なんだか空気が張り詰めている気がする。
というのも翔介たちはISスーツを着たまま教官室に集合させられていた。
先程突然実習の中止を告げられここに集められたのだが、その時の千冬の表情からも何か只事ではない事態が起こったことが予想できた。
他の生徒たちは自分たちの部屋で待機となっていたが何故翔介たちだけが集められたのだろうか。
「揃っているな」
ガラリと襖を開けて千冬が入ってくる。その後ろには真耶が着いてきている。
その表情はやはり固い。
「織斑先生、一体何があったのですか?」
この場にいる全員を代表してセシリアが問いかける。
千冬はしばし瞑目すると重々しく口を開く。
「今から二時間前。ハワイ沖で稼働試験を行っていた米国・イスラエル共同開発の軍事用IS『銀の福音』が暴走を始めた。銀の福音は現地の警戒網を突破し逃走。現在日本へと向かって来ている。そこで我々に銀色の福音の停止命令が下された」
ざわっと室内がざわめく。
「どうして僕たちが!?」
「衛星による追跡で福音はここから二キロ先の空域を通過することが分かった。時間にして五十分後。学園上層部の通達により我々が対応することになったからだ」
「だ、だからどうして…」
翔介の動揺も当然のことだった。
これまでも何度か突然の戦闘はあったが今回は今までとは明らかに毛色が違う。
「困惑するのも無理はない。だがこれは既に決定事項だ」
千冬は非常にもそう切り捨てる。
しかし、その表情を見る限り彼女自身もけして納得はしていないのだろう。
それでも上からの命令を無視するわけにもいかないという事か。
翔介も彼女の心情を思えばこれ以上苦言を呈するのは気が引けた。
「教員は訓練機を使用して海域及び空域を封鎖する。よって本作戦の要は専用機持ちとなる」
全員の表情がギッと固まる。
「これより作戦会議に入る。意見があるものはいるか」
「よろしいでしょうか、織斑先生」
早速手を挙げたのはセシリアだった。
「目標の詳細なスペックを教えてください」
確かにこれから戦うのであれば相手の情報があるに越したことはない。
今回は模擬戦ではない。本当の軍用ISと戦うのだから尚更だ。
「わかった。ただしこれらは二か国の最重要軍事機密だ。口外すれば諸君らには査問委員会による裁判と最低二年の監視が付けられる」
「了解しました」
千冬は真耶に指示をすると真耶はパソコンを操作し、銀の福音のデータを映し出す。
「広域殲滅を目的とした特殊射撃型ですか…」
「セシリアのブルーティアーズと同じタイプのISだね」
「攻撃、機動の両方に特化した機体ね。しかもスペック上ではあたしの甲龍以上」
「この特殊武装も厄介だよ。先日送られてきたリヴァイヴの防御パッケージでもどれだけ防げるか…」
「そもそもこのデータでは格闘性能が未知数だ。持っているスキルも分からないのでは立てられる作戦も限られてくる」
セシリア、簪、鈴、シャルロット、ラウラの五人はデータを観ながらそれぞれに意見を交わしていく。
一夏と翔介は未だ状況についていけずただ聞いているだけになってしまう。
「日本政府では偵察も試みたようだが超音速飛行により失敗。それによりアプローチも一回限りだろう」
「一回限りとなると…一撃必殺の攻撃力を持った機体で当たるしかありませんね」
真耶がそう言うと翔介以外の全員の視線が一夏に注がれる。
「ま、待ってくれ! まさか俺が行くのか!?」
「この中で言えば白式の零落白夜が一番適任なのよ」
鈴の言うように白式の単一仕様である零落白夜にはシールドエネルギーに直接ダメージを与えられるという特性を持っている。それであれば例え相手が強固な防御性能を持っていようとも確実にダメージを与えられる。
従ってこの作戦において一番最適な人選と言えるだろう。
ただ。
「どうやって一夏を運ぶか、だね」
零落白夜の弱点。使用の際に自らのシールドエネルギーを消費してしまうこと。
この作戦を成功させるためにはエネルギーの全てを攻撃に費やす必要がある。その為、できうる限りエネルギーの消費を抑えなければいけない。
