花月荘の臨時作戦指令室となった教官室。
室内の空気は冷え込んでいた。
真耶が頻りに壁の向こうへ視線を向ける。
その先には銀の福音との戦闘で負傷した一夏が眠っている部屋がある。
外傷の治療は済んでいるが、今だ意識が戻っていない。
「……山田先生、道野の反応は?」
「道野君の反応が消えた海域から数キロ範囲で索敵をかけてますが…」
「戻りました…」
襖をあけてセシリたちが入ってくる。
彼女たちにも翔介の捜索を指示したのだが…。
「…どうだった?」
彼女たちは一様にして首を横に振る。
「翔介さん、一体どこに…」
「無事でいてくれるといいのだが…」
「でもあいつ、泳げないんでしょ? 海に落ちたとなれば…」
それに泳げる泳げない以前に海のど真ん中ではどれだけ泳ぎが達者だとしても助かる見込みは少ない。
運よく海流に乗り、どこか陸地に流れ着いてくれればいいのだが。
状況はどこまでも最悪だ。
銀の福音への鍵である織斑一夏は意識不明。
それを救出に入った道野翔介も消息を絶っている。
銀の福音も翔介を撃破した後にどこかへと姿を晦ましてしまった。
「箒はどうした…?」
「篠ノ之さんは織斑君のところに」
箒は帰還してからずっと一夏の傍に着きっきりで看病している。
「はぁ…」
すると鈴がため息交じりに踵を返す。
「鈴さん、どちらへ?」
「悲劇のヒロインのところにね」
そう言うと鈴は教官室を出ていく。
「大丈夫でしょうか?」
心配そうに見送るセシリアの肩にシャルロットが手を置く。
「箒のことは鈴に任せよう。それよりも僕たちは僕たちで」
「うむ」
四人はそれぞれ目配せをすると教官室を退室する。
その様子を見ていた二人の教師。
「皆、思ったより落ち着いていますね」
「……山田先生。これから先、何が起こっても私たちは静観しよう」
「え!? いいんですか?」
「…小娘には小娘たちの意地という物がある。それよりもう一度道野の索敵を。今度は精度を上げて、狭く深く」
「…了解です」
真耶はモニターに視線を移し、翔介を見つけるべくセンサーを操作する。
さて、と千冬は頭の中で後々提出することになるであろう報告書の文面を考えることにした。
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教官室を出た簪は自身の小型パソコンを手に目の前に並ぶ専用機たちの調整を行っていた。何度も何度も同じ項目を見返してはそれぞれの操縦者の特徴や癖に合わせていく。
これから自分たちがやろうとすることを考えれば念には念を入れることに越したことはない。
するとポケットに入っていた携帯が着信音と共に振動する。
はて、と携帯を見るとそこには姉・楯無の名前が表示されている。
「お姉ちゃん…」
通話ボタンを押し、耳に当てる。
「もしもし…」
『大丈夫? 簪ちゃん』
通話の第一声がそれだった。
その様子を見る限りこちらの状況は伝わっているようだ。
IS学園生徒会長であると同時に裏世界の番人たる更識家の当主。今後のことも考えれば彼女にも情報が行くのは当然の行為であった。
『翔介君は?』
「まだ見つかってない…」
『そう…』
「お姉ちゃん、もし翔介に…」
何かあったら。
他の皆の前では敢えてその不安を隠していた。不安なのは皆同じだから。だから自分だけが不安を口にする訳にはいかなかった。
だが姉の声を聞いた途端、蓋をしていた不安が口を突いて出た。
それが姉への甘えであることは理解している。
前までの簪ではこんなことは無かっただろう。そうなれたのも翔介や友人たちのお陰だった。
『大丈夫よ、簪ちゃん。翔介くんは私が見込んだお弟子だもの。そう簡単にどうにかなる子じゃないわ』
楯無がそう告げる。
穏やかで平凡なれど、今まで二度の危機にも見事に潜り抜けてきた翔介。楯無の厳しい訓練にも噛り付いている彼なのだ、無事に決まっている。
「お姉ちゃん…」
その言葉に頼もしくもあり、まるで自分に言い聞かせるようなそんな心細さを感じる。
それもそうだろう、姉と翔介は師弟関係。心配する気持ちは誰よりも大きいはずだ。
『簪ちゃんたちは…行くつもりかしら?』
「…うん。皆で…」
『そう…』
楯無はこれから簪たちがやろうとしていることに察しているようだ。
『私はそこに行くことはできないけれど、やるなら絶対に勝ってきなさい』
「うん、絶対に」
簪は力強く応えると通話を切った。
IS学園生徒会室。
会長のリクライニングチェアに座りながら自分の携帯をぎゅっと握りしめる。
「そう、大丈夫、きっと…」
楯無は一人自分に言い聞かせた。
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「一夏…」
花月荘の一室。
目の前には一夏が布団の上に横たわっている。
自らの増長が一夏を傷つけた。そして自分たちを逃がすために一人残った翔介もまた行方不明になってしまった。
「全て私のせいだ…」
自己否定の嵐。
自分はいつもそうだ。強い力を手にした途端、増長し周りが見えなくなってしまう。そんな自分の精神の幼さが、未熟さが酷く自信を苛む。
「あー、あー、わかりやすいわね」
スパンと襖を勢いよく開けて鈴が入ってくる。
「あのさぁそうなったのはあんたのせいってことで良い?」
ずけずけと鈴は部屋の中へと入ってくる。
普段の彼女であれば激昂してもおかしくない台詞だが今の彼女に甘んじてそれを受けていた。
それは紛れもない事実だから。
「一夏もそうだけど、翔介も馬鹿よね。弱いくせに一人で残ってあんたたちの事逃がして、自分は海に落っこちたなんてねぇ」
ガバッと鈴が箒の胸ぐらを掴む。
「それで落ち込んでますってポーズ!? ふざけんじゃないわよ!」
烈火のごとく捲し立てる。
「今、やらなきゃいけないことがあるでしょ!?」
「私は…もうISは使わない…」
バシンッ!
