四季家滞在三日目。
前日の湖水浴や学校の片付けの疲れもすっかり癒え、おなじみとなった大人数での朝食も終わった。
朝食を終えた一夏が屋敷の廊下を歩いていると、縁側に楯無、シャルロット、簪、セシリアが座っている。
「何してるんだ?」
気になり声をかけてみると、楯無が見ればわかると扇子で指し示す。何事かと全員の視線の先を追っていくと。
「ほう、なるほど。流石はIS学園の生徒じゃな。なかなかの根性じゃのう」
中庭に継実が立ち、その周囲を箒と鈴、ラウラが囲んでいる。
それぞれが木刀や拳、ラウラに至っては本物のナイフを構えている。
「食後の運動って言って継実さんがあの三人に手合わせしようって声かけたの。三人も結構ノリノリだったけど」
簪がそう説明してくる。
「そういう事か…でも…」
改めて中庭の戦況を見つめる。
三対一という圧倒的に数で有利なはずの三人が肩で息をしている。
それに対して継実はというと息を切らすこともなく涼し気な表情をしている。
「箒たち苦戦中みたいだな」
「苦戦どころか一方的にあしらわれているって感じね」
「あの三人が、か…」
箒、鈴、ラウラ。この三人は一夏たちの中でISを纏わずとも高い戦闘技術を有している。そんな三人を一度に相手取っても一切の疲れを見せていない継実の実力は計り知れない。
そうこうしていると内に三人が動き出す。
「はあああっ!」
「こんのおおおおっ!」
「ふっ!」
三人バラバラでは駄目と判断したのか一斉に継実へと飛び掛かる。
箒が木刀で上から振り下ろし、鈴が地を飛び継実の延髄に目掛けて蹴りを放つ。そしてその隙間を縫うようにラウラがナイフと共にその背後を狙う。
「なるほど、個々人では難しいならば三人一斉にかかってくるか。うむ、実に理にかなっている」
三人の動きに感心したように頷く。
しかし、次の瞬間継実が動く。
まずは振り下ろされる箒の木刀を身体を寸分逸らして避けるとそのままその腕を掴み、自分の背後に迫っていたラウラのナイフをその木刀で打ち払う。
そして流れるような動きで今度は自分の延髄を狙ってきた足を受け止め、ブンとその勢いのままに鈴をラウラに向けて投げる。
二人は縺れ合うように地面に倒れ込む。
「くっ…! まだだ!」
継実の手を振り払った箒は今一度木刀を構え、今度は横薙ぎに振るう。
だがその切っ先は彼女に触れることすら叶わず、継実は足を振り上げ、なんとその木刀を踏みつける。
「なにっ!?」
踏みつけられた木刀はびくともしない。
そして一瞬の隙を継実は見逃さなかった。
ゴウッと風を切り、継実の拳が箒の顔面へと迫る。
だが拳が叩き込まれることはなく、数センチ手前で寸止めされている。
「これでまたウチの勝ちじゃな」
「は、はい…」
打つ手がないと感じた箒が大人しく負けを認める。
一瞬、継実の拳が獅子を纏っているように見えた。
「これで五連敗だね」
「ここにいる間に一勝でもできれば御の字ってところね」
そういってカラカラ笑う楯無。
「ふむ、ウチはお前さんとも戦ってみたいんじゃがな」
継実は楯無に向けて挑発的にそう告げる。
どうやら既に楯無の実力を見抜いているようだ。実際に友人一同の中の実力は間違いなく楯無が頂点となるだろう。
「うふふ、遠慮しておきますよ。強いお姉ちゃんの威厳は守りたいですからね」
含みのある笑みを浮かべながら楯無がそう返す。
それには継実もニヤリと「言うではないか」と笑う。
どうでも良い事だがお姉ちゃんの威厳というのなら既に簪へのセクハラ行為でストップ安状態ではとは言ってはいけない。
「あ、皆終わったの?」
するとそこに間延びした声が聞こえてくる。
そこには翔介が立っており、その腕には袋いっぱいのキュウリとナスが抱きかかえられている。
「どうしたんだ、そのキュウリとナス?」
「えへへ、実は早速皆に手伝ってもらおうと思ってさ」
そう言ってにこやかに笑う翔介。
どうやら昨日の「遠慮はいらない」という言葉をしっかり受け止めたようでなにやら手伝いを頼みに来たらしい。
「おお、そういえばそんな時期じゃったな。どれ、なればウチも…」
継実が翔介の持つ袋を受取ろうとするとそこに携帯を手にした長歌がやってくる。
「継実、電話よ」
「んむ?」
長歌かから携帯を受け取り、一言二言会話をするとやけに神妙な表情で翔介に向き直る。
「すまん、急用だ。寺にはお前たちだけで行ってもらえるか?」
「仕事? でもお休みだったんじゃ?」
「呼ばれてしまったからな。今は人手が少ないから仕方あるまい」
