「禁忌目録違反だけど愛さえあれば関係ないよねっ!」「えっ」 作:練れば練るほど色の変わるお菓子
合言葉は
システム権限<愛の力
オサレ回。
今回はキリト君視点です。
俺は、扉から飛び込んできた存在に驚きを隠せないでいた。
先ほど、ルクスが使った剣技。それが、あまりにも見慣れ、そしてまた見ることがないものだと思い込んでいたから。
その技を初めて見たのは、ソードアート・オンラインのPR動画。肉眼で確認したのは、アインクラッド第四層のエルフクエストでヨフィリス子爵が使用した時。
「………《フラッシング・ペネトレイター》…?」
震える声で。しかし間違えようもないその技の名前を口にする。
先ほどルクスが使用した、コルバルト流奥義《
流星などという言葉では形容しきれない。流れ落ちる純白の彗星そのものとなって、今ルクスはこの場所へと踏み込んできたのだ。
だが、強い
最上位カテゴリの技なんて使うためには、この黒いのの優先度すら超える、それこそ神器級の
つまり、今ルクスの持つ水晶のような剣は、俺のもの以上の優先度を誇っている、神器級の代物だということだ。
そして、ルクスの口からその式句が放たれた。
「エンハンス・アーマメント」
エンハンス……強化とか、拡張。アーマメントは、武器?だったろうか。
そんな脳内辞書を引く間も無く、ルクスは光り輝くその剣をまずはウンベールの切り落とされた左腕の傷口に、深々と突き立てた。
「ひぎぁぁぁっ!?」
だが、俺たちは驚愕でそんなことすら目に入らなかった。
一体、どんな手品か……
「腕が………治ってる!?」
「……………………え?……あ、ぁぁ!!ほ、本当だ!!オレの……オレの左腕が治っている!!あ、ありがとうございますぅっ!!」
ユージオに切り飛ばされたはずのライオスの左腕が、まるで元々そこにあったかのように回復していた。しきりに動かされているあたり、しっかりと神経も繋がっているらしい。
ウンベールとライオスが、目を見合わせて安堵と欲望に塗れた笑みを零す。『よかった。きっとルクス殿はこちら側だ。加勢しに来てくれた』と。その表情から、そんな思考がありありと伝わってくる。
「はははっ!形成逆転だな貴様ら!見よ!我らが正義に則って、ルクス・ブラッディ一等爵士殿までいらっしゃった!貴様らが本来なら一生お目にかかることすらできない高貴なお方だ!さぁ、諦めて首を差し出すがいい!!」
……どうして、そんなおめでたい思考ができるのだろうか。
「………ッ!!」
俺は、ルクスから放たれる猛烈な殺気に、呼吸すら危うくなっているというのに。
ルクスは、無表情のままティーゼとフレニーカに向かい合った。そして、二人が怯えるのも構わないまま、手持ちの剣で彼女らを縛る縄を切断していく。
「……ルクス、先輩」
「………僕を名前で呼ぶな。主席修剣士の敬称をつけろ。その行為は逸例と見做す」
淡々と。しかし少し慈愛が含まれた声で、ルクスは普段なら絶対に言わないようなことを口にする。……これはもしかして。本当に、ライオス達が言っていることの方が正しいのかと、錯覚しそうになる。
だが、気がつく。今ルクスがやろうとしている行為は──貴族裁決権の、
「一等爵家長子にして主席修剣士、ルクス・ブラッディは、ティーゼ・シュトリーネン。フレニーカ・シェスキ両名に、貴族裁決権を行使する。今この時を以てジーゼック、アンティノスの命令を全て棄却する。そしてそれぞれ、傍付きの上級修剣士の元に待機していなさい」
「る、ルクス殿!?勝手なことをされては……」