乾いた音が部屋に響く。
「甘ったれてるじゃないわよ! あんた自分がどんな立場にいるかわかってんの!?」
頬を張られ、床に倒れた箒を無理矢理立たせる。
「あんたには一夏を傷つけた責任と、翔介に助けられた責任の二つがあんのよ!」
傷つけた責任、助けられた責任。
そのどちらも箒が背負わなければならないもの。
箒が血が滲むほどに口を噛み締める。
「今更…今更私にどうしろと言うんだ…! 一夏を救えず、道野を見捨て…!」
どちらも命を懸けて立ち向かった。
そう、自分以外の誰かのために。
なのに自分は。
「だからここで泣いて反省してますって? あんたがやるべきことはそんな事じゃないでしょ!」
「ならば何をする! また戦うか!? 奴の場所すらわからないというのに!」
現在、銀の福音は消息不明だ。
再戦しようにも相手がいないのでは話にならない。
「もし分かったとしてどうするわけ? 今の腑抜けたあんたで戦えるっての?」
「……っ!」
もう一度戦えるか。
一夏を、翔介を倒した相手に今一度立ち向かうことはできるのか。
箒は自らに問い掛ける。
「戦う。そして次は必ず勝つ!」
その瞳に消えかけていた闘志が燃え上がる。
それを見た鈴はニヤリと笑い掴み上げていた胸倉をパッと離す。
「ようやく本気になったわね。あ~、めんどくさかった」
やれやれと言った様子で肩をすくめる。
「む、むぅ…鈴、お前はもしかして私を…」
「勘違いすんじゃないわよ! ウジウジしてるアンタが鬱陶しかったってだけよ!」
そう言ってそっぽを向く。
口ではそう言うが彼女なりの励ましだったのだろう。
「だが実際にどうする? 奴の居場所は…」
「わかるぞ」
ガラリと襖を開けて、今度はラウラたちが入ってきた。
「お前たち…」
「良かった、あのまま殴り合いになるんじゃないかって心配になったよ」
「本当ですわ。鈴さんももっと言い方があるでしょうに」
「あたしは回りくどいのは嫌いなだけよ」
フンと鼻を鳴らす鈴。
その様子に全員が苦笑する。
「そうだ、ラウラ。わかるとはどういうことだ?」
「そのままの意味だ。銀の福音の居場所なら特定済みだ」
そういってラウラはブック端末を操作してみせる。
「ここから三十キロ離れた沖合上空に目標を確認した。ステルスモードに入ってはいるが光学迷彩は装備していないようだ」
「ど、どうやって…」
「私の出自を忘れたか? 我がドイツ軍の衛星で捜索させた」
小さい胸を張ってドヤ顔を決める。
「流石はドイツ軍特殊部隊長」
「皆のISは私が調整しておいた。皆のパッケージもインストールしてある」
「準備万端ね、さて…」
全員が箒に視線を送る。
「…ああ、行こう。そして今度こそ勝つ!」
「よし、それじゃあ作戦立てるわよ!」
『おお!』
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海上二百メートル。
そこに銀の福音はまるで胎児のようでありながら、卵を温める母鳥のような穏やかさがある。
頭部には翔介から受けた傷が残っている。自動修復機能によりその傷は少しずつ回復しているものの完璧に修復されるにはまだ時間がかかるようだ。
休止状態に入っていた福音が不意に頭を上げる。
ドンッ!
