インフィニット・ストラトス -光の約束-   作:メビネク

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66話

「問題…?」

 

女性マスターの言葉に翔介が固まる。

それというのも芸能人で問題なんて言葉を聞けば、幼い頃にテレビで見た芸人の不祥事やら何やらを思い浮かべてしまう。

 

するとマスターはそれを察したかのようにすぐに否定をしてくる。

 

「ああ、問題と言っても悪い事じゃないから心配しないでいい」

 

彼女の言葉にホッとする。

だがそれならば詩月梢の抱える問題とは一体何なのだろうか。

女性マスターは一冊の週刊誌を取り出すと差し出してくる。

それは割と有名なゴシップ週刊誌のようだ。

 

週刊誌の表紙には大きな見出しで『詩月梢、女優へ転向か』と書かれていた。

 

「女優?」

 

「ああ、最近詩月梢は女優への道を考えているそうでね」

 

「それが問題なんですか?」

 

問題というからどんなものかと思ったがむしろ詩月梢の活躍の場が広がるチャンスなのではないだろうか。

だが女性マスターは渋面を浮かべる。

 

「詩月梢は歌い手だからさ」

 

「歌い手だから? それがどうして?」

 

「もし詩月梢が女優業を始めた場合、歌手業が疎かになると考えられているのだろう。女優と歌手の二足の草鞋は難しいからね」

 

「そんな事…」

 

「少年、もしもう詩月梢の新曲が聞けないとなったらどう思う?」

 

女性マスターがそう問いかけてくる。

翔介は一日前にファンになったばかりだ。そこまで思い入れがないと言われればそうなのだが。

 

「それは少し困る、かも…」

 

だがファンになったばかりだからこそ詩月梢の歌が聞けなくなるのは寂しかった。

 

「そういう人たちが多いんだよ。それに今までそんな経験のない人間が女優をやろうとすること自体に許せないという人もいるんだよ」

 

「そんな人もいるんですか?」

 

「ああ、いる。たまに聞くだろう。俳優が声優をやって揉めること」

 

そう言われてもいまいちピンと来ていない翔介。女性マスターは「とにかくそういうことがあるんだ」と続ける。

 

「だからね、今まで歌い手だった詩月梢が女優になることを嫌がられることもあるんだよ」

 

女性マスターは少し遠い目をしながらそう呟いた。

その瞳にはどこか憂いを帯びていた。

彼女の話を聞けば、それが詩月梢の問題になっている理由が良くわかった。

しかし、そこで一つ疑問が浮かんできた。

 

 

「詩月梢さんはどうしたいんだろう…?」

 

 

翔介の言葉に女性マスターはキョトンとした様子で視線を向ける。

 

「どうしたい、とは?」

 

「あ、えっと、何が問題になってるかは分かったんですけど…。詩月梢さんは女優になりたいのかなって…」

 

歌姫が女優になることを望まない者がいることはわかった。しかし、それとは別に詩月梢が女優をやりたいのかそれが気になっていた。

彼の疑問に女性マスターはキャンディーを口から取り出して思案する。

 

「それは…どうだろうね。詩月梢本人に聞いてみないと。なんでそう思ったんだい?」

 

「昨日のコンサートで本当に楽しそうに歌ってたんです。そんな人がこんな話が上がってくるってことはやっぱり女優になりたいのかなって」

 

コンサートに来た観客の様子、CDは売り切れ続出。それだけで歌姫である詩月梢の人気の高さは伺える。今のままでも十分な名声を持っていると言える。

 

「……私からはなんとも言えないが、詩月梢が女優になろうとするという事は『やってみたい』という想いがあったからなのだろうね」

 

「『やってみたい』…じゃあ、やっぱり」

 

翔介が叔母を続けようとするが、それを女性マスターが遮る。

 

「だがね、やってみたいからと言って出来るかというとそうとも言えなくてね」

 

