「……」
「……」
呼び止めたはいいが何から話していいのだろうか。
ベンチで隣に座るラウラを見て、内心焦る翔介。
隣といってもその間には二人分くらいの空きがあるが。
「…おい、呼び止めておいて何もなしか」
話すことがないなら行くぞ、と言わんばかりに不機嫌だ。
そう言われても仕方ない。
そもそも呼び止めたのも反射的にしてしまったため、厳密な用事はなかった。
だが、呼び止めておいて何も言わないのは失礼極まりない。
「えっと…その、ボーデヴィッヒさんは織斑先生と知り合いなの?」
取りあえず何でもいいから話題を、と思いラウラに問い掛ける。
「それがどうした」
「いや、ほら、この前なんだか二人で話してたみたいだから」
「そういえば貴様は盗み聞きしていたな」
「うぅ…あの時はごめんなさい…」
わざとではないのだが。
しかし、いちいち言葉に棘がある。
「…まあいい。織斑教官は我がドイツでISの指導をしてくださったことがあったのだ」
「へぇ、ドイツにISの学校なんてあるの?」
確かIS専門の学校はこのIS学園が世界初のだったはず。
「学校ではない。軍の話だ」
「軍ッ!?」
「知らなかったようだな。私はドイツ軍所属の兵士だ」
「へ、兵士…」
自分と同い年だというのにドイツ軍の兵士だとは想像もしなかった。
確かに世界には翔介と同じ齢でも様々な立場の人間がいることは知っている。だが、本当にこの目で見ることになるとは思わなかった。
「教官は私たちにISの基礎からすべてを叩き込んでくれた。言ってみれば恩人だ」
「そうなんだ…ボーデヴィッヒさんは織斑先生のこと尊敬してるんだね」
「当然だ。織斑教官は素晴らしい方だ」
ラウラがふふんと誇らしげに鼻を鳴らす。なんとか険が取れたようだ。
それからは千冬がどれだけ素晴らしいかを語り始める。
なんだかその姿は簪のことを語る楯無に似ている。
「織斑教官はモンドグロッソの初代王者であり、二連覇も夢ではなかった。アレがなければ…」
危機として語っていたはずがまたもやその表情が曇る。
「アレ?」
「……織斑一夏だ」
「織斑君?」
そこでどうして一夏の名前が出てくるのだろう。
「…織斑教官が二度目のモンドグロッソに出場していた時だ」
ラウラが忌々しげに口を開く。
「織斑一夏が誘拐された」
「誘拐!?」
仰天した翔介が思わず立ち上がる。
「誰に!?」
「わからん。理由も定かではないが恐らくは織斑教官の連覇を阻止しようとしたのだろう」
そして、誘拐犯の思惑は見事に果たされた。
「織斑教官は奴を見つけだし救出した。その結果、教官は大会二連覇という偉業は果たされなかった」
翔介はほっと胸をなでおろす。
ラウラによればその時一夏の情報を千冬に提供したのがドイツ軍。
その縁で一年間という期限付きで教官としてドイツ軍に在籍したのだという。
「でもそれは織斑君の所為じゃ…」
「知るか。それも奴が弱かったせいだ」
取り付く島もない。
彼女にとっては千冬の栄光こそが大切なものなのだろう。
だがそれは違う。それは違うはずだ。
「それは…違うよ…」
「何…?」
小さな反論にラウラがぎろりと睨んでくる。
「何が違う? 織斑一夏が教官の栄光を汚したのは間違いないだろう」
「そうじゃないよ。織斑先生にとって大会の優勝より織斑君が大切だっただけだよ」
「大切だと…? あんな惰弱な男がか?」
「惰弱とか、そういう事じゃないんだよ。織斑君達は家族。だから大切なんだ」
「家族…」
「ボーデヴィッヒさんだってわかるはずだよ。家族は…」
ダンッとラウラが立ち上がり、翔介の胸倉をつかむ。
「知った風な口をきくな!」
小柄でありながらその迫力は鬼気迫るものがある。
「家族だと!? 私にはそんなものはない! 遺伝子強化試験体である私には!」
「遺伝子強化試験体…?」
「私たちは生まれ持っての兵士! 結果が全て! 家族だなんだとそんなものは戯言だ!」
吐き捨てるように叫ぶラウラ。
生まれ持っての兵士。それがどれだけ彼女が過酷な環境にいたのかを物語っている。
兵士としての生き方など翔介には到底わかるものではなかった。
生まれてからずっと平凡だが平和に生きてきた彼には生まれてから兵士として生き続けてきた彼女の辛さを理解することはできなかった。
「私たちは結果を出せなければ『出来損ない』と言われ…! 私たちは違う! 私たちは…!」
「ボーデヴィッヒさんは…ずっと辛い思いしてきたんだね…」
胸倉をつかまれてなお、翔介はそう語った。
「貴様…!」
