「ここか…」
ラウラの目の前には『相談室』とプレートが掲げられた小さな箱の前にいた。
昨日の夜、別れ際に聞いた翔介の言葉通りにラウラは生徒会室へと赴いた。
相談をしたいと告げたところ、生徒会長と名乗った女性から紙を渡され、ここに来るように紹介された。
相談者用の扉を開くと、中には小さなスペースに椅子が一つだけ置かれていた。
どうやらここに座ればいいようだ。
ラウラは扉を閉め、椅子に座る。
「ようこそ、相談室へ。あなたが初めての相談者だよ」
椅子に座ると同時に仕切りを挟んだ前の小部屋から女性の声が聞こえてくる。
「ラウラ・ボーデヴィッヒだ。よろしく頼む」
「あはは…名前は別に良かったんだけどね。相談内容が書かれていなかったけど?」
仕切り越しの女性は苦笑い気味に問い掛ける。
本当であれば相談内容は依頼用紙に事前に記入する必要があるのだが、ラウラはそこは未記入であった。
「…あ、ああ、そうだったのか…」
「そんなに緊張しなくても大丈夫。それじゃあ、相談したいことは何かな?」
女性が優しく促してくる。
「……私はドイツからこの学園へ来たのだが…私の見聞きしてきたものと全く違っていたというか…私の考えは間違っていたのだろうか…」
「自分と周りの考え方の違いが気になる、という事なのかな?」
「ああ…。私は結果を出さなければ意味がないと思っていた。それも意味のある結果でなければと。だが、それは違うのだと…」
結果が全ての世界で生きてきたラウラ。結果を出さなければ『出来損ない』の烙印を押されてしまう。
だからこそ、千冬が大会二連覇を放棄してまで一夏を助け出した意味が分からなかった。
二連覇の偉業と引き換えに出来る程の価値がある行為とは思えなかったのだ。
だが、昨日の夜。
もう一人の男性操縦者、道野翔介に言われてしまった。
千冬にとって大会二連覇の偉業より一夏の方が大事だったのだ、と。
「私の考えは、見てきた世界は間違っていたのだろうか…」
「そっか…」
女性は黙って聞いている。
相談をしている身だが、今は黙って聞いていてくれることがラウラにとってありがたかった。
「教えてくれ、私は間違っているのか?」
「そうだね…ここは相談室。こちらから答えを与えることはできないよ。でも、少しでもヒントになるのなら」
静かに話を聞いていた女性が語り始める。
「あなたの考えに間違いはない。いや、そもそも正解とか間違いというものがないと言ったらいいのかな?」
「どういうことだ?」
ラウラが怪訝そうに問い返す。
そうだなぁ、と女性が何かを考えこむ。
「ちょっと例えばの話をしようか」
女性はそう言うとごそごそと何かを取り出す音が聞こえる。
仕切りの隙間からラウラの目の前に何かを置く。
それは手のひらに収まるくらいの赤い宝石だった。
「それを見てどう思う?」
女性がそう尋ねてくる。
ラウラは兵器の良し悪しならすぐに出来るが、宝石の品評のようなことは流石に門外漢であった。
「難しく考えなくて大丈夫。思った通りに答えていいよ?」
「それなら…確かに綺麗ではあるが私にはよくわからないな」
ラウラは正直に思ったことを口にする。
実際に赤く輝く宝石ではあるが、自分を着飾ることをしらない彼女からすればその価値を見出すことは難しかった。
ただその宝石からは暖かい何かを感じるような気がした。
「そうだね、あなたにとってこれはただの石にしか見えない。でもこれを宝物だっていう人もいるんだよ」
そう言いながら女性は宝石をしまう。
「今のが、か?」
「そう、人によって価値があるという人もいれば、価値がないという人もいる。何が大切かとかはその人によりけりなんじゃないかな?」
女性は静かに語り掛ける。
「あなたにとって大切だと感じても、その人にとってはそれとは別のものに価値があると考える人もいるんだよ」
「…教官が織斑一夏を優先したのも…」
結局のところ、この問題に正解も間違いもないのだ。
そもそも一人一人、答えが違うものなのだから。
「どうかな、何か見えてきたかな?」
「……人にとっての価値はそれぞれだという事は分かった」
「だが、まだわからない」
「わからない?」
「家族とはそれほどまでに大切なものなのか?」
それはラウラにとって最大の疑問であった。
彼女は兵器として生み出され肉親と言える存在はいない。
故に彼女には家族の大切さがわからなかった。
「そっか…じゃあこっちからも質問してもいいかな?」
「なんだ…?」
「あなたには信じられる人がいるかな?」
「信じられる人物だと…?」
「うん、誰かいる?」
女性の問いにラウラは「信じられる人物…」と言葉を反芻する。
その問いで真っ先に思い浮かべたのは。
「軍の部下たちだ」
出来損ないの烙印を押され、辛く苦しい時期を共に過ごし、千冬の鬼のような訓練を乗り越えてきた部下たち。
