「あ~、遊んだ遊んだ!」
途中トラブルはあったものの充実した時間を過ごした一同。
継実は昼食を食べ終わるとしばらく一緒に遊んだ後、一足先に帰宅していた。車で来ていたようで翔介たちが持ってきた荷物を運んでくれることになり、帰りは手ぶらで帰ることになった。
「砂浜全部私たちだけで独り占めなんて贅沢だよね」
「ああ、本当にな。ありがとうな、翔介」
「喜んでくれたなら良かったよ」
一同は来た道を戻りながら歩いていく。
濡れた水着などは持ってきた着替えに既に交換している。元より暑い日差しのお陰で髪もすっかり乾いている。
「それにしても継実さんに荷物全部任せてよかったのか?」
「車で来てたみたいだし大丈夫だよ。それに継姉さん力持ちだし」
確かに継実はけして軽くない九人分の荷物を一人でヒョイヒョイと運んでいった。
「うむ…あの人からは只者でない空気を感じたぞ」
箒の言葉にラウラや鈴、楯無も頷く。
どうやら武道やその筋関係の四人には継実の圧のようなものを感じ取ったらしい。
「うーん、只者でないって言っても僕にとっては普通のお姉ちゃんだけど…」
「その割には隙が無いというか」
「鈴の言う通りだ。かなりの手練れと見た」
そう告げる四人だが従弟である翔介から見た継実はどこまでも普通の従姉である。
昔から時代劇が好きでその影響で変な口調になってしまったが、真っ直ぐで公明正大。翔介の性格を形作った一人でもある。
「まあまあ、その話は後にして」
そうしているとシャルロットが間に入ってくる。
「この後はどうする? もう家に戻る?」
「うーん、そうだなぁ」
このまま帰るのもいいが、まだ時間が早い。
とはいえ他に見る場所というのもあまりない。
そう頭を捻っているとハッと思い出す。
「そういえばこの近くは…」
「どうしたの、翔介?」
「皆、少し寄りたいところがあるんだけどいい?」
翔介の問いに一同は首をひねりながらも彼の後に続いていった。
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砂浜から離れて、野路を歩いていく。
道中は畑が並び、その脇道には湖へと流れていく小川が流れている。
まるで時間がゆっくりと流れているような、とても長閑な風景だ。
しばらく野路を歩いていると、やがて木造校舎へとたどり着く。
「翔介君、ここって」
「はい、僕の母校です」
そう、この木造校舎こそ翔介が小、中と九年間過ごした母校だ。
かれこれ一世紀は経っているであろうこの木造建築は所々がボロボロになっており、長い間子供たちを見守ってきたことが良くわかる。
そんな学校も今は人気もなくシンと静まり返っている。
それは今が夏休み期間だからという訳ではない。
「母校といってももう廃校が決まってるんですけどね」
学校が静まり返っているのはもう通う子供がいないから。
この学校は翔介を最後に廃校が決まった。
静かに佇む校舎を見ながら翔介は九年間の思い出が蘇る。
普通の学校と違い、運動会や学芸会のようなイベントこそなかったがその九年間は楽しい思い出ばかりだ。
「ちょっとだけ見てみようか…ん?」
翔介たちは校門を潜ると、校舎の扉から一人の男性が机を運び出している。
見た目は初老の男性であり、薄茶色の地味目なスーツを着ている。
「あら、誰かいたみたいね?」
「あれって…!」
それを見るや翔介が駆け出す。
「山戸先生ーーー‼」
山戸と呼ばれた男性は驚いて机を置き、振り向く。
「もしかして道野か?」
「はい! お久しぶりです!」
翔介は山戸と呼ばれた男性に頭を下げる。
翔介の後を追いかけて一夏たちが寄ってくる。
「翔介さん、そちらの方は?」
「あ、紹介するね。こちらは僕の小学校と中学校の担任だった…」
「山戸武矢です。君たちがIS学園の友達だね」
山戸武矢は翔介の紹介通り、小学校と中学校時代の九年間を共に過ごした人物だ。街の大きな学校への移動の話もあったが、翔介のために廃校となるまで担任を務めた。
翔介にとっては思い出の先生である。
