「やっと帰ってきたぁ…」
翔介は学園前駅に降りると息を吐く。
随分と長くサーキットで走り込みをした疲れがどっと出てくる。
スピードに慣れるためにとにかく走るという特訓だったが、今日だけでは足りないとのことで時間ができたらまた訪れる約束をしてきた。
ただ秀幸からは筋がいいと言われたのは嬉しかった。
駅の時計を見ると帰寮時間ギリギリ。
よくよく考えてみれば一人で随分と長い間街にいたようだ。
最初はカツアゲにあうなんてトラブルもあったが、無事に帰ってこれた。
今日一日で完全に悩みは解決していないが、出会った大人たちのお陰でこれから自分がやるべきことを改めて実感できた気がする。
「……お師匠さまに謝らないと…」
今なら素直に謝れる。
だから学園に帰ったら楯無にちゃんと謝ろう。
電話でもいいのかもしれないが、ちゃんと面と向かって謝るべきだろう。
そうしていると翔介の携帯が鳴りだす。
着信相手は楯無の妹、簪だった。
「更識さん? …もしもし?」
不思議に思いながら通話ボタンを押す。
『翔介、今どこ?』
「今? 今は学園前駅に着いたところだよ」
簪の問いに答える。
しかし、なんだか彼女の声が不機嫌に聞こえるのは気のせいだろうか。
「それじゃあ早く食堂まで来て」
「食堂?」
「責任取って」
またですか、簪さん。
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息を切らせて翔介は寮の食堂へと駆け込む。
数分前の簪からの電話。
『責任取って』という言葉の意味を聞き出そうとするが彼女からは来たら分かると言われ、大急ぎでここまで走ってきたのだ。
ちなみに来たら分かると言われたが、その言葉のニュアンスは『どうでもいいから早く来い』という思いが込められていた気がする。
食堂に入ると周りの生徒たちがざわざわとどよめいている。
その視線の先には。
「ちょっと~、もうなくなったわよ~! 次の持ってきなさ~~い!」
「た、楯無さん、もうその辺で…!」
「あによ、飲まなきゃやってらんないわよぉ!」
場末の居酒屋のような光景が広がっていた。
テーブルを丸々一つ占拠して食堂のスイーツを広げ、空になったコップが辺りに散乱している。
騒いでいるのは楯無。そしてその周りでは一夏たちが必死に宥めている。
「何これ…」
「翔介のせい」
「うわっ!? 更識さん!」
いつの間にか簪に背後を取られていた。
眼鏡の奥の瞳は翔介を非難するように睨みつけていた。
「えっと、どういうこと?」
翔介が問い掛けると簪がジト目でこうなった経緯を説明してくれた。
というのもつい先日、楯無が翔介の相談に乗ろうとしたところあっさり拒絶されたことがよほどショックだったらしい。だが簪の時のようにすぐに諦めず今朝がたもう一度相談に乗ろうと部屋を訪ねたのだが既に翔介は出掛けた後、自分を置いて出掛けてしまったことでさらにショックを受け、今に至るという。
「どうせ私はダメなお姉ちゃんですよ、お師匠さまですよー!」
そう言ってテーブルに突っ伏す楯無。
これは生徒会長の威厳もあったものではない。
周りの生徒もこれが生徒会長なのかと困惑気味だ。
「だから責任取って何とかして」
「何とかって言っても…」
話して何とかなるのだろうか。
いや、そもそも何とかするかは置いておいて謝るチャンスなのも間違いなかった。
翔介は意を決して楯無に近づく。
「あ、翔介」
一夏たちが翔介に気付く。
するとテーブルに突っ伏している楯無もピクリと反応する。
翔介は一夏たちに後は任せてと交代する。
「お師匠さま」
「……」
楯無からの反応はない。
聞こえていないわけはないだろうから、わざとだろう。
ならばこちらから一方的に話し続けるのが得策だ。
「まずはごめんなさい。お師匠さまは僕のこと考えて相談に乗ろうとしてくれたのに無碍にして。でもお師匠さまの気持ちは嬉しかったのは本当です」
嬉しかったのことに嘘はない。
だがそれを口にできる程あの時は余裕がなかった。
自分のことだから自分でやらなければいけない。そんな思いが彼を支配していたのだ。
「でも今日は一人で行けて良かったと思ってます。実はですね…」
翔介は今日あった出来事を話す。
ベーカリーエースの北登夫妻や科特研での新しい装備の話、坂田レーシングクラブでの特訓の話。
楯無は突っ伏しているが口を挟むことなく黙って聞いているのがわかる。
