「何…あれ…」
翔介は目の前の光景に唖然とする。
先程まで城砦のようなISがバチバチと電撃を放ちながらぐにゃりと粘土のように変形していく。
「ああああああっ‼‼」
「ボーデヴィッヒさん‼」
身を切るような叫びをあげるラウラ。
絶叫を上げながら溶けたISに飲み込まれていく。
「たす…け…!」
飲み込まれる最中、ラウラが手を伸ばす。
震えながら、必死に救いを求めてくる。
だが、その手すら無情にISに飲み込まれていく。
そしてラウラを飲み込んだISはまるで心臓のように脈動しながらだんだんと人型へと変形し始める。
その黒い人型はまるでラウラのようであり、身の丈は三メートルほど。腕や足にはアーマーのようなものが装備されている。その手には刀のような武器を装備している。
その刀をよくよく見てみると。
「あれって織斑君の…?」
「…けるな…」
隣にいる一夏がぼそりと呟く。
翔介が視線を送ろうとしたのも束の間。
「ふざけんな!」
一夏が雪片を手に飛び掛かる。
ラウラ、いや黒いISが刀を中腰に引いて構える。一夏が間合いに飛び込むや否や一閃。
「ぐうっ!」
一夏の雪片が弾かれる。
さらに黒いISが刀を上段に構える。
一夏はマズいと感じたのか、後方へと回避する。
しかしその切っ先が一夏の左腕を切り裂く。
彼の腕から鮮血が流れる。
この翔介とラウラとの試合の中で優勢に進めてきたが、彼の単一仕様である零落白夜は使用することでシールドエネルギーを直接攻撃することができるが、それと同時に自身のシールドエネルギも減少していくという欠点を持つ。
つまり既に白式には一夏を守るだけのエネルギーが残されていなかったのだ。
続けざまに刀を横薙ぎに振りぬく。
既にエネルギーの尽きた白式にそれを防ぐ手立てはない。
「危ない!」
翔介が楯を構えてその間に割って入る。
だがその威力を抑えきることはできず身体が吹き飛ばされ、一夏と縺れ合いながら地面を転がる。
「織斑君、大丈夫…?」
打鉄の状態がディスプレイに映し出される。
今の一撃で打鉄のシールドエネルギーも残りわずか。
もはやあの黒いISに立ち向かうほどのエネルギーは残されていない。
「くそっ! ふざけやがって!」
既に白式が解除され、ISスーツだけの状態になっている。
しかし、その目はキッと黒いISを睨みつけている。
もはやISを纏っていないにもかかわらず相手へと殴り掛かろうとしている。
「ま、待って! いくら何でもそれは危険だよ!」
一夏の前に立ちはだかり彼の進路を阻む。
「どけよ! あいつ、ぶっ飛ばしてやる!」
いきり立つ一夏は彼の静止すらも聞き入れようとしない。
なにかあの黒いISに思うところがあるのだろうか。
「あれは、あの剣は千冬姉の物だ!」
「織斑先生?」
そう叫ぶ一夏。
いまいち要領が得ない。
「あれは千冬姉のデータなんだ! それをあいつは‼」
千冬のデータ。
翔介にはそれがどういう意味なのかはよく分からなかった。
だがこの一夏の怒りを見る限り、あの黒いISは織斑千冬のデータを基にした戦術を組み込まれているのだろう。
姉を心から尊敬する一夏にとって姉のデータを悪用するような行為は許しがたいものなのだろう。
「でも一人で行くのは危ないよ!」
「そんなの知るか‼ どけよ、翔介‼ 邪魔するなら…!」
「だから二人で行こう!」
今にも噛みついてきそうな一夏に翔介が言い放つ。
突然の言葉に一夏の怒りもどこかに吹き飛んでしまった。
「二人で…?」
「うん、さっきボーデヴィッヒさんの声が聞こえた。助けてって言ってた」
あれは確かに千冬のデータなのだろう。
しかしISに飲み込まれる前に伸ばされた手。助けを求めていた手。
あの姿はけして彼女の求めているものではない。
「僕の友達を助けたい。だから二人で行こう」
