夏休みが始まった。
一カ月近くある長い休み。やりたいことはいっぱいある。
お盆には故郷に帰省することになっており、それまでは学園で過ごすことになる。すぐに帰省しない生徒たちも残っており、それほどいつもの風景と変わらぬように見える。
さて、肝心の翔介だが現在生徒会室に集められていた。
というのも夏休み明けの学校行事に向けた生徒会の会議があるからだ。
「学園祭ですか?」
「夏休みが終わって一番最初の学校行事ですよ」
翔介が首を傾げると向かいに座る虚が教えてくれる。
話には聞いたことがあったが、今まではとんと縁のない行事だったために今からワクワクしてくる。
「それでね今年のステージイベントのゲストを決めようと思ってね」
これも虚が教えてくれたが毎年文化祭には外部からのゲストを呼ぶのが恒例となっているそうだ。ゲストは芸能人やアイドル、お笑い芸人などを生徒たちから募集して決めているらしい。一年生が臨海学校に向かったときから募集が始まっていたそうだ。
ちなみに翔介は芸能人はよくわからず応募はしていなかった。
「それで今年のゲストは誰になるんですか?」
「色々な案はあったけど一番票数が多かったのは『詩月梢』ね」
「詩月梢?」
知らない名前だ。
「あら、翔介君は知らない?」
今度は楯無が説明をしてくれる。
詩月梢。
二年前から彗星のごとく現れた歌姫だ。その美しい容姿と美声であっという間に頂点に登り詰めたという。
「へぇ~、でもそんな凄い人呼べるんですか?」
「普通なら無理ね。でもそこはIS学園。使える手はどこまでも使うわ」
「…間に合うんですか?」
学園祭は夏休みが明けて一月後。今から交渉したとして学園祭本番に間に合うのだろうか。色々と打ち合わせもあるだろう。
「そこは…事前にある程度どんなゲストでも対応できるように段取りを組むしかないわね。難しいとはいえ生徒の総意を無視するわけにはいかないからね」
生徒の自主性を重んじるIS学園としてそれは出来るだけ避けたいところ。
それに年に一度の学園祭。できれば派手に行きたい。
「まあ、呼べるかどうかは今後の交渉次第として。その前に翔介君」
「はい?」
「お姉さんとまたデートしない?」
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次の日。
翔介は寮の入り口で楯無を待っていた。待っている間、わん太郎とボールで遊んだりと暇つぶしをしていた。わん太郎もすっかり寮のアイドルとなっていた。元より人懐っこい性格と愛らしさで受け入れられるのにそう時間はかからなかった。
「お師匠さま、遅いなぁ」
待ち合わせの時間から随分と経っている。
とはいえまだ本日の目的の時間からは余裕がある。
昨日、楯無がデートと称したが本当の目的は詩月梢のコンサートへ行くことだった。
どうやら今回のゲストの件もあり、下見という名の下に裏で二人分のチケットを入手したようだ。
それにしても以前、裏世界の要と言っていたが割と庶民的なことに権力を使っていいのだろうか。
「お待たせ~」
「あ、お師匠さま。遅いです…よ…?」
声をかけてきた楯無の方のへと視線を向けると思わず仰天してしまう。
というのも楯無の格好。
梢LOVEとデカデカとプリントされたシャツ、そして何故か両手には色とりどりのサイリウムが指の間にそれぞれ挟み込んでいる。
度々出掛ける時の大人な格好からしてみれば突破としか言えない格好であった。
「もう、そういう時は全然待ってないよって言うところよ?」
楯無は口を尖らせて抗議してくるがそれどころではない。
「お師匠さま、なんですかその格好?」
「何って…コンサートの正装じゃない」
さも当然のように言ってのける。
いやいや、そんな心底不思議そうな顔をされても困る。
「これから行くのはコンサートよ? それならそれ相応のドレスコードというものがあるのよ」
ドレスコードなんて御大層なものではないと思うが、経験のない翔介は彼女の言葉を信じるしかなかった。
「僕もその恰好にした方が良いんですか?」
「いや、別に押し付けるつもりはないわよ」
「そ、そうですか…あれ、そもそもお師匠さまそんなに好きだったんですか、詩月梢さんって人の事?」
割とノリと勢いで物事を進める時もある楯無だが、この格好は勢いだけで用意するものでもない。
「そうね、コアなファンっていうほどではないけど同じ女性として尊敬しているわ」
尊敬の証が梢LOVEシャツなのか。
翔介の知らない世界が広がっている。
「さあ、そろそろ行きましょうか」
「は、はい」
翔介はわん太郎の頭を一撫ですると、先に歩き始める楯無の後ろを追いかけて行った。
学園前駅から電車に乗り、途中電車を乗り換えてようやくコンサート会場へと到着した。
会場は大きなドームで既にその前に大勢のファンが並んでいる。