現在は定年も間近であるが、街の大きな学校へと移動している。
「そうだ、先生は何をしていたんですか?」
「ああ、片付けだよ」
翔介が問い掛けると山戸の表情が曇る。
その表情の変化に翔介も察しがついたようだ。それが否応なくこの学校がなくなるという現実を突き付けられているようで切なさが込み上げてくる。
「その、この建物は…?」
「…取り壊すそうだ」
古い建物をずっと残すわけにはいかない。
特にこの学校は何かに再利用できるわけでもないし、元々老朽化で既にぼろぼろの建物だ。そういった結論に至るのも無理はない話であった。
それでも寂しいことに変わりはなかった。
「…そうだ、皆このまま家に戻れる?」
「大丈夫だけど…翔介はどうするんだ?」
「僕は先生と一緒に学校の片づけをしていくよ。だから皆は先に…」
翔介が言い切る前に一夏たちがやれやれといった表情に変わる。
「翔介、水臭いこと言うなよ」
「え?」
「そういう時は一緒に手伝って、でいいのよ」
楯無が全員の言葉を代弁する。
彼女の言葉に一夏たちも頷いて見せる。
「でも…いいんですか?」
「ああ! 任せろよ!」
全員が快く頷く中、それでも頼っていいのかわからずオロオロしている翔介。
しかし、そんな彼を山戸が肩を叩く。
「道野、手伝ってもらうといい」
「先生…」
「俺からも頼むよ。是非手伝って欲しい」
山戸が一夏たちに頼み込む。
翔介が何かを言う前に一夏たちはそれぞれ自分のできそうな手伝いを始める。
教室に残っていた机と椅子を運び出し、処分するものとまだ使えるものを分けていく。書物などはそのまま街の大きな学校へと持って行くためまとめて箱詰め。
荷物をまとめ終えたら今度は校舎内の掃除だ。
翔介が卒業してから半年も経っていないが、埃が溜まっている。
山戸が持ってきたホウキや雑巾を使って汚れを落としていった。
学校の掃除を始めて数時間。
空もだんだんと茜色に染まり始めてきた。
「よし、片付けはこれくらいでいいだろう」
学校の最後の窓を拭き終わると山戸が声をかけてくる。
「は~い!」
山戸の声に全員が集まってくる。
全員所々汚れているのは真面目に掃除をした証だろう。
「皆、ありがとう。学校も十分に綺麗になった」
「僕からもありがとう。本当に助かったよ」
「気にするな、マブよ。これくらい造作もない」
ふふんと得意げなラウラ。
しかし、ビシッとシャルロットが手刀を打ち下ろす。
「ラウラは途中からサボってたでしょ」
「なっ!? サボってはいない! アレは…古い文献のチェックで…」
速い話が掃除の途中で書物が気になり、読み始めたら止まらなくなっただけである。
掃除あるあるである。
「まったく。子供じゃないんだから」
やれやれと首を振る鈴。
「鈴さんもですわ。途中から一夏さんと一緒になって遊んでましたわよね」
「な、何のことかわからないわねぇ?」
速い話がホウキを持ってたらなんだかテンションが上がって雑巾をボールに見立てた野球
をしていた。
小学生の掃除時間あるあるである。
「ま、まあまあ。皆のお陰で学校も綺麗になったから」
翔介はシャルロットとセシリアを手で制する。
そんな翔介の様子を山戸は微笑ましそうに見つめている。
「道野」
「はい?」
「楽しそうだな」
心の底からそう思えた。
翔介はこの学校で同年代の友達などおらずいつも一人だった。
そんな彼が寂しくないように山戸は学校にいる間はできる限り一緒にいるようにしていた。
だが、山戸はあくまで教師だ。どれだけ親身になっても友達にはなれとわかっていた。
だから初めはIS学園に入学することになった時は一人都会に向かう翔介が心配ではあったが新たな出会いのチャンスだとも思っていた。
結果的に彼はIS学園でこんなに大勢の友達を連れてきた。
山戸にとってそれは自分の事のように嬉しかった。
「道野、友達は大切にな」
山戸は翔介の肩に手を置いて語りかける。
「忘れるな、どんな時、どんな所でも」
「一所懸命に一生懸命ですね」
翔介は首肯で答える。
