授業時間を押しての新武装講習会も無事に終えた翔介。
今日の放課後から早速『星の翼』の実用訓練となるようだ。
楯無や科特研の二人の話からも使いこなすことはとても難しいことが予想されるがそれでもきっと使いこなせるようになってみせる。
それがきっと自分の夢の最初の一歩になる、そう信じて。
「ただい…」
教室の扉を開いて真っ先に目に飛び込んできたのは机に倒れ伏す一夏。
「また何かあったの?」
もはやこの光景にもすっかり慣れてしまった翔介。
ちらりと視線を他にやるとツーンとそっぽを向く箒とセシリア。
これは間違いなく何かあったのだろう。
おそらく一夏に問い質しても原因はわからないと踏んだのか、翔介は二人に問い掛ける。
「別に何でもありませんわ。ただ一夏さんが時と場所を弁えない方なだけですわ」
「ああ、そこの不埒者のことなど知らん」
これはなかなかお怒りのようだ。
するとシャルルがこっそり耳打ちしてくる。
「実はね…」
彼の話によれば先程のIS実技の授業だったのだが、ISを暴走させて突っ込んできた真耶を一夏が受け止めたまでは良かったものの彼女を押し倒したような態勢になったうえにその胸に手を当ててしまったことが大きな原因らしい。
さらに二組との合同授業だったようで怒っているのは鈴も同じのようだ。
ただ鈴からはまた別の怒りも向けられたようだが。
いつもの事ではあるがどうにも一夏は意図せずそういう状況を生み出す。いわゆるラッキースケベ体質の持ち主のようだ。
「そっか、ありがとう。三人のことは僕に任せて」
「大丈夫? 三人とも結構怒ってるみたいだけど?」
「本人が申し開きするより他の人から宥めるほうが効果的な時もあるからね」
特にこの三人は想い人が一夏であるからこそ怒っているという部分もある。
彼女たちの恋を応援するといった手前、尚更これは翔介の役目だろう。
取りあえず違うクラスの鈴は後に回すとして、今は目の前の二人を宥めるのが先だろう。
「二人とも、そんなに怒らないで。織斑君だって山田先生を助けようとした結果なわけなんだし」
「それでも女性の胸に触れるなど許されるものではありませんわ!」
「でも本人もわざとな訳じゃないんだからさ」
「それは分かっているが…」
やはり彼女たちの怒りは一夏が真耶の胸に触れたことの方が大きいようだ。
自分以外の誰かを助けたことに対する嫉妬などによるものないのならば宥めるのも難しくはないだろう。
「そうでしょ? 織斑君がそんなこと狙ってやるような性格じゃないし、良いことをした上の事故ならある程度はおおらかに受け止める方が良いんじゃないかな?」
翔介がそう言うと二人は顔を見合わせ、しばらく視線を泳がせる。
これは効果ありの予感。
「勿論何でもかんでも許してあげようとは言わないよ? 時にはどうしても我慢できないことだってあるはずだから」
「う、うむ」
「そうですわね…」
どうやらわかってくれたようだ。話が分からないタイプでもないのだから当然だろう。
そもそも一夏絡みでなければそんなに怒ることもないのだろう。
そう、一夏絡みだからこそ怒りの沸点がすぐに頂点に達してしまうのだろう。
「もしどうしても怒りそうになったら頭の中で六つまで数を数えてみるといいよ」
怒りとはその出来事に囚われて起こってしまうものだと考えられている。
だから敢えて怒りのスイッチが入りそうになったところで思考を停止することで一旦頭の中をリセットすることが効果的らしい。
「数じゃなくて、ゆっくり二回深呼吸でもいいみたいだよ」
それでもダメな時は怒る自分を想像してみるといいらしい。
自分を客観視することで怒りを収めるという方法もあるようだ。
第三者視点というものはなかなかどうして馬鹿にできないものだ。
「怒ってばっかりいるより笑顔で暮らせる方が良いでしょ?」
「ああ、すまないな、道野」
「お陰で頭が冷えましたわ」
これでこの二人は大丈夫だろう。この様子なら鈴を宥めるのも難しくはなさそうだ。
そんな二人を見ていたシャルルが感心したように翔介に声をかける。
「す、すごいね、道野君。あんなに怒ってた二人を落ち着かせるなんて」