「黙れ」
「ひっ…………」
ライオスの抗議の声は、質量を持たんばかりのたった二言に押しつぶされる。くぐもった悲鳴をあげ、ライオスは一言たりとも発さなくなる。
「ほら、早く行きなさい」
「「……承知しました、首席修剣士殿!」」
二人に微笑んだルクスに安心したのか、フレニーカ達は目に涙を浮かべながら、俺たちの方に向かってくる。そして、その勢いのまま俺たちの胸元に抱きついてきた。震える声で、二人はしきりに謝罪の言葉を口にする。
「先輩!キリト先輩……!」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ユージオ先輩……!」
「………いいんだ。ティーゼ達のせいじゃない。怖い思いをさせたね。もう、大丈夫だから」
「………あぁ。もう、大丈夫」
抱きしめ返して、二人が落ち着くまで頭を撫でる。もう、大丈夫。そのことは、ルクスを見てもうなんとなく感じ取っていた。いつしか、アスナがクラディールから俺を助けてくれたときのように。俺たちは、暖かな安心感に包まれていたのだ。
「……………ごめんね」
ボソリと、ルクスが何かを呟いた。俺はフレニーカを撫でていた手を止め、再びルクスの方を見た。
瞬間、俺は鬼か何かを見たかのように冷や汗が止まらなくなった。
何もかもが、普段の彼とは違ったから。
態度も、雰囲気も。放つ高貴な気配も。全てが、ドス黒い怒りに染まっているようだった。あまりにも濃密な殺気に……顔が、見えない。
ルクスは、まず胸元から一枚の紙を取り出し、ライオス達に開いて見せた。その羊皮紙は、SAO内でよく使ったスクロールを思わせる黒いインクと革の色に彩られている。
「………アンティノス次席、ジーゼック三席。この書類が、何かわかるかな?」
「………な、なんですかこれは。どうして、上級修剣士達の名が書かれているのです!?」
「これはね、一部の爵士に与えられる『四等以上の貴族を処罰するための書類』だ。……まぁ、作ったのは僕なんだけど」
四等以上の貴族を……処罰。貴族裁決権以外に、そんなものがあるというのか。
「条件は、
「………あ、ぁぁ!!」
内容に目を通していたライオス達の顔色が、どんどんと青くなっていく。先ほどまでの勢いはどうしたのか、短く悲鳴をあげるに過ぎない。
「そして、処罰の内容は全員僕に一任してくれた。……これのせいで、無駄な時間を食ってしまったけどね。では、アンティノス、ジーゼック」
まるで家畜を見るかのような冷たい視線で、至って冷静に。冷ややかに、ルクスはその処罰の内容を伝えた。
「君たち両家を、ブラッディ一等爵家の名において六等爵家へと降格。三等貴族としての権利を永久に剥奪することをここに宣言する」
「そんな!そんなぁぁ!?」
「お許しをっ!!それだけは、お許しをっ!!」
六等爵士への降格。つまり、ルクスは俺が訪れてからの短時間で、彼ら二人を貴族裁決権の行使者である三等爵士から、反対に対象となる六等爵士まで彼らを引きずり下ろしたのだ。
そして、それがどれほど衝撃的かつ屈辱的な事実なのかは、ライオス達の反応を見れば明らかだ。縋り付くように二人はルクスへと迫り、撤回を要求する。
だが、その行動に対してもルクスは恐ろしいまで非情だった。
「六等爵家の長男風情が、一等爵士の僕に触れたな?君たちの言葉で置き換えてあげる。『それは、貴族裁判権を行使されても仕方のない行為だ』」
「い、いやだっ!!私が、私が六等爵士など!何かの冗談だ!!早く覚めろ!覚めてくれっ!!