安易な同情と受け取ったのかラウラの表情がさらに怒りに染まる。
それでも翔介は続ける。
「僕も両親はいないんだ」
「何だと…?」
ラウラが手を放し、翔介を解放する。
「僕も小さい頃、本当に記憶がないほど昔だけど事故で二人ともいなくなったんだ」
それを聞くラウラの表情が怒りから戸惑いへと変わる。
「それでも僕には家族がいた。ババ様と姉さんたちが」
「ボーデヴィッヒさんにもそんな人たちがいたんじゃない?」
翔介の言葉にラウラの身体が固まる。
その脳裏には千冬と出会う前の思い出が蘇る。
ISが発明される前まではあらゆる兵器の操縦方法、戦略の全てを会得し優秀な成績を修めてきた。だが、ISが発明され適合性向上のために行われた強化試験の結果は不適合。左目は変色し、以降全ての成績は基準以下へ。
彼女たちは『出来損ない』の烙印を押された。
ラウラたちは苦しい日々が続く中、自らの価値を示すために共に生き抜いてきた。
どれだけ惨めでも、辛くても、いつかもう一度と信じて。
「今、誰を思い出した…?」
「……」
無言のラウラ。
しかし、その様子に翔介は感じるものがあったようだ。
「誰を思い出したのかはわからないけど、血が繋がっていることが家族なんじゃない。どんなに苦しい時も一緒にいてくれるのが家族なんだよ」
「家族…」
千冬が大会二連覇という偉業を投げ出してでも助けた一夏。
苦しく、辛い日々を共に乗り越えてきた部隊の仲間たち。
双方の違いは血の繋がり。
だけどそこにあるものに違いはない。
だからこそ、ラウラに家族を大切にする気持ちがわからないはずはない。
「織斑先生も大切な家族だから織斑君を助けたんだよ。大会とか、優勝とかより…」
「…もう三分は過ぎていたな」
ラウラは背を向ける。
「あ、待って!」
立ち去るラウラの背中に声をかける。
しかし、今度は足を止めることなく中庭を歩いていく。
「もし!」
止まることはないと感じた翔介は言葉だけを投げかける。
「もし、何か悩みがあるなら生徒会室に行ってみて! きっと力になってくれるはずだから!」
翔介の言葉が届いたのか、それはわからない。
しかし、少しでも彼女の力になりたかった。
翔介は立ち去るその背中を見つめていた。
やはりその背中はどこか寂し気に見えていた
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次の日の放課後。
生徒会室へと向かう翔介。
昨日はあれからずっとラウラのことを考えていた。
別れ際に伝えたあの言葉がしっかり彼女に伝わったのかどうか。
そうしているとふと鈴に言われた言葉を思い出す。
『他人のことを考え過ぎだ』と。
鈴は今も保健室にいるが、今の翔介の姿を見たらまた同じことを言うのだろうか。
自分に出来ることなんてほとんどないだろう。それで他人を助けたいなんておこがましいのかもしれない。
それでも彼は放っておけないのだ。
「こんにちは」
生徒会室の扉を開く。そこには既に楯無と虚の二人の先輩がいた。
「お疲れ様です、道野君」
「お疲れ様です、布仏先輩」
挨拶を交わしていると翔介の机の上に一枚の用紙が置かれている。
「これは…?」
「ああ、翔介君。最初の相談者よ」
「え!?」
そう言われ、慌てて内容を検める。
そこには相談者の名前が書かれている。本来であればプライバシー保護のためということでここには学年とクラス、そして簡単に相談内容を記載するようになっているのだが。
『ラウラ・ボーデヴィッヒ』
「……お師匠さま、相談室お借りします」
「あそこはあなたの仕事場よ。好きに使いなさい」
「はい!」
翔介はすぐさま相談室へと向かっていった。
「やれやれ、本当にお人好しねぇ」
「あの相談室を押し付けたのはお嬢様でしょ」
「押し付けたなんて人聞きが悪い。あの子の能力に合った仕事を割り振っただけよ」
へらっと笑う楯無。
それに呆れたようにため息を吐く虚。
「……道野君、大丈夫でしょうか?」
「心配することないわ、虚ちゃん」
「あの子は私のお弟子なんだから」
楯無はくるりとリクライニングチェアで回るのだった。
本日はここまで。
今回はとっ散らかった感じなってしまいました。
原作と違い、ラウラは仲間想いなキャラクターとして描きました。
原作はもっとドライな印象がありますが、人間味を足すとこんな感じになるのじゃないかなと勝手な想像ですがこうなりました。
ラウラから相談依頼を受けた翔介。
果たして彼はラウラと共に答えを見つけることができるのか。