幻想郷を飛び回り、覚えた魔法を存分に使っている。……だから今の僕は、彼女の事を遠くからしか見守れないのさ」
「……え?」
「僕は人間と妖怪のハーフだ。けど君達みたいな戦う力は持っていない。飛んでいく魔理沙を導くことも追いかけることも、そもそも空を飛ぶことも、魔法を使う事さえ僕には出来やしない。彼女はもう、自由に空を駆けていってしまうからね」
でも、と店主は私を、私の背後を指差した。そこには、私のコウモリ状の羽根が生えている。
「君にはその羽根がある。自由に空を飛ぶことも出来るし、妹と弾幕ごっこも出来る。なら、もし仮に妹が外に出て、自由に飛ぶことが出来たとしても。君はそれを追いかける事が出来る。追いついて、その手を掴む事が出来るんだ」
「届かない所へ行ってしまうならそれを追い抜いてしまえば良いのさ。君は“紅い月”なんだろう?だったら、誰よりも高く飛んで妹に手を伸ばすことが、出来ると僕は思うよ」
いつも本を読んでばかりで、店から出ることの無い店主の言葉とは、思えなかった。けれど、その言葉は素直に響いて、私はいつしか、異変の時の様に不敵に笑っていた。
「ーーもちろんよ。私は誇り高き夜の王。妹1人より高く飛ぶ事位、容易だわ」
「…それは、何よりだ。君もそう思うだろう?メイドさん」
「…え?」
不意に出された単語と同時に、ドアが開く音。ぎょっとして振り返ると、そこには困ったように笑う咲夜の姿があった。
「さ、咲夜⁉︎アンタいつから…!」
「お嬢様が、妹様を出さない理由を言い始めた時からですわ。お2人の話に割って入るのは忍びなかったので…」
「……!」
急激に顔が熱くなる。店主しか居ないとしても随分らしくない事を口走った様な気がしてならない。実際、咲夜と店主は共に苦笑いでこちらを見ていた。
「あー…咲夜!帰るわよ!」
「ふふっ…かしこまりました」
そのまま、店を出ようとして。ふと思い出した事があり、私は店主に向き直った。
「ああ、そうそう。さっきあんたが言ってた話だけど」
「何だい?」
「あの本泥棒、パチェの所に行くとアンタの話ししてたりするらしいから。アンタも気にかけられてるみたいだし、そんなに遠くに行った訳でも無いんじゃない?」
「……そうなら、良いけどね」
「そんだけよ、じゃあね。一応、世話になったわ。
外は日が落ちかけていた。念の為傘をさして、咲夜と並んで紅魔館への空を飛ぶ。
「お嬢様」
「何?」
「妹様の件ですが。お嬢様が飛び出してすぐ、妹様も部屋から出てらっしゃいました。お嬢様が出ていかれた事を知って、すごく慌てていて。自分も飛び出そうとするのをパチュリー様に引き止められておいででした」
「……」
「ですから、その…妹様も、お嬢様の事を心配こそすれ、恨んでなんかはいないと、私は思うのです。お2人が手の届かない距離になる事は無いと、私が保証いたしますわ」
「…まさか、従者にそんな事言われるなんてねぇ」
「も、申し訳ありません。出過ぎた事を…」
私が苦笑を返すと、慌てた様に頭を下げてくる。それに小さく笑って、私は前に向き直った。
「良いのよ。私も、フランともっと話をする機会が必要みたいね。今度、ピクニックでも行こうかしら。咲夜、お弁当用意してくれる?」
「ええ、もちろん」
2人で笑いあう。帰ったら、フランに謝ろう。そして、一緒に外に出る話をしよう。そんな思いを胸に、見え始めた紅魔館へと飛んだ。
♠︎
「お姉様まだー?」
「ちょっと待ちなさいフラン、私にも準備があるのよ!」
急かすフランに慌てて返しながら、私は服装を整える。いつもと同じ服なので違いは無いと言ったのだが、咲夜が許してくれなかったのだ。
最後に軽くチェックして、外に出る。外には咲夜と、既にお弁当の籠を持ったフランが頬を膨らませていた。
「お姉様おそいー。そんなんじゃ日が暮れちゃうよ」
「まだ昼にもなってないのに、そんなすぐ日が沈むもんですか。まったく…」
とは言え、フランと同じように私も若干ながら楽しみではある。思えばフランと一緒に、2人きりで出掛けるのはこれが初めてなのだ。今までの分、より多く多く様々な所へ行きたい気持ちもある。
「お2人とも、傘をお忘れですよ」
苦笑しながら、咲夜が傘を差し出してくる。いつもの傘より随分大きい、1本の傘。
「ありがとう、咲夜。じゃあ、行きましょうか」
「うん!」
笑顔で頷くフランと、片手ずつで傘を支えて。フランにとっても私にとっても初めての、2人きりの空に、私達は飛び立った。