「現実だよ馬鹿。……仕方ない。それでは、ルクス・ブラッディ一等爵士が、ライオス・アンティノス、ウンベール・ジーゼック六等爵士両名に貴族裁判権を行使する」
「いやだぁぁぁっ!!」
二人の顔が、絶望に歪む。涙と鼻水でグジャグジャになった顔で、さらに悲痛な声を上げる。
「安心しろ。僕は君達みたいに、下卑た命令をする気はない。そうだな……『今から六時の鐘がなるまで、両名がこの部屋から出ることを禁ずる』……謹慎でいいよ。じっくり頭を冷やすといい」
全く感情を窺わせない目でそれだけ口にし、ルクスは俺たちの方に歩き出そうとした。だが、未だ状況を飲み込めていないらしいウンベールが、治った左腕を使ってルクスへと掴みかかった。
「いやだっ!いやだ、嫌だ嫌だ!!考え直せ!考えなおしてくれぇっ!なんでもやる!貴殿の望むものをなんでも叶える!どれほど高価な物だろうと取り寄せる!どれほど美しい女だって、手籠にっ……」
ウンベールが口にできたのは、そこまでだった。
言葉に反応するかのようなルクスの剣が、大きく開かれた口の中へと突っ込まれた。口内を切られたのか、ウンベールは言葉にならない悲鳴を上げる。
「───ゴガッ!!」
「聞こえなかったかな?僕は黙れと言ったし、その権利を剥奪するとも言ったつもりなんだけど」
それに、と続けるルクスから、ようやく収まりかけていた怒りのオーラが再燃する。それも、今までとは比べ物にならないほどの気迫。
逆鱗に、触れた。そう確信できるほどに、ピリピリと肌がチりつく。体感温度が、10℃以上は下がった。ルクスの見開かれた目が、ギラついた声が。その全てが、あまりにも普段とはかけ離れている。
「誰が、誰に女を紹介するだって!?おい!!それは、僕の
「ひぃっ!ひぃぃぃっ!!」
口に剣を突き入れながら、ルクスの目はどんどんと冷酷になっていく。……このまま、ウンベールを斬り殺してしまってもおかしくないほどに。
そして、そんな燃え盛る業火に油をぶち撒ける存在がいた。
「お、おい!やめろ!」
「…………」
先ほどの恐慌から解放された、ライオスだった。恐怖で立てない様だが、手に持った自分の剣の先をなんとかルクスに向けて、脅そうとしているらしい。だが、ルクスはまたもゴミを見るような目で、冷たくライオスを見下すだけだった。
「いくら貴族裁決権の行使中とはいえど、他人の天明を削るのは明確な禁忌目録違反だ!き、貴様も、大罪人として処刑してやろうか!?」
威勢の良いことを口にするが、その声のなんと及び腰で覚悟のないことか。手の力はなく、体もガチガチと弱々しく震えている。むしろ見ているこちらが哀れになってきてしまうほどだ。
そして、その行動は予想通り。結果的に、ルクスの怒りを煽るだけの行為となった。
「………シッ…!」
「ぶぎゃぁぁぁ!?」
その剣筋が、あまりにも優雅だったからか。ウンベールを鞘がわりに行われた居合のようなものに、一瞬、呼吸を忘れた。
……そしてライオスは袈裟懸けに斬り伏せられ、その傷口から大量の血液が………
「ぎゃぁぁぁぁぁ………ぁ?」
「血が………出ない……?」
いつまで経っても、血が吹き出すどころか疵口が開かれることすらない。明らかに剣筋はライオスの体を引き裂いたはずなのに、血が一滴たりとも溢れていないのだ。
そのことに気がついたライオスも、悲鳴をやめて不思議そうに自らの体を摩っている。………恐らく、ウンベールも同じ様な状態になっているのだろう。
「なん……なに、が……?」
驚愕を隠せないライオスを他所に、ルクスは汚らわしいものでも切ったかの様に剣で空を切り払う。完全無色な透明の剣が、火の光を反射してぼんやりとオレンジに発光した。
「………昔、大きな
再び、透き通った剣は輪郭をボカすかのように光を放つ。その様相からは、ただの剣からは感じ取れない神聖力の波が伝わってくる。
「
………
そして、その名を聞いたライオスの反応は凄まじかった。まさに狂乱の形相で、ルクスへと食ってかかる。
「そんな……《
「何故もなにも。………