口ではそう言うものの不承不承といった様子でため息を吐く。
「そういう訳だ。翔介、和尚によろしく言っておいてくれ」
「うん。気を付けてね」
継実はクシャッと翔介の頭を撫でると自室へと戻っていった。
「継実さん、どうしたんだ?」
「仕事みたい。警察の仕事だからしょうがないよ」
「忙しいんだな…。それで翔介は何を手伝って欲しいんだ?」
継実の後ろ姿を見送りながら一夏は袋に詰められたキュウリとナスを見る。
家では家事全般を取り仕切る彼から見ても艶や色のどれをとっても見事な夏野菜たちだ。手塩にかけて育てられたのが良くわかる。
「お寺がどうとか言ってたけれど何かあるのかしら?」
「それは寺に行ったらお話しますよ。多分そのほうが早いし。それに…」
翔介は鈴とラウラに視線を移す。
二人とも視線の意図がわからず、首を傾げている。
「二人には色々お願いすると思うからね」
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四季家の屋敷を出た九人は山の方へと向かっていた。
今日も今日とて暑く照り付ける太陽と蝉の鳴き声のシャワーを浴びながら歩いていると、やがて石で作られた階段の下へとやってきた。
「この上にお寺があるんだ。この辺の人たちのお墓は大体このお寺で管理してるんだ」
「結構長いわね。この辺の人、歩いて来れんのかしら」
鈴が目の前に続く石段を見て告げる。
頂上の山門が見えるが石段はおおよそ百段以上はありそうだ。
「地元の人は慣れてるからね。さあ、行こうか」
そう言って石段を登り始める翔介。手に荷物を持っているのにその足取りは軽快である。
「…あいつ、運動苦手じゃなかった?」
「多分生活の一部としての運動は平気という事かしらねぇ」
妙に元気に石段を登っていく翔介を見ながら不思議がる鈴に楯無が答える。
楯無との訓練ではいつもへばっているが、それはあくまで楯無の訓練がスパルタなだけであり元々体力自体はあったのだろう。それに今では前よりもへこたれることも少なくなったことからその訓練の中でさらに体力が増強したという事もあるかもしれない。
「とにかく俺たちも行こうぜ」
一夏の言葉を合図に翔介の後を追うように石段を登り始めた。
「着いたぁ…」
石段を登り始めて十分後。
ようやく最後の石段を登り切った一同は天を仰ぐ。
体力自慢の鈴ですら肩で息をしている。平然な顔をしているのは楯無くらいだろうか。他のメンバーと比べて体力少なめな簪は途中から楯無に背を押され、翔介に手を引かれながら登り切った。
「この段差を慣れてるとかジモティー凄すぎでしょ…」
「そもそも早朝から畑仕事をしているのだから老いる暇もないのだろうな…」
「自然と共に在り、在りのままであれば老いとは体を蝕むことはない」
石畳の上で休息していた一同に鋭い声が聞こえてくる。
「あ、源和尚」
そこに立っていたのは灰色の作務衣を来た男性が立っていた。
もう壮年と言っていい年齢だろうがその立ち姿は背筋までピシッとまっすぐ立っており、鋭い眼光からは威圧感のようなものが見える。
正直、目の間にいるだけで気圧されてしまいそうだ。
「よく来たな。待っていたぞ」
「皆、紹介するね。こちらは大取源之助さん。僕らは源和尚って呼んでるんだ」
「これまた随分と迫力のある御仁だな」
「そりゃあ継姉さんのお師匠さまだからね」
源和尚こと大取源之助。若い頃から実家に伝わる拳法『獅子七星流』を昇華させるべく旅をしていたところ流れ流れてこの町へとやってきた。
そして当時は血気盛んな若者だったが、丁度同時期に街に来ていた弾に完膚なきまで敗北した源之助を当時の住職であった義父に助けられ、住職の手伝いをすることにそして前住職の娘であった桃子と結婚し、そのまま住職を継ぎ今に至る。
住職となった後も自らの拳法の研鑽を怠ることなく鍛え続けており、何人かの弟子をもつようにもなった。
四季継実は源之助の二番弟子となっている。
ちなみに翔介も幼い頃に少しだけ学んだことがあるが、彼には合わないと源之助から止められた。
だがその分勉強以外の道徳や自然との生き方などを教わった。
「用意はしてある。夕方には始めるぞ」
「は~い」
翔介は友人たちを連れて寺の中へと上がっていく。
「それで一体何をするんだ?」
「盆童だよ」
本日はここまで。
最近遅くなってばかりで申し訳ないです。
遂にもう一人のレジェンドも登場。やはりこういう役が似合う。
主人公から手伝って欲しいと言われた一夏たち。
果たして盆童とは一体何なのか。