福音の頭部に突如砲弾が着弾、爆発を起こす。
「初弾命中! 続けて行く!」
福音から五キロほど離れた陸地からラウラはレールカノンを構えながらすぐさま次弾を装填する。
今回のレールカノンは通常のそれとは違う。
八十口径レールカノン『ブリッツ』。これはシュヴァルツェア・レーゲンの砲戦パッケージ『パンツァー・カノニーア』による装備だ。
普段は一門の砲台が二門に増え、左右の肩それぞれに装備されている。
他にも四枚の物理シールドも増え、砲戦と防御性能が上昇している。
スコープを覗くと、既に福音がラウラを察知してこちらに近づいてきている。
「やはり早いな…!」
接近してくる福音に砲撃を続ける。
福音は持ち前の回避性能や砲撃で撃ち落としながら近づいてくる。
砲戦パッケージは砲戦と防御性能が向上するがその分機体の機動力が損なわれてしまう。
福音が彼女の懐に飛び込んでくる。
「くっ…!」
「させませんわ!」
だがラウラと福音の間にレーザーが走る。
レーザーの先にはセシリアがライフルを構えていた。
こちらも新型レーザーライフルを装備している。
大型レーザーライフル『スターダスト・シューター』だ。全長二メートル以上を誇る。以前のスターライトmkⅡより火力が上昇している。
というのもブルーティアーズの特徴である六機のビットは砲口をふさぎ、腰部へスカート上に接続されスラスターとして運用されているためだ。
これがブルーティアーズの強襲用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』だ。
圧倒的な機動力と長距離ライフルでの狙撃、ステルス機能、超高感度ハイパーセンサー『ブリリアント・クリアランス』を有している。
ハイパーセンサーにより五百キロを超える速度での反応を補える。
福音はセシリアの射撃を避ける。
するとその背後にオレンジ色の機体が接近する。
「遅いよ!」
シャルロットは二丁のショットガンをその背中へ放つ。
姿勢を崩す福音。
すぐさま姿勢を直した福音はシャルロット目掛けてエネルギー弾を撃つ。
「それくらい!」
シャルロットは実体とエネルギーの両方のシールドを展開する。
堅牢な盾がエネルギー弾を防ぐ。
これがリヴァイブの専用防御パッケージ『ガーデン・カーテン』だ。
二枚の実体シールド、エネルギーシールドの計四枚のシールドを増設した文字通り防御に特化したパッケージだ。
彼女はお得意の『高速切替』によりアサルトカノンを呼び出し、防御をしながら反撃を行う。
それを回避する福音。
だが距離を取った瞬間、ラウラの砲撃、セシリアの高機動射撃、シャルロットの高速切替を使用した波状攻撃と福音に確実にダメージを与えていく。
すると福音は三人の射撃の穴を見つけるとスラスターを開き、離脱を図る。
「掛かったわね! 簪‼」
「行って‼ 山嵐‼」
隙をついて離脱したはずがそれも彼女たちの作戦だった。
簪の放った山嵐はマルチロック・システムのミサイルポッドで彼女の作り上げた打鉄の後継機、打鉄弐式の最大装備である。
六基×八門、計四十八発の独立稼働型誘導ミサイルで本来であれば一発一発が独自に相手を狙うという装備だ。惜しむらくはまだそのシステムは完成されておらず、通常の単一ロックオン式となっている。
だがこれだけのミサイルを回避するのは厳しい。
そこに鈴が肩の衝撃砲をミサイルへ向けて放つ。
鈴の衝撃砲も機能増幅パッケージ『崩山』により強化され、砲口が四つに増設。さらに不可視の砲弾は赤い火を纏った砲弾に変わっている。
衝撃弾が着弾したミサイルが誘爆し、辺り一面に黒煙が巻き起こる。
今回の作戦のために簪は爆薬を抜き、その代わり煙幕を装填している。
操縦者に依存しない福音だが、センサーが上手く作動しない。
どうやらこの煙幕は目暗ましだけでなく、チャフも混じっており福音のセンサーを妨害していた。
どちらに逃げるべきかと辺りを見渡す。
「貰ったあああ!!」
黒煙を捲き上げ、箒と鈴がそれぞれの獲物を手に斬りかかる。
虚を突かれた福音は後退しながら二人の攻撃を何とか躱していく。
纏わりつく二人を振り払うようにスラスターの砲門を開いて放つ。
「箒、鈴! 下がって!」
二人の前にシャルロットが飛び込みシールドを広げる。
前回戦闘では展開装甲を多用したためエネルギー切れを起こしてしまったのも敗因であった。その反省を生かして今回は防御時での発動を切っている。それができるのもシャルロットが防御を一任してくれたためだ。
「距離を取ったな! 一斉射撃!」
ラウラの合図で全員が一斉に福音へ弾幕を張る。
福音に一切の反撃を与えない波状攻撃。
相手のペースに乗らないためにも、相手の動きをとことん封殺していく。
これが彼女たちの作戦だ。
これなら、これならば福音を打倒できる!
だが。
一斉射撃の爆炎の中、福音の様子がおかしい。
福音の外装や翼が徐々に変化していく。
「これは…!」
「『第二形態移行』‼」
ビキビキと翼が変形しいき。
『KYAAAAAAAA‼』
まるで女性のような叫び声をあげ、エネルギー状の翼が生える。
「なんだと…」
「ったく! どこまでも面倒なやつね!」
突如として進化した福音を前に少女たちは今一度武器を握り締めた。
本日はここまで。
失意の中、仲間たちと共にもう一度立ち上がった箒。
福音相手に善戦するも、突然の第二形態移行により予断を許さない状況。
果たして彼女たちはこの危機を脱することができるのか。
そして一夏と主人公は。