誇りに満ち溢れた言だった。さも当然のような口調だった。その言葉が余計気に障ったのか、ライオスはさらに語気を荒げる。
「そんなっ!そんな術、禁忌目録違反に決まって……」
「無いよ」
無慈悲な、断言だった。
「……え……」
「禁忌目録に、『《
何もかもを知ったような口調で、ルクスは粛々と事実を口にしていく。それは、ライオスにとって絶望に等しいセリフだった。
「もうわかったかな。僕はこの部屋に入って、一つたりとも禁忌目録違反なんて犯しちゃいない。君の剣を吹き飛ばしたのは、六等爵士の人間が貴族裁決権を行使しようとしていたのを止めたからで、目録には違反してない。犯したのは精々が学院則違反だ。ここに来るまでの廊下で抜刀してしまったからね」
おかげで先生から折檻だよ、と彼は何でもなさそうにため息をつく。
「………そんな……でも、《
「そうだね。でもそれは、『整合騎士にしか使えない』という意味の許されたであって、明確に禁じているわけじゃない。今まで君たちがやっていたことと、何ら変わらないだろう?」
「そんな屁理屈が……!い、いや、でも………あれ?……それっ、それは!……禁忌目録違反……!……違反………では、ないの、か?」
「………あのさぁ」
同じ反応を何度も返すライオスに呆れ返ったように、ルクスは白銀の髪を後ろへとかき上げた。あまりにも冷たく、玲瓏な美貌のまま、失笑するように嘲笑した。
「僕に対して、その質問に何の意味があるんだよ」
ライオスが、手に持った上等な剣を床に取りこぼす。理解したからだ。今の自分では、どれほど理論を積み重ねようと目の前の存在に傷をつける大義名分を得ることはできないと。
逆に──
「さて。君らは覚えていないかもしれないけれど、僕は一度宣告している。『次に狼藉を働けば、その首を断つ』と。覚悟は、できているかい?」
「そ、そんな、そんなっ!そんな!!」
ルクスは、いくらでもライオス達を斬り捨てることができる。例え文字通りライオスを斬ったとしても、それを縛る法は現存していない。何故なら、教会が禁じているのは『天命を減少させる行為』と、その末にある『人を殺す行為』のみだからだ。彼の剣は、どれだけ痛みを与えることがあろうと、天命だけは減らさない。減らして、くれないのだから。
「……あぁ。木々も、花達も。みんな言ってる。君たちは悪だって。君たちに、鉄槌を下せって。……自然の怒りは、僕の怒りだ。……さぁ。懺悔の時間は、もう済んだかな?」
「もう、いやだぁぁぁっ!!」
一目散に逃げ出したのは、ウンベールだった。扉に立ち塞がる俺たちを見て、無謀にも窓を開けて外へと脱出しようとする。
……だが。その逃げ道は、とうに塞がれていた。逃げるという選択肢をとるには、彼の判断はあまりにも遅すぎた。
「この部屋から逃げることは、帝国基本法に刻まれた貴族裁決権の条項を無視することと同義である!止まれジーゼック!それ以上は、教会への叛逆と見做すぞ」
「なんっ………しっ……そんっ……!」
今にも窓から身を踊らせようとしていたウンベールの動きが、ピタリと停止してしまう。……そう。ライオスとウンベールの二人は、既に『今から六時の鐘がなるまで、両名がこの部屋から出ることを禁ずる』という命令を下されてしまっている。
そして、アンダーワールドの人々は、どれだけ自らが危険に犯されようと、大義名分さえなければルールは絶対に破ることができない。ライオス達が、ティーゼ達にやったように。
故に──もう、選択肢はたった一つしかなくなっていたのだ。
「……つまるところ。僕の宣告を受け入れなかった時点で、君たちの運命は確定していたんだ。これも自業自得。諦めてよ」
こつ、こつ、と。二人にとっての死神が、上段に剣を構え、悠然とした歩みで向かって行く。彼らは、それから逃れる術を知らない。それらを、防ぐ手立てを知らない。涙さえ流しながら懇願しようと、その悪夢のような足音は、停滞を知らない。
「さぁ───
両手に持たれた放光の剣が、
またそうやってルクス君は自分から弄られの燃料を投下する……