隊長と部下という上下関係だが、他の部隊にはない確かな信頼関係があった。
彼女にとって信頼に足る人物と言えば彼女たちのことだった。
「もしその人たちに命の危険があったらどうする?」
「…私たちは兵士だ。任務遂行を優先する」
「それは兵士としてだね? じゃあ、あなた個人としては?」
「私として…」
ラウラ自身の意志。
それは兵士として生きる彼女たちにとって封じなければいけないものだった。
兵士が私情に囚われることはあってはならないことだ。
だから考えないようにしていた。
兵士は非常であるべき。任務遂行が最優先。
だけど。
「私は…部下たちを見捨てられない」
ラウラの答えに女性が満足げに話しかける。
「うん、それでいいんだよ」
「…これでいい? …本当か?」
「うん、そこまで来たのなら後は自分で答えが見つかるはず」
女性の優しい言葉にラウラは自身の胸に手を置く。
答えをいずれ見つけることができる。今はまだしっかりとした答えは見つからない。
だが、仕切り越しの女性に言われると本当にいつか見つけられる、そう思えた。
「本当にいつか見つけられるだろうか」
「そうだなぁ…それならここでも誰か信じられる人を作ってみればいいかな」
「例えば友達とか」と女性が続ける。
「友達、だと?」
「そう、答えを見つけたいなら色んな人に会って、色んなことを見てみると良いんじゃないかな。きっとあなたならできるはず」
女性のアドバイスにラウラが俯く。
「他に何か相談はあるかな?」
「いや…もう十分だ」
ラウラはガタリと椅子から立ち上がり、扉に手をかける。
「私にできるかわからないが…」
「あなたなら大丈夫」
「……世話になった」
そう言い残してラウラは相談室を退室していった。
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「ふぅ~……終わったぁ…」
翔介は用意された椅子にもたれかかりながら大きく息を吐く。
手元にはボイスチェンジャー機能付きのマイク。
どうやら最後までバレることなくラウラの相談に乗ることができたようだ。
「頑張って、ボーデヴィッヒさん」
相談室で改めて聞けたラウラの心の声。
拙い言葉であったが、少しでも彼女の力になれただろうか。
後は彼女自身の努力次第になるが、今日までの様子を見れば自ずと答えにたどり着けるはずだ。
しかし、やや騙すような形になったのは心苦しい。
この相談室を紹介したは良いが、昨日も今日も同じ相手に相談していうのはなんとも気まずいだろう。
「さて、もう戻ってもいいかな」
すぐに出るとラウラと鉢合わせする可能性もあるため、しばらくは待っていたがもう大丈夫だろう。
翔介は少し伸びをしながら相談室の扉を開く。
「やはり貴様か」
扉の前にはラウラが立っていた。
「…!?」
ガチャリと相談室の扉を閉める。
しかし、流石は現役兵士。翔介が扉を閉める前にガッと扉を開けてしまう。
「何故逃げる」
「び、びっくりして…」
「取りあえず出てこい」
「あっ、待って待って! 出るから!」
ぐいぐいと相談室から引っ張り出される。
小さい身体のどこからそんな力が出てくるのだろう。
「その…いつから気付いてた…?」
翔介はオドオドした様子で問い掛ける。
「気付いたのは終わり頃だ。確たる証拠はないが、妙な確信があった」
「あはは…」
ボイスチェンジャーマイクもこれでは意味がない。
「ごめんね、騙すようなことをして」
「…貴様はどうして他人を気にかける? 貴様に何の得がある?」
ラウラが訝しげに翔介を見る。
そう言われると鈴の言葉を思い出す。
『他人ばかりを気にしていると自分のことが疎かになる』
「うん…なんでだろう」
「自分の事なのにわからないのか?」
「ハッキリどうしてって言われるとね。ただ…」
「僕の小さな力で誰かが少しでも元気になれるなら、僕は力を貸すよ」
ラウラの瞳をまっすぐに見つめながらそう答える。
彼女の赤い瞳が翔介をじっと見据える。
やがてむっつりとしていた表情がふっと和らぐ。
「道野、お前は変なやつだな」
その口元が笑みを浮かべる。
「道野、お前に頼みがある」
「私の友達になってはくれないか?」
その日、ラウラ・ボーデヴィッヒに初めて友達ができた。
そして、トーナメント表に新たなタッグが加わった。
『道野翔介&ラウラ・ボーデヴィッヒ』
本日はここまで。
ラウラとの相談も無事に終了。
しかし、休む間もなく迫る学年別トーナメント。
翔介たちは果たしてどんな戦いを繰り広げるのか。
気付けばお気に入り登録が170件。
書き始め当初はこんなに増えるとは思いもしませんでした。
これからもキャラクター達を魅力的に描けるよう邁進していきますのでどうぞよろしくお願いします。