「どういうことですか?」

 

「なら少年、今度は私から質問してみてもいいかな?」

 

女性マスターは口に新しいキャンディーを咥えながら翔介に尋ねてくる。

 

「大人になったら『やりたいこと』って増えると思うかい? それとも減ると思うかい?」

 

「えっと…?」

 

翔介は彼女の質問に首を傾げる。

質問の意図がわからない訳ではないようだが。

女性マスターはしばし悩む翔介を見つつ口を開く。

 

「正解はね、『やりたいことは増えるけどやらなければいけないことも増える』だよ」

 

「やらなければならない事?」

 

「大人になるとね、できることが増えるものだ」

 

人とは年齢的、身体的、制度的に見ても大人になることで出来ることは増えていく。働くことで給料が得られたり、伴侶と結婚出来たりと子供ではできなかったことができるようになっていく。

その反面、大人になることで果たさなければならないことも増えてくる。それ故にできることが増えても、それが邪魔してやりたいことを思う存分に出来なくなることもある。

 

「詩月梢にとっては女優をやってみたいと考える判明、他に果たさなければいけない役目があり、周りからの反応もあって判断に窮しているというの現状なのかもしれないね」

 

女性マスターはそう言いながらガリッとキャンディーをかみ砕く。

 

「……」

 

彼女の言葉に翔介は黙り込む。

彼にとって大人の難しさはまだよくわからない。それでも今の言葉の意味を理解できないほど子供ではない。

だがそれでも…。

 

 

「出来れば詩月梢さんの演技、見てみたいかなぁ…」

 

 

翔介の口からは思わずそうこぼした。

 

「…ほう?」

 

「あ、えっと、大人って大変なことはよくわかったんですけど…」

 

 

 

 

「大人でも夢を追いかけても良いんじゃないかなって」

 

 

 

 

「どうしてそう思うのかな?」

 

女性マスターが問い返してくる。

少しだけその表情が険しい。どこか不機嫌そうにも見える。

 

「僕、訳あって色んな大人の人に会ったんですけどどの人たちも自分の夢に向かって一生懸命で…」

 

思い浮かぶのは科特研の面々、坂田レーシングクラブの秀幸。

どちらも夢を諦めてしまいそうになりながらももう一度立ち上がるその姿に若い翔介は励まされていた。

 

「大人ってすごく大変だと思います。でも、自分のやりたいことがあるなら真正面から向かっていいと思うんです」

 

 

 

 

 

「だから詩月梢さんにもそんなカッコいい大人でいて欲しいなって…なんて僕の勝手な言い分ですよね」

 

 

 

 

翔介はそこまで言うと照れ臭そうに残りのコーヒーを一気に煽る。

口の中に程よい苦みが広がる。

 

「ご馳走様でした! 今度は友達と一緒に来ます」

 

翔介はカップを置いて、カウンター席を立ちあがる。

結局目的のものは見つからなかったが新しい出会いがあったので良しとしよう。

 

「待ちたまえ、少年」

 

退店しようとする翔介の背中に女性マスターが声をかけてくる。

そして少しその場で待つように告げると裏の方に引っ込んでいく。

何事かとしばらく待っていると、やがて女性マスターは手に一枚のCDを持って出てくる。

 

「ほら、これも持って行くといい」

 

そう言って手渡されたCDはパッケージも何もなく透明なケースに入っており、手書きで『詩月梢 VOL.1』とだけ書かれていた。

 

「こ、これって!?」

 

「詩月梢のファーストシングルCDだよ」

 

「タダじゃ貰えないですよ!」

 

コーヒーを無料で提供され、その上CDまで無料で貰うわけにはいかない。

 

「いいんだよ、それは売り物じゃないから」

 

「でも…」

 

「…これはお礼だよ」

 

女性マスターはフッと口角を上げる。

 

「詩月梢のやりたいことを認めてくれたお礼」

 