「僕はまだまだ半人前です。色んな人の助けが必要なんです。その色んな人の中にはお師匠さまが必要なんです」
嘘偽りのない正直な言葉を口にする。
翔介には大勢の人たちが関わっている科特研のメンバー、学園の教師陣、今日出会った大人たち、そして師匠である楯無。
彼らの力を借りることで翔介は成長していく。
「だからこれからも僕に指導をお願いします」
翔介は楯無に頭を下げる。
突っ伏す楯無がプルプルと震えている。
泣いているのだろうか。
翔介はそ~っと耳を澄ませる。
「くっくっく…あっはっはっはっは!」
楯無の大笑いが食堂中に木霊する。
「いやぁ~、年下の男の子にこんなに熱烈に必要とされるなんてお姉さんも捨てたもんじゃないわね~」
「なっ…!?」
その話にはいささか語弊がある。
というか語弊ありまくりである。
「そっか~、お姉さんが必要かぁ~。そう言われちゃ断るわけにはいかないわねぇ」
「うぅ…」
今更ながら先程の発言を後悔する翔介。
いや、本当に嘘偽りのない正直な気持ちなのだがこうもイジられると撤回したくなる。
楯無はひとしきり笑うとコップに残ったサイダーを一気に煽る。
こんなこと言うのもなんだがその様子はオヤジ臭い。
本人には口が裂けても言えない。
「ふぅ…こっちこそごめんなさいね。子供みたいなことをして」
「いえ…」
それはいつもの事のような気がするが。
「それにしても…今日一日だけで良い出会いがあったみたいね」
「…はい。色んな人に会いました。悩みながらでもいい、ゆっくりでもいい。後悔しないために努力する。そう教わりました」
「そう…うん、私がいたらそこまで気づけなかったのでしょうね」
楯無の表情が柔らかく、優しく変わる。
「翔介君、私は自分がこの学園で一番強いって自負してる。だけど私も何でもできるとは思っていない。あなたのように誰かを気遣うことは得意じゃないの。だから頼りにならない時もあるかもしれない。それでもこれからもお師匠さまって呼んでくれるかしら?」
「はい、勿論です。お師匠さま」
「そっか、なら明日からガンガン行くわよ」
覚悟は良いかしら?と悪戯っぽく笑う。
翔介はそれに無言で首肯する。
ようやく師弟の間に笑顔が戻った。
「感動的な師弟のシーンを邪魔してすまないが」
二人の背筋がピシッと固まる。
楯無は翔介の背後に視線を向けて固まっている。
ギギギと油の切れた機械のように恐る恐る後ろを振り向く。
そこに立っていたのは翔介の担任、織斑千冬であった。
いつものできる女性のスーツ姿ではなく、寮長時の服装であるジャージ姿。
だが腕組するその威圧感は全く劣らない。
「お、織斑先生…!」
「なあ、更識。寮の食堂は生徒全員の物だとは思わないか?」
「は、はい」
「それなのにそこを占拠して管を捲いている奴がいるらしいのだが、それをどう思う?」
「そ、それは迷惑な人ですねぇ~…」
「そうだなぁ、しかもそいつは本来生徒の模範となるべき生徒会長という話なのだが?」
「それは困ったものですねぇ」
はっはっはと二人して笑い合う。
「来い」
「はい」
有無を言わさぬ一言に大人しく従う楯無。
今回ばかりは言い訳のしようもない。
「それじゃあね…翔介君…。私みたいになっちゃ駄目よ…」
「お、お師匠さま…」
連行されていく楯無の後ろ姿はなんとも切ないものだった。
「お疲れ、翔介」
その背中を見送っていると簪が声をかけてくる。
「お師匠さま、大丈夫かな…」
「いいの、迷惑かけたんだからいい薬」
心配する翔介をよそに妹の簪は随分とあっさりしていた。
家族だからこその気安さなのだろうか。
「やっぱり千冬姉の迫力は凄いな…」
横から一夏たちも合流してくる。
「まあ、ぎこちないのも収まったようだし良いんじゃない?」
鈴が空いた椅子にドカリと座り込む。
「うん、皆には心配かけたね」
「いいえ、翔介さんと楯無さんのお二人が仲違いしたままではわたくしたちも寂しかったですから」
セシリアも笑みを浮かべながらそう告げる。
他の友人たちも頷く。
まだ星の翼を使いこなせてはいないが、これで翔介の悩みもすっかり解決した。
「これで心置きなく臨海学校に行けるな」
「…………あ!」
一夏の一言に翔介は思わず驚愕した。
本日はここまで。
驚異の二回投稿。
ここ最近間が空きながらだったのでたまにはいいかも?
これでオリジナル展開はいったん終了となります。
次回からは原作三巻となります。
悩みもすっきり解決し、主人公たちは臨海学校へ。
だけど主人公にはすっかり忘れていた悩みが。