「ある武将は言ったわ。『一芸に熟達せよ。多芸を欲張るものは巧ならず』と」
そういう楯無の扇子には『BY 長曾我部元親』と書かれている。
「はい」
「マルチな才能を持つこともいいけれど、一つの物事に秀でることが大切だという事よ」
「そうですね」
「私もこの言葉に賛成よ。人には得意不得意があるわ。不得意を克服しようとすることはいいことだけれどそれで得意なことを伸ばすことを忘れてしまっては意味がないわ」
「……」
「人の上に立つものとしてその人の得意を見抜き、それに合った仕事を与えることこそ上司としてのあるべき姿だと思うわ」
「お師匠さま」
「何かしら?」
「それとこれ、何の関係があるんですか?」
翔介は目の前の仕切りを介して問い掛ける。
今二人は本棚を二つくっつけたような木組みの箱の中に入っていった。
それぞれに扉が付いており、中には一人分の椅子がちょこんと置かれている。そして両者の間には薄い仕切りが設けられている。
俗にいう懺悔室と言うやつだ。
「だから言ってるじゃない。あなたに合った仕事を見つけたのよ」
「この箱の中に入ってることがですか?」
「これは相談者のプライバシーを守るための物よ。それにこうやって互いの顔が見えないほうが話しやすいこともあるでしょ?」
さも当然のように言う楯無。
だが聞き捨てならない言葉を聞いた気がする。
「ちょっと待ってください。相談者ってどういうことですか?」
翔介が慌てて椅子から立ち上がる。だが天井が低く、頭をゴンとぶつける。
痛がる翔介を仕切り越しに見ながら楯無がにやにやと笑う。
この笑顔を浮かべるときは大体悪だくみを考えた時の顔だ。
「翔介君には生徒皆のお悩み相談室をしてもらうことになったわ」
「ええええええええええええええっ!?」
何故そんなことになったのだろうか。
「相談室ってどうして僕が!?」
「だから言ったでしょ? その人に相応しい仕事を与えるって」
今度の扇子には『適材適所』と書かれている。
「相応しいって僕がですか…?」
「ええ、十分適性があると思うわ」
「適正って言われても…」
不安げな表情の翔介。
それも当然だろう。今までの生徒会の仕事と言っても簡単なものが多かったがここに来て悩み相談というなかなかに責任感の伴う役目を任されると思わなかった。
「何も悩みを解決しろって言ってる訳じゃないわ。ただ話を聞いてあげるだけでも人の心が軽くなることもあるわ」
それに、と続ける。
「翔介君は色んな人の相談に乗ることが好きみたいだしね」
そう言ってまた意地悪な笑みを浮かべる。
その笑みでいったい何のことを言っているのかすぐにわかった。
更識姉妹の仲直り作戦から数週間の時が過ぎていた。
季節は麗らかな春から初夏へと移り変わり始めていた。制服も夏服へと変わった。
その数週間で更識姉妹と翔介たちは交流を深めていたのだが、いつの間に聞き出したのか箒、セシリア、鈴の三人の恋愛相談を受けている事がバレてしまったのだ。
「うぅ…よりによってお師匠さまにバレるなんて…」
「あら、随分なこと言うわね。それに適性があるっていうのは本当の事よ」
「そうですか…?」
「ええ、あなたは他人の悩みを自分の事のように感じることができる。きっと相手の相談を真摯に受け止めることができると思ったのよ」
まあ、その感受性の強さが仇になることもあるだろうが。
だが元より他者に対して真摯に向き合おうとする姿勢。相手を否定ばかりしない心遣いなどその適正はばっちりだろう。
だが一つ懸念がある。
「これ、プライバシーも何も相談相手が僕だってすぐばれるんじゃ」
そもそもこの学園に男子生徒は二人。声ですぐにわかってしまうだろう。
それではプライバシーも何もあったものではない。
しかし、楯無はそんなこともお見通しと言わんばかりに。
「その辺は抜かりないわ」
マイクを渡される。
喋ってみろと促され、適当に声を出すとスピーカーから女性の声として流れてくる。
「これであなたが誰だか特定されないわ」
グッと親指を立てる。
