インフィニット・ストラトス -光の約束-   作:メビネク

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44話

「ふぅ…目標沈黙。織斑君、道野君の二人とも健在です」

 

管制室のモニターで事の成り行きを見守っていた真耶が大きく息を吐きながら椅子にもたれる。

ラウラのISが暴走したこともそうだが、それに一夏と翔介が立ち向かおうとする姿を見ていて気が気ではなかった。一夏がラウラを引っ張り出したことでISの暴走も収まり、事態は終息した。

 

今モニターには助け出したラウラが何故か一糸まとわぬ姿になっているのを二人の少年がわたわたとしている様子が映し出されている。

 

「良かったですね、織斑先生」

 

「ああ。まあ、動きとしては及第点に届くかどうかだがな」

 

背後で腕組をする千冬が告げる。口元はやや薄く笑みを浮かべている。

口ではこう言っているが二人が立ち向かっている間は険しい表情を浮かべ、組まれた腕にも力が入っていた。自分の弟や生徒が規格外の強敵に立ち向かうのだ。穏やかにいられないのも当然ではあった。

 

「またまた~、本当は心配してましたよね?」

 

止せばいいのに真耶がクスクスと笑う。

 

「山田君、アレを見ていて身体を動かしたくなった。今日の放課後に格闘訓練でもどうかな? 十本くらいやっていくかね?」

 

「え、遠慮しておきます…」

 

藪をつついて蛇を出すとはこのことか。

千冬相手に格闘訓練など十本どころか一本ですら身体が持たない。

 

「私は身内ネタでからかわれるのが一番嫌いだ。よく覚えておくように」

 

「は、は~い…」

 

千冬に釘を刺され、縮こまる真耶。

それでも手元はデータ処理を行っているのだから流石である。

 

「それにしてもボーデヴィッヒさんのアレは…」

 

 

「VTシステム…」

 

 

VTシステム。

ヴァルキリー・トレース・システムの略称。

かつてモンドグロッソの優勝者であり『ブリュンヒルデ』と称された織斑千冬の戦闘データを再現、実行させるシステム。

これを使用すれば適性がどれだけ低くとも千冬の動きをトーレスできる。

ただし、その動きを実行させるためには装備者に実力以上のスペックを無理矢理引き上げるためその肉体に莫大な負荷をかけ、生命に関わることもある。

その為、あらゆる企業や国家では開発を凍結されている。

 

それでありながらラウラのシュヴァルツェア・レーゲンに搭載されていた。

様子を見る限り彼女がそれを知っていたとは考えづらい。

となればこれはドイツの誰かが無断で装備、偽装していた可能性がある。

 

「山田くん、少し任せる」

 

「あ、はい」

 

千冬は真耶に後を任せると管制室を後にする。

そして携帯を取り出すとどこかへとかけはじめる。

 

「はいはーい、貴方にゾッコンラヴリーたば…」

 

通話を切る千冬。

すぐさまリダイヤルで着信が鳴り響く。

うざったそうに携帯を耳に当てる。

 

「チーちゃん、何で切るのさぁ!」

 

「そのあだ名で呼ぶな、束」

 

千冬の電話の相手は篠ノ之束。

ISの生みの親であり、天災と呼ばれる女性だ。

 

「それでそれで? 何か用かな?」

 

「貴様は今回のことにどれだけ関わっている」

 

「今回の事ってな~に?」

 

「惚けるな、どうせどこかで見ていたのだろう」

 

のらりくらりとはぐらかす束。

だが千冬は有無を言わさず続ける。

 

「…私は関わってないよ。あんなの束さんの趣味じゃないし」

 

「…本当だろうな」

 

「うん、束さんは嘘つかないよ~」

 

束がそういうならそうなのだろう。

彼女が何を考えているのかわからないところはあるがISに関しては嘘を吐くようなことはないはずだ。

それに趣味ではないというのならば本当に手を出すという事はしないだろう。

彼女は自分の興味のあるものにはとことんのめり込むが、そうでないものに対しては冷徹なまでに無関心だ。

 

「ついでに一つ教えておくけど、VTシステムを研究してた施設はとっくになくなってるよ」

 

「…束」

 

「大丈夫だよ、無くなったって言っても施設で保管してたデータとかだから」

 

人は消えてないよ、と軽く告げる。

その言葉に少しだけ安堵する。

だがこれでVTシステムを秘密裏に開発する施設はなくなったと見ていいだろう。

とはいえ他にもないとは言えないが、恐らくそんな施設はこの束の手によってことごとく潰されることだろう。

 

「それよりさぁ~チーちゃん~」

 

「だからそのあだ名で呼ぶなと言っている」

 

不平を告げる千冬だが束は構わず問い掛ける。

 

 

 

「あの凡人が使ってたアレ、何?」

 

 

 

凡人。

彼女にとって身内と呼べる存在以外は全てが凡人である。

だが彼女の告げる凡人が誰の事か容易に想像できる。

 

「アレとはなんのことだ…」

 

「いやだなぁ、惚けちゃって。無人機が来た時もあの凡人が使ってたでしょ?」

 

「………」

 

やはり彼女の告げる相手は間違いない。

道野翔介。先程の試合の際も本人は気づいていなかったようだが発動していた。

そしてクラス代表戦の時に襲い掛かってきたISもやはり束の差し金だったようだ。

その様子もしっかり見ていたのだろう。そこで目にしたのだろう。

 

だがこの質問に答えることはできない。

 

「知らんな。私もアレについては全くわからん」

 