「うぅん、二人ともちゃんと話せばわかってくれる人だからね」
ただ一夏の女性運が悪い方向、ラッキースケベ方面に向いてしまうのが悪いのだ。
こればかりは一夏本人でもどうしようもないのだろう。
「それにしたって怖くないの? あの剣幕」
「怖いは怖いけど…言葉を交わせば伝わるのに怖がってそれをしないほうが後悔するでしょ?」
「……それでも駄目なこともあるじゃない?」
なんだかシャルルの表情が曇る。
「うん、あると思う。どうしてもすれ違っちゃうこともあるよ」
それはつい最近のある姉妹を見ていてそう感じた。
お互いがお互いを思っているのにお互いが想い合うが故に起きてしまうすれ違いも確かに存在する。
「でもその時は反省してもう一度挑戦すればいいんだよ」
「反省して?」
「うん、ある人が言ってたんだけどね
『後悔は過去を変えたがる力、反省は未来を変えたがる力』なんだって」
どれだけ気を付けていてもきっと後悔してしまうことはある。
生まれてまだ十年とちょっとくらいの子供である今でも後悔することが多いのだ、これからの長い人生もきっと後悔をすることも多くなってくるはずだ。
「それでも過去は変えようがない。ならまっすぐ前を向いて今日の失敗を次に活かしましょう!ってことらしいよ」
「…反省は未来を変えたがる力、か…」
翔介の言葉をシャルルが小さな声で反芻する。
やがてフッと笑みを浮かべて。
「道野君は凄いね、同い年には見えないよ」
「そ、そんなことないよ。僕もただ受け売りだし」
「それでもだよ、その人の言葉を実践しようとすることは凄いことだよ」
手放しに褒められて思わず照れる。
どうにも家族以外に褒められることに慣れない翔介だった。
「やっぱり道野君にも後悔することってあるの?」
「それはあるよ。やっぱり朝ご飯はBセットにすれば良かった!とか」
今朝の朝食は散々迷ったうえで目玉焼きのセットにしたが、やはり鮭の切り身も心惹かれるものがあった。なにより目玉焼きの黄身の部分はがっつりと火が通されており固まっていた。目玉焼きの黄身は半熟派な翔介にとってはけして無視できなものであった。
しかし、そう話すとシャルルはお腹を抱えて笑い出す。
「あっはっはっは! そっか、道野君にとってはそれも立派な後悔なんだね!」
後悔の大きさは人それぞれだ。
人によってはどうでもいいことでも、その人にとっては一大事レベルで重大なこともある。
しかし、こうも笑われるとどうにも居心地が悪い。
シャルルの笑い声に周りのクラスメイトからもチラチラと注目が集まっている。
「え、何? デュノア君と道野君のカプ誕生?」
「美形攻めと平凡受け?」
「いや、実はデュノア君ああ見えて鬼畜攻めの可能性も」
「ちょっと! これは織斑君との三角関係勃発!?」
やはり注目を浴びてしまったせいか、休み時間で賑やかな教室がさらににざわざわと賑やかになる。
ついでに翔介の背中もざわざわした。
「酷いよ、デュノア君…」
「ごめんね」
謝りつつもまだ笑いを抑えきれないシャルル。
その様子を見ていると少しくらいやり返したくもなってくる。
「そういうデュノア君には後悔とかないの?」
翔介がそう尋ねると今まで笑っていたシャルルがピタリと止まる。
「うーん…後悔とかとは違うんだけどね…」
そういうシャルルの顔に影が差す。
この表情は知っている。
心の中に何か大きなものを抱え込んでいる表情だ。
「デュノア君…」
翔介がそれを尋ねようとした瞬間、次の授業のチャイムが鳴る。
「時間だね、次の授業が始まるから席に着こうか」
そう言って自分の席へと向かうシャルル。
結局聞けずじまいだったが、彼もまた何か悩みがあるように翔介には見えた。
その正体は分からないがさっきまで声をあげて笑っていた彼の表情を一変させるほどの物なのは間違いなさそうであった。
ただそれがどんな悩みなのかは彼にも知る由はなかった。
釈然としない気分のまま着席する翔介。
そして、その背中を見つめる赤い瞳があった。
本日はここまで。
またもや波乱の予感が迫る。
翔介や一夏に降りかかる難題とはいかに!
一話一話のボリュームをもっと大きくできればいいなぁ