二人は列の後ろに並び、順番を待つことに。
周りのファンの格好は楯無と同じような格好をしているものもいれば、翔介と同じように普通の格好をしている人もいる。
だがどの人も一様に楽しそうに今か今かと心待ちにしている様子を見ているとどうしてもファンでも何でもない自分がここにいていいのかと心許なくなってくる。
「あの、僕浮いてませんか?」
「あら、そんなこと気にしてるの? 大丈夫よ、元々今日は学園祭の下見みたいなものなんだし」
確かに今日は学園祭のゲストの下見というのが本来の目的である。
だが、だからこそ場違い感を感じるのだ。
「それなら、はい」
すると楯無はポケットから自分の携帯を取り出しそこにイヤホンを取り付ける。そして片方のイヤホンを差し出してくる。
「事前学習ってことで」
イヤホンから聞こえてくるのは澄んだ綺麗な歌声。
「これが…?」
「そう、詩月梢よ」
そう言って楯無はもう片方のイヤホンを自分の耳にはめる。
「翔介君、もっとこっち来なさい。あんまりイヤホン長くないから」
「あ、は、はい」
何気なしにそう告げる楯無だが翔介はどうにも気恥ずかしさを覚える。
というのも今二人がやっているのは時折街中で見る仲の良い男女がよくやってる風景。仲のいい男女程その距離は近くなるらしいがこれは非常に恥ずかしい。
勿論、近寄るなと言われるほど嫌われるよりは全然いいのだが。
このお師匠さまはどうにも自分を弟か何かと思っているのではないかと思う時がある。接し方が簪と同じような時があるような気がしないでもない。
これだけ距離が近いのも少し考えものである。
「あ、そろそろ開場みたいね」
気付けば列が動き出しどんどん入場していく。
二人も人の流れに従い会場内へと入っていく。
中に入るとやはり外とは違って人混みでぎゅうぎゅうだ。
「やっぱり中は混んでるわね。翔介君、はぐれないように…」
楯無が翔介に注意を促そうと後ろを振り向いた途端、ドンと彼女に肩に他のファンの肩がぶつかる。
普段はこの程度では微動だにしない楯無だが、不意打ち気味にぶつかってしまいその身体がよろける。
「わ、おっと…!」
「お師匠さま!」
よろける楯無の手を翔介が寸でのところで掴む。
お陰でなんとか楯無は転ぶことはなかった。
「大丈夫ですか?」
「え、えぇ、ありがとう」
「人も多いし気を付けてくださいね」
「ええ、まったく注意しておいて自分が不注意なんて世話ないわね」
楯無は決まり悪そうに笑う。
しかし、すぐにその笑みはニヤッと意地悪な笑みに変わる。
「ところで翔介君」
「はい?」
「いつまでお姉さんの手を握ってるつもりかしら?」
「え、あ! ごめんなさい!」
楯無に言われて咄嗟に楯無を掴んでからずっとそのままだったことを思い出した。
翔介は慌ててその手を離す。
「踊り子にタッチは禁止よ~?」
「だ、誰が踊り子ですか」
翔介は顔を赤くしてそっぽを向く。
楯無はクスクスと笑う。だが先程まで握られていた手に視線を落とし、しばらくじっとその手を見つめる。
「あの、お師匠さま?」
翔介に声をかけられるとさっと視線を上げる。
「ん、何かしら?」
「もう座席まで行けるみたいですよ」
「そうね、行きましょうか」
二人はそのまま自分の座席へと向かった。
彼らの座席は広い会場の真ん中程。ステージからは離れている観賞するには十分な距離だろう。
「そろそろ始まるわね。翔介君、始まったら立ちっぱなしになると思うけど大丈夫かしら?」
「大丈夫ですよ、立ったり座ったり繰り返すのは畑仕事で慣れてます」
「それとはまた違うと思うけれどね…」
そんな会話をしているとブーッと開演のブザーが鳴る。
さっきまでざわざわしていた客席がシンッと静まり返る。
すると会場の照明が消え、音楽が流れ始める。
そしてステージの中央の床が開き、そこから一人の女性がゆっくりとせり上がってくる。
絹のように長く美しい黒髪がさらりとなびく。
彼女こそが詩月梢だ。
その瞬間、会場全体から歓声が沸き上がる。
梢は手にしたマイクを口元に運ぶ。
スッと息を吸い込み、歌い始める。
その瞬間、翔介の身体に衝撃が走る。
始まる前に楯無の携帯でも歌を聞いたが、生の歌声は全然違った。
今までで感じたことのないような衝撃。全身の毛が逆立つような感覚。
これを言葉にするのならば『感動』というのだろう。
その後のことは覚えていない。
気付けばコンサートは終わり、楯無と一緒に帰路に着いていた。
その間の彼女との会話も覚えていない。
ただ一つ。
心に決めたことがある。
次の日、CDを買いに行こう。
本日はここまで。
間が空いてしまい申し訳ありません。
次回は出来るだけ早く投稿できるようにしたいです。
女性歌手に目覚めた主人公。
主人公は早速街へと出掛けることに。