「……」
翔介の言葉に血が上った頭が急速に冷やされていく。
こんな状況、それも相手がこんな強大な相手だというのに友達を救いたいという思い一つで立ち向かおうとしている。
そんな姿を見せられて断る理由はなかった。
「ああ! 二人で行こうぜ」
一夏が翔介の肩に手を置き、二人で目の前の黒いISを見据える。
黒いISはじっと身じろぎ一つせず佇んでいる。
どうやら武器や攻撃に反応して行動するようにプログラムされているようだ。
「まったく、男の子ってどうして無理するのかなぁ」
そんな二人に後ろからシャルロットが声をかけてくる。
「シャル、無事か!?」
「それはこっちの台詞だよ。ISも展開しないで戦うなんて無茶もいいところだよ」
「それは…」
確かに翔介は辛うじてシールエネルギーが残っているが、一夏は既にISを展開するほどのエネルギーが残っていない。
だがあの黒いISと対抗するには一夏の白式が必要不可欠だった。
「…ああいうのはコアになっている操縦者を引っ張り出せば何とかなるかもしれないね」
「ボーデヴィッヒさんを…」
「そもそもどうやって引っ張り出す?」
シャルロットが二人に尋ねる。
「織斑君の零落白夜なら…」
零落白夜であればシールドエネルギーに直接攻撃し、さらにあの黒い巨体そのものにダメージを与えることも可能なはずだ。
「それでもどうやるの? 大人しく斬られてくれるとは思えないよ?」
確かに大人しく攻撃を受ける人間などいない。
黒いISも自分から攻撃を仕掛けてくることはないが、こちらが攻撃の意思を見せれば間違いなく迎撃してくる。
それもただの攻撃ではない。あの織斑千冬のデータを使用した攻撃だ。
必要なのは一夏が零落白夜を用いてラウラを救出することだ。
ならば、翔介にできることは一つだけ。
「僕が囮になってあのISの気を引く。織斑君は僕が活路を開いたらボーデヴィッヒさんを」
「でも危険じゃないか?」
「織斑先生のデータと戦うのに危険じゃない方法なんてないよ。それよりも友達を助けられるなら怖いなんて言ってられないよ」
油断すればあっという間に切り伏せられる。そうなればラウラを救うどころか、自分や一夏にも危険が及ぶだろう。
だけど怖いと言って逃げてはいられない。
「……はぁ、本当に無茶だなぁ。零落白夜を使うのは良いけど一夏はもうシールドエネルギーないでしょ」
「「あ」」
肝心な部分を見落としていた。
もう一夏はISを展開する余裕はない。これではそもそも作戦が成り立たない。
どうしようかと顔を見合わせる二人。
それを見ていたシャルロットが苦笑気味に告げる。
「僕のリヴァイブならコア・バイパスを使ってエネルギーを移せるはずだよ」
「本当か!? なら早速頼むぜ」
「お願い、デュノアさん」
「わかったよ。ただ約束、必ず勝って」
シャルロットはバイパスを一夏の白式の待機状態である籠手に繋げながら告げる。
二人は力強く頷いて見せる。
「もし負けたら二人とも明日からずっと女子の制服で登校してね」
「「うへっ!?」」
負けられない理由がもう一つできてしまった。
-------------------------------------------
黒いISの前に翔介が立つ。
彼の後ろでは一夏がシャルロットからバイパスを繋げてエネルギーを移譲している。
今翔介がすべきことはできる限り注意を引き一夏のサポートをすることだ。
攻撃しなければ動かないが三メートルの黒い巨体が微動だにせず立ちふさがっている姿の威圧感は尋常ではない。
恐怖が心を折ろうとしてくる。
しかし、ここで逃げては友達を救い出すことはできない。
恐怖を抑え、立ち向かう時なのだ。
今こそ勇気を燃やし、覚悟を決める時だ。
「ボーデヴィッヒさん、今助けるよ」
翔介は盾を構える。