「移動に関しても目標に追いつける速度を出せる機体でなければいけないな」
交わされる意見の中、千冬は一夏に視線を向ける。
「織斑、これは訓練ではない。覚悟がないのであれば、無理強いはしない」
突き放すような言い方にも聞こえるが、そこには姉としての想いが入り混じっているように聞こえた。
一夏もそれを感じ取ったのか、困惑した表情からその瞳に強い意志を宿す。
「やります、俺がやります」
「よし、では作戦の具体的な内容に入る。この中で最高速度を出せる専用機持ちは誰だ?」
千冬がそう問いかけるとセシリアが挙手する。
「それならわたくしが。本国から強襲用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』が送られてきました。超高感度ハイパーセンサーも搭載されています」
パッケージとはいわば、換装パーツの事だ。
単純な武器の追加だけでなく、アーマーやスラスターなど装備一式のことを指しその機体の特性をさらに高めるものが多い。
「ふむ…確かに適任か」
「あの織斑先生」
すると簪もスッと手を上げる。
「どうした、更識」
「最高速度という事であれば翔介の打鉄も」
「え、僕の?」
驚く翔介。しかし、それもおかしい話ではない。
彼の打鉄の背に取り付けられた『星の翼』は元は大気圏離脱、宇宙空間での高速飛行のために作られたジェットエンジンだ。IS用に作り直したとはいえ、その性能はけして劣ることはない。
その気になればこの中のどの機体より早く飛ぶことが可能だ。
「いや、今回道野には教員と同じ空域及び海域の封鎖に入ってもらう。福音相手に打鉄では装備が良くても分が悪い」
それに、と千冬は心の中で一人続ける。
確かに星の翼の最高速度はこの中の誰よりも早く飛ぶことが可能だ。しかし、それは最大稼働させた場合だ。
千冬は楯無の報告から未だ星の翼を十全に使えていないという報告を受けていた。そんな彼を無理矢理戦場に放り投げるわけにはいかない。
入学して最初の試合の時のように土壇場で使いこなすなんて奇跡は何度も起こせるものではない。
「ではここはやはりオルコットさんのブルーティアーズを…」
決定ですね、と真耶が言いかけたその時。
「はいは~~い、その作戦に異議あり~~~!」
どこからか声が響いてきたかと思えば、畳がガパリと開き中から不思議の国のアリスもかくやという青いエプロンドレスの女性・篠ノ之束が飛び出してきた。
「…山田先生、関係者以外は退去させるように」
「は、はい!」
真耶が束を退去させようとするもスルリスルリと躱していく。
「ちーちゃん、ちーちゃん! ここは断然‼ 紅椿の出番なんだよ‼」
束はそう言うとどこから取り出したのか数枚のディスプレイを起動させ、部屋中に画像を映し出す。
「この展開装甲をちょちょいと調整すれば…ほい! これでスピードはばっちり!」
そこに映し出された数値を見て千冬がムウ…と唸る。
確かに表示された数値であれば今回の作戦には十分に対応することができるものだった。
「展開装甲…?」
博学な簪ですら聞いたことのない単語のようだ。
「では束さんが特別にレクチャーしてあげよう! 展開装甲は第四世代ISの装備だよ!」
束がそう告げた途端、部屋中の空気がどよめく。
『第四世代IS』
彼女は確かにそう言った。この言葉の意味はIS座学テスト平均点ギリギリな翔介でも理解できた。
第一世代はいわば『ISの完成』を目的にしたもの。
第二世代は『後付け装備による多様化』を目的にした機体。翔介の駆る打鉄とシャルロットのリヴァイブがこれに当たる。
そして第三世代が『操縦者のイメージ・インターフェイスを利用した特殊兵器の実装』を目的にした機体。セシリア、鈴、ラウラ、簪、一夏たちなど現行の代表候補生たちの機体はこれに含まれる。
現段階で第三世代は各国で開発を競い合っている最中である。
それも膨大な時間、資金、人材を投入して、である。
それをたった一人にあっさり追い越されてしまったのだ。もしこれが世界中に知られればどんなことになるのか。
