「さて…どこから話したものかしら」
ベンチに座り楯無が呟く。
翔介は彼女が語りだすのを待つ。
「まずは私たちの実家についてね」
更識家。
裏工作を行う暗部に対抗する対暗部用暗部。
まさに裏世界の要とも言える存在だ。
楯無とはその家系の初代当主の名前であり、更識家の当主は代々その名を継いでいるのだという。
「ということはお師匠さまの本名は別にあるってことですか?」
「ええ、流石にそっちは教えられないけどね」
本名を教えるということはそれだけ特別な意味を持つのかもしれない。
「私は幼い頃から当主になるべく色々と教え込まれてきたわ」
裏世界の住人として必要とされる全ての技術を習得した。
そして当初の予定通りに楯無は当主へと昇り詰める。
それだけであればまだ良かったのかもしれない。
優秀な姉の影に一人の妹がいた。
優秀な姉と常に比較され続け、次第に塞ぎ込んでいった。
元より内気で臆病な性格もあり、更に人を遠ざけるようになってしまった。
更に他者に甘えづらいという本人の考え方のためか自分自身を追い込むことに。
それでもまだ姉妹は仲良くできていた。
あの日までは。
「あの日って…何があったんですか?」
翔介が尋ねるも楯無は黙っている。
話すべきかどうかと戸惑っているようだ。
やがて重々しく口を開いた。
「更識家は裏の世界の住人。国益のためなら持てる実力全てを行使する責任がある。技、コネクション、策略…そして家族」
「それって…」
「簪ちゃんはとても優秀な子。例え当主でなくても更識の家にいる限り、裏の世界の仕事をすることになる。命の危険すらあり得る仕事を」
妹を心の底から愛する楯無にとってそれは許せるものではなかった。
例え更識家の宿命だとしても愛する妹を巻き込みたくはなかった。
「『簪ちゃん、無能でいなさい。簪ちゃんは何もしなくていいの』」
愛する妹をただ守りたい。
どうすれば更識家の宿命から逃れられるか。
使い物にならないと判断されること。そうすれば更識の宿命から逃れることができる。
幼い楯無が愛する妹に告げた最善、そして最悪の言葉。
翔介は言葉を失う。
「最低でしょ、私」
楯無が自嘲気味に笑う。
妹のためにと投げかけた言葉が、愛する妹を最も傷つけてしまったのだ。
それが更識姉妹との埋められない溝の正体。
「でも、それは更識さんを…」
「ええ、でも簪ちゃんにしてみれば今までの努力全てを否定する残酷な言葉」
「お師匠さま…」
「さあ、話はここまで。そんなに面白い話でもないしね」
楯無はそう言うとベンチから立ち上がる。
「そろそろ帰りましょうか。寮の門限もあるでしょ?」
そう言って歩き出す楯無。
「お師匠さま」
「何?」
「お師匠さまは更識さんと仲直りしたいですか?」
翔介が問い掛ける。
楯無はじっと彼を見つめ、フッと笑う。
「できるものなら」
そう言って笑う楯無の顔には影が差している。
そうなればいいと願う希望とどうあっても無理という諦念が入り混じった顔。
また翔介の胸の中にモヤモヤとした気持ちが渦巻き始めていた。
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学園に戻ってきた二人。
しかし、二人の間には沈黙が流れている。
「…さあ、今日はお疲れ様。明日からも訓練はしていくから、いつも通りの時間にね」
「はい…」
暗い表情を見せる翔介。
「翔介君、これは私たちの問題なのだからあまり気しなくていいのよ」
楯無は告げる。
道野翔介と言う少年はどうにも他者の悩みを自分の者のように深く考え込んでしまう癖があるようだ。
それは他人の痛みがわかるという彼の良いところであると同時に欠点でもあるのだろう。
「でも…」
「ほら、寮に戻りなさい」
楯無の言葉が翔介を遮る。
これ以上は話すことはないというように促される。
翔介自身も何も言うことができずそれに大人しく従うより他なかった。
楯無はトボトボと戻っていく翔介の後ろ姿を見送る。
『お師匠さまは更識さんと仲直りしたいですか?』
彼の言葉を反芻する。
楯無は『できるものなら』と答えた。
そう、できるものなら。
あの失言から何度も簪と和解できないかと必死に方法を模索した。
だがそうしようとすれば更識当主としての立場がそれを邪魔をする。
当主の責任と姉の想い。
それがお互いを阻む。
「どれだけ想っても、届かない想いもあるのよ」
ギュッと愛用の扇子を握り締めた。
そんな二人を遠くから見つめている影が一つ。
「あれって…お姉ちゃんと…」
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楯無とのデートから一日が経った。
黒いISの襲撃事件があったものの授業は変わらず行われた。
