「皆、お疲れ様。到着だよ」
寂びれた小さな駅から降りた翔介がくるりと振り向く。
到着とは言ったがここは実家から一番近い駅に着いたに過ぎない。
さて、友人たちだが。
「やっとかぁ…」
「あ~、身体バキバッキ」
「道野、大変だ。ラウラが眠気に負けている」
ぐだぐだであった。
それもそのはず。
新幹線で一時間半ほど揺られ、そこからさらに1時間ほど在来線に乗ってようやくここまでやってきたのだ。
はじめこそノリノリだった一行だが長い時間電車に揺られている間、だいぶ疲れがたまっているようだ。
「もう少しだから頑張って」
「もう少しってあとどれくらいな訳よ?」
「えっとね、ここからバスに乗って三十分くらいかな?」
翔介がそう告げた瞬間、一斉にガクッと力なくうなだれる。
長い時間電車に乗ってようやく到着したかと思いきや、まだ先が長いと思えば脱力もする。
さらに駅を降りてから夏の太陽が容赦なく照り付けてくる。
「皆、もうちょっとだから頑張って」
「あんた、いつもこの中で一番貧弱な癖になんでここに来て元気なのよ」
「やっぱり故郷に帰ってきたからかな?」
不思議そうに翔介を見つめている鈴とシャルロット。
実際のところ翔介は故郷に帰ってきたことで多少なりともテンションが上がってきているのは間違いなかった。
「えっと、バスが来るまで後一時間くらいかな?」
「どうなってんのよ、交通機関!」
田舎の交通機関とはこう言うものである。
そうしているとパパッとクラクションが鳴り響く。
全員が振り向くと駅のロータリーにマイクロバスが停車する。
「やあ、帰ってきたな、翔介」
マイクロバスの運転席からテンガロンハットをかぶった男性が降りてくる。
「弾さん!」
翔介が弾と呼ばれた男性に笑顔を見せる。
「そろそろ到着するだろうって統子さんから迎えに行って欲しいと言われてね」
「そっか、婆様が」
「大人数だから大きい車の方が良いと思ってね」
「ありがとう、弾さん」
二人が話していると完全に眠気に負けたラウラを背負った箒が近づいてくる。
「話しているところすまない。道野、そちらの御仁は?」
「ああ、そうだね。紹介するよ。この人は弾超七さん。この町で牧場をやってるんだ」
弾超七。翔介が子供の頃からこの故郷に住んでいる男性だ。
かつて風来坊を自称し、世界各地を旅してまわっていたところ、この地を気に入ってここに永住することになった。
この地で出会った杏里と結ばれ、牧場を経営している。
余談であるが令士という一人息子がいる。
今は成人し、故郷を出て働きに出ている。
「初めまして、さあ、荷物を乗せて行こうか」
弾は翔介たちの荷物をマイクロバスに積み込んでいく。
高齢でありながら重い荷物もなんのそのである。
車内は空調が効いており、ようやく一息つける。
全員が乗り込んだことを確認すると弾がバスを発進させる。
バスは田舎の道路を進んでいく。車通りはそれほど多くないが、しっかり舗装はされている。
横を向いてみればまばらに住宅があり、その周りには田畑が広がっている。家の敷地より田畑の方が広く見える。
それもやがてトンネルに入ってしまい、見えなくなってしまう。
「何もないわね…」
「鈴さん、そういう事は口にするものではありませんわ」
鈴の呟きをセシリアが窘める。
しかし、弾や翔介は気にした様子もなく笑う。
「何もないのは本当のことだしね。でももう少しで見えてくるよ」
「見えてくる?」
そうこうしているとマイクロバスがトンネルを抜ける。急に明るくなり、全員が目を凝らす。
『おおお~~~』
車内全員が歓声を上げる。
明るくなった視界の先に広がっていたのは青々と輝く湖だ。
以前、臨海学校の時も同じようなリアクションをしたが、こう言うものは何度見ても感動するものだ。
友人たちの反応に満足そうな笑みを浮かべる翔介。
「この湖は日本で四番目に大きい湖でね、水質は日本一なんだよ。冬なんかは湖の飛沫で樹が凍ってしぶき氷ができるんだ」
翔介は得意げに説明していく。
「翔介、楽しそう」
「翔介君は本当にこの街が好きなのね」
そんな彼を更識姉妹はほのぼのと呟く。
「そろそろ到着するよ」
そんな中、マイクロバスは集落の中へと入っていく。
道中、まばらに点在していたが集落の中は数軒の住居が集まっている。
やがてマイクロバスは一軒の古い屋敷の前に停車する。
「皆、着いたよ」
「……なあ、翔介」
バスから降りて弾と一緒に荷物を下ろす翔介に一夏が声をかける。
「何?」
「お前の家、デカくないか?」
一夏たちの目の前に見えるのは石造りの階段が伸びており、階段の先には木造建築に瓦屋根、目の前には木造の門扉があり、そこを潜ると綺麗に剪定された針葉樹や石畳が敷かれている。
昔ながらのお屋敷といった趣だ。