「第四世代は『パッケージ換装を必要としない万能機』を目的にしたものだよ。現在では机上の空論、夢のまた夢。でも束さんならこの通りだよ!」
周りの気持ちなどどこ吹く風。
以前彼女は天災であると言っていたがまさにその通りである。
「…束、言ったはずだぞ。やり過ぎるなと」
千冬が厳しい表情でそう告げるが、それに対しても束はあははと笑うだけだった。
「…話を戻すぞ。束、紅椿の調整にどれくらいかかる?」
「織斑先生⁉︎」
声をあげたのはセシリアだ。
今の千冬の台詞から作戦メンバーが箒に変わったのを理解したのだろう。
「わたくしとブルーティアーズならきっと成功させてみせますわ!」
「パッケージのインストール」
千冬がセシリアを見やる。
暗に準備にどれくらいかかると聞いているのだろう。
セシリアが言い淀む。
「ちなみに紅椿の調整なら七分で終わるよー」
「決まりだ。作戦開始は今から三十分後。織斑、篠ノ之両名による銀の福音の追跡及び撃墜作戦を始める。作戦に参加しないメンバーは教員と共に作戦空域の封鎖を行う」
『はい!』
部屋にいた全員が答えるとそれぞれ自身の準備を始めた。
そんな中、翔介は箒に声をかけようと近づいた。
箒は束によって調整されている紅椿の近くにいた。
「篠ノ之さん」
「道野か、どうした?」
「いや、大丈夫かなと思って。いきなり作戦メンバーに決まったみたいだから」
確かに紅椿は優秀な機体だが、肝心の箒は今日初めて動かしたばかりだ。それなのにこんな大役を任されたのだ。もし自分であったらと思うと心配になるのも無理はない。
「心配ない。この紅椿があれば例え軍事用ISだろうと負けはしない」
「う、うん…」
自信ありげにそう答える箒。
普段であれば頼もしいはずの言葉なのだが、何故か一抹の不安を覚える。
「はい、調整終わったよー!」
「それじゃあ作戦が終わった後にまた会おう」
「うん…」
紅椿の下に向かうその背中を翔介は心配そうに見送るのだった。
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作戦開始まで残り数分。
翔介は指定されたエリアで待機していた。
一夏と箒以外の専用機持ち、教員たちも各空域及び海域封鎖のためにばらけている。
翔介はその中でも銀の福音とのアプローチ箇所に比較的近い空域を割り当てられた。
『各員状況報告』
千冬からの通信が入る。
「道野翔介です、こちらは異常ありません」
『今織斑と篠ノ之の両名が出撃した。目標との接触まで一分だ。各員気を抜くなよ』
どうやら一夏と箒は出撃したようだ。
自分たちの役目は銀の福音が逃げ出さないようにすることもそうだが、作戦領域に一般人が入り込まないように見張る役目もある。
一般人が入り込めば作戦遂行に支障が起きる可能性があるからとのことだ。
「無事に戻ってきてくれるといいんだけど…」
『織斑君と篠ノ之さん、銀の福音と交戦開始しました!』
始まったようだ。
後は二人の無事を祈るしかない。
二人な絶対に無事に帰ってくるとは思うが…。
「篠ノ之さん…大丈夫かな…」
出発前の箒の様子。
あれは突如手にした力に舞い上がっているように見えた。
かつて故郷の知人が言っていたが『自らの力に自信を持つのはいいが、それに自惚れるては痛いしっぺ返しを受ける』と。
先程の箒の態度がその自惚れなければいいのだが。
交戦開始から五分が経過した。
まだ戦況の報告は来ていない。こちら側に銀の福音が逃げ込んだ様子もない。
このまま何事もなく終わればいいとそう願う翔介。
『き、緊急事態です! お、織斑君が負傷! バイタルサイン低下!」
翔介の願いは儚くも崩れた。
そして想像するだに一番最悪の状況だ。
「織斑君が!? 織斑先生!」
『狼狽えるな! 専用機持ちの生徒は持ち場を離れるな! 教員はすぐに現場に…』
「僕が行きます!」
『待て! 道野‼』
翔介は千冬の制止の声も無視して星の翼を起動。
一夏たちが銀の福音と戦っている区域へと向かった。
「二人とも…無事でいて!」
本日はここまで。
事態は急展開を迎える。
一夏と箒は無事なのか。
翔介は間に合うのか。