そんな彼に満足そうに山戸は頷くのだった。
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学校の掃除が終わり、翔介たちは山戸と校門の前で別れた。
車に乗って去っていく山戸を見送りながら一同も帰途へと着く。
「ごめんね、皆。折角の夏休みに掃除の手伝いなんかさせちゃって」
「あー…翔介」
翔介に一夏が呼び止める。
「そんな風に遠慮するのはもう止めないか?」
「え?」
「そういうのがお前の性分なのは分かってるんだけどさ。俺たち、同じ学園の中まで友達だろ?」
一夏だけでなく、箒、鈴、セシリア、シャルロット、ラウラ、楯無、簪の全員が頷いて見せる。
「……うん!」
言葉少なではあるが、確かにその場にいる全員の気持ちは一つとなっていた。
「さあ、話も決まったし帰りましょう」
楯無に促されて一同は笑い合いながら四季家の屋敷へと戻っていった。
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「くそっ! 面白くねえ!」
そう悪態をつくのは昼間に継実に追い返されたガラの悪い四人の男女の一人だ。
追い返された後、一般人用に開放されている砂浜まで移動したが湖水浴客は存外多く、ゆっくり遊ぶ余裕もなかった上どこか白けた空気が流れていた。更に自分より小さな継実に負けたという事実が彼らのプライドはひどく傷つけていた。
大体は自業自得なのであるが、そんなものは彼らに関係なかった。
「あ~、ムカつく!」
男はさらに悪態をつきながら酒瓶をあおる。
ヤケ酒気味に飲んでいるせいか酷く酔っぱらっているようだ。
「大体こんなクソ田舎で好き勝手して誰が困るんだってんだよ!」
「いるのはくたびれたジジイとババアしかいないってのにな」
「言えてる~」
「そうだよなぁ? それなのに私有地だからとかマジウゼー…うおっ!?」
フラフラと千鳥足で歩いていた男性の一人が何かに躓いて倒れる。
それを見て他の三人がギャハハと下品な笑い声をあげる。
「んだよっ!? なんだぁ、このボロっちいの」
酔いのせいか、笑われたせいか。男は起き上がりながら振り向くとそこには小さな墓石が一つ。
名前も書かれておらず、道端にちょこんと立てられているそれを睨みつける。
「ただでさえイラついてるってのに…よお‼」
男は苛立ちをぶつけるように墓石を蹴りつける。
既にガタが来ていた墓石はその蹴りでゴロリと土台から転げ落ち、バックリと割れてしまった。
「うわー! 悪いことするなぁ」
「バチ当たるよ~?」
言葉とは裏腹にゲラゲラと笑う三人。
それに気をよくしたのか男はさらに墓石を足蹴にする。
「ふぅ…少しはスッキリした」
「それなら早く行こうよ~」
「ああ、そうだな…」
四人はひとしきり騒ぐと墓石を直すことなく、その場を後にしようとする。
シャリン…。
「…んあ? なん…だ…?」
背後から聞こえた金属音に振り向く四人。
しかし、その目の間に移っていたのは信じられないものだった。
そこにいたのはまるで時代劇に出てくるような服装をしており、背格好から男であることがわかる。頭には三度笠、腰には刀を差している。
その表情は三度笠のせいで見えないが、その頬や着物には血が付いている。
男はゆらりと幽鬼のように四人に近づいてくる。
金縛りにあったかのように動けない四人。
男はブツブツと何かを呟きながら近づき、ギラリと三度笠の奥から血走った瞳が四人を射抜いた。
『ぎゃあああああああああああああああ‼?』
弾かれたように四人は走りだし、一目散にその場から逃げ出した。
「……ま…何処に……」
男は四人を追いかけることもなくゆらりゆらりと森の中へと消えていった。
本日はここまで。
今年最初の投稿になりますが、遅くなって申し訳ありません。
ようやく夏休み編のプロットも完全に固まりました。
今年もどうぞよろしくお願いします。
主人公たちの絆が深まり、和やかな時間が過ぎていく。
しかし、そんな空気を覆う不穏な影が。