「お礼って…どうして?」

 

「…こう見えて私も詩月梢のファンってだけだよ。詩月梢ファン同士、友好の証ってことで受け取ってほしい」

 

キャンディーを咥えながらそう嘯く。

 

「あ、ありがとうございます」

 

「しかし、そんなに欲しかったのなら通販でも利用すれば良かったんじゃないのかい?」

 

不思議そうに尋ねる女性マスター。

すると、目を丸くする翔介。

 

「つーはん?」

 

「……少年、まさか…」

 

何度も言うが道野翔介は田舎の少年である。いや、田舎の少年でも今時通販サイトを知らない者はいない。

だが、翔介の欲しいものは大体故郷で手に入ったし、ネット環境というものも持っていなかったため通販サイトを利用するという考えに至らなかった。

 

「くっ…くくく…」

 

そんな翔介が可笑しかったのか。声を押し殺して笑う女性マスター。

一方の翔介はと言うと己の無知さで恥ずかしそうに顔をCDで隠す。

 

「少年、名前は?」

 

一頻り笑った女性マスターが尋ねてくる。

 

「翔介です、道野翔介」

 

「道野翔介か…私は木ノ崎奏だ。今後とも是非ご贔屓に」

 

「はい! また来ます!」

 

翔介は嬉しそうにレコー堂を出て行った。

女性マスター奏は手を振りながらそれを見送った。

 

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「…道野翔介。確かISを動かせるもう一人の少年だったか」

 

奏は翔介を見送った後、そう一人呟く。

今年の初め頃に世界で二人しかいないISの男性操縦者として話題になっていた。

もう一人の操縦者である織斑一夏と違い、メディアへの露出は極端に少なかったが確かにそんな名前であった。

職業柄、人の顔や名前を覚えることが得意な奏の記憶にもきっちりと残っていた。

 

「どんな子かとも思ったが、存外普通の子だったな」

 

女性しか動かせないISを操縦できる男性なんてどんな人物かとも思ったが、年相応の今を生きる少年であった。

だが、年相応でありながら、いや年相応であるからこそまっすぐな言葉が響いてきた。

 

「自分のやりたいことを真正面から向かっていくか…」

 

奏は椅子に座りながらしばらく瞑目する。

やがて徐に携帯を取り出して、どこかにかけ始める。

数コールの後に着信先の相手が電話に出る。

 

「お仕事中すいません、丸さん。…はい…はい…この前の話なんですけど…」

 

丸さんと呼んだ相手に一言二言と会話をする奏。

 

「この前のお話、受けたいと思います。…勿論、歌の方もこれまで通りやっていきます…ええ、簡単な道ではないとはわかってます。ですけど」

 

奏は黒縁の眼鏡を外して、カウンターに置く。

 

「やりたいことは我慢せずにやりたいと思います。万人に受け入れられることはないと思いますが、たった一人でもそれを楽しみにしてくれる人がいるならその人のためにもやってみたいんです」

 

なにより、と言葉を続ける。

 

 

 

 

 

「私も夢を追いかけるカッコいい大人でありたいですから」

 

 

 

 

そう言って電話越しの相手に笑いかける。

 

レコー堂マスター、木ノ崎奏。

彼女にはもう一つ名前がある。

 

詩月梢。

それが彼女の名前であった。

 

 

その後、詩月梢は女優デビューを果たす。

初めこそ歌姫の女優の挑戦に難色を示す声も多かったが、彼女の演技力や表現力であっという間に名女優へと開花していくことになるのはまだ先の話である。

 

 




本日はここまで。

1週間1本と言いながら早速オーバーしてしまい申し訳ありません。
これで主人公、ファンになる編終了となります。

次回からようやく帰省編となります。
しばらくISが登場しないかもしれませんが、彼らの日常を見守ってあげてください。

遂に迎えた故郷への帰省の日。

果たして主人公の故郷とは。
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