今は昼休み。一夏から一緒に昼食を食べようと誘われ了承。すると当然ながら箒とセシリアも合流し、どこで嗅ぎつけたか鈴も混ざり五人で食べることになった。
「おお、鈴の酢豚相変わらず美味そうだな」
「そうでしょ、特別に分けてやってもいいわよ」
「お、いいのか?」
それならと一夏が鈴の弁当に箸を伸ばし、酢豚を一口頬張る。
「うん、やっぱ美味いな、流石鈴」
「そ、そう?」
一夏に褒められ頬を赤く染める鈴。
そしてそれを面白くなさそうに見ている箒とセシリア。
普段ならハラハラ物の光景だが、今の翔介はどこか心ここにあらずといった様子だ。
「道野、どうしたんだ? 箸が進んでいないぞ?」
そんな翔介に気付いた箒が声をかけてくる。
「腹の具合でも悪いのか?」
「いや、そうじゃないんだけど…」
「何か悩み事ですの?」
「何よ、そんな辛気臭い顔してないで相談しなさいよ」
四人が心配そうに翔介を見る。
一夏やセシリアが優しげに語り、鈴もぶっきらぼうながらも語り掛けてくれる。
彼らの気遣いがうれしい反面、悩みを相談してもいいのだろうかと考えてしまう自分もいた。
「でもみんなに迷惑かけるのも…」
「何言ってるんだよ」
「え?」
「俺たちもう友達だろ? 友達なら迷惑なんて気にしないで相談してくれよ」
一夏の言葉に他の三人も頷く。
その言葉を聞いて翔介は初めて友達というものを理解した気がした。
初めてできた同年代の友達。それは彼にとっては未知の経験そのもの。
だからどう接していいのかも手探り状態だった。
「お前にはいつも世話になっているんだ」
「たまにはわたくしたちを頼ってくださいまし」
「あんたは遠慮しすぎなのよ」
でも四人の言葉で自分はどこかで彼らと一線を引いていたのかもしれないと思い知った。
「…ありがとう、皆」
昨日から初めて少し心が軽くなった。
鈴の言う通り翔介は遠慮しすぎていたのかもしれない。
「えっとね…」
翔介は四人に昨日の話を始める。勿論、更識姉妹の名前は出さず所々ぼかしながらだが。
「またあんたは他人の問題に首突っ込んでるわけ?」
「まあ、翔介さんらしいじゃないですか」
「喧嘩をしている姉妹の仲直りか…」
「織斑君と篠ノ之さんはそれぞれお姉さんいるよね? やっぱり喧嘩とかする?」
翔介がそう尋ねると一夏と箒はそれぞれの姉のことを思い返す。
「そうだな、俺は喧嘩といっても大体俺が悪かったしなぁ…。千冬姉の言うことはいちいち最もだったし…」
そういう一夏に対して、箒は何を思い返したのかフルフルと首を振りながら。
「すまない、私の場合は参考にならん」
そう言って苦々しげに話す。
篠ノ之束。いったいどんな人物なのだろうか。
「わたくしにも姉のように思っている人がいますわ。いつも傍にいてくれて頼りになりますの」
「あたしは一人っ子だけど姉妹云々っていうのは少しは分かるわよ」
それを聞いて話を続ける翔介。
「妹さんの方はまだわからないけれど、少なくともお姉さんの方は仲直りしたいってそう思ってるんだ。でもそのお姉さんはどこか諦めてるみたいで…」
「素直に謝るだけじゃダメなのか?」
「謝るだけでは収まりが付かなくなっているというのが現状なのでしょう」
五人で頭を悩ませる。
すると箒が口を開く。
「やはり姉の想いはともかくとして妹がどう考えているかを知るべきではないか?」
「妹さんの方の?」
「ああ、姉がどれだけ想っていても妹の本心がわからなければ真に仲を修復することはできないだろう」
そういう箒の言葉には別の重みが感じられる。
どこか自分に言い聞かせるようにも聞こえる。
「そうだな、両方がそう思わなきゃ納得する答えなんて出ないか」
「一度妹さんの方にも話を聞いてみてはいかがでしょう?」
「うん…」
翔介が聞いたのはあくまで楯無の言い分だけ。簪がどう思っているかはまた別の話だ。
「ねえ、そもそもの話なんだけど」
今度は鈴が口を開く。
「どうしてあんたはその姉妹を仲直りさせたいの?」
「え?」
「だって、あんたが別に困ることはないでしょ?」
鈴の言葉が翔介の胸に深く突き刺さる。
「鈴さん」
セシリアが諫めるも鈴は気にした様子もなく続ける。
「確かにあんたにとっては知り合いかもだけどそれだけ。その姉妹が仲直りするしないは関係ないじゃない」
「それは…」
言葉が出なかった。
彼女の言う通りどうして自分は更識姉妹を仲直りさせたいと思ったのだろうか。
楯無に世話になっているから?
簪とはルームメイトだから?
「道野、お前がその理由を答えられないのならいくら考えても答えは出ないんじゃないか?」
「…僕は…」
答えが出ない。
ただ翔介の胸の中にモヤモヤだけが残っていた。
本日はここまで。
更に悩みが深まる翔介。
果たして彼は答えを見つけ出せるのか。
そして更識姉妹の行く末は?