「ここが…」
翔介はとある建物の前に来ていた。
片手には速田からもらったメモが握られている。
そこには星の翼を使いこなすためのヒントがあると言われたのだが。
「坂田自動車整備工場…?」
ここがヒントのある場所だというのだろうか。
どう見ても町工場のようにしか見えないのだが。
「こんにちは~…」
恐る恐ると挨拶をしながら敷地へと入っていく。
整備工場というだけありそこら中に整備中の車や部品が置かれており、油の匂いが鼻を刺激する。
しかし、工場内には誰もおらずシンと静まり返っている。
日曜日なのだから当然と言えば当然なのだが、誰もいないとなるとどうしたものか。
速田にはここでいいと聞いていたのだが。
翔介が途方に暮れていると工場の向こうからエンジン音が響いてきた。
「あっちの方…?」
勝手に敷地内をうろつくことに抵抗を覚えるが、このままここにいても仕方ないと判断したようで音のする方へと進む。
音を頼りに歩いていくとそこにはサーキットが広がっていた。
その上には看板に『坂田レーシングクラブ』と書かれている。
「レーシングクラブ?」
目の前のサーキットをレーシングカートが疾走していく。
風を切って走るカートに乗っているのは翔介より小さな子供たち。
「よーし、良いタイムだ。あと一周‼」
目の前を走っていくレーシングカートに見とれていると男性の声が響き渡る。
随分と立派な髭を蓄え、サングラスをかけた高身長の男性。
翔介はその男性に声をかけることにした。
「あの…こんにちは~…」
「ん? ああ、君が速田さんの言っていた子か。少し待っててくれるかな?」
男性は翔介を一瞥するとまたサーキットの方へ視線を向ける。
翔介もそれに倣ってサーキットに視線を送る。
ブンッと目の前を子供たちが駆るレーシングカートが走り抜けていく。
隣に立つ男性がストップウォッチを止める。
そしてインカムから周りの子供たちへと指示を出す。
「よーし、今日はここまで! 皆、片付けをして今日は帰っていいぞ」
男性が指示を出し終える。
「すまないね、休みの日はクラブの方にいるものだから気付かなくて」
男性はサングラスを外しながら翔介に向き直る。
「い、いえ、突然訪ねてすいません」
「速田さんの頼みだからね。断る理由なんてないさ。話は聞いているよ」
速田が事前に話を通してくれたおかげで説明する手間が省けた。
改めてだが本当に背の高い人だ。
翔介自身、平均より低い身長なため尚更高く見える。
しかしサングラスを外した瞳には優しさをたたえている。
「道野翔介です。よろしくお願いします」
「坂田秀幸だ。こちらこそよろしく」
「あの、速田さんからここに来るといいと聞いて」
翔介は速田に話した悩みを改めて口にする。
「ああ、スピードに対する恐怖心を克服したい、だったね。準備はできてるよ」
「準備?」
そう言って手渡されたのはレーシングスーツとヘルメット。
「え?」
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「あれ?」
気付けばレーシングカートに乗せられていた。
何故こうなった。
「右がアクセルペダルで、左がブレーキペダルになる。曲がるときはハンドルだけでなく体重ごと移動させるんだ」
「ま、待ってください」
「うん? 何かわからないことがあるかな?」
「何がわからないって聞かれるとこの状況がわかりません」
何故こんなことになっているのか。
「スピードに慣れたいんだろう? ならスピードに乗るのが一番さ」
まさかの実践主義。
いや、小難しい理論を話されるよりは翔介も分かりやすいのだがいきなりレーシングカートに乗せられるというのもどうだろうか。
「で、でも僕初めて乗るし…!」
「誰だって初めてはあるものさ。それにスピードは机の上でわかるものじゃない。その身で体感してわかるものだよ」
「だからって…あふ」
言い返そうとしたが秀幸にヘルメットを被せられる。
「まずはその身で体感することだ。アドバイスも理論もそれからだよ」
なんとなくその手法は楯無を思わせた。
彼女も理論より実践。何事も身体で覚えよう主義者だった。
「さあ、行くぞ! ハンドルを握って前を見て」
「ま、ま、待ってください! 心の準備が!?」
「行くぞ!」
秀幸がカートを後ろから押していく。
カートのエンジンからパラパラとエンジンが始動する音が聞こえてくる。
「さ、坂田さん!? 待って待って!?」
「初めはゆっくりコースを一周だ!」
「ふぁあああああああ!?」
翔介は悲鳴を上げながらサーキットへと駆りだされることになってしまった。