「厳密には僕の家じゃないけどね」
しれっとそう告げる翔介。
だが一同は呆気に取られたままだ。
唯一、翔介の素性を調べていた楯無だけは普段と変わらぬ表情を浮かべていたが。
驚くのも無理はない。
『四季家』
古くはこの辺一帯全ての農家を取り仕切っていた豪農の家系。
広大な敷地を保有し、昔からその敷地を他の農家に貸し与えたりもしている。昔ほどの権力は無いものの、今でも実質的な長として現在も慕われている。
「それにオルコットさんと比べたらそこまででもないでしょ?」
セシリアだってイギリスの名門貴族の出だ。貴族と比べればそんなに凄いものではないと言いたいのだろう。
「いや、セシリアはもう雰囲気から何となく察せるけど…」
「お前の場合は全く想定できなかったから驚いてるんだよ」
「そう?」
翔介は最後の荷物を下ろしながら首を傾げる。
「よし、それじゃあ俺は牧場に戻るよ。もし良かったら遊びに来るといい」
「うん、ありがとう。弾さん」
そう言ってマイクロバスに乗って牧場に戻っていく弾を翔介は手を振って見送った。
「じゃあ、行こうか」
翔介に促されて一同は自分の荷物を持って階段を上がっていく。
階段を上がりきると門扉の前に一人の女性が立っていた。
箒のように長く綺麗な黒髪に紗と呼ばれる夏の着物を着ている。肌は日焼けを知らないのではと思うくらいに白く美しい。
「長姉さん!」
「お帰りなさい、翔介君」
翔介は長姉さんと呼んだ女性に近づいていく。
女性もまた目を細めて再会を喜び合う。
「翔介、その人が?」
「うん、四季長歌姉さん。僕と母方の従姉妹ってことになるね」
「皆さん、初めまして。いつも従弟がお世話になっております」
長歌と呼ばれた女性は一夏たちに深々と頭を下げる。
「い、いえ、こちらこそお世話になってるというか!?」
礼儀正しい長歌にドギマギする一夏。
自分の周りにはいないタイプなせいかやや緊張気味のようだ。
そんな一夏をジト目で睨む五人。
「ふふふ、暑い中お疲れでしょう。さあ、どうぞお上がりください」
長歌が九人を先導する。
「翔介君、お荷物は運んでおくからお婆様にご挨拶してらっしゃい」
「うん、皆の事もババ様に紹介するよ」
屋敷の中は古めかしいながらも風が通り抜けて涼しく過ごしやすい。
翔介たちは荷物を長歌に任せると屋敷の廊下を進み奥の部屋の前にたどり着く。
すると翔介は襖の前に正座する。
「ババ様、入ります」
『入りな』
襖の奥から老齢の女性の声が返ってくる。
翔介はそのまま襖をガラリと開く。
「ただ今帰りました、ババ様」
部屋の中に入るとそこには着物姿の女性が帳面を開いている。
女性の前に正座する翔介の後ろに友人たちもそれに倣う。
女性は老齢でありながら背筋がピンと伸びており、それだけでも随分と若々しく見える。
しかし、その表情はキリッとしておりどこか不機嫌にも見える。
この老女こそが四季家先代当主である四季統子である。
「良く帰ったね、息災かい?」
「はい、ババ様もお元気そうで」
「そっちの子たちが?」
「僕の友達です!」
嬉しそうにそう宣言する翔介。
一夏たちはそれぞれに自己紹介する。それを聞いた統子は全員の顔をしげしげと眺めていく。
「話は聞いていたけど本当に彩り豊かな友達ができたようだね」
「はい!」
嬉しそうに返事をする翔介。
統子はうんと頷くと。
「何もないところだけど一週間ゆっくりしていきな」
それだけ告げるともう行って良しといった感じで帳面に視線を落とす。
翔介も特に気にすることなく、友人たちを連れて統子の部屋を後にする。
「な、なあ、翔介? 俺たち、何か悪いことしたか?」
「え? どうして?」
「なんだか随分としかめっ面だったから…僕たち何か失礼なことしたのかなって?」
そう言って不安そうに頬を掻く一夏たち。
どうやらピクリとも表情を変えない統子の態度で少し心配になったらしい。
「ああ、大丈夫だよ。ババ様はそもそもあまり笑わない人だから。でも皆の事歓迎してるのは間違いないよ」
「そうなのか?」
「うん」
心配ないというように頷いて見せる翔介。
家族である彼が言うのだから間違いないのだろうが、やはり不安にはなるものだ。
「翔介君、皆さん。そろそろ夕食にしますよ」
「は~い! ほら、皆もそんな顔しないでご飯食べに行こう! 長姉さんのご飯は絶品だよ!」
一抹の不安は感じるものの、目の前でニコニコ笑う翔介を見ているとそんな気持ちもどこかに飛んでいくように感じる。
一同は翔介の後に続くのだった。
その日の夕食は席はとても賑やかなものだった。
本日はここまで。
遅くなって、本当に本当に申し訳ない。
ようやく帰省編スタート。
そこで早速、レジェンド登場!
主人公の実家に帰省して二日目。
目の前には湖。夏ならば当然やることは一つ!