「ごめんなさい!」
屋上に翔介の声が響く。
そう言いながら目の前の箒へ深々と頭を下げている。
「よ、止せ、道野。お前の自由なのだから気にすることはない」
慌てた様子で首を振る。
翔介が頭を下げるのは、ラウラとパートナーを組んだためだ。
一番最初に箒から誘いを受けていたため、申し訳なく思ったようだ。
ちなみに同じく楯無から簪はどうかとも推薦されたが、こちらも同じ理由で頭を下げている。
こちらも謝る必要はないと言われた。
「でも、折角誘ってくれたのに…」
「最初によく考えてくれと言ったのは私の方だ。お前も考えた上なのだろう?」
「それはそうだけど…」
「ならばお前が非を感じることなど何もないだろう。ほら、頭を上げてくれ」
箒に促され、翔介はようやく頭を上げる。
眉を八の字に下げ、本当に申し訳なさそうだ。
「しかし、まさかあのボーデヴィッヒと組むとはな。一体どうやった?」
箒の知るラウラはつい先日アリーナでセシリアと鈴を容赦なく叩きのめした彼女しか知らない。
そんな彼女とどうやってパートナーを組んだのか、疑問はそこに尽きる。
「ボーデヴィッヒさんは今までの環境とこの学園との違いで悩んでただけ。ちゃんと話してみれば良い子だよ」
「…はぁ…お前はやっぱりお節介なやつだな」
箒は困ったような、しかしどこか嬉しそうに笑う。
思えば初めて会った頃は引っ込み思案というか、目立つことが好きではない印象を受けた。現に未だ仲のいい相手でも名字で呼んだりと一歩後ろに下がっているような大人しい性格だと思っていたが、まさか、ここまでお節介な性格をしているとは思わなかった。
だが、そのお節介に助けられているのも間違いはなかった。
箒はふむ、と指で顎をなぞる。
こうなると箒のパートナーは抽選で決まることになりそうだ。
別にそのことはさして問題ではない。
実は箒には気になることが一つ。
「なあ、道野。あのことは言いふらしていないよな…?」
「あのこと?」
「その…トーナメントに優勝したら…」
ごにょごにょと口ごもる箒。
トーナメント優勝という単語でハッと思い至る。
「ああ、優勝したら織斑君に告白するっていう」
「あまり声に出すな! …それでどうなんだ?」
顔を真っ赤にしながらひそひそと尋ねてくる。
「いや、何も言ってないよ?」
そもそも言いふらしていいものでもない。
それに別な意味で公言なんてできない。主にセシリアや鈴には。
「そう、だよな…お前がそんなことをするわけはないよな…」
「どうかしたの?」
「いや、なんでもない。つまらないことを聞いたな、気にしないでくれ」
実を言うと最近生徒内で妙な噂が立っていた。
それは『トーナメントで優勝したら織斑一夏と交際できる』というもの。
元々それは箒だけの話であり、さらに言えば少し内容が脚色されているではないか。
翔介が面白がって言いふらすなどという事はしないのは言うに及ばず。
しかし、一体どこから漏れて、どこでそんな誤った伝わり方をしたのだろうか。
「大丈夫?」
「大丈夫だ、それより私の心配をしている場合か?」
「え?」
「私はお前と組めなくても優勝するつもりだ。当然、お前に負けるつもりはないぞ」
そう言って不敵に笑う。
それは間違いなく翔介に対する挑戦だった。
「あ……」
箒と組まないという事はトーナメントでいずれ必ず彼女とぶつかるという意味であった。トーナメントの組み合わせ次第ではあるが、優勝を目指すとなればいずれ必ずぶつかるだろう。
学園に来る前の翔介であれば「それならば…」と身を引いていただろう。
「わかった。でも僕も負けないよ」
今度は翔介一人ではない。彼を友達と呼び、選んでくれたラウラのためにも手を抜くわけにはいかない。
それに入学初めに行われたセシリア戦以降、彼にも勝利欲という物が沸いてきた。今まで競うことをしてこなかった彼にしてみれば一番変わった部分かもしれない。
二人はお互いに宣戦布告をしながらも笑い合っていた。
そうしていると翔介の携帯にメール通知の着信がなる。
箒に断りを入れて、内容を確かめる。
「篠ノ之さん、ごめんね。生徒会で呼ばれたから行ってくるよ」
「ああ、またな」
箒は手を振りながら校舎へと戻っていく翔介を見送った。
「さて…誰と組むことになるかな…」
箒は屋上のフェンスに頬杖を着きながら考える。
