「父に電話…?」
翔介の提案に言葉を失うシャルロット。
いきなり大本であるデュノア社社長に直談判しようというのだ、この反応も当然だろう。
「いきなりそんなことはできないよ…」
「でもいつかはやらないといけないんだ」
翔介の言葉にシャルロットは黙り込む。
三年の間で方法を探すにしてもいずれはぶつかる壁であった。
そのことは彼女も理解しているのだろう。
「それに少し気になることもあって…」
「気になることってなんだ?」
翔介の疑問に一夏が問い掛ける。
「えっと、少し気分を悪くするかもしれないけどごめんね」
と予め謝罪する。
「ねえ、デュノアさんのお父さんってどんな人? 例えば怒ると怖いとか」
「どんな人か…慎重というかリスクを避けるタイプって感じかな…」
やはり大企業の社長ともなれば慎重なくらいが丁度いいのだろう。
しかし、それを聞いたからこそ尚更翔介の疑問が一層大きくなる。
「えっと、デュノアさんは愛人の娘さん…なんだよね?」
「う、うん…」
「それならなんでデュノアさんのお父さんはデュノアさんを引き取ったのかな?」
国によって文化の差はあれど不貞行為は歓迎されるものではない。
一班家庭においては勿論の事。それは地位の高い人物ほどその影響は大きいものだ。
流行り廃りに疎い翔介ではあるが、ニュースなどでそういった出来事はよく耳にした。
名のある人物の不貞行為ほど大きく取り扱われている。
それも含めてデュノア社社長がシャルロットを自らの娘として引き取ったことに疑問を感じたのだ。
「デュノア社みたいな大きな会社の社長さんが不貞行為の上、隠し子がいたなんてなれば大ニュースだよね? それはリスクを避けるっていうのならずっと黙ったままでいるのがいいと思うんだ」
大企業の社長ともなればそのようなスキャンダルはご法度だろう。
ならば最善手としてはその事実に黙って口を閉ざしておくことのはず。
だが彼はそうすることはせず、母を失ったシャルロットを引き取り、デュノアの姓を名乗らせ、代表候補生として学園に送り出した。
勿論、自らの会社の危機を娘を利用して乗り切ろうとしているという事でもあるのだろう。
だが、そこまでの行動に翔介はどこか別の意図も感じていたのだ。
「じゃあ、一体何のためなんだ?」
「それは僕も流石に…だからこそそれを聞くためにも直接話をしてみるといいんじゃないかと思ったんだ」
どうだろう、と翔介が目で問い掛ける。
先程までそれは、と渋っていた二人だが彼の言葉で自分たちもシャルロットの父の真相を気になってきたようだ。
「勿論、これはデュノアさんにとって重要なことだし簡単にそうしろなんては言えないから。デュノアさん次第だけど…」
提案しておいてなんだがこれは危ない橋だ。
ひとたび失敗すれば彼女の立場は一気に危うくなるだろう。強制はできない。
人一人の人生が掛かっている決断を押し付けるわけにはいかない。
シャルロットはじっと翔介の提案を思案する。
やがて…。
「僕、父に電話してみるよ」
シャルロットは彼の提案を受けることにした。
「本当に大丈夫なのか?」
一夏が心配そうに声をかける。
それに対してシャルロットは首を横に振る。
「大丈夫…ではないかな。正直、すごく怖いよ…」
シャルロットはでも、と続ける。
「道野君が言った通り、いつかはやらなきゃいけないから」
そういって携帯を取り出す。
決意を見せたシャルロットだが携帯を操作する指を小さく震えている。
彼女にとってそれだけデュノア社社長とは恐ろしい存在なのだろう。
ようやくかけたシャルロットの携帯。
しばらくの間、呼び出し音が鳴り響く。
『……私だ』
長い待機音の後にようやく返事が返ってくる。
電話が通じると同時にシャルロットはスピーカーに変更する。
「突然、電話してすみません」
『定時連絡にはまだ早いぞ。不要な連絡は控えろ』
有無を言わさぬ一言。
その物言いに一夏が眉を顰める。
それを見た翔介が彼を諫める。今感情的になって口を挟むのはマズい。
『それで何の用事だ。私は忙しいのだが』
「すみません、その…少し話したいことが…」
『……手短に話せ』
不機嫌そうな声にシャルロットが口を開く。
「あの…僕はいつまで男の子の格好を…?」
『その話か。そんなものを聞いてどうする』
娘の問いに冷たく返す。
「その、やっぱり性別を偽って潜入するのは色々と不便で…できれば僕も普通の女の子みたいに…」
『その必要はない。最初に言ったはずだ。お前の役目は二人の男性操縦者に近づき彼らのデータを収集することだ。その為には同じ男性として近づくのが一番適切だ』
「でも、それは女の子でも…」
『何か不満でもあるのか?』
その一言にシャルロットが言葉を詰まらせる。
台詞こそ問い掛けているように見えるが、その語気には口答えを許さない凄みがある。
その物言いにやはり一夏が口を開こうとする。
それを翔介が必死に押さえる。
「不満というわけでは…ただわざわざ男の子の姿をしなくても…それはそれでやり様はありますし…」
『やり方は私が決める。これは我が社の存続が掛かっている。途中での変更はできない』
その言葉についに一夏が立ち上がる。
「ふざけんな!」
『……シャルロット、一人ではないのか?』
電話の向こうの声に怒気が混じる。