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「つ、疲れたぁ…」
翔介はヘルメットを脱ぎ、テーブルに突っ伏す。
結局あの後訳も分からぬままサーキットを五周させられてしまった。
スピードはかなり控えめに走ったがそれでも初めて乗るレーシングカートに疲労困憊であった。
「はっはっは、お疲れ」
秀幸は笑いながらコーヒーの入ったカップを置いてくれる。
「あ、あの…僕どうして乗せられたんですか?」
ニコニコ笑う秀幸に抗議するような視線を送る。
そもそも何の説明もなく乗せられたのだからそうなるのも無理はない。
「その前にどうだった? 乗ってみて」
「どうだったって…正直に言うと怖かったです」
「そうか…でも君が乗っているISよりは遅いんじゃないかな?」
「それは…」
その通りだろう。
そもそもレーシングカートとはいえビギナー向けの代物。
最高速度も旋回能力もISと比べるべくもない。
それに翔介もレーシングカートの本来のスピードよりゆっくり走ったのだから尚更である。
「でも初めて乗ったし…」
「そうだろうね、それが普通だ」
秀幸は翔介の隣に座る。
「誰だって初めては怖いものさ。それが自分の身に危険が及ぶものであるなら」
「じゃあどうして…?」
自分を乗せたのか。
翔介はコーヒーを一口すする。ブラックで淹れられたそれはとても苦かった。
「最初にちらっと見たかもしれないけど子供たちの走りを見てどうだった?」
秀幸は翔介の問いに答えず、逆に問い掛けてきた。
どうだったと言われると。
「凄い、と思いました。僕より小さい子ばかりだったのにあんなに速く走って」
風を切ってサーキットを走り抜ける子供たちの姿が思い起こされる。
走り終えた後のレーシングカートから降りた子供たちの笑顔が眩しく見えた。
「だけどあの子たちも最初は怖がってた。中には泣き出す子もいたよ」
秀幸は懐かしむように語る。
「あの子たちも…」
「そう、人間誰でも初めてもの、自分の知らないものには最初は戸惑うし怖がりもする。だけど何度も何度も続けて行くうちに自分の中で恐怖が楽しさに変わってくる」
秀幸の言いたいことはなんとなくわかる。
翔介もISを上手く扱えなかった時と比べて、乗りこなせるようになってきた時はとても楽しかった。
でも。
「それじゃあ慣れるしかないんですか?」
「そうだね、これは慣れでしかない」
その言葉に翔介はがっくりと肩を落とす。
ここに来れば星の翼のヒントが見つかると思ったのにその答えが『慣れ』と言われてしまうと。
しかし、秀幸がさらに言葉を続ける。
「でも目指すものがあればどんな努力ができる、違うかい?」
「目指すもの?」
「君の目指すものは何だい?」
翔介の目指すもの。
それは…。
『宇宙へ行く』
「目標のために努力する…それは分かります。でも努力が実らないのは…」
「それでも一生懸命やることが大切なんだ。努力は夢を叶えるためと同時にもし夢を諦めた時に自分が後悔しないためにするんだ」
「自分が後悔しないため…」
努力すれば夢は必ず叶う。
そんな言葉をよく聞くがそれが必ず報われるとは限らない。
それでも自分が夢に向かって努力したと後悔を生まないためにするのだと秀幸は言う。
その言葉はまるで秀幸自身に言い聞かせるようにも聞こえた。
「坂田さんも夢があったんですか…?」
「ああ、俺も昔はレーサーを目指していた」
そう言って秀幸は写真立てに目を向ける。
そこには若かりし頃の秀幸と渋めの男性、笑顔の似合う女性、小学生くらいの子どもが写っている。
その口ぶりからすれば彼の夢は叶うことはなかったのだろう。
「でも夢がなくなったわけじゃない。俺の夢は形を変えて『レーサーを目指す子供たちの夢を助ける』という夢に変わったんだ」
「夢の形が変わった…」
「夢が変わっても俺は自分のしてきた努力が無駄だったとは思わないよ」
そう告げる秀幸の表情はとても晴れやかで。
「もしそれでも怖いならその先に夢があると思えばいい。そのスピードの先に夢があると考えればいい」
とてもカッコよかった。
「はい!」
「よし、それじゃ休んだことだしサーキットをもう一周行こうか」
「え」
意外とスパルタな秀幸だった。
ちなみにもう一周といいつつ、夕方まで走り込みの練習をすることになってしまったことをここに付け加えておく。
本日はここまで。
次回でオリジナル展開はいったん終了となります。
速田から紹介された大人と出会い、スピードの先、努力の先にあるものを目指す大切さを覚えた主人公。
まだまだ未熟ではありますが、ここからまた一つ成長していく彼をどうか見守ってやってください。