本当にこれで良いのだろうか。
「さあ、もう懸念事項はないわね。相談者は予約制で月、水、金の放課後にお願いするわ」
もはやNOとは言えない雰囲気。
いつもの事ではあるが、この生徒会長は強引すぎる。
だがそれでも他の生徒の力になるという事は元々生徒会としての役目でもあるだろう。
少し強引だけれど自分だけの役目ができたことは素直に嬉しかった。
楯無はチラリと時計を見る。
「それじゃあ、そろそろ始業の時間ね。遅刻する前に教室に行きなさい」
「わかりました」
「今日も放課後に訓練するからそっちにも遅刻しないようにね」
楯無の言葉に頷きながら教室へと向かった。
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「皆さん、今日からこのクラスに転校生が来ます」
朝のHR開始早々に真耶が告げる。
ざわざわと教室中が騒がしくなる。
一様にどんな子が入ってくるのだろうかなど転校生の話題ばかりだ。
「静かにしろ」
千冬の一言でざわめく教室が一気に静まり返る。
やはりこの教室のパワーバランスははっきりしている。
静まったのを確認すると千冬が廊下に向かって「入れ」と声をかける。
千冬の声掛けで廊下から二人の生徒が入ってきた。
一人は銀髪に左目に眼帯をした小さな女生徒。制服をズボンに改造され、どこか軍服のように見える。
厳しい眼差しをしているが目を引く美少女だ。
だが、教室の生徒全員の視線はもう一人の転校生に注がれていた。
輝くような金髪に紫の瞳。中性的な容姿は少年のようにも少女のようにも見える。
だが、身にまとう制服は一夏や翔介と同じ男子生徒の物を着ていた。
「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。このクラスにはボクと同じ男性がいると聞いて日本に来ました」
静寂が教室を包む。
次の瞬間。
『きゃあああああああああああ!!』
絶叫が木霊する。
何時ぞやもこんなことがあった気がする。
「男の子! ブロンドヘア!」
「しかも守ってあげたくなる系!」
「私…もう死んでもいいわ…」
「静かにしろ、貴様ら」
これまた何時ぞやと同じく千冬が切り捨てる。
「まったく、いつもいつも騒がなければ気が済まんのか…」
「あはは…」
シャルルも苦笑い気味だ。
まあ、一夏も翔介もこのクラスのノリにはだいぶ慣れて来ていた。
「ボーデヴィッヒ。お前も自己紹介しろ」
「はい、教官」
さっきま仏頂面で立っていたボーデヴィッヒと呼ばれた少女。
千冬に促されるとまた直立不動で前を向く。
「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
そう告げると口をつぐむ。
「あ、あの…それだけですか?」
真耶が恐る恐ると問いかける。
しかし、ラウラはやはり顔をしかめたまま告げる。
「以上だ」
これもどこかで見たことのある光景だ。
今日はデジャブの多い日だ。
だがラウラは顔をしかめたまま教室をぐるりと見渡し、やがて一夏と翔介をそれぞれ見やる。
そして何を思ったのかスタスタと歩を進める。
歩を進めて向かった先は翔介の席の前。
「お前が織斑一夏か」
問い掛けではなく断定の言葉。
「え? 僕は…」
「貴様のせいで!」
バチン!
気付いた時には頬に衝撃が走っていた。
だんだんと頬が熱と痛みを帯びてくる。
今更ながらわかった。
翔介は叩かれたのだ。
転校生のラウラに。
「私はお前を認めない!」
そう怒鳴るラウラ。
完全に人違いなのだが訂正する間もなかった。
「お前! 翔介に何しやがる!?」
一夏がガタリと立ち上がる。
自分に間違われて友人が傷つけられたことに我慢がならなかったようだ。
「何…? 貴様は…」
翔介は一夏の剣幕と困惑するラウラを横目に次の波乱の予感を感じていた。
本日はここまで。
シャルルとラウラ転入。
一夏と間違えられて叩かれた翔介。
次はどんなトラブルが待ち受けているのか。