インフィニット・ストラトス -光の約束-   作:メビネク

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19話

暗い部屋。いや、部屋にしては狭い。

周辺には小さなモニターが映し出されている。

部屋の中央には女性が一人椅子に座りながら投影式キーボードをタイピングしている。

青いエプロンドレスに、ウサギのようなヘッドセット。豊かなプロポーションを持っているが、ほとんど眠らないのか目元の隈が不健康さを物語っている。

 

彼女こそが篠ノ之箒の姉にして、ISの開発者である篠ノ之束だ。

 

束はモニターを見つめている。

そこにはIS学園に乱入してきた黒いISと一夏たちの戦いが映し出されている。

この映像は小型カメラを搭載した飛行ユニットから撮影したものだ。

 

「流石はいっくん。私があげた白式を上手に使ってくれてるね」

 

そう、一夏の駆るIS・白式は彼女が与えたものだ。

元々白式は倉持技研という企業で作られていたものだが、未完成のまま凍結。それを束がもらい受け完成させたのだ。

そして今回IS学園を襲撃した黒いISを作り出し、送り込んだのも彼女だ。

その理由は一夏の力を試すこと。自らが作り与えた白式をどれほど使いこなせているかを見定めることが目的だった。

その為には強力な敵役が必要だった。それもその辺の凡人が乗ったISでは役者不足。ならば簡単。

自分が組んだデータだけで動くISを送ればいい。

あの無茶苦茶な機動も容赦のない攻撃も全ては設定されたデータだけで動く無人機によるものだからだ。

 

結果としては上々だ。

 

ただいくつか不満がある。

できればトドメまで一夏にやってほしかった。

折角お膳立てしたのにどこぞの凡人が決めてしまった。

 

まあ、その辺はいいとしよう。

 

それ以上の不満があるのだから。

 

もう一人の男性操縦者。道野翔介の存在。

途中から乱入してきた男。ただでさえ一夏の周りに邪魔くさい奴らがいるというのに。

妹の箒を庇ったことだけはミリ、いやナノ単位で評価してもいい。

 

想定外もあったが事態はほぼ束の思惑通りにいった。

 

 

途中までは。

 

 

無人機はコアを破壊され完全に停止したはずだった。

コアはISにとっての心臓。そこを破壊されればどんなに強力な機体だとしても動くことはできなくなる。

しかし無人機は立ち上がった。

それも自分が設定していない能力まで発動して。

 

始めは誤作動かと思い停止コードを入力する。だが無人機はそれを受け付けずさらに暴れだした。

どこからかのハッキングかとも思ったが、まず束にハッキング攻撃を仕掛けてくるものなどいるわけがない。自分がそんな下手を打つわけがないという自信がある。

 

そして。

モニターに映ったのは赤と銀のカラーリング、胸に青い宝玉をつけた打鉄。

そこからは一方的な展開だった。

無人機のビーム兵器を跳ね返すバリア、リング状のエネルギー武器、無人機にトドメを刺した光波熱線。

 

姿形は打鉄だ。

だが打鉄にその様な兵器は装備されていない。ISの装備には似たようなものはあるが、威力や効果が全然違う。

 

束はもう一度打鉄と無人機の戦いの映像を見直す。

最初は青く輝いていた胸の宝玉が赤に変わり、点滅を始める。そこからその姿が解除されるまでの時間。およそ三分。

あの胸の宝玉は力を維持できる時間を知らせるタイマーのようなものなのだろうか。

 

 

わからないことが多すぎる。

だからこそ気にくわない。

束はISの開発者である。ISで知らないことなどない。

自分の手を離れて開発されたとしても分からないことなどない。

何故なら自分は天才であるから。

だが、この兵器や姿は一切情報がない。そもそもこの打鉄は学園で用意されている訓練機。こんな機能はついているものではない。

 

ならばこの力はなんなのか。

 

凡人以下のはずだったこの男がどうしていきなりこんな力を発揮したのか。

 

束はモニターに映る凡人に冷たい視線を送る。

 

 

「誰だい、お前?」

 

 

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夢を見ていることがわかる。

何故なら今目の前にいるのが幼い頃の自分だからだ。

しかし、今どこにいるのかだけははっきりとしない。

 

ホールのような広い空間。周辺には机が置いてあり、その上にはパソコンやモニターが置かれている。屋根が展開式になっており、そこからは夜空が見える。そしてその夜空に向かって大きな天体望遠鏡が伸びている。

そこから察するにここは天文台かどこかなのだろう。

 

だが翔介にはとんと検討がつかなかった。

それとも自分が忘れている記憶の中の一部なのか。

 

翔介は思い出があやふやになっている時期がある。

思い出そうとして見てもはっきりとは出てこず、辛うじて彼が幼い頃気に入っていた絵本やアニメのことくらいは思い出せる。

だがどうしてもそれ以外の思い出が思い出せないのだ。

 

目の前にいる幼い翔介はパタパタと机の上の資料や望遠鏡をのぞき込んでいる。

忙しなさは子ども特有だろう。

やがて望遠鏡を覗いていた幼い翔介が「あっ」と声を上げる。

翔介は幼い自分が見ている方向に顔を向ける。

 

すると夜空からまるで流星が落ちてきて、そのまま翔介の方へと向かってくる。

翔介の視界は光で真っ白に染まった。

 

 

ハッと気付くとそこは学園の保健室。

ついこの間もここで目覚めたような気がする。

何か夢を見ていたような気がするが、目覚めると同時に忘れてしまった。

 

「えっと…そうか、篠ノ之さんを庇って…」

 