武器ではないものの、それを敵対行動と認識したのか黒いISが腰だめに刀を構える。
コピーとはいえ千冬のデータを基に作り出された姿。翔介程度の技量では真っ向から刀で
立ち向かうのは危険だ。
だからこそ翔介の取るべき方法は盾でひたすら耐えて、避けることだ。
翔介は背中の星の翼を起動させる。
ダッと大地を蹴り、飛び出す。グンッと背中から強く押される感覚と共に身体が加速する。
それをお見通しと言わんばかりに黒いISが刀を振り抜く。
刀と盾がぶつかり合う。すぐさま刀身を翻し縦一文字に刀を振り下ろしてくる。
翔介は盾を頭上に掲げ、振り下ろされた刀を受け止める。
ズンと身体の芯に響くような衝撃。
「ぐぎぎ……!」
力を込めて盾を振り、刀を振り払う。
黒いISが右、左と次々と刃が襲い掛かってくる。
翔介は盾でそれをいなしていく。
どれもこれも鋭く、重い。
これが織斑千冬の力。
「強い…! でも…!」
負けられない。
「うわあああっ!」
両足の翼を起動させ、その勢いで刀を弾く。
バランスを崩した黒いISに翔介は重量を味方に、盾を構えてぶつかる。
ダメージこそ少ないがその衝撃は相手をよろめかせるのには十分だった。
そのまま後退しながら盾を思いきり投げつける。
さらに身体をよろめかせる。
時間は十分に稼いだはず。
勝負をかけるなら今だ。
翔介は無手のまま背中の翼を再度起動。
黒いISへと飛びたつ。
その眼前で急停止。黒いISは刃を煌めかせる。
素早く両足の翼に切り替え飛び立つ。翔介は黒いISの頭上を棒高跳びのように飛び越える。
黒いISがそれを追うように視線を泳がせる。
「今だ! 織斑君!」
「おう!」
一夏が白式を起動させる。
エネルギーを移譲したとはいえ白式全てを起動させるには至らず片腕のみだけ。
しかし、その手には雪片が握られている。
翔介の声を合図に一夏が駆け出す。
黒いISは次なる攻撃対象に狙いを定める。
刀を一夏に振りかざす。
だがその腕がビンッと動きを止める。
その腕には絡み蔦がその名の通り黒いISの腕に絡みついていた。
翔介はそのワイヤーを必死に引っ張り押さえている。
頭上を飛び越えた後、その背後から刀を絡めとったのだ。
黒いISの膂力は翔介以上だ。
それでも必死に引っ張る。
一夏が黒いISに迫るまでもう少しだ。それまでこうやって押さえる。
友達を助けるために。
この手を離しはしない!
「うわああああっ……!」
力の限り腕に力を込める。
その時、打鉄の胸に青い光が宿る。打鉄の身体は銀色へと変わり赤いラインが現れる。
翔介の瞳も日本人特有の黒目が赤い色へと変色する。
力が急に沸いてきたかと思えば、渾身の力でワイヤーを引く。
ついにその手から刀を奪い去ることに成功した。
「うおおおおおおっ!」
雪片が展開する。零落白夜が発動したのだ。
一夏が刀を振る。
黒いISの腹部に亀裂が走る。その亀裂から僅かではあるがラウラのか細い手が見える。
一夏が躊躇なくその中へ手を伸ばし飛び込む。
果たして一夏がラウラを引っ張り出した。
それと同時に黒いISの力が抜け、またドロドロと崩れていく。
「終わった…それより今何か…」
翔介はそう呟くとへなへなと地面に座りながら、自分の腕を眺める。
急に力が沸いてきた不思議な感覚、だが打鉄は既に普段の姿へと戻っており翔介がそれを認めることはなかった。
視線の先にはラウラを抱える一夏。なにやら話しているようだが、これでこの騒動も終幕へと向かうだろう。
翔介はラウラに駆け寄る力も残っておらず、地面に大の字で転がるのだった。
本日はここまで。
次回で原作二巻も終了となります。
原作三巻に入る前にまた少し彼らの日常生活を描いていきます。
今回で二度目の発動となる謎の力。
翔介は自身の変化に気付いてはいないようですが果たして。