嘘ではない。

翔介の使ったあの力についてわかっていることは全くない。

クラス代表戦後、すぐさま彼の使用した打鉄を調査したがおかしなところはなかった。

そもそも彼の使う打鉄は学園から無作為に貸し出したもの。細工されたものを引いたとも思えない。

 

「むしろこちらが聞きたいな。アレはなんだ」

 

「あんな装備があるとは聞いたことないよ。この束さんが知らないものがあるなんて気に入らないね」

 

「そうか…」

 

束さえ知らない力。

ISの事であれば知らないことなどないはずの彼女を以ってしても判明しない正体。

 

「まあいいや。それじゃあもういいかな? こう見えて忙しいんだよね~」

 

「…ああ」

 

「それじゃあね~」

 

ブツリと通話が切れる。

いくらか言いたいことがあったがどうせ言っても適当に聞き流されるのがオチだろう。

 

「わからないことばかりだな…」

 

千冬は一人ごちる。

 

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学年別トーナメントから一日が経った。

トーナメントはVTシステム騒動のため中止。試合に関しては一試合は行っていたため取りあえずはそこで成績を判定するようだ。

 

今は朝礼の時間。なのだが真耶や千冬が教室にやってこない。

二人だけでなく、シャルロットやラウラも登校していない。

 

「織斑君、何か聞いてる?」

 

「いや、シャルは朝方用事があるって言って出て行ったきりでな」

 

ラウラに関しては静養もすぐに終わったとは聞いていたのだが。

 

そう話し合っているとガラリと教室の扉が開く。

そこから真耶と千冬が入ってくる。

 

「は~い、皆さん。HRを始めますよ~」

 

真耶がそう告げると教室中が静まりかえる。

 

「あ~…その前に転入生を紹介します」

 

その言葉に教室がざわつく。

それもそのはず、ついこの間シャルロットとラウラの二人が転入してきたばかりだというのにまた転入してくるというのだろうか。

 

「あ、いえ、転入生というか転入していたというか…とにかくどうぞ」

 

何故だか言いにくそうな真耶が声をかける。

入ってきたのは金色の髪に紫の瞳。

誰であろう、そこにいたのはシャルロットであった。

だがいつも見ていた姿と違うところがある。

 

「な、な、なっ!?」

 

「シャ、シャル!?」

 

「シャルロット・デュノアです。改めて宜しくお願いします」

 

シャルロットは女子の制服を着ていた。

 

「ということでデュノア君はデュノアさんでした…はあ、また寮の部屋組み直さないと…」

 

真耶がぐったりと教卓に突っ伏す。

だがクラスメイトたちは突然の出来事に唖然とする。      

それはそうだ。昨日まで男子だと思っていたはずが女性だったのだ。

まさしく青天の霹靂。

 

「実は今朝女の子として学園に通っていいって父が」

 

彼女にとっても突然の事だったようで困惑気味ではあるが、それでもどこか憑き物が落ちたように爽やかな笑顔を見せる。

一体どんな心境の変化があったのかはわからない。

だがこれが彼女の想いを少しでも受け止めてくれた結果だとそう思いたい。

翔介はそう思いながら笑みを浮かべる。

 

だがその結果、騒動の原因となることを彼は失念していた。

 

「一夏ぁ‼」

 

ガラッと乱暴に教室の扉が開かれ鈴が入ってくる。

 

「げぇっ!? 鈴!?」

 

「あんた、確か昨日大浴場使ってたわよねぇ…?」

 

そう、彼女の言う通り昨日から男子も大浴場が解禁された。

翔介は疲れもあり、シャワーを浴びてすぐに眠ってしまったため大浴場は使用していなかったのだが。

 

 

「お、落ち着け、鈴!」

 

「死ねぇえええ!」

 

鈴が腕だけISを展開するとその大きな拳で一夏に殴りかかる。

流石に生身の相手にそれはマズい。

翔介が止めに入ろうとするが、それより前に彼の前に立ちはだかる影が。

 

 

「ボーデヴィッヒさん?」

 

 

彼の前に立ちはだかったのは黒いISを駆るラウラだった。

攻撃を阻まれた鈴はまるで猫のように威嚇してくる。

 

「もう体の方は大丈夫なの?」

 

「ああ、むしろ随分とすっきりした気がする。ISもコアは無事だったのでな」

 

そう告げるラウラの言葉にホッと胸をなでおろす。

そこに一夏が声をかけてくる。

 

「助かったぜ、ラウ…むぐ」

 

「え…」

 

 

教室中の目が点となる。

 

ラウラが一夏の唇を奪っていた。

 

 

「お前を私の嫁とする! 異論は認めない!」

 

「……嫁? 婿じゃなくて?」

 

そこではない、そこではない。織斑一夏よ。

今、この状況でそれはマズい。

 

「あんたねえええ!?」

 

「一夏さん、少々お話が…」

 

「そこに直れ、一夏」

 

激高する鈴。

ニコニコと笑みを浮かべているのにまったく目が笑っていないセシリア。

背後に阿修羅を顕現させる箒。

 

「あわわわ…!」

 

「ま、待て! 今回は俺も被害者サイドだ!」

 

 

『問答無用!』

 

 

 

結局全員が千冬から出席簿の一撃を受けるまで騒ぎは続いた。

 

 




本日はここまで。

後半は急ぎ気味になってしまいましたがこれにて原作二巻は終了です。
次は原作三巻となりますがその前に日常編へとなります。

騒動も終わり、一段落の翔介。

しかしそんな彼には最近悩みが。


次回はちょっとした番外編となります。

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