今年の内浦の夏祭りは、Aqoursで行くのだろうと思っていたから、千歌から当日になって「浴衣着てうち来てね!」とラインが来たのでうれしくなった。けど、もしかしたらAqoursのみんなに僕が入るという形になるのかもしれない、とすこしだけ不安にもなった。
お馴染みの藍色の浴衣を着て十千万に行き、千歌の部屋まで行こうとすると、千歌がひとりでわーきゃー言う声が座敷から聞こえてきたのでそちらに向かった。確認せずに障子を開けると、千歌が浴衣を着ているところだった。半裸だった。眩い背中は半分しか見えなかったが、かえってそれが艶めかしかった。
「手伝おうか?」
と近づいて、背中側から肩の部分を持ってはだけている浴衣を直してやる。
「あ、けーちゃん、ありがと」
「志満さんは?」
「しごとー」
「美登さんは?」
「お手伝いしてるー」
「そりゃそうか」
夏祭りではすくないながらも花火があがる。多少は観光客が来るみたいで、八月三日の十千万は毎年満室になる。じゃあ千歌だって手伝ったほうがいいのではないかって話になるんだけど、高校を卒業するまでは夏祭りくらい行かせてあげたいとのことで、臨時のバイトを雇うのだそうだ。
「今日って僕たち以外では誰と行くの?」
「曜ちゃんだよ」
「ほかは?」
「うーん、なんかみんな用事があるみたい」
「ダイヤさんは家の用事がありそうだとは思ってたけど」
「うん、だから果南ちゃんと鞠莉ちゃんはふたりでデートしたあと、ダイヤさんの用事が終わるのを待つんだって。だったら、ルビィちゃんとマルちゃんとよっちゃんは三人で夏祭りに行くってことになったんだけど、それじゃあ怖いからって梨子ちゃんがついていってあげるんだって」
「なるほどー」
ダイヤさんの用事はほんとうだろうけど、それ以外は僕たちに気を遣ってくれたのだろう。いや、気を遣ってくれたというより、遠くから眺めて楽しむというほうが正しいかもしれない。そして曜だけは近くで眺めて楽しむつもりなのだろう。
千歌がどっかから引っ張り出してきた着つけの本を読みながら、文庫帯を結んでやる。僕は器用なほうだが、やったことのないことを一発でできるほどには器用ではなく、何度か結び直すことになった。
千歌のやわらかい背中を抱きしめるようにして帯を一周させる。ふたりとも汗だくになりながら、ああでもないこうでもないと試行錯誤し、なんとかちゃんと結ぶことに成功した。
「けーちゃんありが……ふぉぉぉ……!」
「な、なに?」
背中を鏡に映して帯の出来を確認していた千歌は、うんうんとうなずいて満足したあと、僕の姿を目にとめながらお礼を言いかけてなんか挙動不審になった。
「けーちゃ、それ、それぇ……。いいよぉ……とってもセクシーだよぉ。あ、スマホスマホ」
「はぁん?」
千歌は座敷の隅に置いてμ'sの曲をシャッフルで再生していたスマホに飛びついた。すばやくカメラを起動して僕の姿を撮影しはじめる。
「はぁはぁ。浴衣のけーちゃんさいこぉ……。毎日浴衣着てくれたらいいのに」
「それはめんどくさいよ」
あたまのおかしくなった千歌を放っておいて、自身の恰好を確かめる。浴衣がこれでもないくらいはだけて、乳首がチラリズムしていた。
「えっち……えっちすぎるよぅそれ……」
「ちかちーさん、幼馴染に発情するのどうなの……?」
スマホをしまった千歌は、ひょわー、と普通怪獣的な鳴き声をあげて赤くなった自分の顔を両手で覆った。そして指の隙間をわざとらしく空けて、また僕の身体を視姦してくるのだった。
恥ずかしかったけど悪くない気分ではあったから、浴衣を直すのは後にして千歌に視姦されておいた。うむ。
曜とは夕方に内浦港で待ち合わせているみたいだった。浴衣では自転車に乗れないので、歩いて港まで行くことになった。
「なあ千歌、ちゃんと絆創膏持ってきた?」
「え? あ、ごめん、忘れちゃった」
「だろうと思った。鼻緒擦れしたらすぐ言えよ、貼ってあげるから」
「ほわぁ、いっけめーん」
背中をバシバシ叩かれた。
「はいはい」
あたりまえだが、僕は千歌のためにこういう気遣いをしているから、こうやってなんでもないことのように受け止められるとちょっとへこむ。さらにこの絆創膏はこの日はまったく出番がなかった。どうやら千歌の足は、スクールアイドルとしての足になったようで、こんなことくらいで鼻緒擦れを起こしたりはしなかった。
うーん。千歌の下駄をそっと脱がし、生足やその爪先を至近距離で眺め回したかったなぁ……。という本音はおいておき、鼻緒擦れしなかったのはよかった。なってしまうと歩き回るごとに千歌の足を心配してしまうようになる。そんなことに気を取られるより、千歌との夏祭りデートにすべての神経を集中させたほうがいい。
いや、ずっと千歌のことを心配するというのもそれもそれでありだな……。
話が逸れた。とにかく僕と千歌はふたりきりで港に向かった。例年どおりなら盆踊りがあって、まわりに漁協のひとかなんかがやってる屋台が出てるはずだった。千歌は道中、食べたいものを列挙した。
「りんご飴でしょー、たこ焼きでしょー、お好み焼きもだしー、あとみかん味のかき氷!」
僕は買ってあげるわけじゃないからね、と念を押すと「えー、いつもそう言いながら買ってくれるじゃん」と腕を抱いておねだりしてくる。僕たちはどっちも浴衣を着ている。薄い生地どうしだから、お互いの肌の感触がよくわかった。やわらかかった。千歌がこうやって抱きついてくると、千歌のつむじがよく見えた。匂いもよくわかった。こんなにも暑くて汗をかいているはずなのに、千歌からはお風呂上がりのいい匂いがした。きっと僕と夏祭りに行くから、浴衣を着るすぐ前にお風呂に入ったのだろう。……こいつ、女だ。
☀
「私と会う前、こんなにイチャイチャしてたの?」
「うん」
「はぁ……」
曜は驚いたような呆れたような溜息を漏らし、僕をジト目で一時間くらい睨んだ。これもこれでありだった。
続きます。