僕は曜に千歌日記を見せている   作:白河ぽえむ

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第1話

 春休みも終盤になってきて、真っ昼間から惰眠を貪っていたとき、千歌から要領をえないラインが飛んできたせいで目が覚めてしまった。解読するかぎり、どうやら千歌と曜は秋葉原デートに行ったときにμ'sに出会ったらしい。千歌はとくにスクールアイドルファンではなかったはずなのに、なにをそんなに興奮してるのだろうか、と彼女らが帰ってきて詳しい説明をしてくれるのを待った。僕は勘違いをしていた。

 千歌はμ'sに出会ったのではない。夢に出会ったのだった。

 そのときの千歌の、輝く瞳や、火照る頬、落ち着きのない動きや、意味不明な言葉は簡単に想像できる。けれどそれは想像でしかない。本物ではないのだ。本物の千歌の興奮してる姿が見たかった。感じたかった。けど、それはもう一生不可能なのだ。

 でも、秋葉原から帰ってきた千歌は、散歩に行く時間が近づいてきた子犬みたいに落ち着きがなくて、僕と曜は顔を見合わせて呆れた顔をするしかなかった。

「けーちゃん、今のうちにサイン書いておこうか!?」

 と意味不明なテンションでパーカーのフードを引っ張るので好きにさせておいたらほんとに油性で書きやがった。宝物だ。

 

 

 梨子が三人目のメンバーになってくれて、さらには作曲までしてくれるらしい。さらに彼女の家は十千万の隣らしい。並びとしては僕の家、十千万、梨子の家となる。メンバーになってすぐ僕は彼女に引き合わされた。千歌からはギター持って梨子ちゃんの家に来て! と言われたので、エピフォン・オリンピックを生のまま持っていった。梨子の部屋にはピアノがあった。千歌に請われて弾いていたがのびのびと楽しそうにしていたので、いいピアニストになるだろうと思った。それから僕は千歌のコミュニケーション能力に仲介してもらい梨子と仲よくなった。

「桜内梨子さんじゃなくて、下の名前で呼んで?」

「梨子さん」

「呼び捨てで」

「梨子」

「はい」

 千歌以外に見向きもしないはずの僕が、そのときの梨子のうれしそうな笑顔でドキドキしたと言えば、そのときの梨子がどれだけ魅力的だったかわかってくれるだろうか?

 

 

 梨子はピアノで「千歌ちゃん、作曲って実は簡単なんだよ。これに鼻歌とか、即興でいいからちょっと歌ってみない?」と適当なキーでI-VI-II-Vの進行を弾きはじめた。千歌は最初、えっ、ええっ? っと戸惑った様子だった。そこに梨子がなんとなくスキャットでメロディを乗せる。千歌は楽しそうにする梨子の顔を見つめる。梨子が「はい、どうぞ」と音楽の先生みたいに千歌に振ると、千歌は音楽に精通しているはずの梨子よりも、もっといいメロディで鼻歌を歌いはじめた。僕はそれを感じて、ギターで適当にコードを弾く。僕のバッキングで千歌が歌ってくれるのは、こんなにも気持ちのいいことなのかと思った。

 そうやって僕たちのはじめてのセッションははじまり、そして大団円で終わった。

 千歌は僕が見てきたなかで、一番楽しそうな顔をしていた。千歌はほんとうに最高のアイドルになるだろう。

 千歌はその夜、電話をかけてきて、けーちゃん、また明日もけーちゃんのギターで歌いたいの、と言うので二つ返事で了解した。

 

 

 千歌は対人間の距離感がおかしい。いや、しいたけにもべたべたくっついているので、なにもかもへの距離感がおかしいのかもしれない。もう僕たちは高校二年生にもなるというのに、千歌はいまだ、幼稚園児みたいに僕にくっついてくる。おはようのドーン、また明日ねのドーン、みかん剥いて剥いて剥いての背中くっつき。千歌はあの童顔に似合わず乳があるほうなので、いつもありがたく思っている。ありがとうございます。なーにが普通怪獣ちかちーだこら、乳がでかいだけでもう普通じゃないんだよ!

 ちなみのちなみなんだが、千歌の一番のチャームポイントは乳ではなく尻である。ありがとうございます。さようなら。

 

 違う、こういうことを書きたいのではなかった。なにもかも千歌が悪い。好き……。

 

 それで、千歌の距離感がおかしいのは今にはじまったことではないが、僕が亡き父のアコギを押入れから見つけだして、Aqoursの曲のソロギターアレンジを弾いてからは今までよりもっとくっついてくるようになってしまった。やれ恋になりたいAQUARIUMを弾けだの、夜空はなんでも知ってるの? を弾けだの、One More Sunshine Storyを弾けだのうるさい。そして弾いたら弾いたで、肩にもたれかかってきて歌う。だからメロまで弾くのをやめて、コードで伴奏してあげると、気持ちよさそうに歌うのであった。ちょおかわいいねん。わかる?

 

    ☀

 

「なんで関西弁?」

「ちょっと恥ずかしくなった」

「はぁー、そんなんだからさ、はぁー………………。だめなんだよ」

「だめ言うなし」

「だめじゃーん」

 高校一年になったとき、曜は僕に千歌日記をつけてそれを見せろと言ってきた。千歌日記ってなんですかと訊くと、千歌ちゃん好き好き! って思いをしたためた日記のことですぞ、と意味不明な要求をしてきた。

 もうね、ケージが千歌ちゃんとくっつくかどうかでモヤモヤしてるのはやめにしました。だってヘタレなんだもん。もう無理。諦めた。だって九年ですよ、九年。それだけ背中を押してあげたのに、いまだ意識もされてないなんて、だめだと思わない? だから千歌日記を読んで癒やされたいと思ったのです。終わり。

 と言われました。傷つきました。千歌ちゃんのファンはじめます。

「でもこれ癒やしになってる?」

「下手な恋愛小説よりよっぽど最高の代物だと思うよ」

「うーん……」

 自分としては曜のおもちゃにされているみたいで気に食わないが、彼女にはずっと助けてきてもらったので強くは言えないのであった。

「それにしても、夜な夜な海辺で千歌ちゃんと弾き語りしてるなんてねぇ、青春だねぇ」

 完全に近所のおばちゃんみたいなことを言う。

「なんでそれ知ってるの?」

「梨子ちゃんから動画が送られてきたよ、はいこれ」

 と曜はスマホを取り出し梨子とのトークを見せてきた。そこには梨子の部屋から海岸を撮ったらしき動画が添付されていて、再生してみると僕と千歌がイチャイチャしながら弾き語りしている一部始終が撮影されていた。

「盗撮じゃん……」

「これでつき合ってないって言うんだから難儀だよねー。梨子ちゃんもさ、ふたりと一緒になったとき、あまりの尊さに胸が苦しくなって死ぬかもしれないって思ったことが何度かあるって言ってたよ」

「やめて」

「曜ちゃんって、これを長年見せつけられてきたんだよね、そりゃおかしくもなるか……、って同情されたよ? はやく成就させてくれない?」

「そういうプレッシャーのかけかたやめて」

「バーカバーカ、このヘタレ!!」

 と言って曜は僕の部屋から出ていく。どういう帰宅の仕方やねんと思っていたら、なぜかまた階段をのぼってくる音が聞こえる。勢いよくドアを開いて登場した曜の手には三ツ矢サイダーとコップがふたつ握られていた。あ、これ時間かかるやつですか?

 

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