放課後。
翔介はいつもの訓練アリーナではなく生徒会室へと向かっていた。
理由は一つ。
生徒会室の扉を開く。
「あら、来たのね」
「お呼び立てしてすいません、お師匠さま」
生徒会室の中では楯無が待っていた。
翔介は意を決して扉を閉める。
「どうしたの、わざわざこんなところに呼び出して。アリーナじゃダメだったのかしら?」
「はい、他の人には聞かれないほうがいいと思って」
「あらあら、人気のないところに呼び出して秘密のお話なんてお姉さん何を聞かされるのかしら?」
意地悪そうな笑みを浮かべる。
いつもの楯無だ。
「妹さんの話です」
しかし翔介がそう続けると楯無の表情は一変する。
「翔介君、その話はもういいのよ」
「良くありません」
しかし翔介は頑として譲らない。
そんな彼にため息を吐きながら生徒会長の椅子に座る。
「…それで何なのかしら、簪ちゃんの話って」
「お師匠さま、やっぱり更識さんともう一度話した方がいいと思います」
「それは無理よ」
それは何度も試した。何度も声をかけようとした。
だが無理だった。どんな言葉を伝えればいいのか、どんな顔をすればいいのか。
「でも昨日は前のように戻りたいって言ったじゃないですか」
「できるものなら、とも言ったわ」
やはりあの言葉には諦めの意味もあったようだ。
楯無はもう話は終わりと言いたげにくるりと背を向ける。
例え強引だとしてもこのまま話を終わらせてはいけない。
「できるものならって言ってもお師匠さまは逃げてるだけじゃないですか」
「……何ですって?」
ゾワッと翔介の背中に悪寒が走る。
今まで一度も感じたことのない感覚。これが殺気というものなのだろうか。
正直怖くてたまらない。
すぐにでも謝ってしまいたい。
だけどここで引き下がれない。
「だってお師匠さま。何をするにしても全部言い訳してるじゃないですか」
何をやってももはや関係修復は不可能。
その思いが心のどこかで諦めへと変わってしまっている。
「あなたに何がわかるというのかしら…」
楯無が椅子から立ち上がり、近づいてくる。
背中越しより真正面からの方が殺気をより一層強く感じる。
手と足ががくがくと震えてくる。心臓も早鐘のように鳴り響いている。
楯無がびしっと扇子を翔介の鼻先に向ける。
「私はね、簪ちゃんの姉である前に更識家の当主なの」
だから個人の意思は封印しなくてはいけない。
更識家はそれだけ重要な立場にある。
「でも、だからこそ更識さんを遠ざけたんですよね」
更識家の宿命から妹を守るために。
そのために妹を傷つけてしまった。
それが全ての元凶。
「守りたいから。心にもないこと言っちゃったんですよね」
「………」
翔介の言葉に楯無は扇子を突きつけたまま黙っている。
『簪ちゃんは無能のままでいなさい』
この時の彼女の心境を完全に推し量ることはできない。
でもきっと更識家当主の責任と更識簪の姉としての想いの板挟みにあっていたのだろう。
「お師匠さま、更識家の当主ってそんなに大事ですか?」
「大事に決まっているでしょ。昨日も言ったはずよ。更識家はこの国の裏の要。そんな私たちが責任を放棄したらどうなると思う?」
翔介は少し前までは知らなかった裏の世界の存在。
古い時代から国の水面下で行われてきた裏の戦い。それを一手に担ってきた更識家。
その更識家が責任を放棄すれば見えないところからこの国は危機に見舞われるだろう。
「でもそれと家族のことは別のはずです」
「別?」
「どんなに責任ある役目だとしても、家族を大事にしちゃいけないなんてことないはずです」
家族。
翔介にとって家族とは何よりも大切なもの。
どんなに苦しくて、悲しいことがあっても最後まで一緒にいる存在。
けして途切れない絆。それが家族。
「妹が大切でいいじゃないですか! 妹に危険な事させたくないで良いじゃないですか!」
更識家の宿命の大きさや重さからすれば褒められたものではないのだろう。
「な、何も知らないで!」
「何もわかりません! 更識家の宿命とか裏世界の役目とか僕には想像もつきません!」
表も裏もない小さな田舎に暮らしていた翔介には裏世界なんて物語でしかない。
「でもお師匠さまが更識さんを大切にしてることは分かります!」
いつか見せたあの過剰とも言えるくらいの愛情。それが嘘でも何でもないことは翔介でもわかった。
「ならもっと堂々と言えばいいんですよ! 『私は妹が大切だ!』って大声で!」
「言える訳ないでしょ! 私には当主としての責任が…!」
「ここにはありません!」
翔介はバッと腕を広げる。
「ここはIS学園です! お師匠さまは更識家当主である前にこの学園の生徒会長で一生徒です! だからここでくらい言っても良い筈です!」
無茶苦茶な理論を捲し立てる翔介。
少しでも隙を見せれば楯無にあっという間に論破されるのは目に見えている。
だから彼女が口をはさめないくらいにしゃべり続ける必要があった。
「翔介君、あなた…」
普段は穏やかな翔介の剣幕に楯無が押され始める。
勝負をかけるならここしかない。
「それともお師匠さま。本当は更識さんの事なんてどうでもいいんですか。あの時の言葉は嘘だったんですね」
「は?」
困惑していた楯無の表情が憤怒へと変わっていく。
そしてがっしりと胸ぐらをつかまれる。
「何が嘘だって?」
「違うって言うんですか? 嘘だから仲直りできないんじゃないですか?」
尚も楯無に立ち向かう翔介。
正直、先程とは別の殺気が溢れ始めて体の震えが限界に近い。それどころか彼女からどす黒いオーラが見えるのは気のせいだろうか。
「当主だからとか、責任があるとか! そんなことは家族を大切にしない理由にはなりません!」
体の震えを必死に押さえて翔介は最後の勝負に出る。
「大切なら大声で言えばいいじゃないですか!」
「大切に決まってるでしょ! あの子は私の自慢の妹なんだから!」
勝った。
「それで良いと思います」
「…え?」
胸ぐらをつかむ楯無の手をほどき、翔介がほほ笑む。
そして携帯を取り出し、一言二言会話をする。
「何をしてるの?」
楯無が尋ねると、すぐに生徒会の扉がノックされる。
「お師匠さまにお客様です」
翔介が扉を開けるとそこには一夏たち四人ともう一人が立っていた。
「か、簪ちゃん…?」
「お姉ちゃん…」
何が起きたのかわからないと混乱する楯無。
後は翔介の出番はないだろう。
「お師匠さま。今度はちゃんと真正面から言ってあげてください」
そう言って翔介は生徒会を退室する。
その途中で簪が声をかけてくる。
「あ、あの……」
「更識さんの想い、ちゃんと言ってあげるといいよ。大丈夫、きっとちゃんと聞いてくれるよ」
翔介はそう告げると更識姉妹だけを残して、他の四人を伴って生徒会室を後にした。
この後、更識姉妹がどんな会話をしたのか。
それは翔介にもわからないけれど、きっといい方向に行く。
そう信じることにした。
本日はここまで。
翔介の作戦。
楯無を煽り、感情を爆発させること。
次回からは原作二巻へと入っていきます。