翔介にはああいったが、即席のタッグで優勝を目指すにはなかなか厳しいだろう。
セシリアや鈴はISの修理のため今回のトーナメントは見送ることとなったが、まだ一夏やシャルロット、ラウラなど専用機持ちが多数在籍している。
翔介も貸し出しという形ではあるものの、専用装備が用意されていたりとけして油断できる相手ではない。それにタッグがあのラウラだ。
あれだけ自信満々に宣戦布告したは良いが不安は消え去らない。
「私にも専用機があれば…」
当てがないことはない。しかし、その当てに頼るのは彼女としては不本意極まりなかった。
すると、今度は箒の携帯が鳴る。
相手は…。
「簪…?」
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「ついに来たね」
「ああ」
学年別トーナメントの開幕を聞きながら二人で出番を待っていた。
試合はアリーナで行われるが、最初の組み合わせが決まるまでアリーナには立ち入れないようになっている。
現在は組み合わせがわかるようにモニターの見える廊下で待機していた。
「なんだか緊張してきたよ…」
「しっかりしろ。今日まで訓練してきたんだ。自信を持て」
ラウラの言う通り、タッグを組むことになってから二人でISの訓練をしたり、戦略を練ったりと準備に勤しんできた。
だが、自信を持てと言われてもいざ本番となると緊張してくる。
ラウラの方は至って平静であり、やはり経験の差だろうか。
「相手が誰になるかわからないけど、強い人たちがいっぱいいるからね。織斑君とか」
「織斑一夏か…なあ、翔介」
「うん?」
「お前はどうしてそんなに織斑一夏を評価する?」
一応転入当初ほど一夏への嫌悪感はなくなってきてはいるのだが、それとは別に長くISに乗っていた経験者としての言葉が大きいのだろう。
「織斑君は強いよ。ISの操縦が凄いとかそういう方面じゃなくてさ」
「ではどういう事だ?」
「ん~…何というか織斑君は人に優しくて、誰かのために怒れる人っていうか…」
うんうんと頭を悩ませながら言葉をひねり出す翔介。
「言葉でうまく言えないけど、僕は織斑君みたいになれたらなって」
自らに自信を持ち、どんな理不尽にも真っ向から立ち向かおうとする織斑一夏は彼にとって眩しいくらいの憧れだった。
人は自分が持っていないものを持っている人に憧れを抱くというが、翔介もまたそれに当てはまっていた。
「そこまでか…?」
怪訝そうに首をかしげる。
「あはは、ボーデヴィッヒさんも織斑君と話してみると良いよ。そうすれば、良いところが見えてくるはずだよ。それに…」
「それに?」
「織斑君は女の子の心をくすぐりやすいみたいだから。ボーデヴィッヒさんも案外話してみたら織斑君の事、好きになるんじゃないのかな?」
翔介はそう朗笑した。
別の言い方をすれば女運が悪いともいうのかもしれないが。
「私が…織斑一夏に…?」
対してラウラはムスッと顔をしかめる。
「あり得んな。確かに教官の弟だが、この私が織斑一夏に惚れるなど」
そんなラウラを見ながらさらに顔を破顔させる。
少し前まで余裕がなさそうだったが、最近は仏頂面以外の表情も見えるようになってきていた。
これは良い傾向なのだろう。
望むべくは年相応の少女らしくなってくれればと願う。
先程は冗談めかしに言ったが、本当に一夏と関わることで恋心を抱くこともあり得るかもしれない。
「む、そろそろ一組目の組み合わせだぞ」
「あ、そうだね」
アナウンスも終わり、遂に最初の組み合わせが発表される。
固唾を飲んで見守っていると。
『学年別トーナメント一年生 第一試合 道野翔介&ラウラ・ボーデヴィッヒ』
「一試合目から、か」
「後は相手だな」
そして次はそんな二人の対戦相手が表示される。
「え…?」
翔介は対戦相手を見て、絶句した。
『篠ノ之箒&更識簪』
本日はここまで。
長く間が開いてしまい申し訳ありません。
この章のラストをどうするか悩んでしまい、遅くなってしまいました。
原作通り、一夏&シャルロット戦にしようかとも思いましたが、これまでの箒とのやり取りを含めて主人公のタッグ候補二人との戦いを入れることにしました。
遂に始まった学年別トーナメント。
そして一試合目から予想もしていなかった組み合わせ。
果たして主人公とラウラの二人はどう立ち向かうのか。