学園を襲撃してきたISから箒の盾となってそのまま撃墜されたのだった。

見たところ怪我は全然ないようで改めてISの絶対防御の凄さを実感する。

この静けさからも察するにどうやらあの襲撃者は倒されたようだ。

 

そんな風に考えていると保健室の扉が開く。

 

「道野!? 目を覚ましたのか!」

 

噂をすれば影が差す。

入ってきたのは篠ノ之箒だった。

 

「あ、篠ノ之さん。怪我とかなかった?」

 

翔介が真っ先に聞いたのは箒の安否だった。

その様子に箒は一瞬呆気にとられた顔をするがすぐに顔をしかめる。

 

「馬鹿者! それはこちらの台詞だ! 第一なんであんな無茶を…!」

 

すごい剣幕で捲し立てるが、途中で言葉が尻すぼみになる。

 

「いや、違うな…」

 

先程とは一転。

箒は翔介に向けて頭を下げた。

 

「すまない、そして…ありがとう」

 

「え? ど、どうしたの?」

 

「お前のお陰で命を救われた」

 

箒は頭を下げたままそう告げる。

 

「そのせいで逆にお前が危険な目に遭った…頭を下げるのは当然だ」

 

「あ、ああ、そういうことか…。その、気にしないで? 僕もほぼ夢中で飛び出してたし」

 

「それでも、だ」

 

顔を上げて欲しいというとようやく箒が顔を上げる。

 

「道野。私を殴ってくれ」

 

「ええっ!?」

 

いきなりとんでもない要求をしてきた。

 

「私の勝手でお前に迷惑をかけてしまった。だからケジメをつけたい」

 

「ケジメって言っても…」

 

「このままでは私も自分を許せないままなんだ。頼む」

 

ケジメで女の子を殴るのは流石に気が引ける。

そもそも翔介からすればあの時の行動は体が勝手に動いたものであり、箒が気に病む必要はないと考えている。

だが、彼女からすれば自分のせいで翔介を傷つけてしまったと気に病んでいるようだ。

 

本来であれば彼女の希望は断るところだ。

しかしそれでは気が済まないのだろう。何よりここで断っては彼女自身にずっと負い目を負わせることにも繋がりかねないかもしれない。

 

「わかった…じゃあ」

 

翔介が手を上げる。

箒は痛みに備えるように目を閉じる。

そして翔介は手を振り下ろす。

 

ベシッ

 

箒のおでこを軽く叩く。

 

「はい、これで終わり」

 

「なっ、待て! これでは」

 

まだ不満そうな箒。

 

「まあまあ、少し話そうよ。座って」

 

翔介が椅子を勧めると渋々と言った様子で座る。

 

「まずはケジメについてだけど、僕はこれでいいと思ってるよ」

 

「だが…!」

 

「篠ノ之さんが納得できない気持ちはわかるよ? でもね、そもそもどうしてケジメをつけようと思ったの?」

 

「それは…」

 

自分が勝手なことをして翔介を危険な目に合わせてしまったから。

 

「じゃあ、どうして篠ノ之さんはそんなことしたの?」

 

「……居ても立ってもいられなかった。あの黒いISと戦う一夏やお前たちを、苦戦するお前たちを見ていたら…」

 

何もできないのは分かっていた。無防備な姿で前に出ればどんな危険があるか。それでどれだけ迷惑をかけるか。

だけどそれでも声を張り上げずにはいられなかった。

 

「僕もね同じなんだよ」

 

「同じ?」

 

「僕もあの時は無我夢中だった。篠ノ之さんが危ない、なら行かなきゃって」

 

もっと上手なやり方があったかもしれない。

だけどそんなことを考える暇はなかった。考えるより前に体が動いた。

だから庇ったことに箒が気に病むことなど一つもないのだ。

 

「それに篠ノ之さんは勝手なことしたっていうなら僕だって勝手なことしたんだよ?」

 

そもそも翔介は格納庫内で待機するようにと言われていた。

だが一夏たちや他のクラスメイト達が心配で整備中だった打鉄に乗り込んだ。

 

「だから僕はあんまり篠ノ之さんにどうこう言うことはできないんだよね」

 

あははと笑う翔介。

 

「道野、お前は…」

 

「あ、でもちゃんと反省はしないとね。危ないことしたのは本当なんだから」

 

「あ、ああ…」

 

怒っているわけではない。

ゆっくりと穏やかに教え諭すように。

その様子を見ていると一夏と喧嘩をしたときのことを思い出す。

 

あの時もこんな風に諭された。

そしてあの時はこの後。

 

「でもね、その人を応援したくなるっていう気持ちはわかるよ」

 

そう、こうやって肯定もしてくれた。

 

「知ってる? 人の言葉には力があるって」

 

「言霊と言うやつか?」

 

「うん、人を想って話す言葉には力が宿るんだって」

 

だから、と続ける。

 

「これからも誰かを応援するっていう気持ちは忘れないでほしいかな」

 

翔介はどうしてこんなにも穏やかなのだろうか。

箒がしたことは人から見れば危険で考えなしの行動。むしろ疎まれたとしても仕方ないと自分でも思うほどだ。

だが彼は疎ましく思うどころかこちらの心配すらしてくる。

 

「お前は…」

 

「うん?」

 

 

 

「本当に変なやつだな」

 

 

 

箒はここに来て初めて笑った。

 

 

それから数分後。

ふと翔介が問い掛ける。

 

「それにしてもやっぱり織斑君達ってすごいね」

 

「どういうことだ?」

 

 

 

 

「だってあの黒いISを倒したのって織斑君達だよね?」

 

 

 




本日はここまで。

次回からは原作一巻と二巻の間の物語。

戦いを終えた翔介の次の試練は。


お師匠さまとのデート?

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