二人だけの連絡かと思っていたところに別人の声が聞こえてきたのだ。警戒するのは当然だろう。
「織斑君…!」
「さっきから聞いてれば好き勝手言いやがって! そんなに会社が大事なのかよ!」
一夏はシャルロットの携帯へ向かって怒鳴る。
『なるほど…お前が織斑一夏か。随分と子供のようなことを言う』
ご丁寧にもシャルロットの父は日本語で返してきた。
流石は大企業の社長というべきか。
「だからなんだってんだ! 子供は親がいなけりゃ生まれない! だが親が子供の自由を奪っていいはずがないだろう!」
一夏が捲し立てるも極めて平静な声音でデュノア社社長が話しかける。
『私は大勢の従業員を背負っている責任がある。会社はどこまでもシビアでなければいけない。社の利益を守るためには綺麗事ばかりではできないのだよ』
「だからって娘を利用するってのか! 家族すら大切にできないやつが他の家族を守ることなんてできるのかよ!」
『現に私はそうしてきた』
嘘でもはったりでもないのはすぐにわかる。
現にシャルロット・デュノアという彼の娘がここにいるのだから。
一夏は口惜しそうに顔をしかめる。
『君はまだ学生だ。だから社会の厳しさや汚さもまだ知らない。だからこそ教えておこう』
『企業とは利益を追求するものだ。その為には使えるものはすべて使う。それが例え不義の娘だとしてもな』
シャルロットがギュッとこぶしを握る。
「この野郎!」
一夏が目に見えない相手へ殴り掛からんばかりに怒気を上げる。
しかし、それを翔介が制する。
「すみません、デュノア社長」
『…どうやら我が娘は早々に仕事に失敗したようだな』
「はい、でもこのことを知ってるのは織斑君と僕だけです」
『君たちに知られることが一番問題なのだよ』
デュノア社長が娘に与えた密命、それは男性操縦者二人のデータ収集。
そのターゲットである二人にバレることが最大の禁忌だったはずだ。
『シャルロット、お前はすぐにこちらに戻ってこい』
「は、はい…」
「お、おい! 待てよ、まだ話は!」
もう話すことはないと言わんばかりだ。
このままでは本当にシャルロットがフランスへ強制送還されてしまう。
だが、翔介はそんな社長にやはり疑問が浮かんでいた。
「あの…一ついいですか?」
『…何かな?』
「僕たちは確かに子どもです。社会の仕組みも企業の大変さもまだわかりません。それはあなたの言う通りだと思います」
「翔介!」
一夏が声を上げるも、それをやんわりと制する。
「でも家族としてのあなたの言葉をまだ聞いてないと思うんです」
『…何だと?』
声だけしか聞こえないがその表情が曇ったのがわかった。
「あなたが社長として責任感のある方なのはよくわかりました。ただ、父親としてのあなたの気持ちがまだわからないんです」
『父親としての私だと?』
「あなたがどうしてデュノアさんを引き取って、この学園に送り出したのか。その理由がよくわからないんです」
『それは先ほども言った通り君たちのデータ…』
「収集のため、ですよね。でも、それならわざわざどうしてデュノアさんを?」
そう、二人のデータ収集が目的なのはよくわかっている。
しかし、それならばわざわざシャルロットに性別を偽らせる必要もないはずなのだ。
その上、自ら不義の子と称しながらも身寄りのなくなった彼女を引き取り、さらにデュノアの姓を与えるなどその扱いはけして悪いものではないはずだ。
『……利用しやすいからそうしたまでだ』
「それにしたってもっと上手な方法があったと思います。もしかしたらもっといい方法も思いついてたんじゃないですか?」
買い被りでも嫌みでも本当に翔介はそう考えていた。
デュノア社という大きな企業を支える人物なら策を一つや二つは用意してあると考えたからだ。
「あなたは厳しい人だと思います。でも、あなたは冷徹な人ではないと思います」
翔介はシャルロットに目をやる。
言いたいことがあるのなら勇気を出して、と目で伝えているようだ。
その意図が伝わったのかシャルロットは意を決する。
「父さん…」
『………』
「僕はあなたにとってなんなんですか…?」
『……今回のことは私のところで留めておく』
そういうと通話が途切れた。
「大丈夫か?」
通話を終えて、大きく息を吐くシャルロットに一夏が声をかける。
「うん…大丈夫。二人とも、ありがとう」
「うぅん、僕の方こそごめんね。結局余計なことしちゃったみたいで…」
「そんなことないよ。道野君のお陰で父のこと…」
果たしてあれは翔介の感じたままに告げた言葉だったが本当のところどうなのかはわからない。
だが翔介の感じたものが少しでも本当であれば、とそう思う。
「でもなんだか色々すっきりした気がするよ」
彼女の言う通り、憑き物が落ちたように晴れやかな表情をしている。
「これで少しでも何か変わればいいんだがな…」
「後は信じよう」
三人で頷き合う。
時計を見れば消灯時間をすっかり過ぎている。
「それじゃあ僕は戻るよ。織斑先生に見つかったらマズいしね」
「ああ、じゃあな」
「また、明日」
二人に見送られ、こそこそと部屋を出る翔介であった。
本日はここまで。
そしていつの間にかお気に入り登録がついに100件越え!
これは喜ばずにはいられない!
ゆっくり更新ではありますが、これからもどうぞよろしくお願いします。